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029『小鬼の王[1]』

 小鬼の王――ゴブリンキング。

 ゴブリンと言われれば『弱い』というイメージがあるが、初期種族が弱いというのは当たり前。他の種族と比べてみればゴブリンもゴブリンで侮れるような種族でないと容易にわかる。

 まず、知性が高い。

 徒党を組み、罠を張って人を襲い、人の武器を使いこなす。

 それだけ見てもかなり厄介。

 そしてその王である『その存在』が、弱いだなんて有り得ない。


『ガアアアアアアアアアアアアァァァァァァッッ!』


 響き渡る咆哮。

 鼓膜を突き破るような凶音に顔を顰めながらも、僕は体の底から魔力を汲み上げる。召喚するのは物理最強、ゴーレムさん方。


「来い、ゴーレム十体!」

『ゴオオオオオオォォ!』


 僕の周囲にマットゴーレムが現れる。その数、十体。

 唐突に現れたゴーレム達に周囲の冒険者たちが驚くが、あらかじめ僕がテイマーで、使役する魔物を収納出来るという話は伝えてあった。驚きながらも納得したような彼らは武器を片手にキングゴブリンを睨みつける。

 そんな中、一番最初に突撃を開始したのはホムラだった。


「――お前、ぶっ殺す」


 怒髪天を衝く勢いで猛るホムラ。

 僕のために怒ってくれるのは有難いが……ここは命がけの戦場だ。

 その怒りが空回って、自分たちの首を絞める可能性だってある。

 ……ただ、そこらへんを生後間もないホムラに言って聞かせるのは難しいだろうし、そこらへんは僕の方でサポートしないとダメなんだろうね。


「ゴーレム軍! 冒険者たちと協力してホムラのサポートに入れ!」

『ゴォ!』


 ゴーレムたちは僕の言葉に従ってホムラのあとへと続く。

 それを見送って僕は周囲の冒険者たちへと声を上げる。


「皆さん! レベルが高い者はゴーレムたちと一緒にホムラの援護を! さほど高くない者は周囲の警戒と戦闘中に出る負傷者の回収をお願いします!」

「お、おう! 分かったぜソーマ!」

「わ、分かったわ……! ホムラちゃんの援護をすればいいのね!」


 さすがはその道のプロ。死地での動きは完璧だった。

 さっきの一撃を見て『荷が重い』と察した冒険者たちは僕を囲むようにして警戒を始め、行けると判断した実力派の冒険者たちはゴーレム達に続いてキングゴブリンへと向かってゆく。

 しかし、全ての実力者が前に向かったわけではない。

 スッと、僕の眼前へと数名の冒険者が姿を見せる。


「おいソーマ! てめぇテイマーなら打たれ弱いんだろ! 守ってやるから後ろ下がっとけ!」


 そう叫ぶのは、Cランク冒険者の男性。

 見た目は完全に荒くれものだが、危機察知能力はピカイチと聞く。

 なんだったら、今までホムラや僕には一切近寄ってこなかったくらいだ。

 危ないモノには近づかない。

 そういう意味で、信頼のおける冒険者だろう。


「ありがとうございます……たぶん、僕やられたらゴーレムたち動かなくなっちゃいますので。辛うじてスライムたちによる簡易防御は張れますが……その時はお願いします」

「おうよ、任せとけ!」


 彼に前面を預け、後退しながら考える。

 ……当たり前だけど、全員が全員、命がけだ。

 僕みたいに、目立ちたくないからと実力を隠す間抜けは居ない。

 ホムラとて、全力でゴブリンキングの打倒に動くだろう。

 なんてったって、格上。


「……いざとなれば」 


 制限を外して、全力で戦う。

 そんな未来は想像もしたくない。

 だが、ホムラの実力も及ばず、Aランク冒険者の合流も間に合わず。

 ……そんな状況に陥ってしまった、そんな場合のみ。

 僕は、今まで積み上げてきたものを捨てて、全力を出さねばならない。

 目立ちたくない。

 そうは言っても、誰かの命には代えられない。


 無事故無死傷。

 目指すべき結末は、絶対にそこだ。

 僕は大きく息を吐くと、キングゴブリンの方へと視線を向ける。


 ――キングゴブリン。

 最低レベル、『35』。

 ギルマスがどれだけ前に奴のレベルを確認したのかは分からないが、成長補正もなく、ただ部下達に囲まれて安全に過ごしていたのなら……おそらく伸びていても2~3程度。

 対するホムラはレベルが伸びているとはいえ、敵とのレベル差は30近くにも及ぶだろう。


『お前ら、こっちでも援護するけど、()()()()()?』


 知覚共有でホムラやゴーレムたちへと念話を送り、腰袋から黒塗りの拳銃を取り出した。

 それは、ここ数日『いや、僕あまりにも弱すぎね?』と気が付き、何とか自衛の手段を手にしようと考えた末に作り上げた武器だ。

 サイレンサー付きで音で目立つことは無く、初心者にも扱いやすいように反動は少なめ。狙いが付けやすい半面、威力もさほど強くはないが、それでもゴブリン程度なら一撃必殺もできる結構な威力だ(道中で試し済み)。


「ま、当たるかどうか分からんが!」


 練習期間、およそ一日半!

 冒険者たちがキングゴブリンに到達する前に弾丸を放つ。

 タシュッ、と空気が抜けたような音と共に放たれた弾丸はキングゴブリンの肩へと着弾。よろけるキングゴブリンに思わず拳を握りかけて――


「……おいソーマ、何したかわからんが、効いてねぇぞ」

「…………」


 ニタニタと気味の悪い笑みを浮かべるキングゴブリンを指摘されて、思わず押し黙る。……銃器があれば異世界なんて楽勝とか思ってたんだけど、アレだね。Lv.30超えたらもう無理だね。せいぜいちょっと体勢を崩すレベルだ。

 ……うん、あとはお願いホムラさん。

 もう、下手な援護は出来ませんわ。

 そんな気持ちが伝わったか、双剣を握りしめたホムラがキングゴブリンへと突撃する。その速度はもはや視認も危ういほど――だったが。


「……ッ!」


 次の瞬間、キングゴブリンの拳が彼女の頭を掠り抜ける。

 一瞬、当たったかと思った。

 しかしホムラは咄嗟の判断で首を動かし攻撃を躱していたらしく、キングゴブリンの拳は彼女のヘルメットに大きな傷跡を残して振り抜かれる。


「は、やい……ッ」

『ガ、ガ、ガ……、オマエ、モナ……ッ!』


 後退するホムラ。

 そんな彼女を追撃するべくキングゴブリンは大地を踏み締め――次の瞬間、横合いから突撃してきたマッドゴーレムによって大きく体勢を崩される。

 その光景に冒険者たちが『おおっ』と声を上げるが……。


「やっぱキツいか……」


 次の瞬間、崩れた姿勢から放たれた一振りの拳。

 それにより、一瞬でマッドゴーレムは粉々に打ち砕かれてしまい、その光景に思わず舌打ちを漏らす。

 マッド……つまりは『土』。そりゃ脆いのは分かってたが、犯罪者ギルドを一方的に叩き壊したマッドゴーレムがまさかの一撃。

 いくら【絶望の園】が武闘派ではなかったにしても、ここまで一方的かよ。

 土となって崩れてゆくマッドゴーレムを振り払ったキングゴブリンは、そのまま迫り来るマッドゴーレムを次々と拳で叩き壊してゆく。


「ソーマ……っ!」

「分かってる!」


 キングゴブリンの意識がホムラから僕へと向き、それに気がついた彼女から悲鳴が聞こえる。……だが、僕だって無策なわけじゃない。

 殴り潰されるゴーレムたち。

 拳一つで壊されるそれらを前に満足げに口元をゆがめたキングゴブリンは、その勢いのまま最後のゴーレムへと拳を振りぬく。



 ――そして、大きな鮮血が噴き上がる。



『ガ……ッ!?』


 響いたのはら鉄塊をハンマーで殴ったような轟音。

 マッドゴーレムを壊す前提で振るった拳は潰れており、今までのゴーレムとは一線を画す『硬さ』を誇るゴーレムをキングゴブリンは睨み据える。

 そして、その綻びに気がついた。


『マ、マサカ……ッ』

「おう、多分そのまさかだ」


 彼が殴った最後のゴーレム。

 その見た目は土塊……マッドゴーレムと瓜二つだが、殴られ、綻んだ部位の向こう側から鈍色の『鉄』が現れる。


 僕の今召喚できる魔物。

 スライム。

 ゴーレム。

 ダークバッド。

 エレメンタル。

 そしてスイミーさんに、ホムンクルスたるホムラ。

 全て含めても六種類。スキルレベルが上がっていない以上、この他には召喚できない訳だが……それでも。


「特別鉄製・()()()()()()()()


 スキルレベルが上がったことにより、マッドゴーレムだけでなく新たにアイアンゴーレムが召喚できるようになっていた。

 そのことに気がついたのは、つい先日。

 アイシャの病気を治し、宿屋で引きこもっていた時のこと。

 ホムラに『三人の訓練相手、ゴーレム貸して』と言われて、ゴーレムを召喚しようとした時に、その選択肢が増えていることに気がついたんだ。

 文字で表すならば、


 どのゴーレムを召喚しますか?

 [土][鉄][未開放][未開放]…………


 と言った感じだ。

 詳しい説明なんかは特になかったが、見た目からも明らかに強化されてるのは理解出来た。まぁ、その分マッドゴーレムよりは消費魔力も大きいが、ぶっちゃけ僕からしたらさほど変わらない消費量。


『ゴオオオオオオォォ!』


 身体中を覆っていた土塊を払い、鉄の体を現すアイアンゴーレム。

 その光景に冒険者たちが歓声を上げ、キングゴブリンが後退る。

 アイアンゴーレムは、多分戦闘を行えばエレメンタルにも劣る。

 当然、レベルだって多分二桁にも達していないだろう。

 だから、純粋な能力だけでいえばキングゴブリンの足元にも及ばない。


 だが、この世界は現実だ。

 能力値だけが全てじゃない。


「アイアンゴーレムの真骨頂は、その硬さと重さ」


 なにせ、超重量を誇る歩く鉄塊だ。

 それを『土を殴る』って前提で思い切りカウンター狙えばどうなるか。

 そんなもん、火を見るよりも明らかだ。

 レベル35?

 ああ、圧倒的さ。

 でも、絶望するほどの格差じゃない。

 まだこのキングゴブリンは、超重量鉄塊をぶち抜けるほどの怪物ではない。


「今だ! 一斉にたたみ込め!」


 僕の声でホムラたちが一斉にキングゴブリンへと襲い掛かる。

 奴は血に染まる右の拳を押さえて顔を歪めており、ギロリと僕を睨み付ける。

 その直後にその顔面をアイアンゴーレムの拳が捉え、大きく体勢を崩したキングゴブリンは忌々しそうにゴーレムを睨み付ける。

 ……やっぱり純粋な攻撃はほとんどダメージが入らない。速度も攻撃力も程度が知れるし、カウンター狙いでのカウンターでもしなければさっきみたいなダメージは狙えないだろう。

 だから、そっちはホムラに全任する。


「ハァッ!」


 空中へと躍り出たホムラが、二つの短剣を煌めかせる。

 咄嗟に腕で防御を固めたキングゴブリンだが、大きく腕の肉を切り裂かれ、鮮血と共にぐぐもった悲鳴が溢れ出す。


「遠距離持ちはぶちかませェ!」


 冒険者の号令。

 ホムラの後退と同時に無数の矢がキングゴブリンへと突き刺さる。

 いずれも致命傷には程遠いが、それでも少しずつダメージは入っている。

 キングゴブリンは嫌がるように頭を両腕で防御しながら暴れ出す。

 その光景にホムラが双剣を構え、冒険者たちが走り出す。


 個では、ホムラであってもキングゴブリンには敵わない。

 だが――なにも一人で戦わなきゃいけないわけでもない。

 集団リンチ? 望むところよ。

 弱点もあれば隙もある。

 なら執拗に、入念に、注意深く。

 確実に、一歩、一歩と嫌がらせを積み重ねる。

 その歩みは確実に、キングゴブリンの喉元へと迫るはずだ。


 ……戦ってみて確信は深まるばかりだ。

 上手くやれば十分勝てる。


 ――()()()()()()()()()()()()、の話だが。


 キングゴブリン。

 ゴブリン種の王様。一種の頂点。

 分類上は、魔王とされる怪物の中の怪物。

 ……それが、こうも容易く終わるだろうか?

 背筋に、一筋の疑念が伝う。

 僕はさらなるアイアンゴーレムを召喚しようと魔力を汲み上げた。



 ――その、直後のことだった。



 ホムラがなにか気がついたようにその場を退避する。


 それが、全ての始まりだった。


 キングゴブリンが防御をやめて両の腕を大きく広げる。


 チャンス。誰もがそう思い――その直前で、硬直した。


 理性は行けと叫んでいた。



 けれどそれ以前の部分――本能の奥底で恐怖した。



 踏み込めば、死ぬと。

 何が起こるかも分からないまま。

 されど、命の危機だけは、はっきりと認識していた。



『【グォアアアアアアアアアアァァァァァァァッッ!!】』



「「「――ッ!?」」」


 響き渡ったのは、心の芯に突き刺さるような咆哮だった。

 魔力を孕んだ衝撃は身体中へと響き渡り……気がついた時、僕の体は力なく地面へと倒れかけていた。


「く、か……ぁ」


 汲み上げた魔力は、制御も出来ず霧散する。

 まるで痺れたように体は不自由で。

 ちかちかと視界は明滅している。


「な、にが……起きたっ」


 ぎりぎりのところで、膝を屈さず何とか耐える。

 ……状態異常、なんだろうな、きっと。

 周囲を見れば、冒険者たちは一人残らずその場に倒れている。

 その中で唯一耐えられているのは……僕だけだった。


 これでも、一応は勇者だから……かな。

 変なところで発動した勇者補正に苦笑しつつも、周囲の人たちに声を上げる。


「だ、大丈夫、ですか……ッ」

『……!』

「そ、ソーマ、か……。た、ぶん、あれは【王者の咆哮】……、レベルが下のやつを、まとめて行動不能にする。スキル、だ。効果時間は、さほど、無いはずだが……ッ」


 やばいよぉ、動けないよぉ! とはスイミーさんの言。

 近くの冒険者の声を聞き、僕は前方へと視線を向ける。

 そこには至近距離から咆哮を受けて動けなくなっているアイアンゴーレムと、同じく硬直し、地面に倒れたホムラの姿がある。

 流石にホムラでも至近距離から受ければああなるか……。

 僕は膝に手を当てたまま、前を睨む。

 そこには体中から蒸気を上げて自然回復に浸かるキングゴブリンの姿があり、その光景に僕は軽い絶望を覚える。


「……なるほど、こりゃ、Aランク呼ぶわけだ」


 一人呟き、何とか剣を構える。

 他の人達が回復するまでの時間稼ぎ。

 数秒か、数分か……数十分か。

 僕を見据えたキングゴブリンに口角吊り上げ、無理矢理笑う。



「さぁ、行こうか第二ラウンドだ」




 ☆☆☆




 一柱の魔王。


 対峙するは、一人の勇者。


 後に、この日を語った吟遊詩人。

 

 彼ら彼女らは、その唄の名を声高々に叫ぶ。



 曰く――【英雄の生まれた日】と。

 

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