027『作戦開始』
その後、昼食を子ども達と一緒に食べた僕とホムラは、少し時間に余裕を持ってギルドへと戻ってきていた。
「……ソーマ。何あげた?」
「ん? あぁ……」
隣のホムラから疑問が零れる。
多分それは、さっき宿を出てくる前に三人に渡した腰袋に関しての疑問だろう。
「ないとは思うが、Aランク冒険者も、ホムラも、もちろん僕も、全員が何らかのアクシデントに見舞われて、あのキングゴブリンを素通りさせてしまう、ってことも可能性としてはあるわけだ。だから、保険をかけただけさ」
そういって、腰袋からソレを取り出す。
始まりは、図書館でたまたま発見した伝承だった。
その伝承の気になった部分を抜粋すると『死したドラゴンの牙を撒いたら、なんか部下たちができました』という話。
地球でもそう言う感じのあったなー、と思い、何の気なしに召喚術式を試してみたところ……なんか出来ちゃいまして。
「じゃじゃーん、『竜の牙』。地面に撒いたら絶対服従の竜牙兵が出来上がります」
ちなみに強さはマッドゴーレムとタメ張れるレベル。
これをそれぞれ三人に二十本ずつ分け与えてある。少々過剰戦力だろうし、そもそもこれだけの戦力あってゴブリンを逃がすことはないと思うが……まぁ、あくまでも保険だ。
「ん、ずるい。私も欲しい」
「要らないと思うけど……」
そう言って腰布の中から数本の竜の牙を手渡すと、彼女はヘルメットについてるベルトの部分にそれらの牙を挟み込んでゆく。いくらお手軽に召喚できるとはいえ、彼女ならそんな兵力いらないと思うんだけどな……。まぁ、あって困るものじゃないとは思うけど。
そんなことを考えていると、見覚えのある筋肉が近づいてくるのが見えた。
「おう、早いなお二人さん」
「む、おっさん」
ホムラが不機嫌そうに呟き、おっさんことギルドマスターは困ったように苦笑する。ま、自業自得だから甘んじてその称号を受け取りなさいな。
「どうしたんですギルドマスター。まだ早いですよね」
「おう、始まる前からビビってる奴でも居たら、ちょっくら緊張解してやろうと思ってたんだがな……。まぁ、お前さんらは問題ねぇか」
そう言って『がははは!』と彼は笑い、僕らの方をビシバシ叩いてくる。おいギルマス、いまスイさんが咄嗟に防御してくれてなかったら僕、今頃瀕死の重体だったぞ。間違いなく。
そう彼へと不満を言おうとして……はたと、彼の表情を見て言葉を飲む。
「……それに、年甲斐もなく俺も緊張してるんだ。なにせ、相手と来たらキングゴブリン。『あの個体に統率されたゴブリンは森を彷徨う小鬼とは一線を画し、王自ら率いる軍勢は破竹の勢いで国を呑み込む』――なんて伝承もあるくれぇだからな。ぶっちゃけ、俺でも怖い」
……確かにな。
僕みたいな小物でも感じられる絶対的な強さ。
ホムラではまだ勝てない。そう思えるほどに隔絶した力を持ち、人と同等の知性を誇り、また、無数の軍勢を意のままに操る。
そんな化け物、僕が彼の立場でも戦いたくない。出来ることならば引っ込んで震えていたい。Aランク冒険者たちに全てを任せてしまいたい。
が、彼の立場が、ギルドマスターの肩書きが、彼を縛る。
ギルドマスターは僕らへと再び視線を向けると、先ほどと同じように……それでいて、願うようにして肩を叩く。
「二人とも、今日は頼りにしてるぜ」
彼はそう言うと冒険者の元へと歩いていく。
その背を見送るホムラの目には、少し驚きがこもっていた。
ま、彼はなんだかんだで基本的に『ホムラがメイン』で話を進めていたからな。余程『二人とも』って言ったことに驚いたんだろう。
「……ソーマ」
「ん? どうしたホムラ」
聞き返すと、彼女は僕へと何かを言おうとして、すぐに口を閉ざす。
「……いや、なんでもない」
代わりに出てきたのは、そんな答え。
その答えに小さく笑い、彼女の頭をくしゃりと撫でる。
まぁ、好きも嫌いもあるだろうけど、人間っての変わるもんだ。僕だってこの世界に来てから随分変わった。端的に言うと、人生舐めてるクソニートが働くようになった。これは信じ難いほどに大きな変化だ。
「……そう。言いたくなったらいつでも言えよ?」
「ん、ありがと」
だから、彼だっていつまでも『ホムラが嫌いなギルドマスター』で居るわけじゃない。
だって、人は変わるのだから。
それは僕もギルマスも、きっとホムラも例外じゃない。
☆☆☆
およそ一時間後。
僕らはゴブリン集落のある森の奥へと行軍していた。
今回の作戦としては、こう。
まず、それぞれを四つの班に別ける。
Aランク冒険者パーティ『撃滅の龍』を中心としたA班。
ギルドマスターらを中心として作られたB班。
顔見知りの冒険者たちが中心となって作られたC班。
そして、僕やホムラを中心として作られたD班。
その後、B班が東、C班が北、僕らD班が西にそれぞれ展開し、A班が南の集落正門から小細工無しのぶっ込みを掛ける。簡潔に言うと真正面からの襲撃だ。
でもって、A班は集落中に混乱を引き起こしながら頭であるキングゴブリンを迅速に討伐。統率を失い、バラけて逃走を始めたゴブリンたちを、四方に展開していた僕らで思いっきり狩り尽くす。
かなり穴だらけの作戦だが、むしろこれだけ大雑把な方が状況に合わせて対応できる分、こっちの気も楽になる。
「……で、ゴブリンキングの討伐に成功した場合、イルミーナによる上空への『ファイアボール一回』。何らかのアクシデントで討伐しきれなかった場合は『二回』。その他に三回、四回と、それぞれ『敗北時』と『救援要請』になってるのか……」
一回が成功時。
二回が失敗し、逃がしてしまった時。
三回と四回時は……打ちあがった瞬間に絶望だな。
東西北どちらの方角にキンゴブが向かうかにもよるが、最悪の場合いずれかの班が全滅の憂き目に会う。というかあんなの相手にすりゃ僕らでもキツイ。
「はぁぁ……どうかこっちに逃げてきませんように」
大きく息を吐いてそう願うと、前方の集落を見据える。
それぞれの班が準備完了したかはここからでは窺えない。
だが、各々準備が完了し次第、南から突撃する撃滅の龍へと連絡用員を送ることになっている。南が動けばそれ即ち準備完了――となる訳で。
「おいソーマ! 南が動いた!」
「はい、こっちでも確認してます」
冒険者の一人が声を上げる。
ちなみに僕は彼らほど視力がよくないため、斥候に送ったダークバッドを介しての確認だ。
「うし、それじゃあ皆さん! 南が動きましたので、森から出ない範囲内で戦闘準備をお願いします! 多かれ少なかれゴブリンが出てくるはずですので、そこを森から出て一気に叩きます!」
「おうよ! 逃げてきたヤツらを不意打ちってワケだな!」
「はっはぁ! なかなかいい作戦考えるじゃねぇかギルマスもよぉ!」
冒険者たちがやる気の声を上げる中、僕が集落への視線を向けたとほぼ同時、空気をつんざくような巨大な咆哮が鳴り響く。
「……っ」
誰しも息を飲み、緊張に拳を握りしめる。
――戦闘開始。
その四文字が頭を過ぎり、集落の中心部へと状況確認のため、数体のエレメンタルを送る。ダークバッドはまだ『公』にはしたくない裏の斥候要員だからな。
見れば集落の中からは早くも脱走するゴブリン数体が溢れだしており、それを見て背後の冒険者たちへと振り返る。
「それじゃあ、行きますよ皆さん!」
その言葉にホムラが双剣を抜き放ち、続いて他の冒険者たちも各々の武器を抜き、集落へと向けて構えてゆく。
さぁ、作戦開始だ。
☆☆☆
「……ほぅ、あれが二人の――」
森の中に潜む黒髪の人物を見て、男は呻く。
「魔力量が特筆して大きいな。しかも黒髪に……あの指輪。初代勇者の持っていた【暁闇の円環】か。その上であれだけの魔力量……、そこだけならば大魔王様にも匹敵する」
男は、危機感を覚えた。
初めは別の案件からこの街にたどり着き、その一件にカタをつけるため、犯罪者ギルドをけしかけたり、はたまたゴブリンの集落などを作り上げてみたものの……いざ蓋を開けてみれば、それ以上の厄介事が紛れていた。
「勇者関係者か……? まぁ、いい。黒髪は二人居るようだが、この際二人まとめて蹴散らしてくれる」
男は呟き、指を鳴らす。
彼の視線の先で、青い炎が瞬いた。
熱くも寒くもない、形だけの炎。
その中から――その場に居るはずのない巨体が姿を現す。
大きな魔力に惹かれ、飢え、渇望に唾液を漏らす大きな『鬼』。
それを見て、男は愉悦に肩を震わせた。
「さぁ、ショーの始まりだ」
かくして男は、闇に解けるように消えてゆく。
そこに残ったのは男の微かな魔力の残り香。
そして、凶暴極まる一匹の鬼だった。
【豆知識】
〇転移魔法
古代に実在したとされる伝説の魔法。
現代の賢者をして実現不可能と太鼓判を押した。
曰く、技術だけなら再現できる。
ただし、発動に足るだけの魔力が無い、とのこと。
賢者の言う通り転移魔法の発動には尋常ではない魔力が必要となり、魔法発動の技術、知識も含め、転移魔法は現在の人類では到達できないほどの難易度とされる。
ただ、例外として。
魔王の中には、魔物の特性を利用して転移を行う者も居るとのこと。
その転移にはさほど魔力が必要ではないとされているが。
いずれにせよ、転移を使う魔王となれば、大魔王の側近クラスと想定される。




