025『Aランク冒険者』
――数日後。
引きこもり→ギルド→公爵家→引きこもり→ギルド――と。
そんなルーチンワークが出来上がりつつあった最近。
もはやアイシャの魔力制御は僕よりも上手いんじゃないかってくらいだし、ギルドも最初は『そ、ソーマさん! こ、ここ、公爵家から魔力病治療の依頼ってどういうアレですか! し、指名ですよ!?』とテンプレみたいなセリフ吐いてたが、今では『あっ、ソーマさん。今日も公爵家ですか? アイシャ様によろしくお願いします』程度に収まってる。慣れって怖いね。
「ま、つっても数日だしな……」
一人呟き、ちらりと隣の方へと視線を向ける。
そこにはいつもの様に僕の出した料理をかきこむ三人+ホムラの姿がある。子供たちはまだ筋肉痛に顔を顰めながらの朝食だし、ホムラは相変わらず子供たちの目もはばからずガツガツ行ってる。
このメンバーで変わったことといえば、三人の胃の調子がある程度整ったため、ガッツリしたものまで食べられるようになったということ。
そしてなにより――
「マスター、今日はどうするのですか?」
「ん? あぁ、引きこもるかな、安定で」
レイの質問に頬杖つきながらそう返す。
一番変わったのは、この子達が僕に接する態度だろう。
前まではガッチゴチのあまりクーデレキャラみたいに化してたレイも、今や『問おう、貴方が私のマスターか』とでも言いたげな男装少女になってる。
「そ、それじゃあご主人様っ! わ、私の訓練に――」
「ハクさん、あまりソーマさんのお手を煩わせてはダメですよ」
残る二人も緊張がやっと解けたか、それぞれ元の性格が見えてきたところだ。ハクはなんだか少し甘えん坊に、カイは爽やかさに磨きがかかったように感じる。くっ、このどストレートなイケメンめ! 爽やかスマイルな超絶イケメン、頭も良さげで育ちもよさげ。加えて性格までいいとかお前はどこの完璧超人だ。
「ん、ソーマ。そう言えば、今日おっさんに呼ばれてる」
そして全く、微塵も、安定してブレること無き我らがホムラ嬢。
一人で行ってきなさいよ一人で、と言いたい気持ちが一杯だが、そう言ってしまったら「ん、ソーマが行かないなら、私も行かない」とか言い出すのが目に見えてる。
「うい、分かった。多分ゴブリンの件だろ」
「ゴブリン……? なんの話ですか? ご主人様」
ハクが首を傾げて僕を見上げる。
そういや言ってなかったか……と視線を返すと、簡単にだが現状について確認混じりの説明をする。
「いやな、実は街の近くにゴブリンの集落ができてるみたいで。それを狩るのに王都からAランク冒険者がやってくるんだとさ。その支援、裏方として僕らも動かされるワケ」
「ソーマさんならメインでも動けると思いますが……」
「分かって言ってるだろカイ、僕は目立ちたくないの、極力動きたくないの」
その言葉に『ええ、理解してますよ』と頷く三名。
……コイツら勘違いしてるな。
僕は欲望に忠実に生きてるだけ。
対してこいつらは『ふっ、あの力に頼らず解決できるのが一番だろう』的な意味合いに捉えてる可能性が非常に高い。うん、言葉だけ見たら否定しませんけどね。少なくとも君たちが思ってるようなニュアンスは皆無だと思います。
「ん、ソーマは働きたくないだけ」
「ホムラさんっ! ご主人様に失礼ですよっ!」
的を射るホムラにハクが怒る。
そんな光景に苦笑しながら、僕は朝食を口に運ぶ。
さて……Aランク。どんな化け物達が揃っているやら。
そんなことを考えながら。
☆☆☆
その後。
ここ最近は三人の育成に専念していたホムラと共にギルドへと来た僕は、なんだかいつもと雰囲気の違うギルドに入って首を傾げる。
「……ん、何だこの空気」
ギルドのロビーには普段は見かけない野次馬一般人の姿が見える。
まるで熱にうかされたように人々は受付の方へと視線を向けており、その光景を見てホムラがポツリと呟く。
「ん、Aランク、来るって言ってた。たぶんそれ」
「あぁ……、単騎で竜殺しやるとか言ってたもんな」
Aランク冒険者、推定レベル『50』。
小遣い稼ぎで竜を狩り、数人集えば魔王すら討ち滅ぼすとされる化物集団。今回来てるのはAランク冒険者一人をリーダーとした数人パーティらしいが、その一人を覗いた他メンバーもBランク最上位。間違いなく今の僕らよりも格上だ。
そんな英雄が来るってなったら、歴戦の冒険者とは言えどもソワソワして当然だろう。そう、内心でこの空気に納得する。
「……魔法使い、居なきゃいいんだがな」
そうして、僕は右手の指輪へと視線を向ける。
今の僕は『紫の指輪』の影響で魔力を遮断している。まぁ、勇者の所有物でも僕の魔力量は完全には押さえきれなかったらしいが、それでも『人外→宮廷魔導師』くらいには溢れる量が減ったらしい。
ま、依然として『高い』ってことには変わりないから、Aランク冒険者パーティに魔力視の出来る魔法使いとか出てきた場合は絡まれる可能性大である。うん、帰りたくなってきた。
「……おっさん、来たっぽい」
ふとホムラから声が聞こえて人混みの向こうへと視線を向けると、そこには人混みの上からでもありありと分かる筋肉の塊が。あんな高身長超筋肉、僕はギルマスしか知りはしない。
しかしその筋肉の向かう先は僕らではなく、受付に居るらしいAランク冒険者パーティの方だった。
「……おっ、なんかやるみたいだな」
筋肉は二言三言話を振ると、すぐにそのパーティを連れて掲示板の前へと向かいだす。
何をするのか、と遠目に見ていると、そこに設置されていた演説台に上がったギルドマスターは大きな声を張り上げた。
「皆の者! この度、長らく手が出せないでいたゴブリンの集落を潰すべく、王都から名うてのAランク冒険者が駆けつけてくれた!」
『オオオオオオォォォ!』
周囲から歓声にも似た声が上がる中、ギルマスと入れ替わりで数名の冒険者たちが演説台へと上がってくる。
さっきは人混みであまり姿が見えなかったが、男二人、女三人の五人パーティで、そのリーダーらしき男性が一歩前へと歩み出る。
「ご紹介にあずかりました、僕はAランクパーティ『撃滅の龍』のパーティリーダー、アレックスと申します。二つ名は【滅龍士】、よろしくお願いします」
その爽やかスマイルに『キャー!』と黄色い歓声。
僕はそもそも興味ないからどうでもいいが、男冒険者達から物凄い憎悪の視線が送られている。中には好きな人を……いややめておこう。強く生きろよお前ら。
そして彼へと熱い視線を送っているのは隣のホムラも同じこと。お年頃って奴かな、なんて思いながら隣へと視線を向けると。
「……ん、私より、ずっと強い。わくわくする。戦いたい」
「……」
頬を染めてそんなことを言ってる彼女を見て、僕は呆れて物も言えなかった。
……ホムラってばそういう感じでしたね。色恋沙汰が無さすぎてお父さんちょっと心配です。
冒険者登録して長いけれど、未だに友達ができた素振りすらないのだけれど。
僕ですら友人は何人かいるんだぞ。受付嬢から公爵家まで幅広いけどさ。
そんなことを考えている間にもほかの人たちの紹介も終わったらしく、再度壇上へと上がってきたギルドマスターが大きな声で宣言する。
「つーことだ! 善は急げっつーことで、日が沈む前――今日の午後一時にこの街を出立、二時過ぎに集落への襲撃を行う! 主たる面々にはあらかじめ声を掛けておいたから問題ないだろうが、準備が出来る者、我こそはと思う者、奮って参加し、ゴブリンの野郎共を屠って欲しい!」
その言葉に異論は出ず、むしろ大きな歓声が響く。
なにせ、ゴブリン集落なんて危険極まりないモノが目の前にあるのだ。その上で『ま、一日くらい伸ばしても大丈夫だろ』だなんて呑気なことは言えっこない。こうしている今にも被害が増えているかもしれないんだし。
僕は隣でやる気満々のホムラを一瞥し、小さく息を吐く。
……さて、僕も僕で、ちょっとばかし頑張りますか。
まぁ、さほど目立たない程度に、って前提付きで。
☆☆☆
十数分後。
黒髪ということですぐにギルマスから見つかった僕らは冒険者ギルドの会議室へと通された。
僕らの先には既にAランク冒険者パーティ『撃滅の龍』と、その他何となく見覚えのある冒険者たちの姿がある。そいつらのほとんどがホムラを見た途端にサッと視線を逸らしたため、たぶんホムラの強さを知ってる連中だろう。
「……へぇ」
ふと、声が聞こえて視線を向けると、そこには撃滅の龍のメンバーの一人、魔法使いのローブを纏った一人の少女の姿がある。
「うげっ」
やっぱりいやがったか魔法使い。
他メンバーが全員『この少女……やるな』みたいな視線でホムラを見ている中、一人だけ僕の方をロックオンしてやがる。
「初めまして、今回メインでやることになったアレックスです。……失礼ですが、もしや名うての冒険者の方ですか?」
爽やかなイケメン――アレックスがホムラに声を掛ける。
僕にはさっぱりわからないけど、多分こういう人たちって『足運びだけで相手の実力を測れる』的な特殊能力持ってるんだろうなぁ。大事なことだから二度言うが、僕はさっぱりわからないけど。
「……ん、まだ、Eランク。名うてじゃない」
「い、Eランク……っ!? ランク詐欺もいいところじゃん!」
お仲間の一人が思わずって感じで叫ぶが、アレックスとやらはなんとなーく察したような雰囲気醸し出してる。
「……なるほど、つい最近ギルドに登録した、と言った感じですか?」
「そーいう感じ」
そう言ってホムラが空いている席に腰を下ろしたため、僕は無言でその隣へと視線を下ろす。
アレックス君はホムラに興味を抱いたのか、彼女へと世間話を振っていたが……こやつ、やるな。ニート特有『相手の顔色伺い』を持ってしても下心が見えない。普通に善意百パーセントの良い奴じゃないか。
「ふぅ……」
これでなんかやっかみ受けるとかそういうのは無さそうだ……と安堵していると、ふと、彼の隣に座っていた魔法使いと視線が交差する。
「……ねぇアンタ」
魔法使いがなんか言ってるが、たぶん違う人に言ってるんだろうなと思い込んでスルーする。なんかこっちを見ていたので視線を外し、頬杖をついて窓の外へと視線を向ける。
あぁ、今日もいい空だ。絶好の引きこもり日和なのに、なんでったって僕は今日も働いているのか。現実は理不尽だ。働きたくない。しごく純粋に。
「ねぇ! ちょっと無視するんじゃないわよ! 話聞いてんのアンタ!」
「……はぁ、働きたくないな」
「話聞いてないのね分かったわ!」
「ちょ、ちょっとイルミーナ! い、いきなりどうしたのさっ!」
暴れ始めた魔法使いをお仲間の一人が羽交い締めにする。
その光景を傍目に見ながら欠伸をしていると、のしっのしっ、という足音と共にギルドマスターが部屋の中へと入ってくる。
「おーう、全員揃っ――――いったい何があった?」
暴れる魔法使い、押さえつける仲間冒険者。
目を見開いて固まるアレックスに、僕の真似して頬杖ついてるホムラ。
そして魔法使いから罵詈雑言浴びてる僕を見つめて、彼はなんとかその一言を絞り出す。
さて……。一体どうしよう。
社交性皆無ッ!
みなさんはこんな大人にならないように気を付けましょう。




