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024『人生計画』

 ――結果から言おう。

 アイシャの魔力病は癒えた。

 完治……したかは分からないが、とりあえずしばらくは様子見。僕も数日か数週間か、この屋敷に通う日々が続くかもしれない。

 生まれて初めて『痛くない』と泣き出したアイシャと、妹の様子を見て感極まったイザベラと。二人を部屋に残し、僕とハイザは元の接客室へと戻っていた。


「まず、ありがとう、ソーマ殿。娘の命を救ってくれて」


 ソファーに腰を下ろしたハイザは、そう言うや否やテーブルに額を擦りつけるようにして頭を下げる。

 何気なく呼び方が『ソーマ→ソーマ君→ソーマ殿』と変化していることからも、本気で感謝されてるんだろうなぁ、とは思う。


「やめてくださいよ。別に善意でやってる訳じゃない」


 とか言いながら、別に報酬がなくても目の前で血反吐吐かれたら助けてしまいそうな自分がいて何だか微妙な気分。


「……あぁ、娘を救ってもらったのだ。でき得る限りの礼は尽くそう」


 しかしハイザの顔色は少し憂いを帯びている。

 まぁ、その『礼』ってのがこんな素性も知れない男を王族の前まで引っ張ってくことだもんな。今回の件は父親としては正解だが、一貴族としては失敗だったのかもしれん。


「そんな難しく考えないでください。王族と話ができるなら、僕は牢獄の中だって問題ないです」

「……よほど、自信があるのだな」


 まぁ……うん。

 あるっちゃある。最悪牢屋越しの面会になって『ふはははは! 貴殿は既に鳥籠の中……これからは我らが望む通りに能力を使ってもらおうか!』となったら牢屋の中に最高級ベッド召喚して引きこもってやればいいし。……というかむしろそっちの方がいいんじゃないか? だって食料とか全部召喚できるんだし。

 ……いやいや、僕は自分が召喚術式使うまでもない最高級ヒキニート生活を作り上げるんだ。そんな中の上程度のニート生活……羨ましいけどさほどでは無い! そう、夢の実現の為ならば!


「……そう言えば、ソーマ殿。イザベラからは『王族のいずれかに紹介して欲しい』とは聞いているのだが、貴殿のやろうとしていることは何も聞いてはいない。……王族に説明するにも理由が欲しい。せめて、そこは明かしてくれないだろうか」

「……あっ、言ってませんでしたっけ」


 そう言ってイザベラとの問答を思い出す。

 確か……王族と交渉したいからその席を設けてくれ、的なことは言った記憶がある。あと『平穏のため』ってのも言った気がするな。けど……うん、要肝心のところは何も言ってない気がする。


「そうか……言ってませんでしたね」


 そう言って顎に手を当てると、少し悩む。

 ぶっちゃけ、僕の人生は行き当たりばったりだ。

 最終目標は定まってるが、そこに至る『道中』はブレッブレ。色んなことが後々に分かって、その度に修正してるからここ数日でも二転三転してる。多分これからもブレてブレて、最終的には今の考えてる未来とは大きくかけ離れてるんじゃないかと思う。

 ただ……それでも、何となく大まかな道程は考えてある。


「まず、望むのは平穏。ぶっちゃけ何もしなくても生きていけるだけの土台が欲しい。奥に引きこもっていてもなんの問題もなく全てが解決する。そんな基礎を作りたい」


 これは普通にたくさんの召喚獣出して、全員を僕の世話に専念させれば済む話。だが、そうなると目立つ。いくら山奥でも、僕の余生――60年近くを一度の邪魔もなく過ごすだなんて無理に近い。

 というわけで、予めその土台を作る。

 その土台を作るのにたとえ20年かかったとしても、その後の40年を最高水準の引きこもりで居られるのならばそれでいい。

 つまり、極論。



「簡潔にいえば、村を作ります」



「…………はっ?」


 ハイザが、目を丸くして声を上げる。


「僕を村長として、村を作ります。圧倒的な兵力と特産品と魅力を持った村を作り、『街』になるまで発展させます。……もちろんそうなれば面倒ごとはあるでしょうが、全部潰します。片っ端からへし折ります。その上で、最終的には『誰も手出しできない最高の街』とします。それこそ、僕が居てもいなくても勝手に回っていくような」

「そ、それは……」


 不可能だ、と言おうとしたのだろう。

 されど彼は僕の目を見て言葉を飲み込む。


「……出来る、のか?」

「どうでしょうね。詳しいことは何も考えてませんし、そもそもある程度出来上がったら村長なんて辞めて引きこもる気ですし」


 出来る、と自信を持って胸は張れない。

 僕にそれだけのカリスマや能力は備わってない。

 が、僕の仲間となれば話は別だ。

 ホムラが居る、スイミーさんが居る。

 まだ頼りないが、あの三人もついてる。

 そして、まだまだこれからも僕の配下は増えていく。

 となれば、少なくとも『不可能』じゃない。


「妥協はしない、世界に誇れる最高の街を作る。……そのためにハイザ、アンタには王族と交渉できる場を設けて欲しい。そこまでやってくれれば、あとはこっちで交渉する」


 ……とは、言ったものの。

 そう内心続けて大きく息を吐くと、ソファーの背もたれに体重を預ける。


「……しかし、王族が認めたとしても、その周りにいる貴族達が納得するとは限らんぞ。どころか、素性も知れない男にいきなり土地を渡すなどとなれば間違いなく反対される。もしかすると、貴殿を抹殺しようとする貴族も現れるやもしれん」

「だよな……、そこが問題だ」


 まぁね、その解決策なら分かってるんだ。

 単純に、僕らの方で『妥当だろう』と思えるような実績を上げればいい。貴族でもなんでもないが、一つの土地を治めるに足ると誰もが認める実績があればいい……のだが。


「目立ちたくないんだよなぁ……」

「……うぅむ、となると難しいな」


 ハイザが呻く。

 ぶっちゃけ実績なら既にあるんだ。

 犯罪ギルド『絶望ノ園(デスパイア)』の殲滅。

 賢者にもなし得なかったアイシャ・クロスロードの治療。

 その他に、数日以内の始まるであろうゴブリンの集落殲滅作戦。そこで運良くホムラがゴブリンキングでも狩りとってくれれば最早なんの支障もない。

 ただ……そこで『ソーマ・ヒッキーが目立たない』という条件成立が難しい。


「言っておくが、ソーマ殿。さすがに私とて王族と一般人の対談を『誰にも知られることなく』進めるのは不可能だ。少なくとも宰相にはバレる。それに貴殿が既に上げた二つの偉業……これを隠し通すのもまた難しい。村長となるのであれば、目立たないというのは最早不可能と言ってもいい」

「ですよねぇ……、分かってました、半ばくらい」


 完全無欠のニートになる=目立たない。

 そんな公式は、この世界では成り立たない。

 というか完全無欠を目指してるんだ、向こうの世界でも難しいかもしれないが、少なくともこっちの世界ではそれ以上に難しい。それこそ僕の三大欲求である『動きたくない』『目立ちたくない』『楽して生きたい』の内ひとつ、目立ちたくないって項目を犠牲にしてしまうくらいには。


「だから必死こいて考えてるんですけどね……」


 一番簡単なのが『全部ホムラのせいにする』だ。

 けど、犯罪者ギルドの方はそれがまかり通っても、残念ながら魔力病の方は僕に魔力量の隠蔽術がない以上…………って、待てよ?


「……魔力を隠す魔導具」


 ふと、考えた。

 魔力を隠す魔導具。

 そんなものは図書館の資料には無かったが、あの資料は市販されているものしか記載がなかった。ということは――。

 勢いよくハイザへと視線を向けると、彼は少し驚いたように目を丸くしている。


「魔力を隠す、魔導具……か。初代勇者が使用していた紫色の指輪にそのような能力があったと言い伝えられているが――」

「そっ、それだ!」


 僕の召喚術式は、存在しないものまで召喚できる。

 ならば、過去にしっかりと実在した魔導具の一つや二つ、具現化し、召喚できないはずがない。

 右手を胸の前へと構えると、一気に魔力を込める。

 思い浮かべるのは、図書館で読んだ勇者伝説の一ページ。

 伝説に記された勇者――が、していたとされる紫色の指輪。

 所有者の魔力を完全に遮断する伝説の魔導具。


「こい、紫色の!」


 そう唱えると同時に、僕の手のひらへと紫色の指輪が生まれる。

 消費した魔力量は……うん、魔剣もどきを召喚した時にも引けを取らない。間違いなく本物だ。


「そ、そそそ、ソーマ、殿……? そ、そ、それは……ッ」

「ええ、再現してみました、今ここで」


 まぁ、イメージでしかないし、これがオリジナルと同じ力を持っているか、と聞かれれば首を傾げるしかないけどな。あくまでも贋作だ。

 けどまぁ、贋作が本物に劣るとは限らないしな(キリッ)。

 そんな感じで指輪を右手の人差し指に嵌めていると、ハイザがなにか冷や汗を流しながら独りごちる。


「……なる、ほど。先の椅子と言い、その指輪と言い……。私の理解が間違っていなければ【召喚術】……それも、私たちの知るソレよりも高位の力か? それこそ、存在しないものすら取り寄せるような」

「ご名答」


 さすが公爵家、頭の回転が速い。

 そして何より、この短時間で辛うじて出来た理解を、納得までもっていけてるのだからすさまじい。普通は『そんなバカな』で終わる話だからね。

 まぁ、それでも僕が使役していた魔物達がその力によるもの、とまでは推測できていないだろう。なにせこの時代に『魔物を召喚する』って常識はない。こんなもんは現代日本のファンタジー文化が生み出した間違った常識だ。


「これで僕は、正真正銘『雑魚』に成り果てた。後はホムラ……妹が全てやった事にして、僕は大人しくそのオマケ、って位置に落ち着くとするよ。あとは――」

「……承知している。魔力病の完治はたまたま貴殿の故郷に『異なる治療法』が広まっており、それを伝え聞いただけ。犯罪者ギルドは貴殿の妹君が討伐した事としよう。そしてその能力、その有用性、しかと王族達に伝えてくる」


 その言葉に僕は頷く。

 ま、どーせ王族たちには本当のことが伝わるんだろうが、その周りにさえ事実が伝わらなければそれでいい。限られた中で完全に箝口令敷いてくれるならなんの問題もない。


「それじゃ、僕は今日はこの辺で。今度はギルド通して呼んでくださいね」

「ああ、明日からはギルドへと指名で依頼を入れておく。今日は色々と済まなかった。……そして、ありがとう。今一度礼を言う」


 そう言って頭を下げるハイザを傍目に、僕は軽く手を振って歩き出す。

 さぁて、とりあえず道は開けた。

 あとは順調に、雑魚への道のりを下ってくだけ。


 僕は屋敷から出ると、腕を回してやる気を込める。



「さぁ、今日はもう引きこもるぞー!」



 とりあえず、明日から本気出す。

地位も、名誉も、金も欲しい。

ただ、それらはあくまで過程に過ぎない。

その先に待つ楽園の為の、土台に過ぎない。

そして、それらを得るのが自分でなくとも構わない。

地位も名誉も金も全て、利用できるのならそれでいい。

自分が目立つ必要はない。

自分が表に立つ必要はない。

僕はいつだって、影で甘い汁を吸えたら満足だ。


そう嘯くクソニート。

しかし、彼は一つ、大きすぎる誤算をしていた。


それは、彼の人生計画において唯一無二の想定外。


『ソーマ・ヒッキーが目立たず生きる』


その大前提そのものが、実現不能な絵空事だったこと。


彼はまだ知らない。

数か月後、自分が『影の英雄』と呼ばれ、大陸全土で名を馳せているだなんて。

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