023『治療』
どうも。
純粋で無知な少女に勇者と言って取り入った無粋なニート、ソーマ・ヒッキーです。
あの後しばらく経って、なんだかんだでお昼ご飯までお世話になって、さてお昼寝でもしようかな……とか思い始めたあたりでアイシャの目が覚めたとの情報が入った。
「あぁ、引きこもりたい」
「こんな男に頼るしかないのか……」
隣で呻くイザベラを他所にアイシャの部屋へと足を踏み入れると、ベッドの上で上体を起こしていた彼女は僕を見るなり花が咲いたような満面の笑みを浮かべる。
「あら、勇者さまっ! 申し訳ありません、大事なお話の途中で眠ってしまいまして……」
「いえいえ、とんでもない。それより大丈夫か? 体調は」
「はいっ! 勇者さまから頂いた薬のおかげです!」
「それは良かった」
そう言いながら、ベッドの隣に置いてあったままの椅子に腰掛けると、そのすぐ後ろに完全装備のイザベラが控える。そしてそのまた後ろにはハイザパパが沈黙を貫いており、どっからどう見ても『おかしな真似をすれば殺す』って感じの意思表示にしか見えない。
……分かった、分かりました。真面目にやりますよ。
ちゃんと敬語使って真剣にやりますから。そんなに睨まないで貰えます?
そう振り返ると、『さっさとやれ』とアイコンタクト。
僕は諦めてアイシャへと向き直った。
もちろん、そんな言外の攻防は闘病生活の長いアイシャには分からないことで、彼女はにこにこと笑いながら僕を見つめている。
「それで、勇者さまっ!」
「ええ、早速ですが治療を始めましょう。どうやらすぐに治るという病気でもないみたいですしね」
「……? は、はい」
いきなり敬語を使い始めた僕に首を傾げつつ、彼女は返事をしてくれた。
魔力病の完治方法はただ一つ。
本人が魔力の制御能力を身につけること、それだけだ。
だから、僕がいくら暴走魔力を引き受けようが、その間に彼女が魔力制御を習得できなければなんの意味もない。
そういう意味での『すぐ治る訳では無い』ってことだ。
「わ、私! いっしょうけんめい頑張ります!」
「……ま、急ぎの用事もありませんし、ゆっくりでいいですよ。少しずつ慣れましょう」
そういった途端、後ろから『さっき忙しいって言ってただろうが……』という二つの視線が突き刺さる。ごめんね、あの場しのぎの嘘言って。実は引きこもる以外に特にやることがないくらいには暇まっしぐら。今日もこの件がなかったら宿屋の一室で引きこもり生活送ってましたわ。
閑話休題。
小さく咳払いをした僕は、二つの視線をガン無視して話し出す。
「とりあえず、基本的な治療法としては賢者さんが行ったものと同様にやります。言伝でしか聞いてませんが……アイシャ様の暴走分の魔力を一時的に僕に移し、その間に魔力制御を覚えていく……って感じで、いいんだよな?」
「ああ、その通りだ」
魔力病についてより深く知っているだろうイザベラに確認するが、答えは肯定。賢者とやらもこの方法で治療を試したらしい。ま、その結果は現状を見れば明らかだろうけど。
「ついでに言うと、魔力制御を覚えるにはセンスのある者でも一ヶ月以上はかかる。アイシャは控えめに言っても天才だが、上手くいっても二十日間、最短でも一週間程度は習得に時間を要するだろう。つまり、貴様にはその間、ほとんど付きっきりでアイシャの元に居てもらう」
「……ブラックな仕事だな」
なんたる労働条件。
労働基準法ガン無視した彼女からの依頼に苦笑を漏らすと、アイシャは少し悲しそうに眉根を寄せる。
「も、申し訳ありません……。な、なんとか! なんとか、勇者さまのお手を煩わせないよう、頑張りますので――」
「ん? あぁ、大丈夫ですよ。上手く行けば一日で終わります」
が、別に気にするほどのことじゃない。
というか本当に天才なら最初の一回でマスターできるはず。そうでなくてもセンスがあれば今日中にマスターできる。センスがなくとも三日もあれば何とかなるだろう。
そういった僕の言葉にアイシャが「まぁ!」と目を見開くが、背後のイザベラから不穏な空気が漂ってくる。
「……冗談が過ぎるぞ。悪戯にアイシャを喜ばせるな」
「悪戯に、じゃないんだけどな」
最初っから『策』は考えてある。
魔力が多いから何とかなるだろう。たったそれだけのテキトーな理由から公爵家に乗り込むほど僕は勇敢な性格していない。僕の能力と出来ることを鑑みて、その上で『可能』と判断した。だからここに来たし、ここに居る。
僕は背後のイザベラへと振り返り、最後の確認を行う。
「なぁ、『知覚共有』ってスキル……知ってるか?」
「……ちかくきょうゆう?」
イザベラが不思議そうに首を傾げる。
うん、こりゃ知らないな。雰囲気からして明らかだった。
その後ろにいるハイザパパへと視線を向けるが、彼もまた首を横に振って分からないと告げている。
「……知覚共有、か。これでも数々の武勲をこの手で挙げている。スキルに関する知識でいえばかなりのものと自負しているが……聞いたことも無いな。オリジナルのスキルか?」
「かも、とは思ってたけど。アンタが知らないなら、そうなんだろうな」
実際、図書館で調べたスキル大全の中にも『知覚共有』のスキルは記されていなかった。ちなみに『召喚術式』のスキルも記されちゃいなかった。並列思考のスキルはあったけどな。
その上、公爵家でありながらも、大陸随一の武勲を誇るハイザ・クロスロードが『知らない』ときた。なら、僕の称号『特級ニート』及び、このスキルも唯一無二と見ていいのかもしれない。
……ま、こんなスキルがぽんぽん出てきていたら、あっという間に世界は戦争でめちゃくちゃになってるだろうしな。
「知覚共有ってのは、簡単に言えば他人と様々な感覚を繋げるスキルだよ。思考を繋げて遠距離で連絡を取ったり、他人の視界を覗き込んで索敵範囲を広げたり、相手の聴力を共有して情報を筒抜けにさせたり……まぁ、そんな程度の能力かな」
「そっ……そ、それは……」
目に見えてハイザが狼狽える。
ですよねー、今のところ使う機会が限られてるから実感湧かないが、このスキルってば『個』で『軍』を崩壊させられるぶっ壊れスキルだ。なにせ敵軍の作戦が全部筒抜け、諜報部隊もお役御免なクソチート。加えて遠距離から味方に対して指示も送れて……、なんだかんだ言いつつ諜報系能力の最上位に位置しててもおかしくないスキルだ。
加えて……このスキルは他人の思考を読める。
といっても、読心を使うつもりはないし、誰かに伝えるつもりもないけどね。
使ったが最後、色々と後戻りできない気がしてならないから。
「……痛覚の共有、なども出来るのか?」
「やろうと思えば」
端的な答えを受け、大きく息を吐いたハイザは体を弛緩させる。
なにせ、僕がアイシャになにかするかも、と気を張っていれば『僕を殺せばアイシャも死ぬ痛み味わうぞ』と来たもんだ。そりゃもうお手上げ状態だろう。
しかし彼はしばしの沈黙の後、その解決策に気が付いたか大きく目を見開いた。
「ま、まさか……」
「たぶん、そのまさか、だろうな」
知覚共有。
その本質は、自分の認識を他人と共有すること。
共有出来るモノは『認識できる感覚』であれば何も問題は無い。
つまりは知覚、人が把握することの出来る感覚すべて。
痛覚であれ、視覚であれ、聴覚であれ、嗅覚であれ。
――魔力制御の感覚であれ。
人がしっかりと実感出来るものであれば、共有出来る。
となれば、もはや解決は目前だ。
僕はきょとんと首を傾げるアイシャへと視線を向けると、半ば確信を持ってその解決策を提案する。
「まず、魔力を受け取り、知覚共有で『魔力制御の感覚』を直接アイシャ様に伝えます。で、終わりです」
「……お、終わり、ですか?」
「ええ、終わりです」
ぶっちゃけ、偶然と呼ぶには運が良すぎた。
彼女を上回る魔力量に、知覚共有といううってつけなスキル。加えてこれでも召喚術士。召喚や使役時に魔力消費がある以上、自然と制御能力は身についている。
……うん、もしかして女神様、狙ってたりしたのかな。
勇者としてのファーストミッション、難病に苦しめられている公爵家の娘を救え! みたいな。
だとしたら掌で踊ってるみたいで少しアレだが、良く考えれば『ニートになれれば別にどーでもよくね?』と気が付き思考停止。うん、もうニート化計画さえ上手く行けばどうだっていいや。女神様のことなんてわかんねぇし。
「それじゃ、やりますか。はい、アイシャ様。いつでもどうぞ」
「は、はい……! よ、宜しくお願いします……」
彼女へと手を差し出すと、おずおずと彼女は僕の手を握り返してくる。
柔らかく、暖かく、血の滲む小さな手。
そんな彼女の手を握り締め――次の瞬間、「い、いきますっ」という声と共に、ふわりと体の中が暖かくなる。
まるで……そう、寒い夜に暖かい布団に潜り込んだ時のあの感覚。心の底から『あぁぁぁ……』と声が出るような暖かい感覚。うん、そんな感覚を常時味わっていられるんだからニートって最強だよな。
瞼を開けると、目の前には心配そうに僕を見つめるアイシャの姿。
「……あれっ、もしかして終わりました?」
「え、あ、その……最初なので、ひかえめに……と、思ったのですが」
「まだまだ余裕ですよ。遠慮しないで、もっと流してください」
そう言うと、ぱあっと顔を明るくした彼女は一気に僕へと大量の魔力を流し込んでくる。それは周囲へと風圧を伴って荒れ狂うほどに大きな魔力量だったが……うん、大丈夫そうだな。なんならホムラ使役時に消費されてる魔力量の方が多いかもしれない。ちなみに単位は『消費/秒』。
僕の右手を両手で握り、しばらく魔力を流していたアイシャ。
彼女はどれだけ魔力を送っても『底』が見えない僕に驚いたようだったが、すぐに嬉しそうに笑い、残る暴走魔力を全て送り込んでくる。
かくして魔力の移動は全て完了。
瞼を閉ざした彼女は魔力制御を習得するべく集中を始める。
「さて、何回で終わるかな」
小さく呟き、僕もまた知覚共有を発動する。
一日か、数時間か、はたまた数回か。
そう内心で考えながら、僕は目の前で僕の手を握るアイシャをみつめる。
かくして彼女が瞼を開けたのは、およそ三十分後の事だった。




