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022『真偽は紙一重』

 そこはカーテンに覆われ、日差しが遮られた一室。

 暗がりの中に存在する大きな天蓋付きのベッドに、一人の少女が横たわっていた。


「……魔力病を患ってから、今年で十六年になる。医者の話によるとあと一年持つかどうかという話だったが……あのヤブめ、後でとっちめてやる」


 イザベラが不穏なことを口走る中、僕は目の前の少女へと視線を向ける。

 ベッドに横たわり、規則正しい寝息をたてる銀髪の少女。

 されど、衣服の上から僅かに見える彼女の首元には痛々しい包帯が巻いてあり、包帯でも吸いきれない血液が彼女の衣服を濡らしている。


「……で、どうにかなるか。ソーマ」

「やってみんことにはどうにも」


 ハイザの問いかけにそう返すと、簡単な椅子を召喚して腰掛ける。唐突に現れた椅子に二人が驚いてたが……王族に話を通す以上、この二人には能力明かさないといけないからな。二人の前で自重はするつもりは無い。


「そ、それが貴殿の……」

「イザベラ、この子、起こしてもいいのか?」

「……むぅ、分かった」


 不承不承と言った様子だが、イザベラはアイシャの肩をゆっくりと、優しく揺すって声をかける。


「アイシャ、アイシャ。お医者さんが来てくれたぞ」

「……ぅ、ん。お、姉ちゃん?」


 アイシャが僅かに反応を返し、薄く瞼を開く。

 その瞳はイザベラと同じくどこまでも澄んだ青色で、その瞳がイザベラの姿を捉える。


「ああ、私だアイシャ、体調は大丈夫か?」

「う、ん……。さっき、の、ポーションのおかげで、だいぶ楽になった、よ? そ、れで……お医者さん?」


 彼女は困ったように周囲へと視線を巡らせ、僕の姿を見つける。

 そんな僕といえば寝巻きと普段着の狭間を行くThe庶民といった服装をしているニートの中のニート。トップオブザニートと言っても過言ではないニートっぷりを発揮するただのモブだ。残念ながら今は半ニートの出来損ないに成り上がってしまったが。


「お兄ちゃん、が?」

「ん? ああ、そうだよ。お前さんを治しに来た」


 そう言って少し近づいてみるが、イザベラが咎める気配はない。

 ハイザへと視線で確認すると頷き返されたため、僕は彼女に寄ってその瞳を覗き込む。

 するとその瞳には、見知らぬ誰かに対する恐怖――なんて感情はなく、ただ申し訳なさそうな悲しみだけが映っていた。


「ごめん、なさい。私、もう治らないの。体は動かないし……魔力は、言うこと聞いてくれないし。賢者様でもダメだったの。だから――」


 ふむふむ、なるほどなるほど。

 この年で『あっ、もう全部分かってますので、諦めてますんで』みたいな大人びた雰囲気が無性にイラッときた(別に中二病患ってた頃の自分と重なったとか、そういう訳じゃない)ので、言ってる途中でその頬をつまんで黙らせる。


「そ、ソーマ!? 貴様いきなりなにを――」

「あー、イザベラ、ちょっと邪魔、離れてて」


 しっしと煩いイザベラを端の方に追いやると、さっき召喚した椅子から立ち上がり、目の前のアイシャへと話しかける。


「さて、アイシャ。お前さん生きたいか?」

「……賢者様でも出来なかったのです。もう、半ば諦めてます」


 半ば……ふむなるほど、『半ば』か。

 それってつまりまだ半分諦めてないってことね、なら十分だ。


「悪いが、お前さんを元気づけようと根性論ぶちかますほど僕は熱い感じじゃないからな。事実だけ言うと、僕の魔力量はお前よりずっと高い。言わんとすること分かるか?」

「……冗談、なのですよね?」


 彼女は儚く笑ってる。

 なにその『さては私の事励まそうとしてくれてます? 分かってますともそんな見え透いた嘘』みたいな目。おいおいマジで中二の頃フラッシュバックするからやめてくんない? シンプルに嫌なんだけど。

 彼女の目を前に大きくため息を漏らした僕は、ハイザへと視線を向ける。


「ハイザさん、嘘発見器貸してくれません?」

「……む、何に使うのかは知らんが……、これでいいか?」


 彼が手を叩くと、部屋の外から嘘発見器を持ったメイドさんが入ってくる。準備万端すぎませんかねと苦笑しながら、僕は受け取った嘘発見器を彼女の目の届く場所へと置いておく。


「……これ、もう使えます?」

「ああ、半径五メートル以内ならどんな嘘でも拾う」


 そういった彼の言葉に反応はない。もしかしてその言葉も嘘なのかもしれないが、ここで嘘つく理由はないだろう。

 僕は彼女へと向き直ると、さっそく一発ぶちかます。



「実は、僕って勇者なんだよね」



「「「…………はっ?」」」


 何言ってんのこいつ、みたいな視線が三つ突き刺さる。

 それらの視線は自然と嘘発見器の方へと向き――そして、なんの反応も示さない水晶を見て唖然となる。


「な……馬鹿な! 何故反応がない!」

「こ、故障ですか父上! 故障ですよね!?」


 後ろの二人がうるさく騒ぎ立てる中、限界まで目を見開いたアイシャは僕のことを見上げている。


「ゆ、うしゃ、様……?」

「正確には、初代ではないけどね。これでもれっきとした、女神様に能力もらって顕現してる一人の勇者だ」


 水晶を再び確認する三人――されど反応なんてあるはずもない。だって本当のことだもん。

 背後の二人はもはや声もなく唖然と固まっており、目の前のアイシャは、ここに来て初めて僕へと人間らしい反応を返した。


「ほ、本当に……勇者様、なのですか……っ」

「ああ、だからちょっと魔力が多くて寝たきりになってる少女なんかよりは遥かに魔力量が多い。もちろん賢者だなんて目じゃないさ」

「な、ならば……っ」


 僕が言ってるのは先ほどとだいたい似たような文言だが、彼女の反応はまるで違う。さっきまで必死に隠してた希望が顔を出し、その顔は歓喜に揺れている。

 布団の中から、彼女の包帯に覆われた痛々しい左手が僕へと伸びる。

 握り返してやると、血の匂いが鼻を突く。

 けどまぁ、こういうの我慢するのは結構得意で。



「言ったろ、治してやる。だから僕のこと信頼してくれ」



 彼女は、満面の笑みで頷いた。

 ちょろい。




 ☆☆☆




「ど、どどど、どういうことだソーマ・ヒッキー!」


 アイシャはあれから程なくして再び眠りに落ちた。

 それは、僕が再度与えたポーションで体から一時的に痛みが消えたから……ってのもあるんだろうが、安心したってのも大きいと思う。

 ということで、僕らは一旦彼女の部屋をあとにしたのだが――そこで待っていたのがイザベラからのこんなセリフ。


「は? 嘘に決まってんだろ馬鹿じゃないの?」

「ばっ――、い、一応は公爵家の令嬢だぞ!」

「おや、もしかしなくとも馬鹿でおられますかな?」

「よし、ぶん殴る!」


 キレたイザベラをメイドたちが羽交い締めにして押さえつけていると、眉を顰めたハイザが僕のほうへと寄ってくる。


「……私としても、嘘と言われた方が余程気が楽なのだが……。しかし、あの言葉に魔導具は反応しなかった。ということは――」

「あの魔導具を一時的に無効化する能力、あるいは魔導具を持っている、とは考えないのか?」


 そう言って僕は、懐から無骨なネックレスを取り出した。

 これは嘘発見器の能力を完全に封じ込める専用の魔導具――などでは決してなく、単純に街中で売ってた中古のストラップにチェーンつけただけのブツである。


「まさか……それはッ」


 大袈裟に驚くハイザ。

 彼を前に、僕はふっと余裕綽々で笑ってみせる。


「ま、あんな嘘言って悪かったとは思いますけど、良かったでしょ? あの子の笑顔が見れて」

「む、むぅ……まぁ、そうなのだが……うむ」


 知ってるからねハイザパパ。

 アイシャが笑った時めちゃくちゃ嬉しそうな顔してたこと。地味に僕の肩に付いてきてるスイミーさん経由で見てましたから。


『……!』


 すごいニヤけてたね! とはスイさん。

 ぷるぷる震えるスイミーさんを前にうむむと呻いたハイザだったが、すぐにでも『そう言えば解決先送りにして何も治してない』と気がついたのか、目を見開いた。


「そ、それでソーマ! アイシャは治せるのだろうな!」

「ああ、それなら問題なく。勇者ってのはまだしも、僕が彼女より魔力量高いってのは本当ですから」


 そう、魔力量に関しては彼女に出会った時点で既に分かってた。

 僕……は相手の魔力量とかは一切見れないのだが、うちの現魔法エース『エレメンタル』ならば対象の魔力量を視認できる。

 ということで、椅子の召喚で二人の注目を集めておき、その隙にこっそり召喚したエレメンタルに僕とアイシャの魔力量を比べてもらったのだ。

 まぁ、その視認結果が『僕の魔力量が多すぎてちょっとどう比べればいいか分からない』ってのは驚いが、まぁ結果オーライ。なんの問題もないさ。


「そ、それならば、いいが……」


 納得したような、でも優秀な娘より大きな魔力を持ってる僕に納得出来ないようなハイザに苦笑しながら、僕はイザベラを押さえているメイドさんたちにお願いしておく。


「そうだ、一応アイシャの近くに誰かしら付き添っていて貰えますか。出来ればなるべく本人と仲のいい人」


 下手に目が覚めたところに僕がいなくて錯乱されても大変だ。

 そういった僕の言葉にハイザが頷き、メイドの中から数人がアイシャの部屋へと戻ってゆく。

 となると、必然的にイザベラがこっちに詰め寄ってくる訳だが。


「あー、殴られると治療ミスる気がするなー」


 そう笑う僕に、彼女は歯噛みしながら拳を納める。

 公爵家のご令嬢にこれでいいのかとも思うが……公爵家も半ば容認しているようだし、人前で敬語さえ使えばこんなもんで別にいいだろう。

 ……べつに、敬語使うほど敬っていないわけではないんだからね?



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