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021『領主の依頼』

 ――翌日、異世界生活、四日目。

 今日はどういう訳か三人とも昨日ほど筋肉痛が酷くないらしい。

 昨日のうちに宿屋の店主さんに『朝と夜のご飯、やっぱりいいです』と断っておいた僕は、広い女子部屋へと移動して朝食を取っていた。


「こ、こんなに美味しいパン、初めて食べました……」


 レイが唖然としたように声を漏らす。

 彼女か持っているパンは、普通にトーストした食パンの上にバター乗っけただけの簡単なものだ。三人ともまだお腹の調子も良くないみたいだし、軽いものにしようと思っての考えだったが……思った以上に喜んでくれてるみたいだ。特にホムラ。


 僕はとんでもねぇ量を平らげるホムラを見て、呆れ混じりに口を開く。


「ホムラ、お前もスイミーさんを見習え。スイミーさんなんて空気中の魔素取り込んでたらご飯なんていらないんだからな。なぁ、スイミーさん」

『……!』


 でも食べたいよぅ! と震えるスイミーさんにトーストを渡す。うん、食べなくてもいいから食べないって理由にはならないよな。召喚術式で出した料理ってこんな食パンでも美味しいし。


「……ん、それはともかく、ソーマの出した料理、なにか凄い感じがする。正確に言えば、回復能力か、微量の強化能力か。しかも今のところ永続でかかってる感じ」

「なにそれチートじゃん」


 道理でこの子達の筋肉痛も治ってるわけだ。昨日の訓練は半日しかやってないってのも理由の中にはあるだろうけど。

 これは下手に一般人相手に料理出せなくなったな……。


「ん、これで三人とも、早く戦力になる。それも、想像してたよりずっと強くなる、可能性ある」


 その言葉にレイとカイがキラリと目を輝かせ、ハクが小さく拳を握る。みんな僕とは違ってやる気満々で眩しいぜ! 僕なんて『今日はやる気ないから一日引きこもるかー』ってスケジュール立ててたところなのにな!


「ま、頑張れよー、ほどほどに」


 適度に休み、適度にサボり。

 人生なんてそんなもんで十分だ。

 そう頬杖を付く僕は――次の瞬間、ホムラが机の上に置いてあった双剣へと手をかけるのを見てスイミーさんを呼び戻す。

 足音が聞こえてきて背後への視線を向けると、ほぼ同時に見覚えのある銀髪が勢いよく部屋のドアを開け放つ。



「ソーマ! ソーマ・ヒッキーは居るか! ……って、な、なな、なんだこのいい匂いとその上等なパンは! 私でも見た事がないんだが……」



 そこにいたのは、天下の公爵令嬢にして守衛隊長。

 銀髪碧眼がトレードマークの、イザベラ・クロスロードご本人であった。




 ☆☆☆




「父上が貴殿に話があるそうだ。……その、件の依頼について、だな。出来れば早く……というか、今すぐにでも来て欲しい」


 僕の周囲にいる面々――ホムラ、ハク、レイ、カイらを見て言葉を濁したイザベラは、僕へと真っ直ぐに視線を向けている。

 予想としてはあと数日は伸びるかな……とも思っていたが、まさか容態でも変わったか? その焦りように少し嫌な予感が過ぎる。


「……分かった。ホムラ、いつも通り三人と修行してろ。僕はちょっとお呼ばれされたから行ってくる」

「ん、いってら」


 彼女にそう言って立ち上がると、不安そうな三人の視線を感じる。

 天下の公爵家にお呼ばれされるって傍から見たらヤバいもんな……。まぁ、今回に関していえば問題ないと思うけどな。あったとしてもイザベラパパに見定められたり、はたまた脅されたりするかもだが――今回に関していえば僕の兵力を隠すつもりは無い。

 三人へと小さく笑んで部屋の外へと出ると、彼女について早足で歩き出す。


「……少し急ぎで頼む。アイシャの容態が急変した。今は貴殿から頂いた……あれをポーションと呼んでいい代物かは知らんが、あれのおかげで落ち着いてはいる。が、これ以上判断を遅らせては致命になると判断した」

「……嫌な予感も当たるもんだな」


 言いながら一階へと降りると、あたふたしたような店主のおじさんの姿があった。外には……うっわ、公爵家の紋章がついた馬車まであるし、野次馬の数がとんでもないことになっている。

 あの馬車乗るのかぁ、乗るんだろうなぁ。

 そんなことを思う僕の腕をがっしりと掴んだイザベラは、店主への挨拶もそこそこに馬車の中へと僕を連れ込んだ。


「いいのか? 公爵令嬢が馬車の中に男連れ込んで」

「黙れ……と言いたいが、噂は立つだろうな。まぁ、これで貴様がアイシャを治せなければ打首にすれば済む話だし、治せたのならば私の体などいくらでもくれてやる。……出してくれ! 急ぎで頼む!」


 御者の人へとそう告げたイザベラは、椅子に腰掛け腕を組み、難しそうに瞼を閉ざす。ぶっちゃけ彼女の体なんざ微塵も要らんが、それだけそのアイシャってのが大事なんだな……。弱味に付け込んでるみたいで心がほんのり痛いな。きっと一晩寝れば忘れてるだろうけど。


 そうこう考えている間にも、馬車は普段は入ることも出来ない領主宅の門内へと入っており、しばらくして馬車が泊まったのは領主宅の入口のド真ん前だった。


「今より父上の元へと案内する。その場で父上が貴様を判断し、問題ないようであればさっそくアイシャの治療へと入ってもらう。……上手く行けばギルドへと依頼した形で報酬も払う。以前に言われた『アレ』とは別にな」

「そう、任せるよ全部」


 僕は最初に言った『アレ』さえ守ってくれれば。

 当初から随分と状況も変わったしな、別に今更ちょっと目立つくらいのことに目くじらを立てるつもりもない。というか馬車で連行された時点でもうそこら辺は諦めた。

 テイマー部族の跡継ぎで、魔力が多くて、何故か黒髪で、ゴーレム作れて、しかも料理番。あとついでに公爵家とも繋がりがある。ちなみに勇者。

 ……だいぶキツくなってきたが、もうそれで突き通そう。情報を見るにゴーレムの一体や二体なら人前で使ってもなんの問題ないだろうし。問題ないったら問題ない。皆無だ。そういうことにしておこう。


 そんなことを考えていると、いつの間にかイザベラパパの待つ部屋へと着いたらしい。ノックをしてイザベラが扉を開けると――その向こうには白髪オールバックの壮年の男性が座っている。


 ――ハイザ・クロスロード。

 御歳五十三のいいお年頃だが、その体から溢れ出す威圧感……風格と言ったものはギルドマスターなんて比にならない。

 現に、部屋に入った瞬間に感じた見定めるような視線は身を打ち震わせるほどに鋭く、なにより恐ろしい。


「……初めまして、か。ソーマ・ヒッキー殿。娘から話は聞いている。アイシャを治療する代わりに王族へと会談の約束を取り付けろなどという頭のおかしな男。それでいて単体で犯罪者ギルドを落とせるほどの実力者……ともな」

「……ええ、初めまして。ハイザ・クロスロード様。ソーマです。で、見定めは終わりましたか?」


 聞くと、彼の眉尻がピクリと跳ね上がる。

 室内の緊張感が増し、空気が重量を伴って身に圧し掛かる。

 僕でもわかる、この人は多分ホムラより強い。

 こうして相対してるだけで命の危険がある。それだけの猛者。僕の一欠片ほど残ってた勇者の部分がそう言ってる。ま、残り九割のニートの部分は『実力差? んなもん分かりまへん』ってさじ投げてるけど。


「見定め……か。そのナリで受かるとでも?」

「ああ、なにぶん朝食の最中に連行されたもので。それとも何か、僕が嘘つくメリットがあるとでも?」


 クロスロード家の次女、アイシャに嘘をついてまで近づくデメリット。そんなもんは彼女の殺害以外には考えられない。もしくは死ぬ前に彼女とお近付きになりたいという猛者もいるかもしれないが、その対価が『不敬罪による死』なのだとすれば可能性としてはあってないようなものに成り下がる。

 となれば、僕に有り得る可能性としては、彼女を殺害するために嘘をついてまで彼女の前に進み出た――といった感じになるだろうが。

 そこまで考えた上で、僕は馬鹿馬鹿しいと鼻で笑った。


「先に言っとく、わざわざ死ぬやつ殺しにくるほど暇じゃない。そんでもって、こんな面倒くさい問答続けてまで助けてやりたいとも思わない」


 イザベラが僕を睨み、ハイザが瞼を閉ざす。

 わざわざ死ぬやつ、って言葉に反応したんだろうが、事実だ。

 死ぬって知ってるやつを殺しにくるほど馬鹿な野郎は早々いない。

 そんでもって、彼女を救うことが僕にとって必須な訳でもない。あくまでも助けておけばのちのちに楽、ってだけ。やりようはいくらでもある。


「で、どうする? 今更答え引き伸ばしにするようならすぐ帰る。こちとら大切な用事をキャンセルした上でこっちに来てるんでね」


 そう、今日一日引きこもるという大切な用事をな!

 そんな内心などつゆ知らず、大きなため息を漏らしたハイザは、机の下から見覚えのある魔導具を取り出した。うん、どっからどう見ても嘘発見器。何となくあるだろうなぁとは察してました。


「最後に問う、貴様ならば娘を助けられるか?」

「やってみないと分からない、が、今のところ失敗するとは思えない」


 そう答えた僕に、魔導具は反応しない。

 その反応を確認したハイザ・クロスロードは立ち上がると、真っ直ぐに僕を見据えてこう告げる。



「Eランク冒険者、ソーマ・ヒッキー。お前に一つ依頼がある」



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