020『勇者伝説』
「……ハク、マスターって、何者だと思いますか」
ご主人様とホムラさんが出かけて行ってから、結構経って。ベッドに倒れ込んだままの私へ、同じくベッドに倒れた体勢のレイちゃんがそんな質問を投げかけてきた。
「何者って……」
「嘘みたいに強いのは、分かります。数え切れないほどの魔物を従えて……凄いです。言葉は悪いですけど……その、【魔王】のようで」
「れ、レイちゃん!」
思わず叫んだけれど、レイちゃんの言うことは否定出来ない。
――魔王。
この世界に数多存在する、魔物を従え『迷宮』を作り上げる悪の存在。世界を滅ぼさんと画策する悪い人たち。
その人たちの中でも一番強いのが、北の魔王領を支配する大魔王【氷魔王ニブル】と、南の魔王領を支配する大魔王【炎魔王ムスペル】。かの二体はとても多くの魔王と魔物を従えるとか、そういう話を風の噂で聞いたことがある。まぁ、生まれが物乞いの私が知ってる情報なんて、そんな基本的なことくらいだけど。
「……でも、魔王とマスターは、雰囲気が違う。マスターは、どこか弱そうで、それでも本当は強くて、優しくて。ああいう人は好きです。けど……」
そう言ったレイちゃんの瞳に憎悪が宿る。
私がカイくんとレイちゃん、二人に出会ったのはご主人様と出会うだいたい二週間くらい前だったと思う。
物乞いをしていた私にいきなり『生き方を教えてください』なんて頭を下げるからついつい笑っちゃった。
そこから二人とは仲良くなって行ったわけだけど……その後悪い人達に捕まって、今のご主人様に助けられるまで、一度も二人が『昔』について話してくれたことは無い。
たぶん、その『魔王』が関係しているんだとは思うけど、聞いちゃダメだと思ったから、こっちからも聞いてはいない。
「それで……レイちゃんはどう思うの?」
「私は……」
話を逸らして問いかけると、彼女は少し迷ったように沈黙する。
それでも答えが出たみたいで、私の方を見た彼女はとても真面目そうな表情でこんなことを言い出した。
「隠居した初代勇者の、一族の、末裔とか……」
その言葉に思わず吹き出して、レイちゃんがムッとむくれたのが分かった。
ごめんごめんと謝りながら、私は初代勇者の伝説を思い出す。
これは、物乞いでも知ってるとても一般的な話だ。
はるか昔。
それこそ神様の存在もこの世界にはなかった頃。
今の大魔王二人に加えて『嵐魔王テンペス』と『地魔王ガイアス』という大魔王が存在し、配下の魔王の数、迷宮の数は今よりもずっと多かった暗黒の時代。
そこにふと現れた黒髪の少年。
彼は瞬く間に数多の迷宮を踏破し、西の魔王『テンペス』と東の魔王『ガイアス』を討伐。北と南の大魔王にも多大な被害を与え、人々と魔王の情勢を『同列』まで引き上げた後にどこへともなく去っていった。
そんな、謎多き『勇者様』の物語。
「勇者様は、異界から召喚された英雄様で、仕事が終わったから元の世界に戻った、って聞いたよ?」
「……うん、でも、ホムラさんも、マスターも、勇者と同じ黒髪です。しかもマスターは、勇者の面影を強く継いでる黒い目をしています。あんな髪に目の色は、私は今まで見たことがない、です」
う、ううん……。
確かに物乞い歴14年(推定)の私も今まであんな容姿をした人は見たことがない。別に悪い訳でもないし、むしろ黒髪でカッコよくも……あるけど、でも、そんな人がいたらすぐにわかるし、他の物乞いの人達からも教えて貰える。
となると……本当にその可能性も出てくるの、かな?
「そういうハクは、どう思います?」
「私は……」
ふと、考える。
ご主人様は何者なのだろうか、と。
無数の魔物を従えて、意のままに操る強さ。
昨日も見せてもらった、ホムラさんの強さとは全然種類が違うもう一つの強さ。ホムラさんは『実力と兵力、ソーマがそう言ってた。内心で』と満足気な表情で言っていたけれど……。
「私は……大賢者様だと、思うかな」
「……賢者ではなくて、ですか?」
レイちゃんが不思議そうに首を傾げてる。
うん、賢者じゃなくて、大賢者様。
一度だけど、私は賢者様って人を見たことがある。
なにやら理由は分からないけど、この街の領主様? そのご家族かもしれないけれど、病気になったらしくて、それの治療に来たそうなのだ。
だから、私は興味半分で賢者様を見て……一目で圧倒された。
それは、とても幻想的な光景だった。
賢者様の周りにとても大きな魔力の渦が回っていて、ふわりふわりと光の玉が楽しげに彼女の周りを飛んでいた。中には楽しそうな妖精たちの姿まで見えて……私はすぐにわかった。ああ、この人が賢者様なんだな、って。
だからこそ、確信できる。
「だって、ご主人様の魔力、賢者様よりずっと多いもん」
「……っ!?」
レイちゃんが、目を見開いて喉を鳴らす。
私だって、初めて視たときは驚いた。
驚いて、息も忘れて逃げるのも忘れて、ただ立ち尽くした。
だってそれは――見たことも無い絶景で、恐怖だったから。
たった一つの体から溢れる魔力の海。
賢者様のが桶の水なら、ご主人様のは噂に聞く海の水だ。
どこまでも底が見えない、信じられないほどに深くて青くて、限りなく続く水の塊、果てしなく続く魔力の海。
ご主人様の周りには……本人は見えてないみたいだけど、信じられないほどたくさんの妖精たちが飛んでいる。賢者様でさえ数人しか見えなかった妖精が、数え切れないほどの大群を為して飛んでいる。
その数は……もしかしたら百倍なんかじゃ効かないかもしれない。魔力量を比べられたら早いと思うんだけど……その、ご主人様の魔力量が多すぎて、今の私には『比べられない』ってことしか分からない。
だからその光景に私は見惚れ、同時に恐怖した。
でも、それよりも二人が悪い人達に捕まってるのが怖くて、助けを求めた。
……今ではそれが何よりの正解だってわかってるし、ご主人様はとても優しくて、かっこよくて、強くて、美味しいものを食べさせてくれる素晴らしい人だと確信してるけど、当時の私はとっても怖くてたまらなかった。
と、そんな回想を一人でしていると、ベッドから立ち上がったレイちゃんが、体中の痛みをおして私の方へと駆けてくる。
「は、ハク……! ほ、本当に……魔力が見えるのですか!?」
「え? えっと……うん、物心ついた時から」
そう言うと、レイちゃんは心の底からびっくりしたように目を見開き、私の肩を揺さぶった。
そして、確かな声でその事実を教えてくれた。
「ま、『魔力視』は、魔法使い特有の技術ですよ……! しかも、一流の魔法使いが何年もかけて習得する高等技術! ハク、その年で、しかも無意識にその力が使えているなんて……とんでもない魔法の才能です!」
「…………へっ?」
「ただい…………なにやってる? ふたり」
私がそんな間抜けた声を漏らすのと、ホムラさんが帰ってきたのはほとんど同時のことだった。
☆☆☆
「なるほどなぁ……」
図書館で『勇者伝説』という子供向けの童話を読み終えた僕は、一人椅子の背もたれに体重を預けて呟いた。
初代勇者に……無数の魔王率いる大魔王。
その内二体は現代に至るまで存命しており、南の大魔王『炎魔王ムスペル』は馬鹿みたいな数の魔王を率いて南の土地を支配しており、北の大魔王『氷魔王ニブル』は数体の馬鹿みたいな強さを持つ配下を率いて北の地を支配している。
数の南と、質の北。
どっちも敵対したくないなー。多分僕が呼ばれたのってその魔王に関係することだと思うけど。
「それに、僕を召喚したらしき国も見当が着いたし」
現状、人族が暮らせる国は三つに別れる。
今僕らのいる国、中央の『ナザーク王国』。
大陸屈指の宗教国、西の『聖ハルシア帝国』。
獣人などが集う国、東の『獣国家連邦』。
そして魔王領――人の住むことが叶わない劣悪な環境が広がる地域として、北の『ニブルヘイム』に、南の『ムスペルヘイム』。
ここまでは予め情報として知ってはいたが、ここから先、図書館の情報を元に絞り込みを掛けてみると――一つの国が浮かび上がる。
「――聖ハルシア帝国、か」
古くより『我が一族こそ勇者の末裔』と自称する痛い国。
そう情報の仕入先である串焼きオッサンは言っていたが、これが僕の想像以上に『ヤバい』国だった。
人族以外を『亜人』として魔物の一種としか見ておらず、さらには『ハルシア教』なる意味のわからない(実際図書館にあった聖典を読んでみたが意味不明だった)宗教を半強制的に押し付けてくる傍迷惑な輩共。
加えて一番の『決め手』は、その国の王女様の口癖がこうだからだ。
『私は他でもない、勇者様の正式にして正当なる末裔! いつの日か私の召喚術で新たな勇者を召喚し、残る魔王共を駆逐してやりましょう!』
だそうだ。
なんでこんなに詳しい話まで書かれてるんだ……とその本の著者を見れば納得した。だって著者がご本人だったんですもの。道理で美化されて書かれてるわけだ。というか勇者の末裔なら自分で魔王討伐しろってんだよ。
閑話休題。
というわけで、もうほとんど確認してる。
多分僕を召喚したのはコイツらだろう。というかこの王女だ。そんでもって魔王たちに異様なまでの嫌悪感持ってるらしいし、目的としても察しが着いた。どーせ『世界は魔王に苦しめられてます!』とか言って僕を馬鹿みたいに働かせるつもりだったんだろ。ふっ、そう簡単に働くわけにはいかん。僕はニートだ。
となると、この国の王様に「よくぞ戻ってきた勇者よ!」とか言われることはなくなった訳だが……聖ハルシア帝国への対策も新しく考えないといけないかな。めんどくさいけど。
「そして……」
従魔術――テイマーについて。
そして、肝心の召喚術について。
「『テイマーとは、自身の力で打ち倒した魔物を調教し、使役することの出来る職業である。ただしステータスの成長率が他職業よりも低く、魔物を使役するには魔物が所有する魔力の三倍の魔力量を必要とするため、一流のテイマーでも使役できる魔物はせいぜいが五体。魔力量の少ないゴーレムなどの魔物を使役するにしても、せいぜい十体が限度だろうと仮定される』」
これはテイマーについて。
……うん、うん。これは良い。
古くよりテイマーとして技術を培ってきた一族の末裔にして、ゴーレムを自身で作り出すことの出来る一家相伝の技術を持った料理番――とか。そんな感じで行けば僕の異様な使役量も誤魔化せるかもしれない。
詳しい理由付けに関してはのちのち考えるとして……問題は、読み上げた文章の下の方にある『召喚術』の欄にある。
「『召喚術とは、初代勇者と三か国の王族にのみ許された力であり、即座に望んだものを自分の元へと召喚する力を持つ。また、一流の術士は異界から物資や人物などを召喚できるともされ、勇者召喚の儀として様々な書物に記されている』」
はい、ホムラさんアウトー。
あんな公衆の面前で召喚術とか明らかにアウトー。
そしてその上位互換持ってる僕、もっとアウトー。
……やべぇ、これ本格的に隠しておかないと身が危ない。王様や王族に匿ってもらう約束取り付けないとまず公表なんて出来やしない。した途端に人生が終わる気がする。正確に言うとニートとしての人生が。
「……良いこと知れたな。むしろ知っとかないとやばかった」
そう苦笑して、本を閉ざす。
あとは僕の魔力量が魔法使い連中から『視られる』可能性があるとわかったが、そこら辺も魔導具や何やら使って何とかしよう。
外を見ると、既に空が赤く染まり始めていた。
今日はそろそろ終い時。
あの子達がお腹を空かせて待ってる時分だ。




