002『激戦!恐ろしき森の白獣王』
その後。
遠くに見える街へと歩き始めた僕は、特にやることも無いため自分のステータスを眺めていた。
とりあえずこのステータスを一言で表すなら――『弱い』だろうか。
知力は理解不能なレベルでぶっ飛んでるが、それ以外は雑魚の一言。この世界の平均は知らないが、それでも多分弱いだろうなってレベルの貧弱っぷり。脆弱さここに極まれり、ってやつだ。
「……まぁ、頭いいわけじゃないんだけど」
察するに、この知力って魔力のことなんじゃないかな。
なんか女神様も、魔力の豊富な日本からの勇者召喚とかなんとか言ってた気がするし。
なので、別に知力とはあるが、僕の頭がべらぼうにいいわけでも、この世界に来てから良くなった訳でもない。
ということにしておこう。
次にスキル、称号なんかの方文字をタップしていくと、それぞれに説明文が現れてくる。
《スキル》
【召喚術式】
あらゆるモノを召喚、使役することが出来る。
自分の所有物を呼び寄せる『召喚術』の上位スキル。
所有物を呼び寄せる他、一度見たもの、あるいは脳内にイメージしたものを具現化し、召喚することが出来る。
また、通常の魔物を呼び出す《一般召喚》と、名を冠する《ネームドモンスター》を呼び出す《固有召喚》が使用可能。
《一般召喚》
・スライム
・ゴーレム
《固有召喚》
登録されていません。
【知覚共有】
他人と視覚や聴覚等を共有出来る。
また、一方的に他人の考えを読むことも可能。
【並列思考】
同時に複数のことを考えることが出来る。
【隠蔽】
対象を隠蔽することが出来る。
《称号》
【異界の勇者】
異世界より召喚された勇者の証。
成長速度向上、言語の自動翻訳の力が付与される。
【特級ニート】
ニートを極めし者の証。
特級のニートは他人からの感情に非常に敏感。
また、特にやることも無いため、考え事が多い。
知覚共有、並列思考のスキルを獲得。
【引き籠る者】
引き籠りである証。
一流の引きこもりは、まるで自分が存在しないと言わんばかりに己が存在力を隠蔽する。また、そのため誰にも看取られず死ぬことが多い。
隠蔽のスキルを獲得。
……悲しい! 悲しいな後半!
されど別に良し、ニートであることに後悔はない。
「にしても、召喚術式……か」
他の能力は……まぁ、別にいい。
問題は、恐らく転移のボーナスポイントほとんど注ぎ込んだであろうこのスキル。試しに……そうだな。スライムを呼んでみるか。固有召喚は条件でもあるのかまだ使用できないみたいだし。
「よし、スライムよ来い!」
立ち止まり、右手を前にそう叫ぶ。
途端に目の前の空間に光が瞬き……次の瞬間、そこには一体のスライムの姿があった。
青いプルプルとした体に……それ以外に描写できる所はないな。うん、どっからどう見てもファンタジーでよく語られるスライムだ。
彼……彼女か? よく分からんが『彼』と呼称しとくか。スライムの彼はよじよじと僕の体を登ってくると、最終的に肩の位置で落ち着いたようだ。
「それじゃ、僕は戦闘能力皆無だからよろしく頼むぞ。お前だけが頼りだからな。えっと……それじゃあスライムだから『スイミー』ってことにしとくか」
そう言うと、何となく彼……スイミーがプルンと震えた気がした。
……もしかしてこれでネームドになってたりしてな。なーんて考えて召喚できる魔物の欄へと視線を向けると。
《一般召喚》
・スライム
・ゴーレム
《固有召喚》
・スイミー(スライムLv.1)
……どうしよう、増えてました。
まぁ、増えてて困ることは無いんだが……そうだな。これからは召喚した魔物に名前をつけるのはやめとこう。これが固有召喚できる魔物を増やせる唯一の方法ならまだしも、何となく『邪道』って言葉が頭を過ぎる。
「……ま、気持ち切り替えて行ってみるか」
『……!』
知覚共有のおかげで、何となく『同意』って感情が伝わってくる。
これは結構使えるスキルかもな……なんて思っていると、肩のスイミーから少し警戒したような感覚が伝わってくる。
同時に背後の草が踏み締められるような音がした。
「……ッ!?」
ま、まさか敵か!
咄嗟に距離を取りながら背後へと振り返る。
……見た目は明らかに運動不足な運動音痴だが、結果よければ問題ないだろう。
「って、コイツは……!」
改めて。
目の前へと視線を向けると、そこには草むらの中から姿を現した、赤い眼光を煌めかせる白い獣の姿がある。
純白の毛並み。
人のソレとは大きくかけ離れた縦長い耳。
真紅の双眸はじっと僕の姿を見据えており。
その姿に僕は……普通に安心して息を漏らした。
「なぁんだ、ただのウサギか」
そう、色々誇大してみたけど普通にウサギだ。
別に凶悪な角が生えてる訳でもない、別に敵意ビンビンな訳でもない。どこにでもいそうな可愛らしいウサギである。もう、普通に敵かと思ってびっくりしちゃったじゃないか。
「全く……」
心配して損したよ。
そう続けようとして……次の瞬間、腹部へと強烈な衝撃が突き抜ける。
まるで巨大なハンマーで腹を殴られたような感覚。目を剥いて視線を下ろすと、そこには僕の腹へとタックルかました白兎の姿がある。
「ま、じかコイツ……ぶはぁっ!?」
着地したウサギはすぐさま連撃かますべくタックルしてくる。躱す? おいおいニートにそんな身体能力求めないでくれ。普通に直撃しましたわ。
「こっ、こいつウサギだと思って油断してたら!」
来い剣!
怒りと共に召喚術式を発動すると、スイミーを召喚した時の何十倍……では留まらず、何百倍、何千倍にも思える脱力感と共に一振の剣が右手に現れる。
何だかすごい軽いし、鞘の装飾とか明らかに普通じゃないが……今はそんなことはどうだっていい。
「死に晒せウサギがぁ!」
剣を抜き放ち、ウサギめがけて振り下ろす。
が、普通にかわされる。
そして、タックル直撃。
「がはぁっ!?」
二度あることは三度ある。
腹に三度目のタックルを受けた僕はゴロゴロと地面を転がってゆき、その姿を見てウサギの野郎は『キュフッ』と鼻で笑ってる。……この野郎、僕があまりにも弱いからってやりたい放題しやがって……。
「……もう怒った、うん。もう許してやんないからねお前。おいスイミーさん。あの小生意気なウサギをやってしまいなさい」
腹を押さえながら立ち上がり告げると、肩にいたスイミーさんがひょいと跳ねて兎の前へと進み出る。
その姿にウサギは『プッギュフッ!』とものすごく腹立つ感じで笑っていたが……ハッ、ウサギごときがうちのスイミーさんに勝てるとでもお思いか!
「さぁ行けスイミーさん! ネームドの強さを教えてやれ!」
『……!』
スイミーさんがポヨンポヨン奴へと距離を詰める。
その速度は正しく電光石火……ってわけじゃないが、もしかしたら僕よりも早いかもしれない。すごい弱いな僕。
『キュゥッ!』
ウサギはスイミーさんの突撃を余裕を持って回避する。
直後に奴は僕へと赤い瞳を向けてきたが……お? やんのかコラ。こちとら何か知らんが凄そうな剣持ってるからな。そう言わんばかりに剣をチラつかせると、奴は『ブキュッ』と鼻で笑ってスイミーさんの方へと標的を移す。……頼むスイミーさん、そいつマジで腹立つから殺っちゃってくれ。
『……!』
『キュッ!』
かくしてウサギとスイミーさんの一騎打ちが始まる。
速度はウサギの方が幾分か上。
スイミーさんの攻撃をひょいひょいとかわし続けており……、悔しいがその速度は目を見張るものがあるな。
ただし、ウサギの方もなかなか攻勢に出ることが出来ないでいる。というのも。
「……なるほど、どこ見ているか分からないのか」
スイミーさんは、あたりまえだがスライムだ。
スライムの体には『目』や『耳』、『鼻』等といった周囲の情報を広う器官が存在しない。ってことは何かしらの能力で周囲の情報をキャッチしてるんだろうが……それは言い替えてみればどれだけ見えてるか、どれだけ周囲の情報を把握できてるか『不明』ということ。
つまり、下手に不意を打とうとしてもそれが本当に『不意』なのか自信が持てない。不意打ちのつもりが真正面から挑んでる可能性だってあるんだ。そりゃ簡単に攻勢には出られないだろう。
だが、あくまでもそれは『絶対に』じゃない。
『キュゥッ!』
ウサギはスイミーさんの周囲を三段跳びの要領で素早く移動すると、一気にスイミーさんへの距離を詰める。
ウサギだって生き物、絶対そのうち我慢が出来なくなる。
だからその様子を、僕はじっと目視していた。
「実は、僕らは『知覚共有』ってのがあってな」
スイミーさんの感じているものは僕もわかる。
逆に僕が見ているものも、スイミーさんには感じられるのだ。
ウサギの攻撃に合わせて大きく体を変形させたスイミーさんは、ウサギの体を飲み込むようにして青い体を広げてゆく。
その光景にウサギは焦ったように声を上げるが、時すでに遅し。
『……!』
大きく蠢いたスイミーさんの体がウサギの姿を飲み込んでゆく。
ウサギは大きく暴れ、ゴポゴポとスイミーさんの中で苦しげに息をしていたが……、その抵抗も十数秒もしたあたりで無くなっていた。
「……勝った、のか?」
剣を片手にスイミーさんへと問いかけると、彼は『ピュッ』とウサギの体を吐き出した。僕はちょんちょんと剣のさきっちょでウサギの体をつついてみるが……うん、完全に反応はない。
スイミーさんはどこか誇らしげにぴょんぴょん跳ねており、その光景に僕は拳を握って勝鬨をあげる。
「ウサギ、勝ったどぉぉぉおおお!!」
現役ニート(勇者)。
異世界での初戦を、見事勝利で飾るのだった!
【豆知識】
〇バトルラビット
大陸全土、幅広く生息するFランクの魔物。
通称、『子供でも勝てる魔物もどき』。
新人冒険者の登竜門……と呼ぶには些か弱すぎる。
最弱と呼び声高い『スライム』でさえEランクとされ、Fランクに位置する魔物は唯一無二、この『バトルラビット』のみである。
唯一の攻撃方法は、頭突きのみ。
ただし、その威力は幼児に殴られるのと同程度とされ、バトルラビットの戦闘能力は、6歳の女の子が1人でも倒せる程度という認識。
つまり、この世界においては比類なき雑魚。
これ以下を探す方が珍しいという程の弱さである。