016『異世界三日目』
「あ、ソーマさん! 例の料理依頼受けたって聞きましたけど……大丈夫ですか? 心とか八つ裂きにされてません?」
ギルドへの戻ると、ナーリアさんが復活していた。
ギルマスどうなったんだろう……とか思っていると、受付カウンターの向こう側にピクピク痙攣しながら倒れている筋肉の塊を発見し、とりあえずなにも見なかったことにする。ナーリアさん強いんだな、見かけによらず。
「ああ、運良く合格しましたよ。はい、こちら完了証明です」
「あー、ですよね……。やっぱりあの依頼は難しすぎ――いまなんて言いました?」
グイッとナーリアさんが顔を近づけてくる。ふぁさっといい匂いに混じってギルマスの返り血っぽい鉄の匂いがしたため軽く身を引く。
懐から取り出したウマイモーンさんからの証明書をカウンターの上へと置くと、彼女は愕然としたように証明書を見つめて肩を震わせている……っと、そうだそうだ、忘れてた。
「ナーリアさん。ここで一つご相談なのですが」
「……へっ?」
彼女の耳元に顔を寄せ、小さな声で提案する。
見れば彼女は驚いたように顔を赤らめていたが……血の匂いする時点でどんなフラグも立たねぇんだよなぁ。さっさと話終わらせよう。
「実はですね、ギルマスの件から、また僕を『ホムラに相応しくない』とかいう連中が現れるかも、と思いまして」
「そ、それは……その、本当に申し訳ございません。ギルマスを調教した後にもう一度誠心誠意謝罪しに参りますので……」
「……いや、えっと、その……あの、まぁ、はい」
色々と言いたいことはあるが……血の匂いが怖い! この人いったい何者なんだ、度を越して恐ろしすぎるんだが。
「……で、話を戻すと、『ソーマはあのパーティの料理番だから仕方ない』と冒険者たちに周知させたいんですよね。それも、自分から言った感じではなく、うっかりと冒険者たちに伝わってしまった感じで」
「つ、つまり……?」
「今から、物凄く驚いた感じで『ソーマさん、まだ誰もクリアしたことのなかった超難関依頼、ウマイモーンさんの料理クエスト合格したんですか!?』って言ってください。そのあとうっかり言っちゃった、みたいな感じの焦りも込めて」
その言葉にナーリアさんが頬を引き攣らせたのが分かった。
分かってるよナーリアさん、そんな大声出すほど驚いてるやつがそこまで詳細に依頼の内容まで叫ばないだろ、って正論言いたいんだろ? でも大丈夫。受付嬢が新人冒険者の戦果を驚き大声で叫ぶってのはもはや恒例ネタだ。
そんなことを考えながら彼女から体を離すと、彼女は困ったように笑いながら、それでも納得はしてくれてるのか、小さく息を吸ってこう叫ぶ。
「えー、ソーマさん! まだ誰もクリアしたことのなかった――」
「もっと大きく、心を込めてハキハキと!」
「ええええええ! そ、ソーマさん! ま、まだ誰もクリアしたことのなかった超難関依頼……、あのウマイモーン様の料理クエスト合格したんですか!? し、しかもこれって、ウマイモーン様からの評価、最高評価になってますよ!?」
ナーリアさんの絶叫が、ギルド中に轟いた。
傍から見たところ、『冒険者の個人情報を大声でばらまくことには定評のある冒険者ギルドの受付嬢』と言ったところか。100点満点だぜ、ナーリアさん。
彼女は「しまった……!」と言わんばかりに目を見開いて口を押さえており、その光景にざわつき始めたギルドを背後に、僕は彼女のフォローに走る。
「ちょ、ちょっとナーリアさん!? ぼ、僕はホムラの兄として、ただパーティの料理番してるってだけでして……! それに、そんなに目立ったらホムラに迷惑かかっちゃうので、あまりそう言う公の場には出ないようにしてるんですよ!」
「はっ!? そ、そうですよね! ウマイモーンさんに最高評価とか、国お抱えの料理人としても十分すぎるほどにやって行ける腕前なのに、ホムラさんのフォローするために冒険者してるんですもんね! す、すいません! こんな公衆の面前で言ってしまって……!」
「いえいえ! とんでもない!」
そう言い合って、こっそりサムズアップしてくるナーリアさん。
僕もまた隠れてサムズアップを返していると、背後からざわざわと冒険者たちの声が聞こえてくる。
「お、おい、聞いたかよ……」
「う、ウマイモーンの料理屋って言ったら……アレだろ?」
「あぁ、あの表通りにあるでっけぇところだよ。毎回あそこ通る度にいい匂いするから一度でいいから入ってみたいんだよな……」
「お、俺は一回入ったことあるぜ! 一番安いのしか食えなかったが……もうほっぺたが落ちるのなんの! 天国にも登る気分だったぜ……」
「うっわ、入りてぇ!」
「で、でもあの人、昨日のホムラちゃんの……お兄ちゃんだったかしら? そのウマイモーンが認めるってことは……」
「「「……ゴクリ」」」
いよっし! 来たよこれ、作戦通り!
冒険者に背を向けながらニヤニヤしていると、ニヤついた口元を手で隠してるナーリアさんと目が合った。こういうのって面白いですよね。こっちからしたら必死なんですけれどもさ。
「そ、それでは、こちら……報酬、最高評価なので1.5倍……、150万Gですね。……演技とか無しにEランク冒険者が半日足らずで150万Gも稼いでる現状に驚きますが……まぁ、ホムラさんのお兄さまですものね」
「ええ、あのホムラの兄なんで仕方ないですよ」
だってあのホムラさんですもの。
ならそのお兄さんが実は伝説級の召喚術士で、加えて実はホムラも僕が召喚した召喚獣で、さらには街に巣食う犯罪ギルドを片手間で潰せるくらいには兵力持っていても仕方ない。そう、仕方ないのだ。
「しょ、少々お待ちください。その、額が額ですので……。ただいま大至急用意して参りますので」
「ええ、お構いなく」
奥の方へと走っていくナーリアさんを眺めながら、僕は思う。
――ナーリアさん。受付カウンターで見えなかったけど、制服にベッタリ返り血ついてますがな、と。
☆☆☆
その後。
宿屋に帰ると既に三人組はダウンしていたため、そのまま晩御飯を食べて体を拭き、少し早いが就寝した。
三人組は初日から飛ばしたのか食事の途中から意識飛びかけてたし、僕もここ最近の働き尽くしを精算するべく一分でも長く寝ていたかったし。そもそも起きてても異世界じゃ何も出来ないからな。まぁ、ぶっちゃけゲームくらいなら召喚できるけど。
というわけで、翌日。
「さてホムラ、言い訳はあるか」
「ん、部屋間違えた。あとベッド」
そんなことをほざくホムラを布団の中から蹴っ飛ばす。
二日連続ですねホムラさん。昨晩は「どーせまた来るな」とか思ってドアの鍵閉めておいたんだがどこから……あぁなるほど、窓からか。朝から空きっぱなしになっている窓を見て、そう言えば窓には鍵なかったな……と苦笑する。ここ、一応三階なんですけれどもね。
「う、ん、んー……」
うめき声が聞こえて見れば、筋肉痛に顔を顰めたカイが隣のベッドで眠っている。三人の中じゃ一番タッパも体格も大きな彼でもこれだ、残り二人なんてもっと大変なことになってるだろう。
「早く行ってやれ」とホムラを女子部屋へと追い返した僕は、カイを起こし、枕元に眠っていたスイミーさんを連れ、一階の食堂へと足を運ぶ。
女子組は……まだ来てないか。誰も座っていない丸テーブルを取っておくと、おずおずと隣に座ったカイが申し訳なさそうに謝ってくる。
「す、すいません。初日からこんな情けない姿を……」
「初日だからだろ? ま、気長にがんばれよ。時間ならいくらでもある」
僕もしばらくはクロスロード公爵家からの返事待ちだ。
他にもウマイモーンさんから頂いた依頼報酬『最新型移動式屋台』もスイミーさんの中に収納している。昨日の一件で僕の評価がどうなったのかも気になるし……他にも新しく増えた召喚獣についても確認しておきたい。まだ新しく召喚できるようになったやつはホムラを除いて一体しか確認できてないからな。
と、そうこう考えている間にも、ホムラたちの姿が見えた。
「ん、早い」
「おう、もう頼んであるから早く……来れそうにないな」
ホムラの後ろに視線を向けて思わず苦笑する。
そこには女の子として大丈夫か、って感じの表情を浮かべたハクとレイの姿があり、二人はガッチガチの体をなんとか動かして僕らのところまで辿り着く。
「す、すいま、せん……」
「……おまたせ、しました」
「いや、うん。大丈夫だけど……」
ホムラ……一体どんな育成施したんだ? これ今日中……は微妙だが、少なくとも午前中は走り込みも出来ないだろう。歩くだけで辛そうだ。
「はいっと、お待たせしました。こちら朝食でーす」
宿屋店長のお孫さんが、よっこらせっと料理を持ってきてくれる。
変わらずスープに黒パンと、代わり映えのない食事だが、三日目ともなるといい加減に慣れてきた。
三人組は筋肉痛に呻き声を上げながら、何とか必死な思いで朝食を食べており、その光景を見て今日のスケジュールを決定する。
「……うん、よしホムラ。午前中は街の外に狩りに行こうか。そろそろホムラもEランク冒険者になっといた方がいいだろうさ」
「ん、そう言えば。おっさんにイラついて忘れてた」
ホムラがギルドに登録してから今日で三日目。
僕の場合は配下のスライムやゴーレムが魔物を討伐したところで自分の『討伐数』に含まれるからいいが、彼女はまだなんだかんだ言いつつもまだひとつも依頼をクリアできてない。午後までに全部依頼をこなすと考えても……今日の朝イチから動かないと難しいだろう。
「別に、失格になってもいい、けど」
「そしたら僕が困るだろ」
お前は僕を有名にさせる気か。
もうここまで来たらホムラメインで僕はサブで行くのが一番なんだよ。だってホムラが有名になったあたりで僕が商会開けば、『ああ、ホムラの兄ちゃんか。ならホムラから色んなもの仕入れててもおかしくないだろ』とか、そんな感じになるだろう。
「む」
「む、じゃない。頑張りなさい」
そう言うと、彼女は拗ねたようにぷいっと視線を逸らす。
「ソーマのほうが、私よりずっとつよい。のに」
彼女はそう言ったっきり黙ってしまい、僕は苦笑しながら彼女の頭をくしゃくしゃ撫でる。
ま、僕と彼女じゃベクトルが違うからな。
『兵力』か、『実力』か。
何より僕が目立ちたくないってのも大きいが、こういうのは目に見える実力の方がやっかみは少ないもんだ。僕みたいなのが表に立っても面倒くさくなるだけ。
「な、頼むよホムラ。今はお前が頼りなんだ」
そう言うと、ムスッとした彼女がやっとご飯を食べ始める。
こんなんでもまだ生後三日だもんな……と、一人苦笑していると、なんだか視線を感じて三人組の方へ視線を向ける。
するとなんだかキラキラした視線を僕らへと向けている三人組の姿があり。
「……いつか、そう言われるくらいに、強く、なります」
ポツリと呟いたレイに二人が頷き首肯する。
……まぁ、これくらいでやる気になってくれるんなら安いもんだが。
「……うん、体、壊さない程度にな」
元気よく返事をし、直ぐに筋肉痛で呻き声をあげる三人を見ながら、僕もまた朝ごはんへと手をつける。
……うん、黒パンが今日も硬い。




