010『厄介事は重ねて来たる』
――その後。
明らかに嫌な予感がしたため、ギルド中が思考停止している間に僕らは冒険者ギルドを後にした。ま、面倒事が起きるかもしれないが、起きたとしてもホムラが原因。僕は隣で鼻くそほじりながら傍観に徹してればいいだけの事。
「これならホムラをリーダーにした方がいいかもな。そんでもって僕はホムラのおまけってことで」
「や。本気で相手殺すつもりでたたかったら、私よりソーマの方が、ずっと強い。空間埋め尽くすスライム一気に召喚すれば、私でも勝てない」
まぁ、でしょうけどね。
正直なところ、今のところ僕は魔力の『底』ってのが見えてない。唯一ホムラの持ってる魔剣もどきを召喚した時に『あ、減ったな』とは感じたが、それ以外の場面では全く使ってる感覚がない。
ってことは、やろうと思えばギルドのロビーを一瞬でスライムによって埋め尽くす……とかもできるとは思うんだが、そもそもそこまでやらないと勝てない相手とか相手するのも面倒くさい。まぁ、ホムラでも勝てないってなったら僕がやるしかないんだろうけども。
「あとホムラ、いい加減その剣返しなさい。あとヘルメット」
「や」
拒絶するホムラにスイミーさんをけしかけて強制的に剣を収納する。この剣は僕の唯一の自営手段だからな。簡単にはあげられません。
ヘルメットは……まぁ、別に必須って訳でもないしな。気に入ったんならホムラにあげよう。
「……むぅ」
あきらかにむくれてますよって雰囲気のホムラを伴って歩いていると、さっき街中で聞いたおすすめの宿ってのが見えてきた。
そこまで大きい感じの店ではないが、露天のおじちゃん曰く『街の人だけが知る隠れた名店』とのことだ。
「すいませーん、泊まりたいんけどー」
宿屋に入り、声をかける。
さぁ、今日はもう仕事しないぞ! もう寝よう! 疲れた!
そんなことばかり考えながら。
☆☆☆
翌日。
何故か朝起きたら僕のベッドに寝間着姿のホムラが潜り込んでたこと以外は何事もなく一晩が過ぎた。というかホムラさん。もういいお年頃なんだからとっととお父さん離れしなさい。せっかく二部屋取ったんだから。
「や」
「やじゃない。大人しく部屋戻って着替えてきなさい」
という宿屋でのちょっとした話し合いを経て、再び僕らはギルドへとやってきた。ん? この世界の食事の水準? まぁ、アレっすよ。薄いスープに噛めない黒パンと……なかなかに商会立ち上げ甲斐のある感じでした。次からは召喚術式で日本の料理でも取り寄せよう。
「さぁてと、ホムラさん。先頭は任せた」
「ん、任された」
先頭――つまるところ『あいつがあのパーティのリーダーか……』と思われる役割を見事ホムラに押し付ける。これで僕の存在なんて『同郷のよしみで超絶強いホムラさんに寄生してるだけのクソニート』に成り下がるだろう。当初では僕の地位を上げるつもりだったが、もうこの際ホムラさんに行くところまで行ってもらおう。最悪商会も彼女名義の『ホムラ商会』とかでもいいしな。
と、そんなことを考えながら彼女に続いてギルドの中へと足を踏み出すと、そこにはホムラを見てザワザワとしている冒険者達の姿があった。
「あ、あれが……」
「おう、昨日一瞬でDランク三人をぶっ潰したっていう……」
「すげぇな……あんなに小さいのに」
「で、後ろの……うわっ、テイマーかよ。あいつはなんなんだ?」
「さぁ……?」
「羨ましいよな、あんな強いヤツとパーティとか……」
そんな話し声が聞こえてきて、少し満足。
うんうん、その通り。僕はおまけの雑魚ですので。そんなに気に止めないでください。むしろ空気扱いしてくれて結構です。
「あ、ど、どうも……。おはようございます。ホムラさん。あとソーマさん」
「ん、こんちわ」
「あ、どーも」
受付嬢さんもいいネ! 僕がおまけみたいな感じで最高に素晴らしい! どうかこのまま目立たないようにお願いします!
と、そんなことを考えていると、のっすのっすと大きな足音が聞こえてきた。なんだか徐々に近づいてくる足音に振り返ると……うぉっ、冒険者の列を掻き分けて迫ってくる筋肉の塊が。
「おーう! お前さんが期待の新人か! 噂は聞いてるぜ!」
列を掻き分けて現れた大柄のおっさんは、期待の新人に向かって大きく笑う。なんだコイツ……と一人おっさんを見ていると、受付嬢さんが驚いたように声を上げる。
「ぎ、ギルドマスター!? ど、どうしてここに!」
「いやー、なんでもうちの厄介モンぶっ飛ばしてくれた新人がいるってェじゃねぇか? せっかくだし顔でも拝んどこうかと思ってな!」
お約束からのギルドマスター。
……うん、なんだか自分の目の前でファンタジーのお約束が次々と起こってるな。僕には直接接点のない所で、という但し書きは必要だが。
ギルドマスターは僕には見向きすることもなくホムラのことをじっと見つめている。
「……?」
対するホムラも首を傾げてギルドマスターのことを見つめていたが、すぐにギルドマスターが満足げに頷いたことで視線が外れる。
「うーむ、見えん! もしかしなくともお前、隠蔽スキルを持っているな? となると看破スキルを所持した鑑定持ちしかお前のステータスは確認出来ん。うんうんなるほど、強さは十分、用心深さも及第点と言ったところか」
ちなみにホムラは隠蔽スキルは持っていない。これは僕が彼女のステータスを隠蔽しただけだ。……まぁ、鑑定スキル出してこられたら隠蔽のレベル低いし終わるかな……とは思っていたが、どうやら運はこっちの味方らしい。
ホムラから送られてくる困惑の視線。あえて彼女と視線を合わせないでいると、彼女から知覚共有で質問が飛んでくる。
(……この人、なんでソーマじゃなく、私に?)
(ま、昨日ホムラが目立ってたからだろ? あと僕は近接が弱いからな。こういう人からすれば特に鍛えてもいない軟弱者、って感じなんだろ)
ま、そうなると魔法使いに僕を見られると結構マズイことになりそうだが、そもそも魔法使いは冒険者ギルドじゃ一度も見てない。なら、しばらく僕のバカ魔力が露見することはないと思うけどな。
「うし、それじゃあナーリア、コイツちょっと借りてくぞ。少し話がしてみたい」
「え!? あ、ちょ……!」
有無も言わさずホムラの腕を掴み、カウンターの奥へと引っ張っていくギルドマスター。これは僕も行った方がいいのかな……とも思ったが、ギルドマスターが一回もこっち見てなかったな、と思い出して追うのは止める。
「え? あ、ソーマさん、行かなくていいんですか?」
「いや、あのギルマス、僕に興味無いでしょ」
いいながら、ふとホムラから視線を感じてそちらを見る。
そこには『なにこのおっさん、潰して、いい?』とでも言いたげなホムラさん。いやいや、一応その人ギルマスですから。かなり脳筋みたいだけど悪い人じゃない……とは思うよ。たぶん。
そう知覚共有で伝えると、不承不承と言った様子ながら納得してくれたみたいだ。ま、嫌なら何言われても断ればいいし、危ないと思ったら僕に知覚共有で教えてくれれば何とかする。最悪、強制的に返還すれば危険はない。
と、言うことで。
「それで、先日の依頼終わりましたんでご報告に来ました」
「あっ、はい……って、も、もう終わったんですか!?」
びっくりしたように目を見開く受付嬢さん。名前は……ギルマスが言うにはナーリアさんだったか?
昨日の依頼――『ゴブリン討伐』『バトルラビット討伐』『街のゴミ拾い』の三つだ。ゴブリンは森で狩った三体、バトルラビットは五体。街のゴミ拾いは一キロ拾えば合格。余分に拾えばその分お金が入るとかなんとか。
「ま、まだ一日も経ってませんよ……?」
「ええ、僕にはスライム達がいますので」
なにせ、僕が実際に動いたのはゴブリン討伐だけだ。
バトルラビットの討伐と街のゴミ拾いは、僕が寝ている間に全てスライムたちにやらせておいた。バトルラビットは夜眠っている間にスライムによって強襲させ、街のゴミ拾いは街の人達が寝静まった夜遅くにスライムたちを町中にはなって行わせた。おかげでバトルラビットは十二体、ゴミは十三キロ近く拾うことが出来た。
ギルドカードを見せると、『ゴブリン討伐×3』『バトルラビット討伐×12』『街のゴミ拾い13/1kg』との表記があり、それを見た受付嬢さんは驚いたように目を見開きながらも、すぐに頷き手続きを行ってくれる。
「は、はい、確認致しました。それでは改めまして、ソーマさんをEランク冒険者として正式に登録致します。次回からは依頼が張りつけてある掲示板から好きな依頼を選び、受付へと持ってきてください。依頼の難易度がランクとかけ離れている場合は止めることもありますが、基本的にはそういった流れで依頼を受注、そして完遂して頂く形になります」
「注意事項とかは……」
「そうですね。喧嘩をしない。しても一般市民を傷つけない。また、こちらでは一切の責任を取らない。その他、緊急時に特別な依頼を出す場合がありますので、その際は怪我をしているなどの例外を除いて受注して頂く……など。あったとしてもそこら辺ですね。それらに違反した場合はギルドから追放するなどの処置がありますので、ご注意ください」
なるほど……とりあえず『悪いことはしない』ってので良さそうだな。あとは緊急依頼は受けてください、ってことか。
「それでは、次にランクの説明ですね」
そう続けた彼女の言葉に、僕は改めて自分の中にある『冒険者のランク』についての情報を思い出してみる。
最初が仮登録のFランク。その次が正式登録のEランク。
そのまた次が昨日の絡んできた冒険者とおなじDランク……って所までは知ってるんだが、それ以降はどこまであるのか分かってない。
「ギルドランクって結局どこまであるんだ?」と、商会立ち上げに移る目安にしようと口を開いて――次の瞬間、ギルド中へとざわめきが走り抜けた。
「……ん?」
「一体どうしたんでしょう……?」
驚いて背後を振り返る。
ナーリアさんも気になったようでカウンターから身を乗り出し……次の瞬間、ギルドの入口にいた人物を見て二人揃って目を見開く。
その人物は誰かを探すようにしてギルド中を見渡しており――はたと、僕の姿を見つけて完膚なきまでにロックオン。迷うことなくずんずんずんずんと僕の方へと歩いてくる。あらヤダ怖い。
「ふむ、居たな。約束通り時間が空いた」
「……え、ええっと、人違いとか……」
言った途端に、ぐいっと腕を掴まれる。
――そこに居たのは、純白色の全身鎧。
昨日は暗かったからよく見えなかったが、ヘルムの隙間から銀色の髪が流れており、空のように青い瞳が僕の姿をしかと捉えている。
そんでもって、鎧越しに彼女の腕が『もう逃がさんぞ』と言わんばかりに僕の腕を捕らえている。
「人違いか、私の目は昨日見た男の顔を間違えるほど耄碌してはいないと思うが」
その声は、昨日犯罪者ギルドの前で聞いたものと全くおなじ。
つまり……まぁ、うん。
「ソーマ・ヒッキー。貴様について非常に興味深い証言が、『複数』出ている。……なぁに、悪い証言はないさ。ちょっと詰所までご同行良いかな?」
満面の笑み(ただし目は笑ってない)を浮かべる女騎士さんを前に、僕は乾いた笑みを浮かべる他なかった。




