001『楽して生きたい』
色々と規格外すぎる新連載、開幕!
「楽して生きたい」
「…………ふざけてるんですか?」
目の前の女神様は、絞り出すようにしてそう答えた。
僕の名前は比木壮真。通称ヒッキーと呼ばれている。
まぁ、完全無欠な完全無職、引きこもりを極めた僕からすればとても素晴らしい呼ばれ方なわけだが、それはともかく。
どうやら、僕は異世界に召喚されるらしい。
別に死んだとかそういう訳じゃないが、現地の人が『勇者召喚』をしたらしく、その影響での召喚みたいだ。
「……魔力量が多いことで有名な地球から、勇者召喚の対象に選ばれた人間、ということで気になって来てみれば……本気ですか貴方」
「ええ、もちろん」
働きたくない、動きたくない。
というか楽して生きたい。
どっかの社長とかになって、全部優秀な部下に任せて成功したい。そんでもってインタビューとかで「なに、僕は部下に全て任せているだけですよ。別に僕が優秀でなくとも、人を見る目さえあれば大抵の事は上手くいく」みたいな事言ってみたい。あ、いやでもインタビュー受けるのめんどくせぇな。うん、やっぱりニートが一番だ。
「ってことで、勇者じゃなくてニートにしてくれません? なんかそういう女神パワーみたいなので」
「不可能ですね、もうなんなんですか貴方」
女神様の僕を見る目が徐々に冷たくなってくる。
「楽して生きたい、そんなことを可能にするスキルはありません。働かざる者食うべからず。他の『願い』にしてください」
「えぇ……」
ここで最初の答えに戻る。
『異世界召喚にあたって、願いを一つ叶えられる』と。
そんな神龍みたいなこと言うからぶっちゃけて答えたんだが……叶えてくれる願いに『なんでも』って付いてなかったからな。残念だけど一発目が断られるのは想像してた。
「じゃあ、召喚能力を下さい。強い部下だったり、武器、道具だったり。そういう感じのを召喚できる強い能力」
「……さっきより随分マシになりましたね。何企んでるんですか貴方」
いやぁ、全部面倒なことは召喚した部下に任せて、一人悠々自適なスローライフと洒落込めるかなぁ、と。
そんな下心はあるものの、言ってしまえばまた能力くれなさそうなので、とりあえずそれっぽいことを言ってみる。だが。
「なに、召喚能力を活かし、異世界の生活水準向上に務め――」
「うっわ、胡散臭っ」
ですよねー。自分でもわかってた。
改めて女神様へと視線を向けると、彼女は大きくため息を漏らし、『しっしっ』と追い払うように手を振っている。
「まぁ、分かりましたよ。それでは召喚能力に特化した能力を与えます。自動的に近接戦闘においては弱体化されますが……まぁ、これだけ召喚能力に特化していればなんの問題もないでしょう」
そんな言葉と共に、僕の足元に魔法陣が現れる。
一瞬にして視界を光が埋めつくし、ぼんやりとしか見えなくなった女神様は、最後にこんなことを口にした。
「それでは比木壮真、良い旅を」
その言葉は女神様っぽくはあったが。
なんというか……物凄い棒読みだった。
☆☆☆
目が覚めたら……何故か草原にいた。
勇者召喚だと聞いていたから、たぶん王宮とかそういう感じの場所行くんだろうなぁ。と、そんなことを思ってた手前、少し拍子抜け……いや、普通に安心した。だって僕みたいなのが王族とかの前に出てったら。
「ようこそ勇者様!」
「いいえ、ただのニートです」
「……魔王を倒してこの世界を救ってください! 我らにできることならあらゆる協力を致しましょう!」
「あ、じゃあ働かなくていいですか?」
「……ゆ、勇者様以外に魔王を倒せる存在はおりません! どうか女神様より授かった力を用いて魔王を討伐してください!」
「あ、別に特殊な力とか一切ないんで」
「…………誰か。このニートを牢屋に連行しなさい」
ってなるのが目に見えてる。
ふと、違和感を覚えてポケットに手を入れると、女神様からと思しき一通の手紙が入っていた。
『普通に召喚主のところに送ったところで、貴方も依頼主も損しかないとこちらで勝手に判断しました。召喚主の方には【勇者は時空の歪みの影響で異なる場所に召喚されました】的なことを言っておきましたので、そこからはどうぞお好きに冒険ください』
さっすが女神様、よく見てる。
手紙の裏面をみると、『追伸、ステータスと唱えれば自分の能力は確認できます。能力のチュートリアルはありませんが、仮にも勇者なら使いこなせるでしょう』とのことだ。
僕は手紙を折りたたんでポケットの中へと収納すると、改めて周囲へと視線を向ける。
前方には数キロ先……もしかしたら十キロ近くあるかもしれないが、遠くに街のような影が見て取れる。
背後を振り返れば、森がある。
……まぁ、進むとしたら街の方か。
森の中に入っても別にいいが、食料も水も何も無い現状、先ずは街なりなんなり行って生活の基礎を固めたい。悠々自適なニート生活において最も重要なのは基礎だからな。そこに手は抜かない。
といっても、それよりもまずは『ステータス』についてだ。
「さて、どんな感じになってることか」
現役ニート。
運動の『う』の字も日常に存在しない引きこもり。
果たしてどんな変貌を遂げているのか。ステータス、と口に出して呟いた僕の前に透明なボードが現れる。
☆☆☆
【名前】ソーマ・ヒッキー
【種族】人族Lv.1
【職業】ニート
【筋力】3
【耐久】7
【敏捷】5
【知力】9999
【魔耐】9
【スキル】
召喚術式Lv.1、知覚共有Lv.1、並列思考Lv.1、隠蔽Lv.1
【称号】
異界の勇者、特級ニート、引き籠る者
☆☆☆
「……うん、なるほど」
そのステータスを見て、思わず口元が緩む。
尖るにもさすがに度が過ぎるようなステータスだが……これでいい。むしろこれがいい。こういうステータスを望んでた。
勇者? 近接戦闘? そんなものは一切いらない。
僕に要るのは、下手に動かなくて済むステータス。
つまるところ、こういう感じ。
僕は雲一つない青空を見上げ、さっきまで一緒にいた女神様へと感謝を告げる。
「ありがとう、これで思う存分ニートでいられる」
さて、それじゃあ新たな一歩を踏み出そう。
僕が、ニートであるために。
――楽して生きたい。
たった一つのその願いを、叶えるために。
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