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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

きさらぎ駅

作者: 暁 栄二

「本当にやるの?止めた方がいいと思うんだけど…」

「はは、大丈夫だよ。ただの噂話だし…それに、これをやり切れば、アイツらからちょっかいを掛けられることも無くなるし」

「ただの口約束でしょそれ。全然信頼ならないよ」

「確かに信頼はできないかな…」

「嫌な事はちゃんと断りなよ、いい加減」

「はは…断って酷い目に遭うのは分かってるからね…僕が逃げた程度じゃアイツら見逃してくれなさそうだし…」

「………根性無し」

「ははは、否定は出来ないね」

僕は乾いた笑みを浮かべ、睦月(むつき)からの説教をのらりくらりと躱していく。

千冬(ちふゆ)は本当に変わらないよね…」

「ありがとう?」

「褒めてないよ!」

「ごめんごめん、わかってるよ」

「もう…本当にわかってるの?」

睦月からのジト目から目を逸らす。

言いたいことはわかっている。睦月と出会った小学校の頃から、僕が意気地もなく、流されてばかりだと言いたいんだろう。僕自身も自覚はある…けど、結局今までそれを直せずにいる。だから僕は高校生になってもこうやって、イジメまがいの対象になっている。

「分かってるならいいけど…」

「睦月は優しいね、今回もわざわざ着いてきてくれたし」

「ん?これくらい大した事じゃないよ。それに今に始まった事じゃないでしょ?」

「本当にいつも助かってます」

「いいのいいの。今回も早く終わらせちゃお」

今僕たちがいるのは、起駅(おこしえき)の改札前。僕たちの住む地域を通る路線の西端に位置する駅で、ここに来るだけでも数時間かかった。元よりこの辺りは田舎なので、端の駅ともなると本当に何も無い。畑が広がり、ポツポツと街頭が立っているだけで、人っ子一人いない。現在の時刻が24時前ということもあり、その雰囲気から幽霊の1人でも出てきそうだ。

「確認だけど、今回は何をさせられるんだっけ?」

「今回は異世界の駅に行ってこいだってさ」

「異世界の駅?なんなのそれ?」

「よくある都市伝説の1つみたい」

「へぇ、それはいつもに増して変な命令されちゃったね」

「そうだね…じゃあ、早速はじめよっか」

僕はスマホを取り出し、都市伝説『キサラギ駅』への行き方の載ってるまとめサイトのチャートを確認する。

「まずは何をするの?」

「『ステップ1!! 路線の最端の駅に行き、1駅分の切符を買い、改札を通りましょう。』だってさ」

「りょうかい」

僕達は自動切符売り場で、隣の山中駅までの切符を購入した。

改札を通り、ホームへと出る。深夜の田舎の駅、僕達以外に人がいる訳もなく、ホームは無人だった。

とりあえず僕達は、ホームにあるベンチに座り、次のステップを確認する。

「えっと…次は…『ステップ2!! 購入した切符を半分に切りましょう。その後、半分の切符は直接手で持っておき、もう片方は捨てて、手元に無いようにしましょう。』」

「え、切符を切るの?そんなことして大丈夫なの?」

「多分、怒られちゃうよね…ただ、やらない訳にはいかないし……僕は切るよ」

「じゃあ、私も切る!千冬1人でやらせたら、私が来た意味がないし…それに不公平だもん」

「わかった」

僕は持ってきていた筆箱から、折りたたみ式のハサミを取り出すと、自分と睦月の2人分の切符を真ん中で半分に切り分けた。

「はい、睦月の分」

「ありがと……うわぁ、本当に切っちゃった。SNSに投稿したら間違いなく炎上だよ」

「まぁ、今からもっとSNS映えするところに行くんだけど……じゃあ、あとは片方を捨てれば準備完了」

「あ、それなんだけど。私が持っとくよ」

「え?でも手元に無いようにって…」

「うん、だからここに入れるの」

睦月は、肩からかけているショルダーバックをポンポンと叩いてみせる。

「手元になければいいんでしょ? バックに入れておけば、手元ではなくなるでしょ」

「強引すぎない、それ?」

「でも…もしも切符を復元するのに、切り分けた両方必要になったら大変でしょ?お金は大事だよ!」

「確かに一理あるかも………じゃあ、お願いするね」

「うん、任せて!」

切符の片割れを睦月に渡し、睦月はそれをショルダーバックの中へと仕舞う。これで準備の行程は全て終わり、噂の駅行きの電車が来るのもホームで待つだけだ。

12月の深夜のホーム。気温はマイナスを下回っており、呼吸する度に白い吐息が口から漏れる。防寒具はしてきたが、正面から北風を受ける体は体温など簡単に奪われてしまい、有難みが薄まってきている。

「はぁ……寒いなぁ」

「寒いの?」

「うん。睦月は平気そうだね…」

「ふふん、私にはこれがあるからね!」

睦月が手袋を外すと、その中には小さなカイロが入っている。

確かにこれならば、この環境でも平気なわけだ。

僕は少し、真冬の夜の寒さを見誤っていたようだ。

「僕も持ってくれば良かったよ…」

「…………千冬、手だして」

「? これでいい?」

突然のお願いに戸惑いつつ、僕は言われるがままに手のひらを上に睦月に差し出す。

「あ、手袋も外してくれる?」

「えぇ………は、はい…ここ、これでいいですか」

防寒着越しでも寒いと感じる極寒の中に、無防備な状態で晒された僕の手は一瞬で熱を奪われ、感覚を少しずつ失っていく。

「な、なにをするのか分からないけど、出来れば早く---」

「えい!」

「……え、え?…睦月?」

「これなら2人とも、もっと暖かいでしょ?」

睦月は震える僕の手を握る。僕と睦月の手のひらの間には、先程の小さなカイロが入っており、睦月の体温も相まって、とても暖かい。

「そうだね、暖かい…」

「な、なんだか恥ずかしくなってきた……!」

寒さで赤くなる顔で、はにかむ睦月を見ていると、胸の辺りがポカポカしてくる。

「ありがとね、睦月」

「う、ううん!全然問題ないよ!」

それから、恥ずかしさから少しテンションが高い睦月と一緒に10分ほどホームで待っていた。その間、僕は手袋を付けることはなかった。

フォーン…

遠くから電車の警笛の音がした。とうとう来たようだ。

「あ、今の音。来たみたい」

「うん、そうだね。僕達もホームで並んでよっか」

ホームにある三角形の目印に従い並んでいると、電車のライトの光が見え始めた。

「ねぇねぇ、乗るのはこの電車でいいの?」

「うん。切符を切って、1番初めに来た電車に乗れって書いてあったから」

「そうなんだ、じゃあこれで間違いないね」

到着した電車は至って普通の電車だ。行き先がキサラギ駅になっているという訳でもなく、中に得体の知れないものが居るということもない。

「なんだか…普通だね」

「うん、普通の電車みたい。千冬、本当にあってるの?」

「そ、そのはずなんだけど……とりあえず乗ってみようか」

「うん、そうだね。寒いし」

僕達は車内へと入っていき、席へとついた。十数秒後、出入口が閉じ、電車は発車した。先程座っていたベンチが右から左へと動いていくが、なにか不思議なものが見えることも無く、ただ電車は進んでいく。結局噂は噂にすぎないのか、と少し安心した。あとは駅員さんに切符の件をどう話すのかが問題だった。





「………おかしい」

電車が一向に止まらない。体感時間で10分以上は経ってる。各駅停車の1駅分にしては長すぎる。

そして、なりよりもおかしいことがある。

睦月が居ない。

電車に違和感を感じた時、既に姿はなかった。いつから居なくなったのか記憶を辿るが、何故か上手く思い出せない。特に電車に乗ったあとからの記憶が曖昧だった。それに外を見れば、そこには何も無い平地が広がっている。田んぼや、古民家の1つも見えない。明らかに異常な風景だ。

「まさか…本当に……」

車内を見回すが睦月はもちろん、乗客は誰1人いない。先頭車両なので運転席も見えるが、運転手の姿もなかった。

しかし、車内の電工掲示はいつものように次の駅へのアナウンスを流している。

『次は、縺阪&繧峨℃鬧……… 縺阪&繧峨℃鬧です…』

文字化けしており、駅名は読めない。でも、この電車が次に何処の駅に着くかは分かる。おそらく次は……

その時、電車の速度が落ちるのを感じた。それと同時に、車内アナウンスの電子音声が流れた。

「次は…縺阪&繧峨℃鬧…… 縺阪&繧峨℃鬧に止まります…」

萎びた男の声のそれを聞き、運転席を見ると、奥の方に少し明るい場所が見える。周囲が真っ暗なので、まるで暗闇の中に浮かんでいるようだった。

電車は進み、その場所がはっきり見えてくる。

そこは駅だった。しかし、そこには他にも何かが見える。

ふたつの影、おそらく人だろうか。ホームに立ち、こちらを見ているように見える。

自分一人ではなかったことに、喜びと安心を感じ、少し笑みがこぼれる。電車は駅へと近づき、ホームへと入っていく。

電車止まったらまずあの人たちにここについてを聞こう。

それから------

ドンッ!!

電車がホームに入ったその瞬間だった。

鈍い音が鳴り響く。そして運転先のガラスにはベットりと何かが付き、流れ落ちている。

状況を理解出来ず、目を見開き硬直する僕に、また車内アナウンスが声をかける。

「縺阪&繧峨℃鬧…… 縺阪&繧峨℃鬧です……」

開け放たれた扉を通り、外に出る。僕が出た途端に扉は閉まり、電車はそのまま走り去って行った。放心状態のまま、何気なく走り去った電車のいた線路に目を向ける。真っ赤に染る線路と撒き散らされる肉片を見た。胃の中から数時間前に食べた夕食が込み上げてくる。理解できないこの状況に、わけも分からず涙が流れる。

「あ、あぁ……なんなんだよぉ…なんなんだよぉ、これ……」

僕の声は、虚しく駅に響くだけだった。



僕が冷静になれたのは1時間ほど経ってからだった。

胃の中は空になり、涙で目は真っ赤になっているだろう。

出るもの全て吐き出し、やっと頭が状況を少しずつ理解し回り始めた。

駅のホームにあったベンチから立ち上がり、当たりを見回す。

見た目は普通の駅だ。軽く見ただけでは特に不審なものは見えない。ただ、少し古臭い点を除いて。

ホームを歩いていくと、駅名の看板が見える。サビだらけで駅名は殆ど見えないが、かろうじでルビの部分だけが残っていた。

『きさらぎ』

……やっぱり、ここは都市伝説のキサラギ駅で間違いないみたいだ。ただの田舎の駅かもしれない、そんな希望を失い心が沈んでいくのを感じる。そこから改札の辺りが気になり、そちらに向かう。その途中、ホームのベンチにカバンが2つ、置いてあった。 何処かの校章が入っており、学生のもので間違いない。そして2つ置いてある……たぶん、電車に引かれた2人のものだろう。先程の光景がフラッシュバックし、軽い吐き気がまた込み上げてくる。それを何とか押さえ込み、カバンの中身を確認する。中には筆記用具、教科書、ノートが入っていた。ノートを確認すると数学の問題が解かれており、左上にはそれを書いた日付が書かれており、それは今日から1週間前の日付だった。

「……もしかして……1週間もここに…?」

その瞬間、最悪の考えが頭に浮かぶ。

「…い、いや…まだだ。まだ僕はこの駅の全てを知らない…そうだ…諦めるには早いだろ、僕……」

絶望に沈みそうになる心を、虚勢のはった言葉で励まし、改札に向かって歩き出す。

予測はしていたが、改札には誰もいなかった。それどころか改札は動いてすらなかった。また、改札の近くには地下への階段があり、入口には『迴セ螳滉ク也阜方面』とあり、逆のホームへの通路だった。地下の通路の入ると、照明は壊れているのか真っ暗だった。スマホのライトを頼りに進んでいく。足元は異様に濡れている。歩く度にベチョベチョと、足に纏わりついてくる。水では無いのだろう、だが今の僕にそれが何なのかを確認する勇気はなかった。

逆のホームに着くと、入口の改札と同じような場所に出た。ホームも殆ど同じで、特に気になるものもなかった。これで駅で行ける場所は全て巡ったと思う。駅員室なども古い駅なのか見当たらない。変なものはないし、いなかった。ただ、助かるための情報やキッカケもなかった。あと行ける場所があるとすれば………駅の外だ。

改札は壊れていたため、外にはすんなり出ることができた。駅から1歩出ると、そこは絶望的な暗闇だった。数メートル先も見えない。スマホのライトで照らしても、何故か足元付近までしか光が届かない。だから奥に何があるのか分からない。もしかしたら、異形の化け物が僕が出てくるのを待っているかもしれない。もしかしたら、1歩外に出れば永遠の闇の中に落ちていくかもしない。そう思うと足がすくみ、震え、ホームに戻りたくなる。でも、あそこに戻っても何も変わらない。スマホのライトを最大にして、慎重にゆっくりと暗闇の中に足を踏み込んだ。



完全に無駄だった。同じホームのベンチに座り、僕は星のない真っ暗な天を仰いでいる。あの後、僕は暗闇を進んで行った。駅も見えなくなるほど進んだ。それから少しすると、奥の方に小さな明かりが見えた。もしかしたら、と思い駆け寄って行った。息を切らし、辿り着いたそこは同じこの駅だった。ホームに2つのカバンがあるのを見て確信した。その後は逆方向へ行った。線路にそって歩いた。その全てが同じ結果だった。

僕はこの駅から出られない。この駅を散策して、カバンの中のノートを見てすぐに浮かんだ可能性。結局、その通りだった。それが分かれば、今までの状況も理解できる。

外には絶対に出られない。

だから、あの二人は死んだんだ。

1週間、色々試したんだろう。僕がやった以上に。

でもダメだった。何をしても外には出られなかった。

永遠にここにいなければならない、

その現実に耐えきれず、死を選んだ。

彼らも興味本位で来てしまった被害者だったのだろう。

そして、次の犠牲者は僕だ。僕もまたここから出ることはできない。ここに来る際に使ったサイトになら、もしかしたら帰り方が書いてあるかもしれない……が圏外ではそれすら確認できない。

唯一の希望があるとすれば、僕が来たみたいに誰か他の人が来ることだ。でも、それもそんなに期待していない。ここに来てから体感時間で数時間は経過した。その間、何回か電車通過することがあった。こちらのホームに停車するものもいつくかあった。しかし、逆のホームに止まる電車1台もない。ここから帰るのなら逆の方面に行く必要がある、その電車は全て僕を置いて行ってしまう。そんな状況に人が増えたところで何の解決にもならない。完全に僕は終わってるんだ。

むしろ、こんな場所他の誰も来ない方がいい。

ここに来るのは僕が最後であるべきだ。

まぁ、あんな都市伝説本気にするやつが、そんなにいるとは思え……ない…が……

その時、1人の顔が頭に浮かぶ。

弱気で情けない僕に、昔からずっといてくれたあの人。

たぶん、いなくなった僕を心配して、こんなところまで助けに来そうなお人好し。

それに気づいたら、僕は居ても立ってもいられなくなった。

睦月だけは! 睦月だけはこんな場所に来たらダメだ!

こんな僕のために笑ってくれるあの子だけは、僕のわがままで今まで付き合わせたあの子だけは絶対にダメなんだ!

なにか方法はないかと必死に考えるが何も浮かばない。スマホは圏外で連絡はできない。直接伝えるなんてできないし、ここに来てからではもう遅い。たとえ、この駅に降りなくても助かる保証なんてない。

必死に思考をめぐらす僕の前に、反対のホームを電車が通過する。当然止まる様子もなく、元いた世界の方向へ走っていく。あれに飛び乗る、なんてことも考えたが、あの二人のようになって終わりだろう。良くて、服の破片や飛び散った血肉が届くだけだ……

その時、1つの方法が浮かぶ。

限りなく可能性は低いが、今できる唯一の手。僕はそれに一縷の希望をかけて、ホームを駆け出した。




千冬がいなくなってから、1日が経った。

都市伝説である『キサラギ駅』に行こうとしたあの時から、千冬は私の前から姿を消した。電車に乗るまでは確かに一緒にいた、それは覚えてる。でも電車に乗りこんで扉が閉まった時、既に車内には私しかいなかった。たぶん、千冬だけが1人で……

どうして私だけが行けなかったのか、それについては何となく分かっている。私は手の中にある3枚の切符に視線を落とす。2枚は私が切り分けた分、そしてもう1枚は千冬が切り分けた切符の片割れ。私は切符の片割れを持ってたから、あの駅に行くことができなかった。千冬を1人にしてしまった。だから、私も千冬のいるところに行く。約束したからね、一緒に行ってあげるって…

まず学校が終わったら、家に帰ってすぐに----

「睦月?聞いてるのか?」

「えっ!あ、はい?」

「p125の6行目から読んでもらえるか?」

「は、はい!」

………とりあえず、授業が終わってから考えよう。



キーンコーンカーンコーン…キーンコーンカーンコーン…

放課後のチャイムがなり、今日の学校の終わりを告げる。

私は友人たちに一声かけて、足早に帰宅する。起駅に今日の24時までに行くなら、19時までには駅に行く必要がある。ご飯とか、その他諸々もそれまでに終わらせておかないといけない。時間は1秒でも惜しかった。それに、私には1番考えなければならない問題もある。

千冬の所に行ったとして、どうやって2人で元の世界に帰ってくるか。

千冬が帰って来てない事を考えると、簡単に帰れる感じではなさそう…ネットであの記事をもう1回確認したけど、帰り方なんて何処にも書いてなかった。でも、何処にも帰れないとも書かれていない。なら、助かる可能性はゼロじゃない。

千冬だけは私が助けなきゃダメなんだ。

彼がこんな目に合ってるのは私のせいなんだから。

私なら千冬に嫌がらせしてる奴を止めることもできた。先生や親に相談することもできた。でもこの数年間私はずっとそれをせずに、千冬の傍に立ち続けた。

千冬が私を頼ってくれるのが嬉しくて。

こうしていれば、一緒にいれる時間が増えるからって。

そんな身勝手な理由で傍観者で居続けた。その結果がこれだ。千冬は何処かに行っちゃって、帰って来れるかも分からない。

だから、私は…何を犠牲にしてでも千冬を助けなきゃいけない。自己満足だろうけど、それがせめての罪滅ぼしだと思う。

私は決意を新たに、家に向かって走り出す。



「戻ってきたね……」

現在の時刻は深夜24時前。あの時と同じ時間で同じ場所。

見渡す限り、田んぼが広がり、それ以外には何も見えない田舎。そして、千冬と一緒にいた最後の場所。今日も無人のその駅の切符売り場に近づき、切符を購入する。改札を通り、前回と同じように半分に切り分けていく。片割れはホームのゴミ箱に捨て、あとは電車を待つだけ。

ホームのベンチに座り、空を見上げる。今日は雲ひとつない快晴で、周りに明るいものが何にもないから星が沢山見えた。

「できることならこの星を千冬を見たかったなぁ……いや、違うか」

後で2人で見るんだ。そのために準備してきたんだから。

少し弱気になっていた心を奮い立たせ、再度電車が来るの待っていた。その途中、何度も突風が私を襲った。ここに来るまでは風なんて吹いてなかったのに。ただでさえ気温が低いのに、強風に体温をさらに奪われ、体が冷えていく。巻いたマフラーを強く巻き直し、自身の体を抱きしめ、グッと耐える。

カサカサ……

その時、マフラーになにかが飛びついてきた。

それは折りたたまれた紙切れだ。何でこんな所に飛んでくるのかとは思ったが、とりあえずそれを開いてみる。

『こっちに来るな』

それは誰かからの忠告が書かれている。その字はガタガタで、まるで寒さで震える手で書いたような文字だった。そのせいか、その文書には鬼気迫るものを感じ、書いた人の必死の気持ちが伝わってくる。

こんな場所に、こんなタイミングで、こんな忠告が飛んでくる。どんなに察しが悪い人でも、この来るなが何処を指しているかなんて直ぐにわかるだろう。そして、極寒の中で誰が書いたのかも……

その時、遠くから電車の警笛が鳴り響いた。




やれることは全部やった。もうノートのページは1枚も残ってない。現実世界行きの電車に向かって、忠告の意思を書いたメモを投げつけ、電車にへばりつかせて、あっちへ送る。上手くいく保証なんてどこにも無い。そもそもこの電車か現実世界に行くかどうかも分からないだから。ただ今の僕にできるのはこれくらいだ。睦月がこっちに来ないようにする方法は。

睦月は幸せにならなきゃいけない。

睦月は人一倍優しい子だから、どんなに情けない奴がいても助けてしまう。いじめられていれば、慰めてくれるし、無理難題を押し付けられていれば、手伝ってくれる。

僕はそんな睦月に甘えてしまった。正直、あんなイジメ程度なら僕一人でも解決できた。先生や親に相談すれば、丸く収まるかはともかく、イジメ自体は収まっただろう。でも僕はそうしなかった。プライドが邪魔したわけじゃない。

ただ、イジメられてない僕とは、睦月はいてくれないような気がしていたから。イジメられ助けを求めれば、睦月は必ず僕を手伝い一緒にいてれる、そんな身勝手で自己中心な理由で、僕は睦月を巻き込み続けたんだ。もちろん、イジメの対象にならないように手は回した。でも、だからといってそれが巻き込んでいい理由にはならない。だから、これはせめての償いなんだ。これ以上は巻き込まない。地獄に落ちるのは僕だけでいい。自己満足かもしれないけど、せめてこれぐらいはしなければならない。

深いため息をもらし、空を見上げる。そこには、ひたすらに真っ暗な闇が広がり、星一つも見えない。現実世界であれば、回りに光源なんてないんだから、とても綺麗な星空が見えたんだろうな。

僕はもう助からない。現実世界へ帰る事は愚か、彼女と会うことも二度と無いだろう。いつ僕が力尽きるかは知らないが、それまで1人で居続けるのはとても怖いし、寂しい。でもそれ以上に睦月が助かるならば、それだけで僕はそれらに耐えれる気がする。これは償いなんだと言った手前、すごく情けないが、地獄を1人で歩くんだ。それくらいは許してくれてもいいだろう。

やることをやりきった達成感から少し笑みを漏らし、僕は風が当たらない地下通路の階段に行こうとベンチから立ち上がる。その時、いつものように電車の走行音が聞こえてくる。ちょうど、これらのホームに来たようだ。最後にそれを見収めておくか、と僕は足を止め電車を待つ。ホームに入ってきた電車は、いつものように僕が乗ってきたものと全く同じ車両。車掌などいない幽霊列車で、乗客などいない全くの無人だ。

そのはずだ。そうでなければ、僕が困る。

これ以上、犠牲なる人なんていらないんだ。

じゃあ、これはどういうことだ。

なんで…なんで、最も来て欲しくなかった人が扉越しに立ってるんだ。

電車は停車し、扉が開放される。

「やっぱり居た!全くもう~1人で勝手に行かないでよね!」

睦月だ。いつも、情けなくて自分勝手な僕に笑いかけてくれるあの睦月だ。

「メ、メモは……?」

「ん?これのこと?ホームに居たら風に乗って飛んできたよ」

そう言って見せた紙切れは、確かに僕がノートをちぎって作ったものだ。僕の目論見は成功していた。僕のメッセージは確かに届いていた。届いていたのに…。

「なんで……」

「どうしたの?」

「どうして来ちゃったの…?ここには来ちゃダメなんだ。ここに来たらお終い。もう帰れない。ここで力尽きる以外に選択肢はないんだ。だから、せめて睦月だけは助かって欲しくて…それなのに、どうして来ちゃったんだよ…」

僕は、結局また睦月を巻き込んでしまった。結局何も変われてなんていなかった。うなだれる僕に、睦月はいつもように笑みを向ける。

「何言ってるの。こんなの今に始まったことじゃないでしょ?」

「そうじゃなくて、僕は…」

「千冬が私に助かって欲しいのと同じで、私も千冬には助かって欲しかった。普通のことでしょ?……それに謝りたいこともあったし」

「で、でもこっちに来たらダメなんだ…助かるなんて…」

「ふっふっふ…これを見な、千冬!」

高らかに宣言する睦月の手には、半分に切られた切符は2枚握られていた。

「え?なんで…ここには片割れだけししか持ってないと…それにその切符もここに来た時になくなってるはず…」

「ふふふ、そう。だから私は3枚の分購入してここに来たのさ!」

「え?」

「分からない?この電車に乗るには切符がいるんでしょ? なら乗る回数だけ取っておけば問題なし!…まぁ、3枚分は結構高かったけどね」

睦月は、そんな確証ないものを信じてここまで来たのか?

もう帰れないかもしれないのに?

「…ふふ」

「千冬?」

「やっぱり睦月はすごいや……うん、助けに来てくれてありがと」

こんな睦月を見ていると、自己犠牲なんて馬鹿馬鹿しくなってしまった。償いなら生きて、これからしていけばいいじゃないか。こんな場所でする必要はない。

「いくらでも感謝してくれていいよ! じゃあ、行こっか?」

睦月は車内から僕に手を伸ばす。僕はその手を取る。あの日のように、睦月の手はとても暖かかった。

電車に乗り込むと、出入口が閉じ、車内アナウンスが流れる。

「次は蟷ウ陦御ク也阜… 蟷ウ陦御ク也阜に止まります…」

電車は発射し、僕たちを暗闇の中へと送り、進んでいく。






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【まとめ】キサラギ駅へ行くための3つのステップ!

①あなたの近くにある路線の最も端にある駅へと向かい、そこで1駅分の切符を購入し、改札を通りましょう。

②ホームに出たら、切符を半分に切り分ける。その後、片方の切符は直接手で持っておき、もう片方は無くさないようにバック等に仕舞っておきましょう。

③切符を切ってから、2つ目の電車に乗り、次の駅で降りましょう。


これであなたはキサラギ駅に着いていることでしょう。

また、元の世界に戻る際は半分に切った切符の片割れを持って、反対のホームに止まる電車に乗りましょう。すると最初にいた駅へと戻ることが出来ます。


補足)現在、キサラギ駅への行き方まとめサイトは数多く存在しており、虚偽の情報が混在しております。他のサイトを利用する際は十分にご注意下さい。


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