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北から来た!喜多ちゃん  作者: 宮小太郎
2/2

第一話 北から来た喜多ちゃん②

閲覧してくれた方ありがとうございます。楽しんでいただけると嬉しいです。

02


 「わあい!近くで見ると、余計お人形さんみたいだねい。お肌は白くてすべすべでマイセンって感じだしい、髪は真っ黒でサラサラだしい。目もくりくりなんだねい。指もめちゃくちゃ細いしい。夏休み明けの転校生だからとっても楽しみにしてたんだよう。夏休み中に先生から連絡が来てたからさあ。どんな子がくるのかなあってずっと考えてたんだあ。そしたらこんなに可愛い子が来ちゃうんだもん、びっくり仰天ギョギョギョギョって感じ。しかもその娘が私の隣の席なんだから驚き桃の木ギョの五乗!ほんと奇遇だよねえ、運命だよねい。とゆーかさあ私、北から来た子なんて初めて見たんだあ。この学校だってギリギリ福島の子がいるかどうかってところだもん。あ!私ばっかり喋っちゃってる、ごめんねえ!」


 これからよろしくねい喜多ちゃん、などと矢継ぎ早に一息で言うと深窓の令嬢(仮)ちゃんは、溌剌とした笑顔をこちらに向けたのだった。

 教室の中でたった一人の生徒だったから咄嗟に不気味な印象を受けたものの彼女自身は相当に明るい子らしい。滅茶苦茶マシンガントークしてくる。全然深窓の令嬢じゃない。知らないよ、こんな人種。考えるまでもなく私の一対一の対話経験の範疇外だ。

 というか、席に関していうのであればこんなガラガラの教室で奇遇も何もないだろうという話である。よっぽど私が人嫌いか、彼女のことを蛇蝎のごとく嫌っていなければ彼女を避けて座るというのも何だか不自然な話だ。あんなにこっち見てきた子スルー出来ないよ。

 ともあれ、元気に挨拶を投げかけてくれているわけだからそれに答えないわけにはいかないだろう。想像していた転校初日とはずれてしまったが彼女と何が何でもお友達にならねば。


 「よ、よろしく。そ、そうなんだ、北国出身の奴って珍しいんだ。それはよかった、よかった。」


 我ながら何が良かったのかもわからない。なんかすごく今しどろもどろな気がする。先生とはあんなに話せたのに!

 いや、あれも先生が話を振ってくれたから話せた気になっていたのか。大人の余裕という奴でこちらに話しやすい雰囲気をつくってくれていたのか?だが今はそんな先生もいない。朝の会を簡単に済ますと教室から引っ込んでしまった。私だけで頑張るしかなさそうである。

 そんな私の考えとはよそに令嬢ちゃん(仮)はにこやかに続ける。


 「どうしたのう、喜多ちゃん。さっきから全然その可愛いお目目と目線が合わないよう?私何か悪いことしちゃった?」


 「い、いや、全然全然!どうともしない。転校初日だから緊張しているのかも。いや、そもそも私可愛いお目目なんて持ってないからな、ちんちくりんなお目目は合わしてるつもりなんだけど」


 「あはは!面白いねえ!でも私の方こそ、そんなお目目見えないよお?」


 「え、マジで?じゃあ私のお目目は何処に行ったのかな?」


 わざとらしく私は続ける。ここまで来るとなんだか変な意地が湧いてきてしまっている。素直に彼女の方を向いてお友達になれば良いのに何故だか気恥ずかしい。自分以外の同年代の女子なんてそれこそ初めて見たからだ。私が依然顔を下に逸らしていると視界の端で彼女の胸のリボンが揺れた。


 「じゃあこうすれば見つかるかなあ」


 体を動かした彼女はそんなことを言って私の両頬を手でやさしく包むようにして下を向いていた私の首を軽く上げると、こちらの目線を彼女の顔にあわせてきたのだった。


 「うおおおおお!え、え、な、えええ?ど、どうかした?」


 思わずてんぱって、余計語頭がどもってしまう。


 「どうもしないよお、喜多ちゃんとは早くお友達になりたいんだあ」


 え、シティーガールってみんなこんな距離感なの、こんなゼロ距離で友好関係築こうとしてくるの?それともこの娘がおかしいの?めっちゃ手すべすべなんだけど。めっちゃひんやりしてるんだけど。あんたの方こそ陶磁器みたいじゃないか。


 「あ、あう」


 いきなり頬をつかまれたのでうめき声しか出ない。しかし、そのおかげで私は初めてこの娘の顔を直視することが出来たのだった。

 教室に入ってきたときも印象的だったが、まず瞳が視界に入ってくる。大きなヘーゼル色の丸い瞳が吸い込まれるようだ。軽く突き出た唇と丸い小鼻が印象的で、顔立ちがどことなく小動物を思わせる。髪は薄い茶髪を内側に小手で巻いているのだろう。揃ったボブの毛先が内巻になっている。前髪は切りそろえられ、オン眉がどことなく在りし日の木村カエラを思い出させる。この髪型が似合うとはさては相当な美人さんか?明朗快活と言う言葉がよく似合う、見ていると安心するような顔であった。


 「どう、これでお目目見つかったかなあ」


 観念します、見つかりました。勘弁してください。


 「み、見つかった、見つかった!ありがとう。私も早く友達作りたくてさ。そっちから来てくれてすげえ嬉しいよ。改めてよろしく。ええと……」


 私は右手を胸の前に掲げつつ言葉に窮する。そういえばまだ彼女の名前を聞いていない。


 「ああ、名前!まだ言って無かったねい。私、にしのかみのそうざえもんのじょうっていうんだあ!改めてよろしくねい!」


 そう言って彼女は私の手を取り空でぶんぶんと振り出した。

 何だか、酷くこっぱずかしい。彼女の手のひらの内側が熱のこもっているようで心地よい。さっきはひやりと感じたが、それだけ私の頬が緊張で熱くなっていたということなのだろうか。彼女にそんな気持ちが伝わってないといいのだが。いや、それはともかくとして……、


 「んんん?」


 え、にしのかみの、何だって?どこからが苗字でどこからが名前なんだ?


 「ええと、何て呼べばいいのかな?西野ちゃんとか?」


 「ああ!ごめんねい。喜多ちゃん、これ全部苗字なんだあ」


 そう言って彼女ははにかみながら笑う。机に向き直り、中から水色のノートを引っ張り出すとその表紙にマーカーで書いてある名前を私に見せてくれた。ご丁寧にマスキングテープで名前の周りが囲ってある。おおよそ名前には見えず何かの暗記にでも使ったのではないかと思えるほどであったが、わざわざノートの表紙に書いて覚えるようなことはしないだろう。間違いなくそれは彼女の名前であった。


 「苗字で|西守総左右衛門丞≪にしのかみのそうざえもんのじょう≫っていうんだよお。で、名前が|佐佑≪さゆ≫っていうんだあ。何だか苗字負けしてるよねえ。みんなの前で自己紹介してもいつも苗字のインパクトが強くってそっちでしか覚えてもらえないからいつの間にか言うの恥ずかしくなっちゃったんだあ。だから苗字だけ名乗ってるんだけどお……。名前も読んでもらえ無いし、どうせだったらもっと名前も派手にしてほしかったよう」


 成程、そんなパターンがあるのか。キラキラネームだなんていわれて一時期は子供の名前の是非が問われたこともあったなんて師匠から聞かされたことがある。しかしまさか苗字が恥ずかしいなんてパターンがあるとは。贅沢な悩みだ。贅沢な名だ。


 「いやあ、でも佐佑なんて素敵な名前だって思うけどなあ、私は。右も左もわかっている活かした名前だぜ皆からは何て呼ばれてるんだ?」


 「皆から?うーん、呼ばれるとしたら、苗字を縮めてじょうとかかなあ。苗字だけでも長いしね」

 

「そうか。じゃあこれから私があんたのこと、佐佑ちゃんって呼んでやるよ」


 うん。名前呼びなんて友達っぽいじゃないか。いや今まで名前呼びに慣れていないんじゃ、こうしていきなり来た変な転校生に名前呼びされるのは癪か。

 しかし、私の思いとはよそに彼女はその丸い顔を上気させている。


 「ええ、ほんとお!嬉しいよお、早速呼んでみてえ」


 「いいぜ、佐佑ちゃん」


 「でへへへへ……何だか照れるねい……」


 「何で照れてるんだよ、佐佑ちゃん」


 「いえい!それだよお、それが原因だよお。もう一回アゲインプリーズ」


 「何で照れてるんだよ」


 「いやあ、そっちじゃないよお。そのあとだよお。佐佑ちゃんって呼んでよお」


 「そうか。じゃあこれから私があんたのこと、佐佑ちゃんって呼んでやるよ」


 「うわあ!戻っちゃったよお、せっかく関係性を構築したのにい」


 「そうか。じゃあこれから私があんたのこと、佐佑ちゃんって呼んでやるよ」


 「ああ、ボイスが被ってるう。ガチャガチャとかで見る卵型のボイスキーホルダーみたいになってるよお!」


 彼女の悲痛な叫びが教室中にこだました。

 そんな様子がおかしくて私も思わず吹き出してしまう。それを見て彼女はまた、さっきと同じ朗らかな様子で笑い出すのだった。あはは、なんて。私たちの笑い声が教室の中で響く。

 教室の中で。

 私たち以外、誰もいないこの教室の中で。

 先生が居なくなり、現在八時三十五分を前方の壁掛け時計が指している。しかし、依然として教室に誰かが入ってくるような様子は無かった。

 後ろを振り向いてもただ机が並び日の光を受けるばかりである。こうして並んでいるのだから、まさか初めからこのクラスには佐佑ちゃんしかいませんでしたなどと言うオチはは無いだろうが、しかしこうも人がいないというのは有体に言っておかしいのではないだろうか。よもや、孤独主義だから、一クラス一人などという制約でもあったのか?いや、であればここに私がいるのはおかしな話だ。それとも私が学校に行ったことが無いから知らないだけでどこも実情はこうなのだろうか。


 「なあなあ、佐佑ちゃん。この教室って佐佑ちゃん限定バージョンだったりするのか?何だか人の気配が無いからさ。それとも私が見えてないだけで本当はそこらへんにいたりするのか。」


 であれば、冗談でもなく私は目を探しに行くべきなのだが、それはさすがに違うらしい。彼女はバツの悪そうな顔をすると躊躇いがちに私から目を逸らした。


 「……そうだよねえ、やっぱりおかしいなあって思うよねい。その……今のうちのクラスはねえ、あのお、そのお……」


 彼女の言葉がそこで途切れる。私に出し抜けに問われて戸惑ってしまったのだろうか。友達になれたと思ったがやはりそんなに簡単なことじゃないのか?


 「どうしたんだよ、別に詰問したいわけじゃねえし、言いたくないならそれでも良いんだぜ」


 私が慌ててそう言うと彼女はまた、目を合わせて言うのだった。


 「いや、言っとかないと駄目だよねい。私、噛子ちゃんに隠し事はしたくないからさあ。あのね、今ね」


 そう言って彼女は少し辺りを見回した後、いっとう私の近くに体を寄せて言う。


 「あのね、今このクラスの在学生占めて二十八人が通級許否をしてるんだあ。孤独のふりをするためにねい」


 それこそ、孤独主義のモットーかのように、彼女はバツが悪そうにしたのであった。



ここまで読んでくださりありがとうございました。

面白いと思ったら冷たい水をください。

できたら愛してください。

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