第一話 北から来た喜多ちゃん①
初投稿です。
北国で生まれ育った喜多ちゃんが孤独な生徒たちの集まる学校に潜入し嵐を巻きおこす話です。
色々と拙いところがあるでしょうが、読んでいただけると幸いです。
第一話 北から来た喜多ちゃん
01
学校法人|独善≪どくぜん≫学園系列、私立|孤狼尼≪ころうに≫女学園高校―言わずと知れた孤立主義の最前線。
次代の戦乙女たちが共に切磋琢磨し鍛え合う|共同集団≪コロニー≫、などと言えば聞こえは良いが、その実、厳しく苛烈なこの現代社会を生き抜く人材を育成するために、敢えて群れの中で一人の牙を磨かせる、言わば究極の孤独、もしくは蟲毒。十把一絡げの有象無象を押しのける、十全なる一を作り出すことを目的とした血で血を洗う臨床研究施設として悪名高い。
世事に疎い私ですらその名を聞いたことがあるのだから、いやはや勢いのある限りだ。
元々、水面下で密やかにその活動を続けてきた学校法人独善学園。一昔前は名前すら知られていなかったその経営母体が栄えある創立百周年を迎えたのが今から二十年前である。昨今の社会情勢の移り変わりに合わせてわが世の春が来たとばかりに彼らは一大プロジェクトを打ち出した。その中の目玉企画の一つがこの女学園の建造だったのである。
『孤立無援百獣の王支援計画』。
なんとも取って付けたような、一周回ってふざけているのではと思う程凝り固まったネーミングセンスだが、付けた当人たちは大真面目である。どころか誇りにさえ思っている。
孤立無援で寄る辺の無い少年少女に救いの手を。そして、お手々繋いで奈落に向かう愚か者たちに裁きの鉄槌を。人々がどれだけ手を繋ごうとしたとしても、恣意にふるまう者どもがいるのなら、初めから孤独で居れば良い、孤独なままで強く成れば良い。
それがこの計画の起点であり、終点である。つまりはそれだけ。機転を利かす理由もない。その裏に真意は無いし、彼らは、これを行った段階で行った目的を叶えている。
孤独な少年少女に救いの手を差し伸べているのにもかかわらず、手を繋ぐ者に鉄槌を、というのは些か自己矛盾が過ぎる気もするが、そもそも孤独な者というのがこの社会においては矛盾の最たるものなのかもしれない。孤独で強い人なんて、作ろうとしない限りは生まれないのかもしれない。
人は一人では生きられない。ひとりでには生まれないように。だから、孤独死とはよく言ったものだ。一人になったものから死んでいく社会である。
男やもめに蛆がわき、女やもめに花が咲く、だっけ?今更蛆の気持ち悪さをわざわざ紙幅を割いて語る必要もないだろう。そもそも私は蛆のことで紙幅を割けるほど知識人ではないし。そんなしょうもないことに時間を割いているうちに花は枯れちゃうし。
なんて、こんな冗談に紙幅を割いている余裕もない。
ともあれ、そんな経緯で創設されたのがこの孤狼尼女学院である。
孤立無援の少年少女への支援。
と言っても、孤狼尼女学園はその名の通り女の子の園であるので、その支援対象は女学生のみだ。ちなみに明記する必要もないだろうがこの場合の女学生というのはセックスではなく、ジェンダーの話だ。もしくはジェンダーに限らないセックスの。独裁者を作り上げようなどというすさんだ野望をお持ちの独善学園はその名に反してある程度進んだ多様性をお持ちである。
男子学生には、別途文字通りの兄弟校であり男子校の『私立|孤狼兄≪ころうにい≫高校』、もしくは共学高校である『私立|孤狼児≪ころに≫高校』が用意されている。これはまあ、孤独にならざるを得なかった少年少女一人一人の抱える、他に一つと無いやんごとない事情を鑑みて出来るだけの支援を与えるという気持ちの表れなのだろう。同性だけの方が楽な者もいればそうでない者もいる。
さらに、彼らのサービス精神は、ここだけに及ばない。支援内容でわかりやすいのは学費だろうか。制服代、教科書代、クラス運営費、施設設備費、授業料、その他諸々全てまるっとひとまとめにして無料である。でもお高いんでしょうなどと言う合いの手すら入れさせない好待遇だ。その全額を独善学園が支出している。
すごいな、独善学園。血で血を洗う苛烈な校風に見合わぬ出血大サービスである。
だからこそ、というべきか危険な思想と苛烈な噂話にも屈することなく、それなりに人が殺到してこの学校が孤立主義の最前線となっている。(三つある高校の内ここが最も栄えているのは制服が可愛いからだ。老若男女誰でも着たくなるセーラースカートを目指しているらしい。どういう多様性だ)
とまあ、こんな感じで知ったような口をきいているが、この話の全ては私の師匠から聞いたことの受け売りなので、その信憑性は何とも疑わしいものではある。言わずと知れたと言われましても私は師匠から聞かされるまで孤狼尼女学園のことなど知らなかった。悪名どころか、名前すらも上がらなかった。
世事に疎いのは、私が情報を入れようとしていないからでは無く、情報を入れることが出来ないからだ。私の師匠は私の耳に入る情報を厳しく管理しているので、今回の初登校にあたってもあまりこの学校について話したがらなかったが、ようやくその重い口を開けたわけだ。
とんだ過保護である。目に入れても痛くないと思われているかもしれない。もしかしたら彼、もしくは彼女は本来私をこんな場所に来させるのも嫌だったのだろうか。その場合、この学校の創設にまつわるきな臭い計画について聞かされたのも、ともするとそんな思惑があったのかも。実際、ここに関しては良くない噂をそれ以外にも沢山聞かされた。
冷えた校内は廊下に出るとすぐ隙間風が吹きすさぶだとか、教師たちから行われる指導は、おおよそ現代日本で行われるそれからは大きく逸脱したものであるとか、クラス内の雰囲気はどんよりと曇っているだとか……。
挙げ始めるときりがないが、とにかくマイナス印象である。
なので、それに引っ張られる形で私のこの学校への不信感はひとしおになっていた。
時代錯誤なスパルタ教育というのが目下の私のこの学校への評価である。
「喜多学生は我が校に何かご不満がおありですか?」
おっと、聞こえてたのかい?
私のすぐ目の前を歩いて行く上背の高い、長い髪をひっつめにした女性が首をこちらに傾けて話しかけてくる。足は依然きびきびと動かしたままだ。
「いえ、申し訳ございません。出し抜けに。何せ貴女、随分深刻そうな顔をしてキョロキョロ辺りを見回しておられたので何やらわが校に関して気になることでもあるのかと」
そう言いながら切れ長の目元の眼鏡チェーンを揺らすのは私の担任の先生、|山彦呼々≪やまびこよぶこ≫先生である。ロッテンマイヤーさんスタイルがキマってるぜ。
「いやあ、そういうわけじゃあないんですがね。何分、自分は北から来たもんですから。見るものすべてが新しいんですよ」
私が今日の自己紹介の為に夜なべして考えてきたフレーズと共にそう返すと、彼女は唇の端だけを微かに上げて言う。
「ふふ、空前絶後の面白いジョークですね、喜多学生。貴女ははお上りさんというわけですか。」
言ってくれるね。
穏やかな顔をして毒のある台詞を吐いてくるものだ。曲がりなりにも孤狼尼女学園の教師であるということか。
「いえ、申し訳ございません。聞き間違いでしょう。聖職者がそのような戯れを愛しい教え子に投げかけるなど。私は『Oh! Nobody Sun』と呼ばせていただいたのです。太陽は上るものですからね。太陽のように輝かしい、それでいてまだ誰でもない貴女にぴったりなあだ名では?」
ふざけてるのか。私には|喜多噛子≪きたかむこ≫という名前がぴったりだ。燦然と輝く噛子ちゃんさ。そもそも今の聖職者はあだ名なんて付けちゃダメなんじゃ?
「いえいえ、申し訳ございません。こちらもただのお戯れです。勿論、喜多学生のおっしゃる通り、わが校ではあだ名なるもの、禁止させていただいております。そして、それは勿論教師に対しても同じこと。親しみを込めるなら真名が一番ですものね。なので私のこともYeah! Mad beat先生などと呼ばずに山彦先生と呼んでくださいね」
さっきから逆空耳アワーが過ぎて耳が痛いぜ。
それにしても良い発音。流石英語の教師である。いや、こんなでたらめな語彙しかない教師はむしろ英語の教師であるか疑問に持つべきなのだろうか。掴めない方である。
孤狼尼女学園一年A組担任、英語教師の山彦呼々。
元々は、生粋の教師というわけでは無かったらしく、この女学園の経営母体である独善学園の方で持ち前の英語力を活かし対外の交渉や広報を行っていたとのことだ。
ちなみに、この情報も学校入学の折に師匠から聞かされた情報の一つである。
今回の入学にあたって必要な手続きなどは全て師匠が行ってくれたので私は今回の登校が本当に初登校だ。
山彦先生とも今日が初めましてである。しかしそれにしては距離感が近い。ともすると先ほどの妄言は彼女なりに私との距離を縮めようとしてくれた結果なのかもしれなかった。対外交渉のポストにいたわけだから、やはり外からの人間の扱いには慣れているのだろうか。
「実際のところどうですか、わが校の設備は。喜多学生のお住まいだった地域とは矢張り違うのでしょうか」
私の沈黙をどう受け取ったのかは預かり知らぬところだが、彼女はまたそんな風に柔らかにこちらに問いかけて来る。それに合わせて私は歩みを続けつつ、あたりの廊下を見渡す。黒い大理石で作られた廊下は高級感が漂っているし、右手側にある白亜の壁は大胆にもその面積の半分ほどを占めているのではないかというぐらい大きい窓がついている。とてつもない量の日光が入ってくるので日差しのぬくもりがとても心地よい。そしてなにより、その温かさは窓のお陰だけではないだろう。歩く足元がほんのりと温かいのだ。現在スカートをはいているわけだが、タイツの内側が蒸れるほどである。
実のところ登校の際には当校自慢のスカートを着用してくるか微妙に迷っていた。老若男女問わず着てみたくなるスカートというのは興味深かったが何分今の気候だ。私の住んでいた場所よりは温暖だろうがそれでも寒いものは寒い。多様性の観点から採用されたスラックスでもはいてこようかしらん、などと思っていたが、とんだ杞憂であった。
もしかすると廊下全体に床暖房でも入っているのかな。
「いや、とても住み心地が良いっすよ。私が住んでたのなんて僻地も僻地ですし。室内がこんなに温かいなんて初めての経験です」
私が答えると彼女は我が子を褒められた母親のように少し照れくさそうにしながら笑った。
「うふふ。そう言ってもらえると嬉しい限りです。何分わが校は方々から誤解を受けがちですので……。これは広報担当も担っている私の責任でもあり申し訳ないのですが」
ごめんなさい、それ師匠です……。
決して師匠一人がこの学校の評価を著しく貶めているわけでは無いだろうが、私が登校前この学校に若干不信感を抱いていたのは間違いなく師匠の口から聞かされたからである。
と言うかこの人ここでも対外活動をさせられているのか。いや、それらの業務の片手間で教師をやっているのかもしれない。
「えええ!こんなにきれいなのにですか。いや、全然そんな誤解を受けそうな感じには見えないですけど!」
我ながら白々しいな。
うーん……。やはり師匠の話で聞いていた雰囲気とはどうも違う。想像ではもっと殺伐とした空間を想像していたのだが。
まず、隙間風なんて吹くどころか窓の隙間から漏れ出ずる陽の光が温かいくらいだ。授業は実際に受けてみないと分からないが、今のところ山彦先生は私がこれまで資料で見聞きして形成した「一般の先生像」とほとんど相違ない。むしろ、小粋なジョークで和ませてくれる所を勘定するとそれ以上だ。もしかしたら教鞭をとれば女王様顔負けの鞭裁きを見せてくれるのかもしれないが、今のところそのような様子は見受けられない。というか教師であるのであれば、鞭と言うよりも得物はあれか、竹刀とかか。
「今日日、竹刀は無いでしょう。そもそも貴女先程職員室で他の先生方を見たでしょう」
確かに。ざっと見ていたが、どうも青ジャージの竹刀持ちはいなそうであった。苛烈な教育方針だなんていうから生で見れるのではないかなんてちょっと楽しみにしていたのに。
師匠が大げさに話していただけで案外、普通の学校なのだろうか。聞いて極楽見て地獄なんてことわざがあるくらいなのだから、聞いて地獄見て極楽なんてパターンもあるのだろうか。それであれば、普通に学校生活も楽しみにしている私からしてみれば嬉しい限りである。
そんなことを考えつつ私は興味津々な好奇心を発散するべく依然として目を動かしていた。
天井を見ると、イギリス王室にでも来たのかというくらい豪奢なシャンデリアが目に入る。中央にはめ込まれた電球は昼にもかかわらず眩く廊下を照らしている。窓から光を受けているのだから今は付ける必要ないのではないか。いや、そのような無駄と思える経費も学校側が出しているのであれば文句もないが。
しかし、シャンデリアが置いてある学校って。どういう教育を受けたら学校にシャンデリアを置くなんて発想になるんだ?
「着きましたよ、ここが貴女のホームルームになります。」
釘付けになりながらシャンデリアを見ていると突然山彦先生がそんな言葉とともに足を止めてこちらに向き直った。
「……喜多学生?」
……、向き直った?足を止めて?
「うおおっと!」
上を向いていた私は当然彼女にぶつかってしまう形になる。光の方に気を取られて前にぶつかるとか虫か、私は。
どさり。
「おやおや、本当に喜多学生はお上りさんなのですね。もしかしてさらなる高みを目指しているのですか。それとも上を向いて歩くなんて、何か悲しいことでもあったんですか?」
そう言いながら彼女は私の体を受け止める。グレーのスーツの上からだと細身に見えたが私の衝突をものともせず背筋を正している
「い、いや強いて言うなら前者ですかね……。向上心だけはある方なので……。」
うわ、恥ずかしい、恐れ多くも女性の胸部に頭をぶつけてしまうとは。咄嗟に彼女が受け止めてくれたおかげでなんだかとてもロマンチックな感じになっているし。
「歩くときは上では無く前を向いて歩きましょうね。申し訳ないながら忠告させていただくと、気を付けるべきです。今は朝の時間ですから他学生とはぶつかりませんでしたが。向上心の発散には階段をお使いください」
優しくたしなめられてしまった。もっと、怒ってよ。この場合私が教えてほしいのは向上心の発散方法ではなく好奇心の発散方法だ。しかしこれで彼女の裏の顔がSM嬢であるという線はだいぶ消えたかもしれない。いや、むしろここで泳がせて私にいたたまれない羞恥心を抱かせてようとしているのなら思っていた以上のサディズムの持ち主なのだろうか。私をその胸に抱いているのは彼女なのに。
「申し訳ございません。以後、気を付けます……」
私が彼女にかけていた体重を戻しながらおずおずと言うと彼女は答える。
「いえいえ、こちらこそ大変長らく歩かせてしまい申し訳ございません。喜多学生。貴女の集中力が切れてしまったのはそのせいかもしれませんね」
「いやいや、全然そんなことないっすよ。私が太陽なだけで。あっ、そんな頭を上げてください!そんな土下座だなんて!」
「してませんよ。私は平身低頭謝るタイプですが、天下の公道で土下座はしません。」
貴女は大名か何かなのですか、などとあきれたように先生が笑う。
くそ。鬱陶しいくらいに謝ってくるから読者の判断を誤らせて土下座キャラにしようとしたのに。
キャラ付け失敗。
というか、さっきからこの人、口では謝っているがその間は全くこちらを向いていない。小首をかしげて足元を見ている。どんな平身低頭だ。
なんて一通りふざけてはみたものの、先生の言う通り結構な距離を歩いていたのは事実だった。彼女とはこの建物の一階にある職員室で先ほどまで入学に際して色々お話をしていたが、そこからの移動時間を考えるとこの四階にある教室につくまでに、多分十五分以上はかかっているのではないか。
階段がやけに長かったのと、教室がやけに奥まった場所にあるのでここまで時間がかかってしまった。こちらもなるべく生活空間を奥側にして保温を図るという設計上の創意工夫なのかもしれない。女の園は大奥と相場も決まっているし。
「で、何でしたっけ、ここがポールルームっていう話でしたっけ?だったら大丈夫、踊りなら任せといてください。鹿鳴館の華と呼ばれた私です」
「私は当校の外交担当ですが貴女とそういった意味で懇意になるつもりはありませんよ。申し訳ありませんが」
むう、つれない。孤狼尼の陸奥宗光・亮子夫妻になれると思ったのに。
「貴女が歴史の授業に興味を持っているのは嬉しいですがね。」
「ははは……。こう見えて勉強も楽しみなんで。地元では真面目な喜多ちゃんで通っていたんすよ」
完全に見栄である。真面目な喜多ちゃんで通るどころか私の住んでいたところなんて人っ子一人通らない雪国である。だから、言うまでもないがこの情報は高校に入学するにあたって師匠から受けた特別講義で聞いた。師匠も雑談程度で話していたことだがまさか教師とのアイスブレイクに使えるとは。ありがとう師匠!
「喜多学生、遠い目をしていますが大丈夫ですか」
「は、はい大丈夫です。すみません」
「喜多学生がよろしければ、もうHRを始めますよ。いつまでも学生を待たせるのは申し訳ないですし」
「あ、すみません。いや、ちょっと待ってください。深呼吸だけさせてください。緊張しているので」
「私とはこんなに話せているのにですか?」
確かに山彦先生とは話せているが、クラスの前で自己紹介するのは話が別だ。一対一での会話は師匠とよくしてきたことなのでそのノウハウをいかんなく発揮して山彦先生との会話に臨めたのだ。内心バクバクだよ。ふざけてるのか、何なのか分からないし。
いや待て、落ち着け、喜多噛子。空気に飲まれるな。今日に備えて自己紹介のプランは立ててきたのだ。それこそ、師匠からこれまで送付されたほとんどの学園もののドラマやらアニメやらを引っ張り出して傾向を確認した。
まず、気を付けなくてはならないのは第一印象だ。人は第一印象が九割ともいうし。自己紹介だからと言って変にはしゃぎすぎれば、痛いやつ認定されてその後の学校生活は悲惨なものになる。間違っても、おかしな言語で語りかけたり、宇宙人だの未来人だのと電波系の発言をしたりするのもNGだ。かと言って、地味過ぎても何の印象にも残らない。転校生なんて生物なのだ。転校生以外のフックが無ければその賞味期限は短い。なんとしても記憶に残らなければ。
それに加えて必要なのは茶目っ気だろう。適度にギャグを挟んで私はおもしれー女になる!
私がなりたいのは言うまでもなくクラスにポツンといる近寄りがたい深窓の令嬢ではなく、友達沢山の喜多ちゃんなのだ。いや、この学校の特色を考えれば目指すべきは前者なのかもしれないが。そこはこの際考えないようにしよう。先生がこんな調子なら案外生徒たちも優しくしてくれるかもしれない。
いいか、喜多ちゃん。大切なのは勢いだ。大丈夫、私には『北から来た喜多ちゃん』がある。これでドッカンドッカンである。さっき先生も褒めてくれたわけだし。
ええいままよ!先生、はよ、自己紹介に行ってくれい!
「ええ、では開けますよ。私と一緒に入ってきてくださいね」
そう言って先生は引き戸をつかむとガラガラと開ける。
ようし、待っていろ!クラスの衆人環視。一対一で身に着けたコミュニケーションに震えやがれ!
勇んで先生の後ろについていきながら陽気に声を張り上げる。
「どうもー、北から来た喜多ちゃんでーす!趣味は昔のドラマとアニメを見ることです。よろしくね!」
などと言いつつ教室に入ったわけだが。
結論から言うと、私が考えていた衆人環視への対策は全く以て杞憂に終わった。
成程、ここが教室か、廊下があんな感じだから想像はついていたが大きな窓が取り付けて合って、日が上った後の授業は眩しそうだなどと考えた所で、はたと私は気が付いた。
「人が、居ない……?」
四十個整然と並べられた机であったが、そこに座っている人間の数がおかしいのだ。むき出しになった教室の窓から入る朝日で出来るはずの大量の影が無く、私の目の前にはたった一人の女子生徒がポツンと中央列の一番前でこちらを見ているばかりであった。
まるで、深窓の令嬢の様に、ポツンと。その皿のような目でジッとこちらを見据えている。
「あ、ああ、ええと……」
奇しくも私はドキドキの自己紹介を、磨き上げてきた一対一の技術で乗り越えられそうである。
閲覧ありがとうございます。
面白ければ是非面白いなと思ってください。