第四話 焦土
昼過ぎ、ジンは家を出た。
相変わらず顔には疲労が浮いていたが、その足取りはいつものように迷いがないものであった。
森を歩いていくジンの二つの目は、前だけを見つめている。
獲物を探しているのではなかった。
昨日収獲した猪の肉は優に五日は持つ。微かに肌寒いこの季節、燻製にもしたので腐る心配もしなくて良い。
五日間狩りに出ないつもりは全くなかったが、少なくとも今日は狩りをするつもりはなかった。
彼が向かっているのは泉である。
猪を解体し、少女を発見したあの場所である。
いつまで経っても目を覚まさない少女に業を煮やしたジンは、何か手がかりはないかと家を飛び出したのだ。
もしかしたら、ただ単に耐えきれなくなっただけなのかも知れないが。
しかめられたジンの顔を見れば、どうやらそれは事実であるらしいと思われた。
やがてそこに辿り着く。
泉の奥、少女が倒れていた林の中。
ジンは頭を振って意識を切り替えると、慎重に辺りを探り始めた。
そして林の奥に、金色の髪が一本落ちているのを見つける。
それと少女が倒れていた場所を結べば、そこには這ったような跡が薄く残っていた。
水を求めて移動してきたが、その途中で力尽きたのだろうと、ジンはそう判断した。
跡の残り具合から見ても、少女がここで倒れてからは一日ほども経っていないだろう。
それ以上の期間になれば、草の生長や風などが跡を消してしまうからだ。
少女の唇がほとんど乾いてなかった事を併せて考えれば、昨日ジンに発見される少し前に少女は倒れた事になる。
まだ何か残っているはずだ。
そう思いながら、ジンは少女が這った痕跡を辿っていった。
狩人である彼にしてみれば容易い事である。
普通なら見落としてしまうようなものも、彼は一つも見落とすことはなかった。
ほとんど普通に歩くのと変わらない速度で痕跡を辿っていき、その終端を探した。
跡が消えるのは、思いの外早かった。
少女はそれほど移動したわけではない事を、ジンの目に飛び込んできた光景が示していた。
「――――!」
彼は絶句した。
つかの間、目の前の光景に思考を忘れた。
呆然とそれを見つめ、ごくりと唾を飲み込んだ。
視線の先。
そこには巨大な平地が広がっていた。
いや、広げられていた。
そこにあったはずの木々達の根っこが、助けを求めるように空に伸びている。
焦げている。
地面も、岩も、周囲の木々も何もかも。
真っ黒に炭化している。
それは彼が料理などで使った後の薪に似ているかも知れない。だが目の前のそれは、燃えたとか、そう言う次元ではなかった。
熱に蹂躙された。
そう思わせる光景だった。
しかし、と。
ジンは訝しげに眉根を寄せた。
この惨状を引き起こしたのは一体なんであるのか。
解らないが、炎ではない事は確かだった。
もし火災によるものならば、雨が降り続くか木々が消えない限り、ずっとずっと燃え続けるはずだ。
ここ数日雨は降っていないし、何より平地と森の境界線は異常と呼ばざるを得なかった。
まるで線を引かれたようだと、ジンはそう思った。
境界に経つ草木は、葉や枝を焼かれているものもあるが、焦げているのは一部分だけに留まっている。
焦げた部分を起点にして、全体が燃やされたわけではなかった。
ジンは腰を下ろし、黒く焼け焦げた地面を念のため指で触ったみた。
かさかさに乾いたそれは冷たかった。彼は意を決し、焦土の中を歩き始めた。
もちろん少女の手がかりを探すためである。
だが、目をあちこちに動かしながら、きっと何も見つけられないだろうとジンは考えていた。
石すら溶かしてしまうような熱の中で、一体何が残るというのか。
むしろ今彼の頭の中を占めていたのは、別の疑問であった。
少女がここから泉に来たのは間違いない。
ならばこの一帯がこうなってしまったのは、少女が去った後なのか、それとも去る前なのか。
馬鹿げている、と。
ジンは自分の考えを否定し、苦笑いをうかべた。
後に決まっている。
でなければあの少女は人間どころか、生物でもない事になる。
ジンはあの少女を人間だと信じて疑わなかったし、人の形をした、人間以外の存在にも会ったことがなかった。
だから彼は自分の考えを一瞬で否定した。否定したのだが。
彼の狩人としての勘が、その結論を保留させた。
まだ決めるのは早い。
もう少し様子を見て判断しろ。
彼の耳元で、静かにそう囁いていた。