第四十七話
始めて目にしたのは、黒―――闇だった。
その時の私は、何も知らなかった。
何一つ、知らなかった。
だから目の前のそれが黒であるとか闇であるとか、それが夜の作り出すものであるとか。そういった事は全く解らなかった。視界に入ったそれから目を逸らすことなく、ただただ見つめ続けた。
私は何かを感じただろうか。
私は何かを考えただろうか。
解らない。
感じ、考えていたのだとしても、今の私にはそれを思い出す事も、理解する事も出来はしない。その時の私は間違いなく私であるのだが、今振り返ってみれば他人のようにも感じてしまう。記憶はあるのだ。こうして目にしたものを、耳にしたものを、順を追って思い出す事が出来る。ありありと、今感じる事のようにそれを思い出す事が出来る――――忌々しい事に。
夜の黒。
その次に目にしたのは、二つの点。
闇の中で揺れ動く輝くそれを、もちろんその時の私は獣の瞳だとは理解できなかったのだけど、それが自分を見つめている事は、頭のどこかで悟っていた。
じっとこちらを見つめる二つの瞳。低く震える唸り声。近寄ってくる足音。鼻をつく不快な臭い。一列に並んだ、てらてらと輝く鋭い牙。ぞわりと身体を包んだ濃密な殺気。
それが何であるのか、それらが何を意味するのか、これから自分がどうなるのか、自分がどうしたいのか。何一つとしてその時の私には解らなかった。解らなかったのだが私は、思わず身をすくませていた。確かな恐怖を感じ、目をぎゅっと瞑り、ぶるぶると震え、嗚咽を上げ、そして最後に私は、
――――怒りに支配された。
それから何がどうなったのか。
その時の私にも、今の私にも。良く解らない。
ただ、私は光を見た。
数え切れないほどの色に染められた、眩しい光が、辺り一面を包んだのを目にした。そしてその光に触れたものたちが、まるで光に貪り食われたように、一瞬で消滅したのを、私は確かに見た。やがて光が消えた後、周囲には草も木も、獣も闇もいなくなっていて、私だけがそこにいた。私だけがそこで―――笑って、いた。
強い眠気に襲われて意識を失うまで、私はずっと笑い続けていた。もしかしたら意識を失った後も、ずっと……ずっと。
快感。
私が一番良く覚えているのは、ひどく甘美なその味だった。
意識が戻って、最初に感じたのは温かさだった。
その時の私は身体が動けないほどに重く、そして強い眠気を伴った頭痛に、目を開けることすら億劫だった。解るのは、身体の正面から染み入るように伝わってくるその暖かさと、自分の足が地についていない事。二つの力強い何かに抱えられている、その感覚だけだった。
ゆらゆらと身体を揺らされながら、私は始めて熱を知り、そしてその心地よさを知った。その熱を感じているうちに、頭痛は驚くほど軽くなっていき、確かな安心感に包まれながら、私はゆっくりと眠りに落ちていった。恐怖も怒りも忘れながら、私はただ、その心地よい温もりだけを望んでいた。
思えばそう。
私が彼という存在を知ったのは、声でも姿でも名前でもなく、その熱が最初だった。だから私は彼を頭や心に思い浮かべる時はいつだって、その温かさを思い出す。目でも耳でも捉えられない、形のないその温かさが、あの時から消えることなく、空っぽだった私の胸の中を満たしてくれている。目を瞑っていても、眠っていても、それを確かに感じる事が出来る。
私にとって、彼はそういう存在だった。
彼は私を受け入れてくれた。
それは、ああ……本当に信じがたい事だ。彼という存在を知れば知るほど、ますます彼が私を助けた理由がわからなくなる。彼は本当に無駄のない人間で、必要な事以外はほとんどしない。彼の目的はただ一つ。
〝生きる〟
それだけに特化された人間のように、私には思えた―――まあその考えも、時と共に変化したのだけど。
彼は赤ん坊のようだと、私を評した。
それは正しかった。
私の記憶は、あの夜の森から始まっている。それどころか、私は真っ直ぐに立って歩く事すらままならならず、彼は私の手を取って歩き方を教えなければならなかった。彼はほとんど無表情で、何を考えているかは解らなかったが、私はとても楽しかった。転ぶ度に泣いていたが、困り切ったような顔で彼が頭を撫でてくれるだけで、私は何度でも立ち上がる事が出来たのだ。
身体の動かし方、言葉、文字、様々な知識。
彼は多くの事を私に教え、私はそれを一つ残らず自分の中に取り込んでいった。単語ではなく文章で会話できるようになった時には、私は教えられる以上の事を、自分で考えるようになっていた。
だがそれでも、その時の私と今の私の間には、断絶とも言える決定的な差が存在する。人が成長する上で最も重要な要素である経験を含めずとも、だ。
気まぐれか。
あるいは深い意味が存在したのか。
とにかく彼は、あの日―――あの夕暮れ。私にその名を与えた。
虹を意味するその名を。
私はその時始めて、自分をそこに見出したのだ。
彼の様子がおかしいのに気づいたのは、いつだったのだろうか。
はっきりした瞬間は解らないが、ひょっとするとずっと前からだったような気もする。
彼は時折遠くを見ていた。
狩りをしている間、食事を取っている間、私と話している間。彼は目の前のものではなく、遥か遠く、ここではないどこかへと視線を送っていた。
私は彼が何を見ているのか解らなかった。何度か思い切って尋ねてみようと思ったこともある。しかし口を開け、考えていた言葉を彼に放とうとする度に、私はそれを無意識に飲み込んでしまっていた。
……別に彼の事を考えてそれを口にしなかったわけじゃない。明らかに何かから目を逸らしている彼にそれを突きつけ、その顔が苦しみに歪むのを見たくなかったからとか、そんな思いやりのある事を考えたわけじゃない。私がそれを言わなかったのは、どこまでも私のためでしかなかった。
私はただ――――怖かったのだ。
彼が私から目を逸らす事が、私の事を考えてくれなくなる事が、その熱が私から遠ざかる事が、死にたくなるほど怖かっただけだ。
だから私は問いを放たず、口をつぐんだ。
しかし私はその時、答えの代わりに別のものを得た。見つけたと言っても良い。胸の奥―――彼のくれた温もりがつくる、その影の中に潜むそれを。
―――醜い私の心を。私はその時、見つけてしまったのだ。
それからの私は、それを直視しないように努めてきた。考えるのを止めて、それまで通りの私であろうと―――彼が知っている私であろうと必死になった。知られたくなかったのだ。醜い心を見られ、嫌われたくなかったのだ。彼を騙し、自分を騙そうとしたのだ―――私は偽りで心を固めた。
結果としてそれは、この上ないほど上手くいった。
それは私の演技が素晴らしかったというよりも、彼と私のどちらにも、嘘に気づく余裕がなかったためである。
彼は遠くを見る事に必死で、私は彼を見る事に必死だった。私達は、そう………決して見つめ合ってなどいなかった。目を逸らした先にあるものを、ただ視界に入れていただけだった。
私達の世界は最初から破綻する事などなかったのだ。
何しろ、私達はどうしようもなくばらばらだったのだから。別々の世界が身を寄せ合っているだけの、ひどく歪な関係でしかなかったのだから。存在しないものを失う事など、あり得るはずがなかったのだ。
だが、私が絶望していたかというと、そうではない。
楽しかった。
幸せだったとも思う。
特別な事なんてない、味気ないとすら思える、繰り返すだけの日常。狩りと食事と睡眠。その間の時間は彼と二人で話しをするだけ。話題が尽きる事もあったし、喧嘩したり、塞ぎ込んだりする日もたくさんあった。
だけど私は、それでも幸せだった。
彼と共にいられるだけで、心が溢れるほどの喜びを得ることが出来た。
何度だって言える。
私は確かに、幸せだった。
歪な関係でしかなかったけれど、しかしそれすらも愛おしく思えるほどに、私は満ち足りていた。それこそ〝家族になろう〟などと、彼の逃避の核心を突くような科白を口に出来るほどに。彼に嫌われる事への恐怖をねじ伏せられるだけの幸せを、私はその瞬間手にしていた。
そう。
その後もだ。
悪魔と名乗るその男が私達の元を訪れ、私がディプロスなどというわけの解らない存在だと告げた時も、私を無理矢理連れて行くために彼が殺されそうになった時も、怒りに支配されてあの甘美な快楽を再び味わった時も―――自分がどうやら彼とは異なる存在らしいと理解した時も、私は決して絶望などしなかった。
些細なことだった。
彼と共にいられる事に比べれば、馬鹿馬鹿しいほどにどうでも良い事だった。自分が人間じゃないなんて、大した問題じゃなかった……。
私が。彼の元を離れようと思ったのは、そのような理由ではない。
悪魔の後にやってきた、天人と名乗る彼らは、ただのきっかけに過ぎなかった。
世界を滅ぼす、化け物。
笑ってしまう。
その程度の理由では、私は彼の元を離れたりはしない。
彼の側にいては、彼の迷惑になるからという、高潔な意志の元に、離別を選んだわけじゃない。あるはずがない。誰もが勘違いしているが、私はその程度の理由で―――世界中の全ての命を敵に回す程度の恐怖で、彼に背を向けたわけじゃない。私にとっての世界とは、彼のいるその場所でしかないのだから。他のものなんて知ったことではない。心を痛めるだろうが、罪を犯す事が必要ならば私は躊躇したりはしない。過去も未来も現在も、彼が横にいるからこそ輝くのだから。
彼だ。
私の全ては彼なのだ。
喜びも悲しみも苦しみも、全てが彼に繋がっている。
彼以外は何もいらない。彼だけが欲しい。彼だけが―――彼だけが。
この気持ちは。
この痛みは、誰にもわかりはしない。
私だけしか理解できない。
誰に説明しようとも思わない。
ただ秘めている。この胸の奥底に閉まってある。わざわざ蓋を開けて見せびらかようとは思わない。これは私だけのもの。私だけが感じられるもの。他の誰にも触らせたりはしない。
……だがもし。
もし。私から彼を奪う者が現れれば、私はその者に憎悪を突き刺す。
殺意を持って、その者を害し、滅する。
迷わない。
躊躇などしない。
最初から最後まで、徹底的に破壊し尽くす。自分にはそれが可能だと、私は知っている。私はそれだけの力を確かに持っている。
あの悪魔の時は、失敗した。
力を上手く扱えず、何よりすぐ側に彼がいたからだ。私が彼を傷つける事などあってはならなかった。力の制御に手間取っている間に、悪魔には逃げられてしまった。
ああ。
あの男は他でもない、自分が手にかけようとした彼に命を救われたのだ。彼に最大級の感謝を捧げながら、そして自ら果てるべきだ。彼を少しでも傷つけた者は生きている資格などない。絶対にありはしない。
………資格、か。
結局のところ、それが全てなのかも知れない。彼に危害を加える者が生きる資格がないように、この私も――――彼の側にいる資格など、ありはしないのだ。
私は醜い。
皮肉な話だ。滑稽な話だ。
彼のあの瞳を見つめる度に、私はそこに映った醜い自分を見る羽目になった。そこに映った醜い私に、見つめられる羽目になった。
彼の瞳に映った私は―――その醜い女が。
大口を開けて彼を飲み込もうとしているのに、私は気づかざるを得なかった。
女は。
彼の事など、全く考えてはいなかった。
彼を己の側に縛り付け、どこにもいかぬよう、自分以外のものを見つめぬよう、その一挙手一投足を目に見えぬ糸で操っていただけだった。女は―――彼を飼おうとしていた。己の欲を満たすためだけに、生きていた。彼から自由を奪い、彼の世界を蹂躙し、彼の心を喰らおうとしていた。それを私は何度も何度も見てきた。
……彼は素晴らしい人間だ。
見たくないものから目を逸らすために、自分の心すら騙す嘘つきだけど。
彼はそれを乗り越えようとしている。
弱い自分を見据え、その先へと歩いていこうとしている。
彼は弱いからこそ強くなれる。
きっと誰よりも、遠くまで歩いていけるだろう ―――こんなにも醜い私とは違って。
私は彼を束縛したかった。
私は彼を束縛したくなかった。
結論はその二つ。
……そう。
私は最終的に、後者を選んだ。
理由は何だと問われれば、私は答えるべき言葉を持たない。
その二つの思いは、決して同じくらい強かったわけではない。正直に白状すれば……前者の思いの方が強かった。彼を苦しめてでも彼の側にいたいと、そこまで私は考えていたのだから。悪魔の来訪によりその思いは一層強くなり、私は着実に狂っていった。
若木を絞め殺す蔓草のように。
穏やかに、しかしきつくその身に巻き付きながら、ゆっくりゆっくりと時間をかけて、彼の心を衰弱させていく―――そのはずだったの、だが。
彼は私に自分の心を晒して見せた。
自分の過去。自分の弱さを、始めて私に教えてくれた。誰にも見せたくはなかったそれを。自覚したくなかったそれを、彼は自分の目の前に引きずり出して見せた。
彼が何を考えてそんな事をしたのかは解らない。だけど彼が、私に対し誠実であろうとしている事だけは、痛いほど―――本当に胸が引き裂かれたかと思うほどに、良く解った。感じることが出来た。
そして極めつきはあの言葉だ。
―――お前のために生きたい。
ああ……ああ。
囁かれるのを待ち望んでいた言葉だった。絶対に彼が口にしないはずの言葉だった。世界の全てを輝かせる魔法の言葉だった。
私は我を忘れて喜び――――そして、自分に嫌気がさした。
殻を壊し、その剥き出しの心で私を望んでくれる彼。
欲と恐怖で心を覆い、嗜好品でも貪るように彼を取り込もうとする私。
良心じゃないんだろう。
それもやっぱり、数ある欲の中の、その一つだったんだろう。
私も彼に対し、誠実でありたいと。
そう囁いたのは、やっぱり私の心だったんだと思う。
その囁きが耳に届いたのと、天人達が私達の元を訪れたのは、ほぼ同時に近かった。
私は危険な怪物であるという、彼の側から離れるのに、如何にもな理由を授けてくれた彼ら。彼らなら、彼を説得してくれるかも知れないと、私は咄嗟にそう考えた。例え彼が―――私を引き留めようとしたとしても、彼らならそれを止めてくれるかも知れないと。
……だがそれは杞憂に終わった。
彼は理解してくれたと、天人の男が私に告げた。別れの言葉を口にする事もなく、口にされる事もなく、私は彼らと共に歩き始めた。彼の元から自らの足で離れていく私は、心の中で呟き続けていた。
私は、捨てられたんだ。
……愚かな話だ。私が望み、私が行動して手に入れた結果だったのに。彼は本当は私を手放したくなどなく、私の幸せを願って―――私の思いを尊重して、無理矢理自分を納得させたのかも知れないのに。私はそう思わずにはいられなかった。
彼から一歩離れる度に、私の心は冷えていった。寒さに身体を震わせながら、私は自分から熱を奪い続けるその者の名を知った。
孤独。
その痛みを、私は始めて知ったのだ。
―――私を追いかけてきてくれるのではないか?
―――颯爽と駆けつけ、私を連れてどこかへ逃げてくれるのではないか?
―――震える私を抱きしめ、あの暖かい鼓動を、私の心に響かせてくれるのではないか?
夢を見た。
いくつも、いくつも。
何度も何度も。
歩いている時も、座っている時も、殺し合いから目を背けている時も。
私は彼が現れてくれるのを待ち望んでいた。
だが………彼は来なかった。
彼は私を、それほど望んではいなかった。
それが現実だった。
あの言葉も、あの熱も。全部全部嘘だったのだ。結局彼にとって私は、彼の育てた者の、その代わりでしかなかったのだ。気を紛らせるために拾っただけ。もしその人が帰ってくれば、彼は私を放り出し、私の事など忘れてしまうのだ。彼が一番大事なのはその人なのだから。
彼は。
あなたは――――私を愛してくれてはいなかった。私はこんなにも愛しているのに。それでも私はあなたを愛しているのに。あなたは、私を見てはくれない。私があなたの事を思うほど、あなたは私の事を思ってはくれない。
……私を見てよ。
私を抱きしめてよ。私の名を呼んで、私が大切だとそう言ってよ。私を一番愛してるとそう言ってよ。他の何もいらないと、私さえいればそれで良いと、そう思ってよ。私を、私を、私を――――!
どうして!?
どうしてあなたは私の隣にいないの!?
どうして私を望んでくれないの!?
嫌だ嫌だ嫌だ!
私はあなたが欲しい!
誰よりも何よりもあなたが欲しい!
あなたなしじゃ生きていけないんだ!
愛してくれなくても良い。憎まれても良い。お前が嫌いだと罵られても良い。無視されても良い。
だから。
だから……側にいさせて。
それだけで良い。あなたの隣にいるだけで、私は幸せだから…………。
『――――本当に?』
それで十分だ。
側で彼の顔を見られるだけで、私は幸せだ。幸せだったんだから。
『嘘つき』
……嘘?
そんな事はない。私は心の底からそう思っているんだ。それ以上のものは望まない。彼の隣にいるだけで私は―――
『―――他の女が、彼の隣にいたとしても……?』
え――――。
『あなたが今までいた場所に、あなたではない女がいたとしても? あなたは彼の隣にいるだけで本当に満足できるの……?』
わた、しは、
『彼がもし、あなたではない女の目を見つめ、名前を呼び、笑いかけ、手を握り、頭を撫で、抱きしめ、他に何もいらないと、お前だけいればそれで良いと―――お前を愛していると、そう言ったとしても? あなたは今まで通り、幸せを感じていられるかしら……?』
――――黙れ。それ以上、しゃべるな。
『良いことを教えてあげるわ』
黙れ。黙れ、黙れ。
『あなたが幸せになるその方法……どうすれば彼があなただけを見つめてくれるか。それを教えてあげるわ』
嘘だ。そんな事、できっこない。
『出来るわよ。簡単な話よ――――世界を滅ばせば良いの』
ほら。やっぱり嘘だった。そんな事をしたら、彼も私も死んでしまう。私はともかく、彼には絶対死んで欲しくない……。
『大丈夫よ。あなたは終焉の主。滅びを司る神。あなたは滅びを回避できるし、あなたが彼を選べば、彼だって死ぬことはない。滅びの後には再生が始まる。楽園がやってくるわ……あなたと彼だけの世界が、やってくるの』
信じられない。
馬鹿げてる。
大体、選ぶってなんの事?
『それはいずれ解る事よ。本当はもう解っていても良いはずなんだけどね。私が知ってるんだもの、あなたが知らないはずがない………封印が邪魔をしているのか―――だけど何か奇妙な感じがする。恣意的な乖離……まあ良い』
――――あなたは誰……。
『私はあなたの心。解るでしょう? だってこれはみんな、あなたが感じ、考えている事だもの。醜い醜いあなたの心。きっと私はそうね―――空にかかった美しい虹。その影よ』
―――虹の影……。
『影の私はあなたを動かす事は出来ないわ。あなたに教えてあげるだけ。だから決めるのはあなたよ』
何を……?
『解ってるでしょう? 彼を手に入れるか、彼を諦めるか。その二つよ。簡単でしょう?』
私は――――。
『一つ断っておくけどね。どんなに立派なことを言っても、彼は見ていてはくれないわよ。本心で選びなさい。それがきっと―――誠実であるという事。あなたに対してじゃない。彼に対しての誠実、よ』
誠実……。
『さあ、あなたの望みを聞かせて。あなたは何をどうしたいの……?』
……私は……私の望みは―――――――