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第四十話

 男が口を開く。

「―――あの少女を取り戻し、私を倒す……か」

 雨のカーテンの向こう側に見えるその瞳は、先ほどまでの乾いた色を映してはいない。僅かだが輝いており、心を持つ者らしい潤いを得ている。それが雨のせいでそう見えるだけなのか、それとも実際に乾きから解放されたのか、男と向かう合うジンには解らず、そして解ろうとも思っていなかった。

「しかし君、あの子は我々に強制されて天界に向かうわけじゃない。君の元を離れたのは彼女の意志だ。それを理解していないのか?」

 問いは、ひょっとすると熱を帯びていたのかも知れない。だがジンの元に届いた時には、その声は雨に冷やされ、平坦なものになっていた。

 対するジンの答えは、最初から平坦なものだった。

「それは知ってる。だから俺は取り戻すなんて言ってない。手に入れると、そう言ったんだ。あいつがどう思おうが関係ない。俺が俺のために、あいつを手に入れるんだ」

 男の瞳が鋭く尖る。

 その口から放たれる声は、今度こそ熱に覆われていた。

「それは傲慢だ。自己本位の、他者を顧みない最低の行為だ。彼女をものとして扱うつもりか」

 ジンは笑う。

 小馬鹿にしたように、顔を歪ませる。

「何かを求めるってのは、それ以外の全てを顧みないって事だろう? 生きるのだってそうだ。じゃなきゃ、他の生き物の命を食う事なんて出来やしない。違うか?」

「違う。それは極論だ。悪人の論理だ。自分を大切にするのと同じくらい、他者も尊重しなければならない。そうしなければ、君は―――私達は、獣以下の浅ましく卑しい存在になり果ててしまうぞ」

「卑しくて何が悪いんだ? 空すらも壁で覆われた箱庭で生きろとでも言うのか? あんたや、他の奴らはそれで良いだろう。でも俺は御免だ。俺が求めるものは壁の向こう側にある。悪人上等、善人なんてクソ喰らえ、だ」

 笑みはその獰猛な台詞に反し、不思議と爽やかに澄み切っていた。

 重りから解放されたような、檻から脱出する事が出来たような、そんな輝きに満ちていた。

 男はそれを見て、どこか寂しげな顔をした。

「―――君は君以外の全ての存在を敵に回すつもりなのか……君を愛し、君が欲しているあの少女すらも、敵に回すつもりなのか」

 ジンは男の問いに、きっぱりと首を横に振る。

「俺自身もだ。全てを敵に回す。俺の味方はただの一人も存在しない。俺はそれを目指すだけの、実体のない幻だ。この想いだけで歩いていく。障害を全て乗り越えてな」

 そう言うとジンは、腰の後ろにくくりつけた鞘から、短剣を一本引き抜いた。

 雨の中、ぼんやりと輝くそれの切っ先は、男へと真っ直ぐに向けられていた。

 男は小さく吐息を零した。

「……例えあの少女が、君といる事で更なる不幸に見舞われても?」

「関係ない。その不幸とやらも、俺の障害の一つだ。踏みつぶしてやるよ」

「……例えあの少女が、君を拒絶し、君を憎み、君を殺そうとしても?」

「構うものか。あいつを傷つけるは怖いし、傷つけるのが自分になるのも怖い。だが俺の求めは、危険のない安全な、傷つくことも傷つけられることもない、そんな曖昧とした世界じゃない。血と汗と涙を流して進む、希望に繋がる絶望の世界だ。この恐怖が代償だ、俺の願いを現実のものとする痛みだ」

「……例え、光り溢れる未来を一つ残らず消し去る事になっても―――?」

「当然だ。未来を待ってるやつに現在なんて永遠に来やしない……俺が欲しいのは昨日でも明日でもない―――今、この瞬間だけだ!」 

 男は瞳を閉じ、口を閉じる。

 降りしきる雨の音に、まるで一心に耳を傾けているかのように、無言で佇んでいた。

 長いようでもあり、短いようでもある時間が静かに過ぎ去り。

 男は瞳を開け、地面を刺していた剣の切っ先を、ゆっくりと持ち上げた。

 雨を切り裂くそれは、男の正面で止まる。

 その切っ先は、確かに少年へと向いていた。

「―――解った。私は全力で君を倒すと、そう宣言しよう」

 男の声は、間違いなく猛っていた。

 声だけではない。

 その瞳も、身体も、心も。

 久しく失っていた火をともし、溢れるその熱に、音もなく震えていた。

 剥き出しにされたその感情は、歓喜だったのかもしれない。 


「さあ。始めよう―――」


 雨音が、色を変える。

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