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第二十七話

 戦闘開始。

 空気の変化をいち早く察知したザァルは、慎重に空を旋回し、戦況が見渡すのにちょうど良い木の枝を見つけると、足を伸ばして爪を引っかけ翼をたたんだ。眼下を望む。

 日の光を鋭く反射する白刃。

 それが最初に目に入った。

 目で捉えきれない速さで振るわれる剣は、遠く離れたこの場所にあっても、ぞっとするほどの鬼気を感じられる。正面からそれを向けられた相手は、果たしてどれほどの恐怖を浴びているのか。

 その思いが、剣を振るう者より、それを必死でしのぎ続ける相手の方に、彼の注意を引き寄せた。

 肉厚の斧を振るう男。

 見覚えのあるその顔は、しかし喜悦に歪んでいた。

 ―――ウゴリアノ。戦闘狂の二級悪魔……だとすると、統率しているのはヴィクトールか……!

 いけ好かない笑みを浮かべるその顔が、ザァルの頭の中に現れる。

 鴉の肉体でなければ、彼は今激しく顔をしかめていたはずだった。命令に忠実なように見えて、実際は自分の快楽を満たすためだけに行動するあの悪魔が、ザァルはどうしようもないくらいに嫌いだったのだ。快楽主義者なのは彼も同じであるが、ヴィクトールは適度に蜜を楽しむ彼と違い、蜜どころかその受け皿までも、あっという間に、下品に舌で貪り尽くす。極上の一滴を出来るだけ長く楽しもうとするザァルとは、決して相容れない存在だった。しかもヴィクトールは、自分を嫌うザァルすらも、どこか蜜と見なしているふしがあった。

 ……下手すりゃ、何の利益がなくとも、俺にちょっかいかけてくる可能性があるな……。

 情報収集の初の成果がそれだったため、ザァルは悲しいほどに憂鬱な気分になった。

 彼は姿の見えぬヴィクトールの影を振り払い、強力な戦士であるはずのウゴリアノを、着々と追い詰めるその剣士へと視線を送った。

 短い金髪、どこか平坦な碧眼。

 大男のウゴリアノに比べると、頼りないほど小さく見えるその天人の男。こちらの顔も、見覚えがあるものだった。

 ヘルマン・ヴァイルシュミット。天界最高の戦士じゃねぇかよ。ありえねえ………。

 魔界の王宮において、小間使いほどの立場でしかないザァルですら、その顔と名前、そして輝かしい戦績は知り得ていた。

 ウゴリアノは殺されるな、と。

 ザァルはごく自然に、そう予測した。

 そしてその予測を裏付けるように、巨体が地面に横たわる大きな音が響いた。両足を切断されたウゴリアノは、それでも両手で斧を握りしめていたが、次の瞬間にはそれすらも出来なくなった。ギロチンを思わせる勢いで振り下ろされた剣が、その首を胴体からあっさり切り離していた。

 死亡。

 微塵の違和感もない、当たり前の結果。

 剣士自身もそう思ったからだろうか、念のために巨体の心臓を剣で一突きすると、さっと身を翻して仲間の援護へと向かっていった。その横顔はひどく乾いていた。

 ―――化け物だな、あれは。

 ウゴリアノと違い、戦闘を手段として、仕事としてしか認識していない。その瞳から剣の切っ先まで、感情だの思考だのの入り込む余地はなく、冷徹な合理性のみが全てを支配している。ヘルマンという男自身が既に一振りの剣に違いない。何者かに振るわれる、素晴らしい武器。だからこそ、邪魔な事をしない限り、こちらには手を出してはこない。

 ザァルは背筋を氷で切り裂かれたような気分になりながら、そう判断した。

 他の戦場も見ておこうと、彼は翼を広げ、木の枝から飛び立った。



 

 翼をはためかせる彼が次に目にしたのは、木々の隙間を駆け抜けていく小さな白い影だった。

 ヘルマンと同じ軽装鎧に身を包んだその天人は、とても若く見えた。二十歳を過ぎるまでは人間と成長速度が変わらない天人である、何か特殊な魔法を使っているのでなければ、見かけ同様、その年齢は十代の半ばといったほどだろう。

 ザァルは近くの枝で羽を休めながら、胸中で首をひねった。

 ……あの歳じゃあ、訓練所を出たばかりじゃないのか? その後十年近くかかる、実地研修を兼ねた僻地防衛は、一体どうしたんだ……?

 しかもその配属先が精鋭中の精鋭である聖務執行部隊とは、冗談を通り越して呆れた話である。ごり押し可能な権力者の子供でも入ることの出来ない部隊相手に、一体どんな手を使ったのか。

 彼のもっともな疑問に答えたのは他でもない、その少年であった。

 風のように疾駆する少年の先には女の悪魔が一人、呪文の詠唱を行っていた。その詠唱を聴く限り、どうやら女は仲間の戦闘補助をしているらしい。少年の目的はその妨害であるのだろう。

 だが、補助専門の魔法使いには当然、その無防備な身体を守るための護衛が存在する。女の傍らには盾と剣を手にした悪魔が二人、正面から突っ込んでくる少年を待ち受けていた。

 いや。

 護衛はどうやら二人だけではなかったらしい。

 ばらばらのタイミングで放たれた矢が三本。少年へと、その側面から襲いかかった。

 それは獲物に突き刺さりはしなかったが、その体勢を崩す事には成功していた。致命的な隙を見せた少年に、二人の剣士が間髪入れずに躍りかかった。

 しかしザァルは咄嗟に、剣士に斬られる少年の姿ではなく、矢を放った射手の姿を捜していた。年若い武官が一人死ぬ事よりも、ヴィクトール級の強力な悪魔が他にいないかどうか知る事の方が、よっぽど重要だったためである。結果として彼は、女から少し離れたところに立つ木々の影に、長弓を構えた男の姿を見つけた。

 彼がそれに気がついたのは、射手の表情が変化したその時だった。

 弓兵特有の鋭い光を放っていた男の瞳が、驚きに見開かれていた。慌てて矢を放とうとする男の姿を視界の端で捉えながら、切り裂かれたはずの少年の元へと―――射手が動揺を隠せなかったその場所へと、ザァルは視線を戻した。

 そして―――己の目を疑った。

 ぶちまけられた大量の肉塊。

 その中で悠然と剣の汚れを払う、血まみれの少年の姿。

 びしっと音を立てて切っ先から飛び散ったのは、血と肉と脂肪。

 それが近くの木の幹にへばり付いたのを見て、ようやくザァルは何が起きたのか思い至った。

 少年が二人を殺したのか、と。

 その恐ろしく単純で明快な事実は、しかしその過程を想像するのがかなり困難だった。彼が理解に手間取っている間に、弓兵が少年に向けて第二波を放った。胸を狙ってきたそれを、少年は身体を僅かに傾けるだけで躱し、剣を握っていない方の手で無造作に何かを放り返した。

 ぶんっと音を立て、それは弓兵の腹に直撃する。口からごぽりと大量の血を吐き、前のめりに倒れ込んだ。その頭の横に落ちているのは―――これも頭だった。驚愕を彩ったまま刈り取られたそれは、どうやら二人の剣士のどちらかのものらしい。虚ろなその瞳を見つめたザァルは、少年が投擲したのはこれだったのかと、数秒後れて気がついた。

 悪態のようなそれは、ひょっとしたら悲鳴だったのかも知れない。

 甲高い声を耳にした彼は、視線を女の元へと戻した。額に脂汗を浮かべた魔法使いは、仲間の補助をいったん取りやめたらしい。素早く強力な防壁で自身を覆うと、攻撃魔法を撃とうと詠唱を始めた。女には焦りが見えたが、それは非常に鮮やかな行動で、女がとても優れた魔法使いである事を、一切の疑問を持たずザァルは認めた。並の剣士が相手であれば、勝負は間違いなく女の勝ちだったに違いない。

 だがそう思う一方で、ザァルは女が助からないと頭のどこかで決定づけていた。そしてどうやら女自身も、自分が助からないと思っているらしいと、悟っていた。

 銀光が女の頭上から走り落ちる。

 理不尽だった。

 その一撃は、思わず異を唱えたくなるような、圧倒的な暴力をさらけ出していた。

 両断されたのは、果たして何だったのだろうか。

 取りあえず目にすることが出来たのは、地面に転がったの女―――その残骸である。頭から真っ二つになっているが、それは剣で切断されたというよりも、鈍器で力任せに叩きつけられたという方がしっくりくる有様だった。女のそれは既に人型を留めてはおらず、二人の剣士同様、血まみれの肉塊に過ぎなかった。

 ザァルはやっと理解した。

 理解したお陰で、やっと混乱を始める事が出来た。駆け足でその場を立ち去る少年を、嘴を半分ほど開いたまま呆然と見送った。

 ――――お……おお、おいおいおいおい、おい! 

 何だあれは!? 頭から真っ二つなんて、あの馬鹿力のウゴリアノですら出来ないぞ! 補助魔法がよほど優秀だったとしても、あれは……くそっ!

 思わず舌打ちをする。

 が、鴉の身体ではそれが出来ず、ザァルは代わりにばたばたと羽根を動かした。

 ヘルマン。

 そして今の少年。

 ヴィクトールが如何に強大な悪魔であったとしても、その専門は戦闘ではない。あの二人が相手では、きっと長くは保たないだろう。だが敵わないにしても、あの悪魔が死ぬとは思えない。隷王の協定を遵守してもなお、ヴィクトールは不死に限りなく近いところであぐらをかく男だ。きっと間違いなく逃げ延び、新しい手段を講じるはずだ。

 こうしてはいられない、と。

 更なる情報を集めるべく、枝から飛び立ったザァルは、やがて一つの結果を目の当たりにする。

 ヴィクトールの敗走。

 そしてそれ以外の悪魔達の死滅だった。


     × × × × ×


 取り逃がしたか。

 さしたる感慨も抱かずに、ヘルマンは静かにそう思った。

「隊長。御身もご無事、負傷した者はおりません」

「そうか。あの逃げた悪魔はどうなった?」

「魔法による探索は不能です。どうやら気配を消して森のどこかに隠れたようです。転移可能領域にはいません」

「解った」

 報告を聞いてしばらく経った後、彼は己の部下達の方に振り返った。

 未だに剣を抜いたまま、緊張を逃がしていない彼らは、力強い瞳で彼を見返してきた。疲労は薄く、動揺もしていないらしい。彼らを頼もしく思いながら、何の問題もないと彼はそう判断した。

 問題があるのは……彼女の方か、と。

 部下の一人に支えられた、今にも倒れそうな顔をして震えている少女を、ヘルマンは痛切な思いで見つめた。

 今の戦闘に怯えているのか。

 先ほどの悪魔の言葉に怯えているのか。

 それともその両方か。

 あるいは……。

 頭の中で言葉を続けようとした彼は、しかしそれを遮った。その問いの答えは確かにあるだろうが、それを見つけることには何の意味もないし、例え見つけられたとしても、彼らにはどうする事も出来ない〝答え〟であるだろうから。

 ―――私達も、あの悪魔達も。あの子を傷つけるという点では何も変わらない。本当に……。

 ヘルマンは零れそうになったため息をかみ殺し、静かに口から吐き出した。

 すうっと小さな風を生み出したそれが宙に解けるのを待って、彼は言葉を発した。

「転移可能地点まで急ごう。敵は一人だが油断は出来ない。伏兵の可能性もある、警戒を怠るな」

 はっ! という鋭い返事が四つ返ってくる。彼はそれに頷き、少女の方へと視線を送る。

「イリス様にはご迷惑をおかけしますが、もう少しの間お付き合いください。すぐに安全な場所までお連れしますから」

 反応はなかった。

 目を閉じ震えている少女には、きっと誰の言葉も届きはしないのだろう。でも、むしろその方が良いのかも知れないと、ヘルマンは思った。そうでなくてはならいとさえ、思った。

「奇襲に備えて配置を変更する。ヨルゲンが先頭、その後ろにルチア。エドガーと私がイリス様を挟むようにして――――」

 配置が完了した後、歩き始めた。

 襲撃を警戒し、地を這うように進む。

 のろのろとしたそれは驚くほどの時間がかかるが、目的までの距離がそれほど離れていなかったため、精神力が途切れる前に足を止める事が出来た。

 白の惨劇の影響を、ぎりぎり免れる事が出来る地点。

 転移魔法を担当するルチアが、早速詠唱に入る。

 呪文を耳に入れながら、ヘルマンを含めた残りの隊員達は警戒をより一層高めた。

 ヴィクトールとかいう悪魔が手を出してくるとしたら、まず間違いなくこのタイミングだった。

 最も気が緩み、最も周囲への警戒が薄くなるのが転移の最中である。絶対に足を止めねばならず、その上どこで足を止めるかも大体予測が出来る。あの得体の知れない悪魔は絶対に諦めていないと、そう確信していたのだが――――。

「隊長。準備完了です」

 ルチアのその声に、ヘルマンは内心首を傾げていた。

 仕掛けてこなかった……? 単独でディプロスの奪取は不可能にしても、転移せずにこの森に留まったのは、妨害が目的じゃなかったのか? このまま転移を繰り返せば、こちらは天界へと無事に帰ることが出来るのに……。

 ヴィクトールの妖しい微笑みが脳裏にちらつく。

「隊長?」

「――――いや。解った。転移を始めてくれ」

「了解しました」

 脳裏のそれをかき消した。

 最後まで気を抜かなければそれで良い。

 この疑心暗鬼こそが、敵の狙いなのかも知れないのだ。ただの武官に過ぎない自分に出来る事は、今も昔も変わらない。

 転移魔法の淡い光に身体を包まれながら、彼はじっと森の奥を見つめた。

 ―――あの少年は結局来なかったな、と。

 彼がそう思った、ちょうどその瞬間だった。


 大爆発が起こり、全てを白に染め上げた。


     × × × × ×


 膨れあがった白い光に、ザァルは咄嗟に空へと逃げていた。

 地上から放たれた無数の爆風の一つが、彼の翼を強烈に突き上げる。一瞬にして身を乗せるべき風を見失い、空へと放り出されたようになりながら、彼はしばらく宙を転がった。そして爆風が消え失せると共に、今度は急速に落下を始めた。

 ―――こ、のっ……野郎!

 必死で翼を羽ばたかせる。

 何十回もからぶった後、風を一つ捕まえることに成功した。滑空するように空を舞う。円を描きながら地上を見下ろせば、辺り一面から木々がごっそりと失われていた。

 ……まさか、あいつら死んだのか?

 爆発の直前まで転移しようとしていた天人達を、彼は視線で捜した。それがすぐに見つかったのは、視線を遮るものが何もなかったせいだろう。彼は歪な円形をした平地の中心に、複数の人影を見つけた。

 ―――ディプロスは……生きてるな。ヘルマンに守られたのか。あの馬鹿力のガキも生きてる……。

 どちらも傷だらけだが、自分の足で難なく立っている。二人の間の少女は気を失っているみたいだが、こちらは怪我一つない。どうやら魔法で守られたらしい。

 無事なのはその三人だけだった。

 女武官は直撃を喰らったのか、二人とも黒こげでぴくりとも動かない。まず間違いなく死んでいるだろう。補助をやっていた男も、何とか呼吸はしているらしいが、あれでは助からない。左半身が女達同様に炭化している。怪我の差から考えると、無事な三人が爆心地から一番離れたところにいたはずだが………。

 と、そこまで考えたザァルは、一つの可能性に思い至る。 

 ―――あの男。ヴィクトールの仕業か……!

 この森の中であの天人達に攻撃を与える者がいるとすれば、あの悪魔を置いて他にはいない。あっさり退却し、転移のために彼らが足を止めた時も姿を現さなかったのが、ずっと疑問だったのだが。この惨状を目の当たりにした今となっては、疑問は完全に消えてなくなっていた。

 ……もしかして。森の中に留まっていたのは、ディプロスを奪うためでも天人達を妨害するためでもなく――――ただ単に転移できなかっただけ、なのか?

〝罠〟

 転移が行われようとすると起動する何か。

 敗北を予測していたのか、それとも念のために仕掛けておいたのか。あの狡賢い悪魔は、むしろ前者だったのかも知れない。

 ……それも、天人達が咄嗟にディプロスを守ることも計算に入れて、だ。

 もしかしたら反応できる隙をわざと作っていたのかも知れない。女の魔法使い二人は、自らを犠牲にしてディプロスと一番戦力の高い二人を防壁で囲ったのか。罠が一回こっきりのものなのか、そうでないのか。いずれにせよ、彼らが転移を行う事がかなり難しくなったのは確かだった。

「あの野郎……!」

 ザァルは口に出して毒づいた。

 彼の望みは既に己の身の安全だけである。

 行き先は天界でも魔界でもどちらでも良い、ディプロスがこの森から去り、戦場が森から別の場所に移る事を願っていた。しかしあと少しでそれが叶うというところで、ヴィクトールが台無しにしてしまった。天人の術者があれで死んだのであれば、森を囲んでいた障壁も消えているだろうが……きっとヴィクトールが新しく張り直したに違いない。あの男は甘くない上に、魔法に恐ろしく長けている……。

 ザァルは素早く頭を回転させた。

 ―――俺がここから逃げ延びるためには、これからどうすれば良い……?

 魔界天界の戦力は、双方共に現在低下している。しかしそれは一時的なもので、やがて増援部隊が駆けつけてくるだろう。協定を無視するわけにはいかないから、それなりに時間は必要だろうが。

 森を覆っているだろう障壁。

 つまり最終的に、ヴィクトールの排除に辿り着けばいい。

 ヘルマン達をあの悪魔の元まで誘導するのはどうだ? 彼らだってやつは邪魔なはずだ……。

 しかし問題は、やはり時間であるだろう。

 あのヴィクトールの事だ、敵の考えの二手三手先を読んでいるはずだ。あの男は障壁を途切れさせないようにしながら、森を逃げ回るだろう。と見せかけて攻撃に出てくる可能性だってある。正面からぶつかればヘルマン達には到底及ばないあの悪魔は、しかしこういう特殊な状況では滅法強い。戦場はヴィクトールに支配されるだろう。時間切れで増援が送られてくる。

 ――――障壁、か。

 ヘルマン達でも、二級悪魔が本気で張った障壁は破壊できない。戦略級の障壁の解体は、専門の魔法使いくらいでなければ出来ない。いや、可能性だけで言えば、この森には他にもいる……。

「ディプロス」

 可変神。

 彼はその力を、己の肉体で悲鳴を上げるほどに味わった。あの力を持ってすれば、容易く障壁などは破壊できるだろう。

 だがそれも、覚醒状態でなければならない。

 今までの様な、ただの可愛らしいお嬢さんのままでは、何の力も発揮しない。本来ディプロスはアーガスによって何重にもその力を封印されているため、むしろ覚醒する方が異常なのだ。

 ―――あの時覚醒したのは何故だ?

 その問いの答えはあっさりと出た。

「黒髪のガキ………ジンつったか」

 あの少年に危険が迫るという事が、一種の鍵となって働くのかも知れない。推測の域を出ないものではあるが、他に手がないのも事実だ。綿密な計画は後で立てるとして、今はあの少年の確保に急いだ方が良い。

 方針が決定する。

「よし―――――カアァ!」

 我を取り戻した鴉が、驚きの声を上げる。

 その瞳からは悪魔の気配が消えていた。

 鴉は慌てふためいたまま、何処かへと飛び去っていった。


 黒い羽根が一つ、青空の真ん中に取り残された。


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