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第二十二話

 ここ最近、不快な目覚めが多い。

 そう感じながら瞼を開けたジンは、二回目であるからか、前回とは違って一瞬で記憶を直結した。

 ぱっと飛び起き、周囲を見回す。

 彼がそこで最初に目にしたのは、座ったまま自分を見上げるイリスの顔だった。

「ジン………」

 強いショックを受けたような、生気の感じられないその声と顔に、ジンは狂いそうなほどに心がざわめくのを感じた。咄嗟に何があったかを問いただしかけ、しかし歯を食いしばってそれを止めると、視線を彼女から引きはがした。

 奥。

 イリスから更に離れたところに、白い服を着た者達が、驚いた顔でこちらを見つめていた。

 ジンは我を忘れた。

 動物のような動きで身を縮めると、勢いに任せて彼らに飛びかかろうとした。

 しかし、突然彼の腕に生じたか弱い感触に、それを止められる。

 燃えさかる瞳をそちらに送ると、必死な顔で彼の腕を握るイリスの姿があった。

「ジン……聞いて」

 彼は一瞬、その腕を振り払い、敵に襲いかかろうかとも考えた。だが、自分を見つめる青い瞳の奥に揺らめく、深い苦悩を見つけると、それを止めざるを得なかった。彼は激情を静めるべく、深く長い息を吐いた。

「……ありがとう」

 未だ熱を帯びた頭を、彼はゆっくりと横に振った。

「それで、俺は何を聞けば良いんだ?」

「――――うん。あのね、ジンが倒れた後、あの人達がジンをここまで運んできてくれて………」

「……何かされたのか?」

 拳を握りしめながら、絞り出すように彼は囁いた。

 しかし、イリスは弱々しい苦笑を浮かべ、首を横に振った。

「ひどい事は何もされなかったよ。私と話がしたいって言って、本当に話をしただけだから」

「話?」

「うん。と言っても、ほとんど教えてもらう事ばかりだったんだけど。私の過去と……そして私の――――正体を」

 消え入りそうな声で紡がれたその言葉に、ジンは自分の身体の奥が、取り返しのつかないほどに冷たくなっていく事に気づいた。心臓は加速しているのに、その冷たさは際限なく広がっていく。彼は自分がこのまま凍死するのではないかと、本気でそう考えた。

 イリスはそんな彼を見て、どこか疲れたような、ありとあらゆる力が抜けたような、そんな顔で笑った。


「私ね、人間じゃなかったみたい」


 彼はそれを鼻で笑おうとした。

 肩をすくめ、何を馬鹿なことを言っているんだと、そう口にしようとした。

 大体俺はお前が何者であろうが関係ない。お前は俺の家族で、ただのイリスでしかないんだ、と。

 彼のその気持ちは少しもぶれていなかったし、それを口にするのを躊躇ってもいなかった。

 だが。

 彼女の浮かべる笑みの奥、そこに宿った彼女の意志に、彼は身動きを止められていた。

 イリス。

 森で倒れていた少女。記憶を失っていた少女。

 最初は幼い子供のようだった。

 言葉を教えだしてからは、あっという間に年相応に成長した。

 その感性や情緒は、すぐさま彼を追い越した。

 それに恐怖した事もある。

 恐怖する中で弱い自分を見つけ、果ては己の心からも逃げ出そうともした。

 だが彼は変化を望んだ。望むことが出来た。

 他でもない、彼女が目の前にいただからだ。彼を見てくれる彼女がそこにいたからだ。彼女の笑顔が、彼に力を与えてくれたからだ。

 例え彼女が彼に向けるものの全てが、鳥の雛が始めて見たものを親と慕うような、感情など一切関係のない本能的なものだったとしても。

 彼女は――――彼を家族と呼んでくれた。

 家族になりたいと、そう言ってくれた。

 それは奇蹟だった。

 かつて彼が喉から手が出るほどに欲し、そして諦めたものだった。

 奇蹟を与えてくれた彼女を、奇蹟そのものである彼女を、彼は守ろうと思った。守りたいと思った。彼女のために生き、彼女のために死にたいと、そう思った。

 今でも、そう思っている。

 思っている。思っている。思っている。

 思っているのに。

 ―――――彼は、動けなかった。

「ごめんね……」

 その笑顔は初めてだった。

 目の前にあるはずなのに、ひどく遠く感じるそれは。

 全身を鋭い針で串刺しにされたような、この痛みは。

 その痛みすらも虚ろなこの感覚は。

 内側から凍死するこの苦しみは。

 彼女が見せた初めての。

 彼が受けた初めての。

 

 

 拒絶。だった。 


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