第十四話
大樹。
それに寄り添うようにして建てられた小屋。
林から出てきたザァルは、それを見つけて足を止めた。
森に入ってから三日間。
芥子粒ほどの気配だけを頼りに、彷徨うようにして歩き続けた。木の枝や鋭い歯を持った虫が囓ったせいで、彼お気に入りの赤いコートはぼろぼろになっていた。魔法を使えば一瞬で新品同様に戻すことが出来るが、もしそうすれば彼はコートと引き替えに、己の命を失う羽目になってしまう。無論、命の方が大事であるザァルは、そんな事はしなかった。
しかし、疲れた。
この三日間、そしてその前の二週間。
追いかけているはずなのに、むしろ追われている気分で世界を巡ったザァルは、目標達成を前にして、深く長いため息を吐いた。
こんなに働いた事は今までない。
終わりのない今後の人生においても、きっとこんなに疲れる事はないだろう。いや、疲れるべきではない。もし今後、今回のような厄介ごとを押しつけられそうになったら、脇目もふらず逃げ出してやろう。
ああでも、あの恐ろしい主人はきっと、その度に俺の上を行くんだろうな……と。
淡い絶望を噛みしめたザァルは、俯いていた顔を上げると、小屋に向かって歩き出した。かつかつと動く足は、すぐさま彼を小屋の前まで運んだ。
扉らしきものを見つけ、ザァルはそれを数回ノックした。
するとすぐさま、小屋の中からばたばたと走る音が聞こえてきて、扉が内側から開かれた。
金髪が、正午の陽光を弾いた。
「はーい。ジン、お帰り……あれ?」
輝くようだった笑顔が一瞬で曇る。
下から訝しげに見上げてくる青い瞳に、ザァルは確信を抱いた。
ディプロス。
彼が探し求めていた存在に違いなかった。
ザァルはかしこまると、腰を折り、宮廷風の挨拶をした。
「初めましてお嬢さん。私はザァル。我が主、レギィトラナの使いで貴女をお迎えに来ました」
少女に慇懃に微笑むその顔は、面倒くさがりの伊達男のものではなく。
まさしく悪魔のそれだった。