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第十一話

 一人の男が道を歩いている。

 

 歳は二十代の半ば程か、銀髪に鳶色の目を持つ貴族風の格好をした男である。

 やる気なさそうに、一人道を歩いている。

 しかしそれは少々、不思議な光景だった。

 もし男が歩いているのが、王宮や都会の石畳の上であれば、少しも違和感はなかっただろう。歩く男の表情はふてくされた子供にも似ていたが、その整った顔立ちと身にまとう洗練された空気は、上品かつ豪奢な服装を、台無しにする事は少しもなかった。裕福な貴族の放蕩息子とでもいった風である。

 だが、男が歩いているのは石畳ではなく、赤茶けた土の上である。

 立派な身なりをした男が、歩くような場所ではなかった。

 共も連れず馬にも乗っていないため、街の外を散策に来たというようにも見えない。

 男の存在は、周囲の景色の中でどうしようもなく浮いていた。

 廃墟である。

 男が歩くその道は、かつては村か町の主要路だったのかも知れない。

 所々に見える朽ち果てた木の柱は、おそらく家か何かの跡であろう。最も、それが家畜小屋だったのかそれとも人が住む家であったのか、全く区別が着かない程であったが。

 人どころか獣も虫もいない。

 聞こえるのは悲鳴に似た風の音だけ。

 寂しいを通り越して、見ているだけで具合が悪くなりそうな、空虚な世界だった。

 しかし歩いていく男は、周囲の景色には少しも関心を払っていないようである。

 ぶつぶつと呟くそれを聞き取れば、

「……ったく、ありえねぇよ……何で俺が……」

 自分の境遇に不満を漏らすだけである。

 とは言え、男は面倒くさそうにしてはいたが、その足取りはきびきびとしており、迷いもない。廃墟を通り抜けるように、どこかへと歩いていく。

 防壁の痕跡のようなものを一跨ぎに飛び越え、それからしばらく進んだ後、男の目の前には巨大な森が姿を現した。

 男は足を止め、それを見上げた。

「はあ――――こん中かよ……こりゃ見つけるのはしんどいぞ……」

 やる気を無くしたかのようにうなだれた。

 が、大きな舌打ちをすると顔を上げ、身にまとった暗褐色のコートの内側を探り、そこから何かを取り出した。

 銀色の球体である。

 小さなそれは、よくよく見れば眼球の意匠を施されていた。男はそれを無造作に、正面に軽く放り投げた。

 軽い音を立てて銀球は地面に転がる。

 男は何かを待つように、それをじっと見つめた。

 するとやがて、それは独りでにもぞもぞと動きだし、瞳に当たる部分を空に向けた。

 瞬間、光が溢れた。

 眼球から放出された目映い輝きは、虚空に扇型に広がり、風に揺れるカーテンのように波打ちながら、消えることなく留まり続けた。

 そこに、一人の女の姿が映し出される。

 美しい女である。

 だが、その美しさにはどこか棘があり、つり上がった赤い瞳から強烈な鬼気が放たれている。美しい以上に恐ろしい女であった。

「ご機嫌麗しう、我が君」

 男は女の映像に向かって膝をつき、恭しく挨拶を述べた。しかし地面を向いたその顔は、やはり面倒くさそうにたるんでいた。

 それが解ったのか、ゆらゆらと揺れる女はその鋭い瞳を更に鋭くした。

『お前はよほどに私の猫と遊びたいらしいな』

 ノイズ混じりのその声に、男はぱっと飛び上がると、その顔に平べったい笑みを貼り付け、慇懃な仕草で首を振った。

「我が君。あの可愛らしいもの達と遊ぶのは、それはそれは大変楽しい事です。ですが、私は非常に忙しく、どれだけ仕事をこなしても中々暇が生まれません。残念ですが、我が君」

『ならば為すべきを早う為せ。それで、報告があるのだろう? 本当に忙しい私を呼び出したのだからな』

「もちろんですよ、我が君」

 女の静かな恫喝に、男は冷や汗を流しながらにこにこと頷いた。

「対象の―――可変神の居場所を突き止めました」

 その言葉を聞いて、現れてからずっと苛ついた顔をしていた女が、驚きの表情を作った。それは非常に愛嬌のあるものだったが、しかし一瞬で鋭さに取って代わられた。

『して、ディプロスはどこにおる』

 男の周囲に視線を走らせながら、どことなく焦った様子でそう尋ねた。

 男は一瞬言葉に詰まり、しかしすぐに口を開いた。

「いえ。まだ発見に至ってはおりません」

『――――何だと』

 比喩ではなく、気温が急激に下がる。

 怒りどころか殺意の滲んだその赤い瞳に、男は慌てて両手を振り回した。

「あ、ああ、ですがしかし! 後一歩です! 後一歩! もうすぐそこなのですよ、我が君!」

『ならば早う連れて来い! 天界の連中は元より、はらからにも先んじなければ意味はないのだ。お前も解ってるだろうが』

「もちろんです我が君! ですからご兄姉のどの使い共よりも早く、こうして連絡を差し上げているのではありませんか」

『ふん、お前の取り柄はそれくらいのものだからな……それで、捕まえておらなんだら、用は何であるか』

「はい。マルカ大陸西端の森にいるところまでは突き止めたのですが、ご存じかとは思いますが、近辺で『白の惨劇』がありましたので」

『ああ。魔力玄素が狂うておるのか。魔法が使えんので人数を寄こせ、と』

「そうしたいところですが、そうもいかないのですよ、我が君」

『どういう事だ?』

「天上の方々が、すぐ近くでうろうろしていらっしゃるようでして」

『……なに?』

 女は顔に嫌悪の色を滲ませた。

 眉間に皺を寄せると、忌々しそうに吐き捨てた。

『能なしの腑抜け共めが。阿呆は阿呆らしく、どぶの中にでも顔を突っ込んでおれば良いものを』

「全くその通りでございます。それで、我が君」

『解った解った。誘導と足止めをしておけば良いのだろう? だがお前、今は魔力を抑えてるから気づかれておらぬのだろうが、力を使えば奴らはすぐさま飛んでくるぞ』

「解っております。やり合っても勝てる見込みはありませんしね。例え『協定』があろうがなかろうが、私は貧弱ですので」

『ならば良い。用件は以上か?』

「はい。宜しくお願いします」

『解った。そちらの手筈は整えておこう……期待しているぞ』

「必ずやご期待に応えて見せましょう」

『よし』

 下げた頭を起こすと、女の姿は消え失せ、光のカーテンも消えていた。

 男はふうと息を吐き、銀球を拾い上げ、懐にしまった。

 緩慢な動きで空を見上げ、小さな声で呟いた。

「やってらんねー……」

 声を抑えたのは、女を怖れての事だった。

 もう何を喋ったところで聞かれるはずはないのだが、男は大きな声で愚痴を言うことなど出来なかった。男は誰よりも、女の恐ろしさを一番理解していたのだ。

 顔をおろした男は、もう一度だけ深いため息をつくと、すぐさま黒々とした森に向かって歩き始めた。

 きびきびと足を動かすその顔は、しかしやはりやる気なく、面倒くさそうであった。

  

 男の名はザァル。

 魔界から遣わされた悪魔の一人だった。

 

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