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時空超越ストライカーズ!~A Football Tale in Great Britain~  作者: 雪銀かいと@「演/媛もたけなわ!」コミックシーモア等で連載中
第四章 Repatriation

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12話

       12


 桐畑は遥香と隣り合って、グラウンドの近くの木製のベンチに座り込んだ。なんとなく人が一人分の間隔を取ってはいたが。

 二十mほど向こうには、小屋のような建築物が並んでいる。茶色の煉瓦の外壁に焦げ茶の屋根の、落ち着いた存在感のある建物だった。眼前の広々とした芝生と相まって、時間の狭間に取り残されたような、静謐な空間だった。

 握り拳を膝に遣った桐畑は、秋晴れの空を見上げていた。遥香の雰囲気に飲まれて、口を開けなかった。

「私ね。もし明日、勝って、二十一世紀の日本に帰れる、ってなっても、この時代に居続ける気なんだ。来た時みたいに強制的に飛ばされなければ、だけどね」

 遥香は、静かだが決意を感じさせる声音で言い切った。

 耳を疑った桐畑は、思わず遥香に視線を向けた。まっすぐ前を見た真顔からは、感情が読めない。

「は? いや、お前さ。現代日本で、まだまだ色々しなくちゃいけないって、あんだけ生意気かつ堂々と豪語してただろ? 家族も心配してるしよ。どうゆう思考の流れで、そんな結論になんだよ?」

 桐畑の問い掛けは、図らずも非難のようになった。しかし、遥香の佇まいには変化が見られない。

「私たちが日本に帰っても、本物のアルマとケントは戻ってこない可能性がある。私の懸念は、この一点だよ」

「あ」と、不意を突かれた桐畑の口から、声が漏れた。

「現代日本もこの十九世紀のイギリスも関係ない。親しい友人が突然いなくなったら、誰だって深く悲しむ。家族はもちろん大事だけど、だからといってそれ以外の人をないがしろにして良いわけがない。だから私は、この時代に残るんだよ」

「いやいや、お前が生け贄みたいになる必要は、世界のどこを探してもないだろが。そりゃあ、見捨てるのは心苦しいけどさ。ブラムもエドも、フットボール結社の奴らは仲間想いの良い奴ばっかだもんな」

 桐畑は、声を荒げて食い付いた。

「うん、まあ、そうだよね」

 妙にすっきりした顔の遥香が、ぽつりと呟く。

「待てよ。今の『まあ』は何だよ。聞き捨てならねえな。どうしてそんなテキトーなんだよ。エドは、仔犬みたいにお前に懐いてる。ブラムなんか、お前を好きだっつってるんだぜ。『一生を懸けて守る』なんて恥ずい台詞、なかなか口にはできねって」

 桐畑は、なおも遥香を強く揺さぶった。すると遥香は、力の抜けた笑みを浮かべた。生気のない、悲しみに満ちた笑みだった。

「私は、アルマの振りをしてるだけ。だから、みんなが見てるのは、あくまでアルマ・エアリーなんだよ。決して私自身じゃあない。試合中だけは、アルマらしくなく声を張ってるけどね。君がタイム・スリップで来る前に、ダン校長に強制されたんだ」

 遥香は、ふっと口を閉じた。わずかな溜めの後に、ぎこちない口振りで再び話し始める。

「それに、エドとブラムがアルマに向ける好意は、私からすると少し歪んでる。まずエド。君も、私が怪我をした次の日の朝食で聞いたよね。……胸がどうとか、さ。自分の身体的コンプレックスに触れられたい人なんて、いないよ。『親しき仲にも礼儀あり』っていう大切な発想が、あの子には致命的に欠けてる」

(……『女子って、胸でトラップして痛くないの?』ってやつか。確かに、ありゃあねーわ)

 桐畑が苦々しく思い出す一方で、遥香は、所感を口にし続ける。

「次は、ブラム。『女性は、男性に保護されるべきか弱い存在』って固定観念から脱却できてない。だからアルマには、身体的にハードなフットボールはしてほしくない。レディー・ファーストは一見、美しい概念だけど、根底には女性への差別心があるよね」

 遠くにやった遥香の瞳には、揺らぎがなかった。

(そりゃあずーっとしてきたスポーツを、『お前は生まれながらにしてやるべきじゃなかった』ってきっぱり断じられるのは、やり切れないわな)

 桐畑が納得する中、遥香の口上は続く。

「だけど二人の心の中には、アルマへの慈しみは間違いなく存在する。他の会員に関しても、ね。だから私は、この時代に残る。残って、みんなの愛情に応え続けるよ」

 諦めた風な穏やかな口振りだった。桐畑は焦燥を加速させる。

「わけのわからん状況で、わけのわからん演技を続けてたら、頭がおかしくなんだろが。俺も戻らねえ! お前を一人、誰も本当のお前を知らない世界に、置き去りになんかできない!」

「君まで帰らなかったら、いったい誰が現代の日本で事情を説明するの?」

 桐畑の悲痛な提案に、遥香はやんわりと即答した。桐畑を覗き込む笑顔は、どこまでも優しい。

「段取りはこうだよ。明日、私たちは、何が何でも優勝する。それでもし、日本に戻るか戻らないか選べることになったら、君だけ戻る。結果として、十九世紀イギリスのケント・マシューズと二十一世紀の日本の朝波遥香がどうなるかはわからない。そこは適切に判断して、真実を打ち明けるなり秘密にしておくなりする。それで、日本とイギリスの両方の人々の悲しみが、均等になるようにしよう。それがきっと、誰もが等しく負担を負える最良の選択だよ」

 陰鬱さのない語調で、遥香はてきぱきと説明した。

「……等しくって、いや全然ちげえだろ! お前の負担が異常なまでに飛び抜けてんじゃねえか!」

 桐畑が喚くも、遥香は意に介す様子はない。ブラムを頑固だと断じる遥香も、同じぐらいに頑なだという事実には決して思いが至らないのだ。

 遥香はすっと立ち上がったかと思うと、おもむろに歩き始める。

「ハンドボールのパス回し、秀逸なアイデアだったよ。君、ポテンシャルは高いんだからさ。そんな感じでどんどん創意工夫をしていけば、龍神高校でも上でやってけるよ」

 遥香の爽やかな声が耳に入ってきた。座ったままの桐畑は、遥香の背中を見詰め続ける。

 遥香は、時が止まったような学校の風景に、奇妙なほど溶け込んでいた。そのまま唐突に消滅しそうな気さえした。


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