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駆引

「ありました。でも、叔母の使っている鏡台の上に飾ってあったんです。毎日使っている場所から物が消えていたら叔母だってすぐに気が付くと思います」


「そうか。で、あんたが盗むのは難しいんだな」


「……はい」


「わかった。リカルドに報告するから、この件は忘れろ」


 朔はあっさり頷くと、もうついてこなくていいと言った。


 どうしてもオルゴールが必要だ。協力してほしい。どうにかして盗めないか。――そう頼み込まれるものだと思っていた鈴花は拍子抜けしてしまう。


「あ、あの、もういいんですか? 盗まなくて」


「出来ないんだろ?」


 試されるように言われてぐっと詰まる。


「あんたが出来ないなら、あのおばさんか娘の方をたらし込むなり、他の方法をとる。それだけだ」


「あ……」


 ……別に、わたしじゃなくてもいいんだ……。

 リカルドや朔が桜子の手を取っている姿を想像してしまう。


 彼らは、現状に不満を持っている鈴花ならば容易に言うことを聞くだろうと踏んで声を掛けてきたに過ぎない。


 見放されたような顔をしてしまった鈴花に朔は溜息をついた。


「あんたがあの家から出たいならこの話に乗るだろうって思ったけど、そうじゃないなら仕方ない。盗みを働いたことがバレたらただじゃすまないかもしれないし、会ったばかりの人間のために危険を犯せないって言うのも理解できる」


 今すぐあの家を出て行かなくても、いずれ鈴花には「嫁いで出ていく」未来がある。


 嫁ぎ先で幸せになれるかもしれない可能性を捨ててまで、リカルドたちに協力する利点はなかった。


 朔もそう悟ったのだろう。ネッカチーフを引き上げた。


「巻き込んで悪かったな。……俺じゃなくてリカルドが詫びろよって感じだけど。まあ、その、元気で暮らせよ」


 これっきりだと言わんばかりに背を向けられて、


「待って!」


 鈴花は朔の袖を掴んだ。


 お金を貰って逃げるか、現状で我慢するか。

 二択を迫られれば、鈴花は安全な後者を選ぶ。


 けれど、そもそもその二択はリカルドが提示したものだ。出会ったばかりの彼らの言葉にのせられてしまっているだけで、考えれば第三、第四の選択肢だってあるかもしれない。


「何だよ」

「……リカルドさんに伝えて欲しいことがあるんです」


 鈴花にだって交渉の余地はある。


 話を聞いた朔は眉を顰めていた。「絶対無理だと思うけど」と呟いたのは、果たして「鈴花ができないと思う」か、それとも「リカルドが(いいよ)と言わない」か。


 伝言を了承した朔は去っていく。賽は投げられた。



 ◇



 数日後、珍しく叔父が早く帰宅した日だった。


 夕食の後、部屋にいた鈴花は降りてくるようにと命じられ、おそるおそる居間に足を踏み入れた。叔父、叔母、桜子。三人とも揃っている。


「お呼びでしょうか」


 笑顔を作る鈴花に、叔父は素っ気なく言い放った。


「鈴花。お前に縁談が来た。お相手は森山子爵家の庄太郎様だ」


 縁談。

 息を呑む鈴花とは反対に、叔母と桜子は上機嫌だった。


「まああ……。森山家と言えばたいへんな資産家よね? お母様」


「ええ。鈴花、貴女にはもったいなさすぎるお話だわ」


 うふふふと微笑み合う妻と娘に対し、叔父の方は淡々としたものだ。


「庄太郎様は二十年近く連れ添った奥様が亡くなられたそうだ。その後妻として鈴花を迎えたいとおっしゃってくださっている。近いうちに森山家へと挨拶に伺うつもりでいるから、そのつもりでいなさい」


 二十年連れ添った妻が……。ということは、相手は鈴花よりも二回り近くも年の離れた男ということになる。前妻との間に子どももいると聞かされ、鈴花の顔は凍り付いた。


 第一、叔母や桜子がこんなにも上機嫌なのだから良い話なわけがない。


 言葉を失う鈴花に、叔父は非情な言葉を投げかける。


「お前に断る権利はない。貰い手がいるだけありがたいと思いなさい」


「……はい、もちろんです。叔父さま」


「話はこれで終わりだ」


 行きなさいと追い払われ、よろよろと居間を出る。


「ねーえ、お父様。わたしにもそろそろいいお話はないかしら?」


 桜子の甘えた声が背中に聞こえた。彼女にはきっと素敵な相手が宛がわれるのだろう。財力も容姿も良くて、年頃の見合った――ううん、森山子爵だって素敵な人かもしれないじゃない! 会う前から否定するなんて良くないわ。


 数日前の鈴花なら、きっと受け入れただろう。


 どんな形であれ矢代家から出られる。安定した暮らしができるならじゅうぶんだと。


(でも……)


 階段を登りきる。叔父と叔母の寝室。今なら、鈴花が入っても気づかれない。


 鈴花は静かにドアノブを回した。


 オルゴールは数日前と変わらない場所にある。


 手を、伸ばす。袖の中にしまい込む。重さで袖が引き攣ったが、そこまで不自然には見えないことを鏡で確認した。そして、ハンカチに包んで大切に保管していた薔薇の花びらを取り出す。


 朔から貰った薔薇は桜子に捨てられてしまったが、花びらだけは袖の中に数枚残っていたのだ。乾燥して色は悪くなってしまったが、お守りのように持っていた。それを手のひらの中に閉じ込める。


 階段を下りると居間から出てきた桜子と鉢合わせた。


 玄関に向かおうとする鈴花を見咎めて声を掛けてくる。


「どこへ行くの? もう暗いわよ」


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