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再会

「桜子から聞いたわよ。あなた、お使いをさぼっていったい何をしていたの?」


「ごめんなさい、叔母さま……。あの、」


「異人の男を誑かして一緒にいたんですって? 信じられないわ!」


「違います。誑かしてなんて――」


「言い訳は聞きたくありません!」


 ピシャリと言われ、鈴花はうつむく。

 屋敷の中はしんと静まり返っており、使用人たちも息を詰めてこのやりとりを聞いているのだろうと思った。


「ごめんなさい。もう二度と寄り道なんてしません」


「二度目などありません。行き場のないあなたを仕方なくこの家においてやっているというのに、昼間から男遊びだなんて……。なんて恥知らずな子なの。そんなに男と遊びたいのならこの家から出ていくといいわ」


 外を示されて震える。


 追い出されたら行くところなどないのだ。青ざめる鈴花を見て脅しがきいたと満足したのか、叔母は冷たくこちらを一瞥すると踵を返した。だが、桜子の方はそれでは物足りなかったらしい。


「……あなたが異人の男を誑かすような大胆な子だったなんて、知らなかったわ。ジョーのことも後ろの席からはしたなく見つめていたのかしら」


 わざわざ土間の方へと降りてきた桜子は、薔薇の花を拾い上げた。

 倒れ込んだ時に袖口から飛び出してしまったらしい。真っ赤な花は桜子が持つと毒々しく見える。


 やめて、触らないで。


 そんな目で見てしまった鈴花に、桜子はこてんと愛らしく小首を傾げてみせる。


「なあに、その顔。かっこいい男の子から薔薇を貰って勘違いしちゃったの?」


「……返して、ください……」


「異国人に、ジョー。そんなに男好きなら売女の仕事でもすればいいのよ。図々しく我が家に居られると迷惑なのよね。お父様もお母様もあなたがいると機嫌が悪くなるもの」


 はあっと溜息をつかれるが、鈴花の方はなぜそんなにも嫌われているのかわからなかった。彼らとは十年以上絶縁状態で会っていなかったと聞くし、遺産を奪われても文句を言わずに働いているじゃないか。


「……どうしてわたし、こんなに嫌われているの? だって、家族、でしょう……?」


「家族? やめてよ、ただの居候が何言ってるの」


 桜子が嫌悪感剥き出しの顔で言う。


「お父様が借金で困っていてもあなたたち家族は助けてくれなかったのよ。わたしたちが苦労していたときには一銭も出さずに、親が死んだからって娘のあなたが転がり込んでくるなんて迷惑しているの」


 そうだったのか。


 知らなかった。鈴花は記憶喪失だし、使用人たちもそんな話を教えてはくれなかった。


 確かに、仲の悪かった兄弟の娘を押し付けられたらうっとおしく思うだろう。……もっとも、亡き両親の遺産を迷惑料でも貰うかのように奪っていったのは腹立たしいが……それでも鈴花は立場を弁え、殊勝に頭を下げる。


「あの、知らなかったとはいえ、ごめんなさい。叔父さまや叔母さまにご迷惑をかけないようにしますから……」


「そういういい子ちゃんな態度も大っ嫌い。『わたしが我慢すればいいんです』って顔でヘラヘラ笑って、人の顔色を窺っている姿を見ると苛つくわ」


 溜息と共に桜子は吐き捨てた。



「がめつい親と一緒にあんたも死ねば良かったのに」



 その言葉は許せなかった。

 カッとなった鈴花は立ち上がり、桜子の胸倉をつかむ。


 キャアッとわざとらしいほど高く桜子が悲鳴を上げた。手を上げるのをギリギリ踏みとどまった鈴花は家を飛び出す。


(やってしまった)


 あんな風に桜子に掴みかかったら、もう二度とあの家の敷居は跨がせてもらえないに違いない。


 分かっていても怒らずにはいられなかった。


 夕闇迫る帝都の街を走りながら鈴花の頬を涙が伝う。


(悔しい。どうしてあんなことを言われなきゃいけないの)


 借金があったなんて知らなかったが、遺産を奪った人たちにがめついなんて言われたくない。叔父夫婦も桜子のことも大嫌いだ。こっちだって好きでヘラヘラ笑っているわけじゃない。愛想を良くして、嫌われないようにしておかないと、生きていく場所がないからなのに……。


 ……しかし、このまま走り続けたって行くところなんてない。


 さっさと踵を返し、生意気な態度を取ったことを詫びなくては。


 分かっているのに足はどんどん家から遠ざかった。帰りたくない。こんなの、『鈴花』の居場所じゃない――……当てもなく走っていると、曲がり角で勢いよく人にぶつかってしまった。


 後方に吹っ飛ばされて尻もちをつく。


 涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げると、そこにいたのはあの見目麗しい異国人男性だった。


 彼はみっともない姿の鈴花に手を差し伸べ、にっこりと微笑む。


「また会いましたね、お嬢さん」




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