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42、空き教室の鍵



「またか」

「また、だよ」



 昼休み代わりの放課後、勉強に残るやつもいれば、下校するやつもいる時間。



「鍵はどうしたんだ」

「校長先生にお願いした」



 校舎の鍵は、職員室と校長室でそれぞれ管理されてる。

 そっちも手中に収めておくべきだったか。


 いや、でも校長のほうはオレのこと嫌いだったな。

 陰険な性格同士、同属嫌悪ってやつだ。


 そんなやつがヒナにだけは甘い対応っつうのも、果たしてどうなんだ。

 やっぱ学校一の美人は、贔屓されて当たり前なのか。

 むしろ贔屓にしたいのかもしれねえな。


 みんながそうだと、誰も変だとは思わないもんだ。


 オレの顔に不機嫌が滲み出てるのか、相手に近付く様子はなく、ただ笑いかけてくる。



「今日は、どっちなの?」

「何のことだ」

「一人称。きみの」

「どういう意味だ」

「聞けて嬉しかったのにな」



 残念そうに言うのが得意らしい。

 ヤツの取り巻きや信者(ファン)なら、簡単に騙される表情だ。


 でも、オレには別の思いが見える。

 人をからかって愉しいか。

 オレはもう、うんざりしてる。



「もういいだろ」



 何もかもから。

 オマエという。

 ただの夢から。



「放っておいてくれよ」



 このまま話してると自滅する気がした。

 内心の焦りを誤魔化そうと踵を返す。


 何も無かったかのように帰ろうとしたら、ヤツの満足げな笑い声が後ろで聞こえた。

 耳にこびりつく、恐ろしいほど明るく弾けた笑い声だ。



「ほんとうに、嬉しかったんだよ。すごくね」



 その反応が、危惧してた自爆を示してるのは分かった。

 昨日といい、今日といい。

 オレは自分を貶めてばかりだ。


 いや、この場合。

 罠に嵌まっている、とも言える。


 盛大に大胆な舌打ちをしたいが、代わりに思いっきり溜め息をつく。

 落ち着け。性悪美人の流れに呑まれるな。



「あんたの喜ぶポイントがわかんねえよ。オレには」

「あー……、やっぱダメか」



 そう言いながら、口調に落胆の色はない。

 毎度器用なやつだ。

 感情と言葉が一致してなくて、オレには不気味だが。



「目とかぱちくりさせても可愛くねえからな」



 言葉か、態度か。

 どっちだっていいが、とにかく自分が持つすべての要素を使って人を丸め込もうとする相手の顔には見覚えがあった。


 加減を覚えた悪質さの際立つ双子が、いたずらがバレて怒られる前にする顔だ。

 なんでも言うことを聞く可愛い存在になるから許して、と言い出しそうな顔。

 素直そうな顔をしても態度の変わらないオレには、数年前からしてこなくなったが。


 どんな手段で挑まれても、オレを揺さぶることはできない。

 非情で冷徹な美しさを忘れたような、通行人Aみたいな顔をするコイツには何も感じない。


 いくら短絡思考のオレでも、趣向は持ってる。

 心は揺らがない。

 揺れないが、つい見続けちまう。


 どちらかというと、尊い。

 そう。

 尊い美顔をしてる。



「なあんだ……君の気を引けるかと思ったのに」



 だろうな。

 でも、その手には乗ってやらない。


 目の前の引き戸に手を掛け、一瞬迷い、くるり反転する。


 ヒナはまだ窓の近くで、その横顔を辛うじて差す百陽の白が照らす。

 いつもどおりの甘ったるい声だった。

 だけど胸焼けするほどの甘さじゃない。

 手で煽ぐだけで払ってしまえるような、鳥の羽か髪についた花びらみたいな軽さだ。


 まあ、これくらの甘さなら別にいいかと、オレも窓辺に近付く。



「どうするの?」

「ん?」



 静かに見上げてくる視線が、オレの中に染みこんでくる。



「鍵、返すの?」

「その前に、見納めとこうと思ってな」

「それは、いいね」



 ここの景色は、好きだ。


 オレでも、素直にそう思うことはある。

 オレにだって、残しておきたい思い出くらいある。

 記憶しておきたい光景がある。


 静寂だけが残る旧校舎。

 掃除は月一程度の教室の群れ。

 鼻が疼く微かな埃臭さ。

 陽射しに焼かれて変色した窓際の床。


 そして、隣の存在。



「やっぱり、好きだな」

「じゃあ、くれてやるよ」

「君がいるから、気に入ったんだよ」

「そうかよ」



 変わった嗜好をお持ちで何よりだ。

 机も椅子もないし、鞄もない。

 自分の身ひとつ、それ以外はすべて本校舎にある。


 ここにいるうちは、無防備な裸と変わらない。




 卒業式は来週で、今日は式の予行練習のために2時間だけの登校だった。

 他のやつらが教室に残るか、下級生や教師と長話しながら感傷に浸って名残惜しんでるあいだ、オレは職員室に鍵を返す覚悟を決めていた。


 オレだけが使えた、使っていた旧校舎の空き教室の鍵。

 さいごに礼のひとつでも置いていくかと、ここに来ただけなんだが。

 取り返しはつかないもんだ。


 何事も。



「人気者がいないと、あいつらは困るんじゃないか」



 取り巻きを含め、連中にだって、コイツはよく世話になった相手だろうに。

 忘れ物常習者で、借り物をすることに慣れてるヒナは目を細める。


 オレの言葉が気に入らないらしい。



「ねえ、一緒に行かせて」

「……好きにしろ」



 言っても聞かねえのは、今に始まったことじゃないしな。

 コイツはオレとの離別以外なら何でも聞くが、その一点だけは譲らねえんだ。


 旧校舎の空き教室に、さいごの施錠をする。

 安らかな日常に背を向ける時期だ。


 後ろ髪を引かれるってのは、案外おもしろい表現なんだな。

 さいごまでその場に残りたがってるのが頭部だって考えてるわけだろ。


 オレは引き返したいって思いが強くて、脚がついてこないせいで歩きづらい。



「ねえ、待ってよ」



 なかなか前に進めねえと思ったら、ヒナが服の裾掴んでやがったのか。

 コイツ、力強すぎだろ。



「外に出るまでな」



 相手は一旦離れると、下ろしたままのオレの指先をつまんでくる。

 本校舎と違って、旧校舎には気にするような視線は届かない。

 ここじゃあ誰も、オレたちのすることを知らない。



 ◆◆◆



 昇降口に着く前に、ヒナは離れていった。


 時間は昼をとっくに回り、下級生含め、残ってた3年生も総ざらいで帰宅する。

 新旧の校舎を繋ぐ通路がいくら外野から見えづらくたって、どこに人目があるか分からねえ。

 だから一緒には帰らない。

 目立つのだけは絶対に嫌だった。


 駅近でバス停もそばにある正面に比べたら、駐輪も駐車もできず、徒歩しか選択できない裏門はだいぶ静かだ。

 こっちからなら、胸焦がれつつサヨナラした侘しい教室の窓が見える。


 旧校舎を眺めた。

 自分のものだった空き教室の窓を、直射日光の白が染め上げてる。

 夕暮れ時の景色は好きだったが、もう見ることはない。

 安らぎはあったが、取り戻す気はとっくに失せた。

 あそこにはいられない。


 卒業は、迎え入れずとも向こうからやってくる。



 ◆◆◆



 ひとり悠々と喫茶店に辿り着くと、奇妙な被り物に出迎えられた。

 オレの雇い主でもある、馴染み深くなっちまった、おっさん店長だ。



「なにしてんだよ」

「卒業の前祝い、かな」

「お。ついに独身卒業すんのか」

「僕のじゃないよう」



 童顔を隠すための髭面で猫なで声を出すんじゃねえよ。

 気色わりぃな。


 頭に冠したおもちゃを外し、店長はしょげた。

 オレの顔を見て、自分の機転は面白くないもんだと気付いたらしかった。


 三十路前だってのに駅前のディスカウントストアで仕入れた《コングラチュレーションサングラス付きハット》を恥ずかしそうに外した。

 この男ハッピーミドルすぎだろ。



「君、もう卒業でしょ。はい」



 カウンター越しに渡されたのは、両手に収まるくらいのちいさな紙袋。

 控えめ。

 拒みづらいサイズの贈り物ほど厄介なことはないな。



「いま開けていいか?」

「もちろん」



 なかに収まる箱もまた小さく、丁寧に包装してあるから、本体を拝むまでには時間がかかりそうだった。

 だがオレは面倒がいちばん嫌いだ。

 よろこんで包装紙を左右に引きちぎる。


 なかなか豪傑だね、と見ていた店長が苦笑する。



「そこまで残酷な有り様にしなくても……」

「大丈夫だ。こいつらも本望だろうよ。……これかよ」

「酷くて怖いよ、この子。──ああ。これだけは僕からプレゼントしたかったんだ」



 なかに入ってたのは、ハンドクリームと爪ケアの液体。

 オレに爪の保湿剤なんて趣味が悪い。


 そして最後にピンバッジときた。



「君も食べ物に関わる仕事をするなら、手のあかぎれとか、爪割れとか気にしたほうがいいよ」

「だな。荒々しいのはごめんだ」

「包みを開くときは、まあ見逃してあげるよ」



 そう肩をすくめるおっさんの視線は、さっきまで綺麗な包装紙だったものに向いている。

 先に箱から出した2つは、店長がよく使ってるものを薦めてくれたってとこか。

 確かに、おっさんの手は綺麗だ。

 手だけ見りゃ、誰も男だなんて気付かねえくらいには。


 バッジのほうは、店長の自作。

 店の名前と目印の絵。

 正面の入り口に掲げた看板には、一応だが店のマークが遠慮がちに描かれてる。


 今年の夏にオレが考案して、店長が描いた。

 その模様が入ってるから、この店の非売品バッジってことになるな。

 あとオレが調理職志望ってのも分かられてる。



「君が有名になってテレビに出るようになったら、バッジをつけてほしいな。カメラに抜かれたら映えるよ、きっと!」

「あほか」



 そこまで活かす気はねえよ。

 できれば、この店みたいにひっそりとした場所で、自由にやりたい。

 目立つのも嫌いだ。


 けどまあ、プレゼントのチョイスだけは褒めてやる。



「これが三徳包丁とかだったら、突き返してるとこだぜ」

「切っ先を向けるのだけはやめてね……。まあ、君ならぜったい拒むと思ったから、それにしたんだけど」



 いくら職業絡みで必須とはいっても、そこはやっぱ自分が稼いだ金で手に入れたい。

 もらえるもんは何でも嬉しいが買いたいもんを目標にするのは嫌いじゃねえし、なにより祝いだのと託けて無償で高価なものを受け取るのは、性格的にどうしても気が引ける。



「ありがとな。こっちは……玄関に飾るわ」

「そこは使ってよ! 自分の手を労って!」



 ハンドクリームと爪ケアの瓶を片手に掲げると、おっさんの必死な声が返ってきた。

 ピンバッジのことはどうでもいいらしい。



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