39、愛されてりゃいいのか
2月の終わり。
苦手な隣席のやつが言っていた、甘いものがなんたらって話は、俗にいうチョコを渡し合うやつのことらしかった。
あの日、弟とその下の双子が貰って帰ってきて、ただでさえ一人でも通るのに身を縮めなくちゃならねえ低くて狭い台所を、もはや占領してた。
オレは甘いもんが嫌いで、チョコレートはその代表だ。
もちろん関心なんて無かったし、気にも留めなかったが。
なるほど。どうりで体の調子が悪かったわけだ。
夕方のアルバイトのついでと思って登校したが、仮病を使うべきだったか。
このあいだも、色んな場所が活気づいてた。
オレの嫌いな胸焼け必至の活気だ。
たぶん、それが原因なんだろう。
あれから、ヒナを探すやつが増えたらしい。
今までみたいに、ただ顔を見たいとか少しでもいいから話したいとか、タイミングが合えばみたいな生ぬるい探し方じゃない。
探す明確な理由を持ってる。
わざわざ授業の合間を使ってまで、ヤツの移動先の教室に会いに行くやつもいるっつう話だ。
たまに別授業のことを知らず、こっちのクラスに来ることもある。
転校初日から感じてたことだが、アイツは人から愛される。
だからこそ、ヤツが呼び出しを受けただけで周りは沸き立つし、何事も発展しなかったと分かれば浮き足立つ。
そんな反応をしてりゃあ、考えてることも見え透いてる。
あわよくば自分が、なんて浅ましさの極みだ。
これも卒業の日が近付いてるせいか。
もはや、あの人気者が誰かとお付き合いってものをしない限り、この騒ぎに収集はつかなそうだな。
だがまあ、そういう動きが静まる様子はまったく感じられない。
ひとりとして気持ちを押し切れねえし、ひとりとして受け入れてもらえねえのが現状だ。
狙った相手の好みも聞き出せず、みんな相当ヤキモキしてるのか。
ヒナを呼び出すやつが途切れる気配はなかった。
おかげで、数少ないオレの休息地は全滅。
旧校舎も鍵は持ってるが、誰かに見られでもしたら説明が面倒だ。
人の気配が薄い場所っつうのは、校内じゃそこまで多くない。
この時期の屋上に行っても、切り裂くような冷たさの風を受ける度胸はさすがに無かった。
オレは卒業式まで面倒事に巻き込まれず過ごしたい。
でも冷酷美人は当事者のくせに、一切落ち着かせる気を見せねえ。
アイツにだって感情はあるし、相性や印象を考えると相容れねえこともあるんだろうが。
それにしたって強情すぎないか。傍から見ても拒みすぎだ。
どいつもこいつも厄介なもんを相手取りやがって。
このイライラが収まんなきゃ、オレの調子は悪いままだっつうのによ。
「おー、いたいた」
「わっ、なんだよ」
いきなり後ろ首をつかまれ、危うくひっくり返りそうになる。
考え事してるやつに声をかける態度じゃねえな。
このオレにそんなことをするやつは、たった一人しか知らない。
昔馴染みの教師を振り返りざまに睨め上げる。
オレと目が合った途端、相手は口の端をつり上げた。
「おまえな、校内を不機嫌顔で歩くなよ。友だちできねーぞ。って、もう遅いか……」
ああ、その通りだ。
そもそも作る気なんて無かったしな。
見え見えの茶化しは無視し、呼び止めやがった理由のほうに移る。
「なんの用だよ」
「おまえの大嫌いな人気者を探してるんだが、見つからねえんだわ。ちょっくら探して職員室まで連れてきてくんない?」
「放送室にでも行けよ」
「校内放送だと、おまえの大嫌いな賑やかし連中まで呼び寄せちゃうだろ」
だったら好都合だ。
鬱陶しいやつらが一箇所に群がってくれりゃあ、こっちは避けやすい。
「今、そうなったらいいなとか思ったろ。残念だが、教師陣が困るから却下になったんだよ」
「なんでだよ。職員室に生徒が寄り集まることなんて滅多にないだろ」
「だからだよ。普段あまり生徒に人気がない先生方がちょっと期待しちゃうだろ。そんで落胆する。分かれよ、生徒だろ」
「ご苦労さん。がんばれ」
「待て、まあ待て。連れてくるだけでいい。まじでそれだけだ。そのあとは俺がなんとかして、おまえだけ戻れるように仕向けるから」
人の肩に腕を回してきて、顔に似合わない茶目っ気でそんなことを言ってくる。
おねだり上手なんて、うちの親は褒めてたこともあるが、直にやられると腹が立つな。
こっちの要望をしっかり踏まえてるところが、特に。
「じゃ、よろしくな!」
「おい!」
オレはよろしくねえんだが。……あとで覚えとけよ。
「ああ、そうだ」
振り向きざま、オレの顔を妙に真剣な表情で見つめて、知り合いの教師は言った。
「最近、感情お漏らししてるぞ。気をつけろよ」
まるで忠告のようなそれに、オレはしっかり顰めっ面を向けられたんだろうか。
しかし、余計なお世話……とも言い切れねえ。
「……やばいな」
◆◆◆
ヒナを見つけるのは、簡単だった。
コイツを探すとき、なにも人だかりだけがヒントになるわけじゃない。
「やっぱり、君だったか」
「それは、どういう意味だ」
「見つけられるなら、君だけだろうなって」
「取り巻きたちだって、必死に探してたぞ」
あの教師は、誰彼構わず頼んで回るようなやつじゃない。
オレとは別件だろうが、あいつらが縦横無尽に探し続けてる横を通ってきたから、慣れないがわりと気を遣った。
ポロッと気にはしてたことを伝えると、冷酷美人は苦い蕗を食べたみたいな顔になる。
「それは困る。その他大勢じゃ意味がないもの」
「言い方……」
やっぱ口が悪いな、コイツ。
オレですらもっとマシな表現するぞ。
「意味ないんだよ。みんな、分からないから」
まあ、そりゃそうだろうよ。
騒々しいことを好んで求めるやつらに、この場所を探そうっつう考えは生まれないだろうからな。
ここは裏門そばの、低木で真四角に仕切られた空間。
さらに四方を樹木で囲み、中と外とを隔絶してる。
オレのお気に入りの場所だが、それは春夏限定だ。
雪がちらつく冬に来るような場所じゃない。
「……だって、こわいんだ」
こぼれる、消えちまうくらいの小さな声。
さっきまで止んでたはずの北風が、気まぐれに入り込んでくる。
この時期に陽が差さないだけで身震いする寒さなのに、風が出てきたとなりゃこの状況を早く切り上げたい。
「何を考えてるのか……みんな、分からない」
にっこり、好意。
へらへら、思慕。
ニヤニヤ、思惑。
惚れた腫れたがどうしたって引っ付いてくる。
オレの目には、そう見えてた。
「でも良くないでしょ。そういうの気にしちゃうのってさ」
人がこわいと──、人が内側に持っているものがこわいと、そういう怖さに翻弄されるのを嫌うらしいヒナは、やっぱり微笑んでる。
正直に怯えたり、憐れんだりしていればいいのに。
それをしない。できずにいる。
哀しいやつだと思う。
「他人と関わっても、何も得られないのにね」
「さあな。少なくとも情は得られるだろ」
だから、みんな集団に溶け込もうとするんだろ。
そんなもんか、と言ったヤツの声は、小さすぎて流した。
「だけど、君だけは大丈夫なんだ」
だから、と薄い唇から漏れる。
「無関心だけは、お願い、やめて」
それだけは嫌だと、コイツは言う。
「……できれば、そうだな……ううん、やっぱりそれだけでいい」
知らないふりだって、同じことだろう。
そう言いかけて、やめた。
コイツには、否定されるよりも痛いことなんだろう。
人物としての存在より、意思や価値観の介在より、その綺麗な面で集団を均す役割を求められる。
期待と偶像崇拝が前提にあって、でもヒナに干渉してる今、それはぜんぶ悪意の塊だ。
目も当てられない。
コイツは、学校一の人気者は。
みんなから愛される。
愛されている。
そして囃し立てられ、持ち上げられる。
人が好きで尽くして、尽くし続けて、祭り上げられて孤独になる悲しい神様の話を思い出す。
でも、コイツは人間だ。
人間すぎる。
自分の卑しさも、疚しさも、ちゃんと分かっている。
理解している。
だから。
美しいやつだとも思う。




