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35、関係を築くほどじゃない



 職員室で進路の紙を担任に押しつけたあと、人の気配がなくなっていく校舎の屋上に行って、冷たいコンクリートに寝転ぶ。

 うつらうつらとしてきた意識で瞼の重さに耐えてると、珍しい人物がオレの顔を覗き込んだ。



「ここ、閉鎖されてるの知らないの?」



 覚えのある声は、もっと高くて鼓膜に絡みつくが。

 今は無味乾燥って感じで、オレにはこっちのほうが聞き心地がいい。



「オレ専属のパシ……教師がいるんだよ」

「えー。羨ましい」



 もっと本気で羨ましがれよな……。


 気持ちの籠もってない言葉を吐く相手は、由ちゃんだ。

 フルネームは知らない。

 オレの知る限り、学校一の人気者が親しそうにしてるのは、こいつだけだ。



「ところで、ヒナを見なかった?」

「オレに聞くな」



 ボーッと宙を見つめ、吐き捨てるように言う。

 一度だけ、登校時に由ちゃんと顔を合わせてる。

 酷薄美人にやたらとべったり引っ付いてる印象だったが、あれから校内で鉢合わせることは無かったな。


 クラスは別だし、運動部の活動でグラウンド周回に走ってる姿しか知らない。

 一方的に見かけてた程度の相手だ。


 夏を過ぎれば、3年生は部活動から抜ける。

 こいつも今じゃ暇してる部類ってことか。



「てっきり一緒にいると思ったのに」



 本心からとは思えない淡泊な声に、オレはようやく由ちゃんを見た。

 夏の日焼けが残る顔は、太い眉と彫りの深い面差しで凜々しい。

 いかにも女子受けしそうな女の子だ。



「マジで言ってたらぶっ飛ばしてるところだ」

「そ。ぜんぜん本気じゃないよ」



 リラックスするように腕を伸ばしながら、彼女はアハハと笑う。

 満開のひまわりみたいな表情が、眩しくて痛い。

 オレの横に寝転ぶ相手を、片手でシッシと追い払う。



「中に戻れよ」

「邪険にしないで。ヒナと会えない仲なんだから」

「オレを加えんな」



 妙な仲間意識を向けられる覚えはないぞ。

 由ちゃんは放置されてるのかもしれないが、オレはアイツの姿を見ない現状に満足してる。

 もともと好き勝手に構われて鬱陶しいと思ってたんだ。



「なんだ。仲間かと思った」



 こいつは寂しいのか。

 その顔に言葉通りの感情は見えないが、本命に構ってもらえてないのは伝わった。



「欲しいのか?」

「ヒナ仲間が、ね」

「だったら取り巻き連中でいいだろ」



 きっと、すげー話が合うと思うぜ。

 そりが合わなくても、オレには関係ないがな。

 口調でオレの心情を察したか、由ちゃんは苦笑して首を左右に振った。



「そんなふうに見えてるんだ」

「アイツを担ぎ上げて、愛玩みたいに囲って、ご機嫌取りに執心する集いなんだろ」



 ヒナを好むやつは、みんな等しく魅了されて操られる傀儡だ。

 それ以外に、あの集団をどう見ろってんだよ。



「わたしと同種じゃない人たちとは、仲良くなれないの」

「オレにはどっちでも同じことだ」



 間を置かずに言葉を返すと、彼女は頬を片面だけ膨らませる。

 不服そうに睨まれても、眼光に鋭さがないから誰も怯まない。



「……違うもん。こんなに大好きなのは、友だちで幼馴染みだからだよ」

「そりゃあ、ヤツも喜ぶだろうさ」



 アイツの外見だけ褒めて、想像した内面を好きになって。

 自分の気持ちだけは報われるって思い込んで近付いてくる。

 そういうやつらに囲まれてきたヒナにとっちゃ、由ちゃんは別物だ。


 自分が与えたものに、相手からも返してもらえることが当然だって接し方、彼女がしてるとは思えないし。

 そうじゃねえと、近寄られたヒナが拒まない理由がない。


 だけど、と相手は上体を起こす。

 腹の前で両手の指先を諦め悪く擦り合わせてる。



「あの子が欲しいのは、友だちじゃないからね」

「そうか?」

「そうなの」



 ……そうか。

 こいつを見てると、無性に胸の奥を突かれる。

 好きな相手のことで一喜一憂してるのに、何の意味も成さない。


 一方通行だ。

 由ちゃんは想いが。オレは考えが。

 その他大勢と同じ、頭の中だけ立派なんだ。



 陽も落ち始めてきた。

 立ち上がって、屋上に出入りする重い鉄扉を横目に確認する。

 戻ろう。

 ここでは、何も得られない。



「アイツの前では猫被ってんのな」



 扉を支えて待ち構えると、分かり易く驚いた顔で相手が見上げてくる。

 なんだよ。

 オレだってレディファーストくらいするっつうの。

 一瞬だけ間抜けな表情だったが、すぐに繕ってフッと笑ってくる。



「気に入らない?」

「オレの評価なんて気にしたことないだろ」

「ま。そうだけど」



 だよな。

 オレもそうだ。

 どんな印象を持たれてるかなんて、心底どうでもいい。


 人の前に立つと、自分を偽らざるを得ない時間は必ずある。

 でも、オレはその時間をずっと前に捨てた。


 頑張って心を動かして、相手が好む言動を心掛けてる彼女は、切り替えが上手いんだろうな。

 オレには出来ねえことだ。


 雑音のない無機質な階段に、由ちゃんの潜めた笑い声が反響する。



「にしても、本当に口が悪いよね」

「ほっとけ」



 そう言うあんただって、けっこう悪いほうだと思うぞ。

 性格とかな。


 つっても、アイツよりはマシな部類か。

 アイツと比べりゃあ、良いところも悪いところも霞んじまうしな。


 だが、これだけは確証を持って言ってやるぜ。

 アイツは、『友だち』ならめっちゃ喜ぶよ。

 あの美人が嫌いなのは、『下心』を隠そうともしないやつだから。


 ここで、わざわざ言ってはやらないが。



 ◆◆◆



 日暮れを背に校舎内へ戻ったオレは、二階の渡り廊下から、旧校舎に向かうヒナの後ろ姿を見た。

 隣に並ぶ女の子の歩調が、オレの歩幅から遅れていく。


 緊張……もするよな。

 オレたちに見られてるとも知らず、2つの制服姿が校舎裏まで回っていく。

 学校一の人気者と、もう一人は態度から見て下級生か。


 難儀だな。

 後ろで固くなったままの彼女を置いて、先にその場を離れる。


 由ちゃん。

 悪いがオレは、お淑やかな子が好きだ。

 物腰も静かで、ちょっと天然なら良い。

 しつこくなくて、帰り道を待ち伏せしたり付きまとったりしない子なら尚更だ。


 だから、アイツとはどんな関係にもなれない。

 嫌いで苦手な相手と、いつまでも一緒にいたいやつなんて居ないだろ。


 まあ、でも心配は要らねえんじゃねえかな。

 性悪美人の趣味は知らねえけど、たぶん隣にいた信号機みたいな髪色には、さすがに苦い顔するだろうし。


 あれで、けっこう選り好みするほうだ。

 忘れ物常習者だが、教科書だって毎度同じ相手に借りてる。


 教科によっては、貸した教材やらを返してもらいに来たときだけ姿を知るやつもいる。

 後出する流れ者新規ファンには、ヤツも厳しめだった。




 自分の教室に戻ると、引き戸を開けたオレに同級生連中の視線が集中する。

 空気が一息に圧縮されたみたいな静まりようで、けど一瞬にして雑談だらけの空間になった。


 オレにだって予想くらい出来る。

 こいつらが待ってたのは、後輩の呼び出しから戻ってきたヒナのほう。

 クラス一丸となって、人気者からの報告を知りたがってる。


 まったく暇なやつらだぜ。

 ちゃちゃっと帰り支度を済ませ、周りに目もくれず廊下に出る。

 直後、冷たい表情の美人とすれ違った。


 ヤツは、戸が開いたままの教室内に入っていく。

 それも笑顔で。

 往年の悩みを吹き飛ばされちまうような、ご機嫌な笑み。

 鼻歌を歌ってないのが不思議なくらいだ。


 誰もが口を揃えて愛嬌を見出す顔に、クラスのやつらは今度こそ静まり返った。

 ここは台風の目の中かよ。


 無言のヒナを前に、近付いた取り巻き連中の顔が引き攣る。

 戸の窓から覗き見てたが、やっぱり横顔に見える笑顔は崩れてなかった。


 間違いない。

 そこにいる性悪は、不機嫌が極まってる。



「どう、答えた? ヒナ」



 いつも取り巻きの先導をする声だ。

 他の連中も今は会話を遮らないよう、不自然な沈黙で息を詰めてる。


 教室から顔を逸らし、のんびりと廊下の天井を眺めてると、



「ふつうに断ったよ」



 他人には一切動じない、玲瓏な声。

 やっぱりな。ソイツは今、超絶に不機嫌だ。

 むしろ戸惑いが明らかなのは周りのほう。



「なんで!?」

「だって、付き合うつもりもないのに、オッケーできないでしょ?」



 どこで上がったかは分からない上擦った声に、飄々とヒナは答えた。


 ……ご尤も。

 ヤツの言うことに、珍しく同意した。


 すげぇ当たり前のことだ。

 期待させる隙なんか、与えてやるもんか。


 必要な会話は終了とばかりに、ヒナが鞄を抱えて出てくる。

 壁に凭れてたオレの前を、満面の笑みのまま美人が通る。


 機嫌が悪い人気者の背中を追い、廊下側の窓から一斉にいろんな顔が覗く。

 呆気にとられるやつらを置いて、オレも教室に背を向けた。


 誓って言うが、一緒に帰るわけじゃねえからな。




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