3、青春放課後プレイ
その日の放課後。
第2回放課後プレイ(強制)の時間がやってきた。
おかげで、今朝からオレの気分はずっと絶不調を保っている。
今さら行きたくないから拒否しますなんて言えるような性格でもねぇんだよ。
たとえ当日の朝に決められた予定でも。
そうして下降を続けたオレの機嫌は、校門横の時計が午後4時を回っても底を突き抜けて下がりっぱなしだ。
学校からそのまま移動するのは、朝から上機嫌な腹黒美人と愉快な取り巻きたち。オレはその後ろを不機嫌なまま無言でついていく。
夕陽を横顔にうけて歩くみんなは、駅前に新しく出来たと賑わう洒落た店に行くつもりらしい。
向かっているその駅は普段から、昼夜関係なく社会人学生等問わず激しい利用率に苛まれている。
まるで災厄のように言ったのは、オレがそれだけ騒がしい場所を嫌悪しているせい。人が大勢集まる空間なんて、オレにとっては苦痛でしかない。
そもそもこんな一箇所だけ急激に人口密度を高めて大丈夫か? 密集危険区域に指定されて罰則とか出来ねぇかな、なんて気を逸らしてねぇと不快指数が爆上がりに──……おっと今よく知らない相手と肩ぶつけて互いにヘコヘコしちまった……。
「──チッ……」
頭のすぐ後ろで聞こえた舌打ちに、思わず舌を打ち返しそうになってやめる。
今のはオレじゃないからな。
いくら何でもこんな場面でそんなことしねぇよ。本気で苛立ったらはっきり言葉にするぜ、オレは。
てか、前見ないでぶつかってきたのそっちだろうが……!
人酔いするなか必死にどうでもいい同級生の背中を追って行きたくもねぇ誘いに乗ってるオレが、どうしてスマホを見つめて顔を下に向けているお前に舌打ちされなきゃなんねんだよ。
くっそ……!!
店に着くまでオレの内心は舌打ちのオンパレードだった。あと十年くらいは舌打ちしなくて済むように。
前方では美人さんを取り囲む同級生がキャッキャウフフと盛り上がっている。
オレは天を仰ぎたい気持ちを堪え、ドスドスとコンクリートを踏んで歩いた。
10分後。
ようやく群衆の波を抜け本来の目的地である店に入ると、オレはすぐに店内をゆっくり見回す。
大人数で騒ぐのを忌避されれば、それを理由にオレが率先して帰るっつう手段を使える。
だが惜しいことに、ここにはオレたちと同じ学生か、取り巻きのやつらみたいな“ばえ”だとか“もり”だとか言って写真を撮ることを至高にしてるバイブスガンアゲスタイルがメインの客になってる。
これじゃ、オレたちのグループが爆笑コーラスしたって白い目を向けられることはない。客側からは。
人数を見た店員に窓側の大きな席を案内してもらうと、注文は後にしてもらった。
オレたちでそれぞれメニューを回して目を通し終えると、たまたま近くを通った店員のお姉さんに声をかける。そのお姉さんの所作がこれまた綺麗で、オレは無遠慮にも彼女のことを眉一つ動かさず見つめた。
「なに見てるの?」
先に連れの同級生から注文を取るお姉さんの横で、隣に座る腹黒美人が覗き込んでくる。
「ん? ああ。お姉さん綺麗だなって」
オレが周りに憚ることもせず言うと、店員のお姉さんは微笑みで応えてくれた。
すると何を思ったか、ヒナはオレの背に乗っかる形で身を迫り出してくる。
「お姉さん、これもください。とりあえず以上で」
「はい。うけたまわりました」
そのまま全員の注文を確認し終えると、涼しい目元の美麗なお姉さんは一礼して席を離れてく。
「ふうん?」
正面に向き直ると、左隣では嫌味な視線が待ち構えていた。
他の同級生たちは、自分がこれから食べるものについて話すことに忙しそうだ。
おい、オレの横でオマエらの大好きなやつが暇を持て余してるぞ。
「──ッんだよ?」
「いーや?」
ヒナはへそを曲げてそっぽを向くが、批難たっぷりに細めた視線をチラチラと送ってくる。
こいつが何を考えてんのかは分かんねぇが、変に取り繕って絶好調に戻られても困るな。
「ハッキリしねぇな、ったく。ああいうのがタイプなのかってか?」
「……何も言ってないよ」
「言いたそうな顔に見えたんだけどな」
適当にそれらしいことを言ってみると、相手は綺麗な鼻筋に皺を寄せる。
意外にも図星だったらしい。当てられて不愉快になってやがる。
「でも、本当にそう思っているのかなんて、君には分からないでしょ?」
「ああ。それもそうだな。じゃ、この話はやめだ」
「そうだね」
普段のお返しだ。いい気味だぜ。
オレが勝手に気分を上げる横で、ヒナはツンと澄ました顔を少し上に向けた。
こうやって拗ねてる姿も愛らしいと上級生が話してるのを聞いたことがある。
けど、オレにはコイツの愛らしさが分からない。本気で機嫌を損ねると、表情に暗闇が見えるようなやつだぞ。顔面の秀逸さでその恐ろしさも増すってもんだ。
無理やり会話を終わらせた反動でか、相手はそれ以降、オレと話すのをやめた。頬を膨らませた横顔で感情をアピールしている。どうやらヒナの上機嫌を崩せたらしいな。
そして案の定というか、この美人が誘いに乗った理由を察していた連れの同級生たちは、予想どおりオレとヒナだけを意識から外して自分たちだけで話を盛り上げてる。
「そういえばさあ! 学校の人ら、ちょー面白い視線してたよねぇ! 隣のクラスとか特に!」
「あはは! 確かにー!」
「マジメとヒナの話で、学校中大騒ぎ! 良いネタだよなー!」
ああ。剥ぎてぇ、その笑顔。
やっぱ元凶はコイツらか。安易に流行らすな復活させんな。
それで居心地の悪い思いをしてるのはオレなんだぞ。
向けられる視線が前と違いすぎて気味が悪いっつうのによ。
店のなかで感情まかせに怒鳴ることもできず、無性に「あーーーーー」だの「わーーーーー」だのと叫び出したい衝動を深い溜め息でなんとか堪える。
まったく、噂好きな連中には呆れるぜ。
このままヤツらの会話を聞いてると、獣の威嚇みたいに唸り声をあげそうだ。
しゃーねぇから聞こえないふりをしてやる。今回だけだがな。
それに噂が出回っていても、今んとこ周りがオレに何かしてくる気配はねえし、直接ヒナとの関係を聞かれりゃ正直に答えるだけ。それまでは静観してるか。
良かったな、オレの頭が冷静で。
珍しく落ち着いてる今日のオレに感謝しろよ。
ただしオマエらのつまんねぇ日常が、根も葉もない噂をつくって人に迷惑をかけることで彩られてるってことを、ぜったいに忘れんなよ。
テーブルで笑い声をあげてお祭り騒ぎに夢中になってるヤツらを、オレは順に細く睨む。向こうは気付いてねぇが、個人的にはだいぶすっきりした。
まあ今だけは、仲間外れにしてくれたことを恩に着るぜ。オレはここらで店をふけるからよ。
こうしてちゃっかり機会を狙っていたわけだが、ここぞとばかりに席を立つオレは中腰でつんのめった。何事だと振り返れば、隣の美人がオレの服を力強く掴んでいる。
「あれ? ヒナ、どうしたの?」
「ん? ちょっと……ね?」
「マジメがどうかした?」
その無関心だけど一応話の流れに乗ってやる的なみんなの視線が、オレに直接当たってヒリヒリするぜ。
ヤツらはヒナの一挙一動に敏感でも、向けるのはコンデンスミルクに蜂蜜をぶっかけて砂糖をまぶしたような甘ったるい視線だってのに。
まあ例え蜂蜜を小指の爪ほど貰ったって、相手がコイツらなら嬉しさより拒絶反応で嗚咽しちまいそうだけど。
「あー……用事あっから帰るわ」
「え~?」
「そうなの~?」
「残念~!」
男女とも示し合わせたかのように一斉に残念だと言うが、オマエらの魂胆をオレが見抜けないとでも思ってんのか。
報告は要らねぇから早く帰れって内心が透けてんだよ。大好きなヒナを釣る餌は、とっとと自主帰宅しろって目が言ってんだよ。
そんな熱視線を送ってくる中に、なんで当の腹黒美人だけが入らないんだ。不条理にも程があるだろ。
「帰るの?」
「ああ」
やめろ、やめろ! オレの制服の裾を引き千切るつもりかよ、コイツ!
つうか、その細くて白い腕のどこにそんな力量を隠してんだ。とんだ力業だぜ、これは。
無理に引き剥がしたら絶対オレの制服がおじゃんになる。
「おい。離せよ」
周りの目もあって声を荒げないよう、出来るだけ静かに言う。
見下ろした先でキョトンとした顔の相手は意外にも、あっさりと服を掴んでいた手を離す。
あっさり、と表現したのは拍子抜けしたという意味だ。
普段の行動から見せるオレへの粘着を考えると、予想外な反応だった。
そこにどんな意図が含まれてるのか。あとのことを考えると、妙な焦燥感と恐怖で足を止めそうになる。だが、これをチャンスと思わなくてどうするんだ。やっと帰れるんだぞ。
同級生に話しかけられ気を逸らした相手がもう一度オレの服に手を伸ばす前に、精一杯の大きな歩幅で慌てて店の外へ向かう。
もちろん、自分が注文した分の代金はちゃんとレジで精算していった。
ブラックコーヒー、1杯分。
オレはまだ一口も飲んでねぇけど背に腹は変えられねぇ、逃げられるうちに逃げてやるぜ。