22、日常は味がしない
オレたち3年の文化祭は、梅雨入り前に終わる。
こういう催しはどの学年でも多少は盛り上がるもんだが、やることなんて2年、1年の時と変わらない。
意見の違いによって準備する店や展示が違うだけ。
並ぶものも、毎度お馴染みだ。
準備期間中のオレは、旧校舎裏の癒やしスポットに避難してた。
うっかり廊下をふらついてると、他クラスのやつから手伝いに引っ張られる。
3年の文化祭は、人手をいかに確保するかが重要だって先輩から聞いたやつもいる。
進級しても、土台のない自信と余裕で暢気なやつは必ずいる。
そういうやつは準備にも積極的だ。
反対に、頭のいいやつは受験に向けた準備優先で、催事には参加せず机に張り付いてる。
うちの学校は行事を休んでも内申書に影響するわけじゃねえから、みんな自由にやってる。
オレだって頭がいいわけじゃねえし、暇ではあるけど、群れて熱狂する輪に巻き込まれるのだけは我慢ならねえ。
だから準備には参加しない。
今年は実行委員でもないしな。
準備期間も短いみたいだし、人も揃わないしで、3年の教室がある階は空気が痛い。
冬の乾燥でひび割れた手で米をとぐときだって、まだマシだぞ。
厳しい雰囲気から逃げるためにも、オレは本校舎から離れる。
3年の階が居心地悪いなか、忙しない校内では新しい噂が広がってる。
ヒナが選ぶ、今年のパートナーだ。
話してるのは、だいたいがソイツの取り巻きだが。
また、だ。
またコイツのことだ。
ヤツだけは、噂の種に欠いたことがない。
多くてパートナー当て、少なくても気に入る露店当てなんかで会話が盛り上がったりと色々な噂がある。
どいつもこいつも、あんな相手と文化祭をまわりたいらしい。
すこしでも学校一の人気者と関わろうってやつが、今年になって更に増えた気がする。
だが、オレは何となく思った。
ヒナは、文化祭には参加しないんじゃねえかって。
◆◆◆
気の滅入りそうな準備期間を逃げ切って、文化祭当日。
朝の昇降口は騒がしく、クラスを同じにしてるやつらが話してるのを遠巻きに、あることを聞いた。
ヒナは今日、学校に来ない。
午前中に昼飯を調達して、早々に帰ろうかと考えてた頭も、慌ててどっかに飛んで行っちまう情報だ。
今年は美人を連れ歩かなくて済む。
周りの視線に気を取られることもない。
朗報をありがとう、と振り返ったが、向こうは持て囃す相手がいないってんでオレには気付いてない。
アイツの機嫌を窺う必要がないんだ。
オマケのオレなんて、そもそも見えてないかもな。
昼が近くなると保護者や、卒業した先輩たち一般来校者も露店があるグラウンドに集まってくる。
鬱陶しい人混みに悩まされる前に、さっさと露店を回ろうと校舎南側の外廊下に向かう。
本校舎と旧校舎の橋渡しになってる廊下は、集客には不向きだ。
正面入り口から一番遠いし、校内の階段からも距離がある。
派手なグラウンドは校舎の向こう。
間違いなく、はずれクジ。
場所取りの抽選に落ちたやつか、参加しなくちゃならないけど目立ちたくもないってやつくらいしか、ここを出し物に使ったりしない。
こっちは、うるさい連中といたくないやつには気軽に来やすい。
オレみたいな。
あと、目当ての店があるとか目的のはっきりしてるやつも来る。
オレみたいな。
でも、一つだけ残念なことがある。
オレの好物、みかん飴の出店がない。
あれ今年はないんだよ。
きょねんと違って委員の立場使えねえから、投票でこっそり希望書いた紙入れるチャンスもなかったし。
それに、並ぶ展示や店の数も、3年の参加者が少ないせいで盛りあがりに欠ける。
学校側としては受験のことも考えて、この時期に文化祭を持ってきたんだろうが、準備期間の短さからは勉強にも注力してほしいっつう厭らしさが見えてて気持ち悪い。
催しも、時間を切り詰めるとここまで空振りするんだな。
こんな調子じゃあ人も集まらねえって分かっててやらせるんだから、学校側もなかなか酷なことする。
生徒に青春してほしいとか思ってるやつのすることじゃねえよ。
まあオレにとっちゃ、面倒な行事は早々に終われって常に願ってるから、好都合だが。
準備してたやつらもチクチク文句言いつつ、しっかり楽しみにしてたみたいだし。
いざ当日になれば、こんなもんか。
まだ賑わいの薄いグラウンドの露店を回りきり、いよいよ午後の暇潰しに頭が働き出したオレは、ふらふらと階段を上る。
右に、左に。
斜めに段を踏んでいけば、上につくまで無駄に時間を消費できる。
人の通りが少ない今は、遊びを邪魔されることもない。
どんな行事をしてようが、日中の職員室が無人になることはない。
いつ行っても必ず2人以上は教師がいるし、そのうちの1人とは長い付き合いだ。
そいつはボサボサの頭で、いつも眠たげに椅子の背もたれを傾けてる。
「おう。やっぱこっち来たか」
戸を開けると、退屈そうに宙を見ていた馴染みの顔がこっちに向く。
寝食し慣れた根城なのか、机には食べかけの即席麺とその予備が2つ、椅子にはデカいブランケットがしなだれかかってる。
相変わらず、自堕落そのものみたいな風体だ。
さすが、年中貧乏で自宅より職員室のほうが快適だと豪語してるだけのことはある。
互いに旧知の教師は、ほつれた袖口を掲げてオレを手招きした。
「暇そうだな。褒めてやる」
「ハッ、ふざけんな。だいたい、そこは他人の机だぜ。いくら汚くたって、ちゃんと持ち主がいるだろうに」
「ちゃんと俺の机だ。散らかってようが、どこに何を置いてるのか分かる才能を育てた、いわば聖地だぞ」
どこに神聖な要素があんだよ。
おぞましい有り様になって机さんが可哀想だろうが。
「目印着てねぇから、てっきり知らねえやつかと思った」
「白衣しか特徴無いのか。俺は」
ジッと全身を観察してやると、相手はようやく自分が普段着しか身につけてないことに気付いた。
どこにも目的のもんが見当たらないのか、机の上のプリント類までめくり始めてる。
あたふたしながら言うことか。
はよアイデンティティー探せ。
「ったりめーだ。それ以外に、おまえが教師に見える魔法でもあんのか?」
「魔法言うな。あれでも一応は支給品なんだからな」
「尚悪いわ」
最終的に机の足下まで手を回し、くず入れ──もとい紙袋から、洗うのを忘れて放置してたようなくしゃくしゃの白衣を引きずり出し、いそいそと羽織り出す。
もう遅えんだよ。
そいつは白くない白衣の裾を翻して座ると、たった今ひっくり返したばかりのプリントを数え、何枚か目の前に広げる。
教師のフリをするのも大変なんだな。
密かに労ってやれば、今度はそのプリントをオレに見せてくる。
「なあ。今日さ。何人くらい参加してる?」
「おまえが何でそんなこと聞くんだよ」
「文化祭の役員なんだよ。今年の」
「おまえが?」
不真面目一徹なおまえが?
訝しむ目を向けたオレに、その男は「ちょっと聞いてくれよ」と嘘泣きをしてみせる。
ああ。経緯があると思ってたぜ。
こいつが面倒な役割を引き受けるはずがねえし。
暇だから聞いてやるかと構えると、相手は意味深な表情で待ってた。
「実は……頼まれちゃって」
一枚渡された紙には、太字で『文化祭』とある。
内容は、暢気に遊びに来てるほうの生徒からアンケートを採ること。
さっそく1日目から、サボろうとしてやがる。
「ん。自分の目で見てこい」
「すぐ察するくせに拒むんだから、もう……!」
言い訳を掘りはじめる前に会話をぶった切り、プリントを突き返す。
ぜんぶ聞かなくても、くだらねえ動機なのは察してた。
どうせ新任の可愛い女性教師の代わりだろ。
ふだん仕事してないから、周りも役割を押しつけるのに躊躇しねぇだろうしな。
ていうか、文化祭3日間は、1年と2年は自宅学習のはずだろ。
一応、学校の図書室は利用できるから来てるかもしれねえが、そんなもん真面目に使ってるとは思わねえし、たぶん露店のあるグラウンドを彷徨いてるだろうけど。
他の学年を省くのが面倒なのは、オレも同じなんだよ。
3年の参加者くらい、自分で探してこい。
厄介事を避けつつ、職員室の壁掛け時計を見る。
時間は午後一時をちょっとだけ過ぎてる。
気兼ねなく露店を回った分、ゆっくりしすぎたな。
そろそろ出るか。
「じゃあな」
「ちょい待ち……!」
どっかのぶりっ子みたいにずっとモウモウ言ってた教師の男は、オレが隙を見せる瞬間を待ってたらしい。
完全に背を向けた途端、両脇から強引に制服を掴んでくる。
力尽くで縋ってくる姿の憐れさに、顔だけで振り返る。
昔馴染みのそいつはオレの見下した目に気付くと、パッと手を離して泣きっ面になる。
もうすぐ三十路を迎えるうえに、良し悪しの付けづらい顔の造りで顎に剃り残しのある男の情けない姿なんて見たくもない。
ましてや、ちいさい頃から見慣れてるやつだ。
親しいからって、親身になる気はない。
過ぎた親切は相手に良くないって言うしな。
無視して一歩踏み出すと、馴染みの男はオレの手にプリントを握らせようとしてくる。
……ったく、聞かねえやつだな。
常に片付いた綺麗な机で仕事してる真面目な同僚に、少しは悪いと思えよ。
「俺、いま椅子になろうとしてるから」
「椅子はおとなしく誰かの尻に敷かれてろ」
「提出は明日でよろ」
「やだよ」
だから、嫌だって。
拒んでんだよ、わかれよ。
オレはこんな場所さっさと切り上げたいんだ。
どうにか体を捻って振り払おうとするが、相手も必死なのか手は離れない。
ちょっとでも出入り口に近付こうと足を踏ん張り、煩わしい教師ごと廊下に向かう。
足元で椅子の車輪がキュウキュウと音を立てた。
「おー、すごい進む。楽ちん」
「……はなしやがれ!」
ちくしょう、こうなったら……。
オレにだって秘策はあるぞ。
腰にあるそいつの手を鷲掴みして、勝利の喜びポーズよろしく腕を振り上げる。
座って動こうともしない相手は、オレに引っ張られてその場で立ち上がる。
勢いがついた拍子に手を放り出すと、後ろでよろけて椅子に倒れ込むのが見えた。
へっ。やってやったぜ。
もう一度掴まれないうちに、大きく一歩を踏み出す。
「なあ。今日さ、ヒナ見てないけど知ってる?」
大股で歩き出し、職員室の戸に手をかけたオレの後ろで、昔馴染みの男は暢気に言う。
ああ、最悪な日だ。たった今、そうなった。
今年の文化祭では、聞かずに済むと思っていたが。
甘ったるい猫撫で声で、猫被りな美人を呼ぶやつはみんな鬱陶しくて嫌いだ。
「オレに聞くな!」
ただでさえ卑屈なのに。
さらに追い打ちをかけないでくれ。
感情的になったまま、職員室の戸を乱暴に開ける。
それまで様子見してた他の教師の注意も置き去りに、オレは廊下を突っ切るように走る。
おまえなんか一生、事務椅子どまりだ!
使い古されてギィギィ鳴き声あげてろ!
イライラが収まらず、バタバタと音を立てて階段を下りる。
昇降口で自分のスニーカーを叩きつける乱雑な音に、大きなホワイトボードを運ぶ生徒が振り向く。
ボード二つに、めんたまが四対、脚は八本。
……なぞなぞかよ。
たぶん展示の片付けだ。
玄関横の用具庫にでも戻しに行くんだろ。
早いクラスは既に教室を閉めきり、グラウンドで薄く盛り上がってるだろう露店のことを考えてそうだな。
人に見られ、いたたまれなくなったオレは歯の裏で舌を留める。
あぶねえ、あぶねえ。
思わず舌打ちするとこだったぜ。
こいつらは何も関係ねぇのに。
オレにだって、それくらいの良識はある。
4人と目が合う前に、ふい、と体を背ける。
ホワイトボードの車輪は、何事もなかったかのようにカラカラと遠ざかっていった。
……なんか疲れた。
考え事をしながら裏門に近付くと、雑談が微かに聞こえてくる。
話してるのは一般来校者か、もしくは他校生のどっちかだ。
在校生や卒業生は、この時期の文化祭に参加しようとは思わない。
この高校の文化祭が有名になったのは、『3年の文化祭』だからじゃない。
何代か前の先輩たちのやった展示が好評で、その年の3年生は文化祭に力を入れてたってだけの話だ。
その展示を律儀に受け継ぐ生徒がいて、今では伝統になってる。
だけど、必ず3年生がやるってわけじゃない。
定評があるのは確かだが、その展示だけは『ジャンケン』とか『あみだくじ』とか、毎年いろんな方法で決まる。
今年は『指相撲』で2年が勝ち取ったから、例の展示はまだ先だ。
まあ、どの学年がやっても大損はしないだろう。
1年は秋、2年は冬に文化祭をするから、季節的な盛りあがりも合わさって近場の観光感覚で来るやつもいるくらいだ。
学校のホームページに情報を載せたら、当日は門に文化祭の立て看板を置いておけば人が勝手に集まる。
教師になりたてだった知人の男は、それを苦悶の顔で話してた。
中学生になりたてのオレも、話を聞かされて同じ顔になった。
今でも、怠慢をこよなく愛する教師は面倒そうに文句を言ってるがな。




