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13、空がこんなにも青い



 うざい……。


 オレは朝から機嫌が悪かった。



 まず中学生連中が起きない、そして朝飯を食わない!

 この時点では、まあ耐えた。

 朝から怒鳴りたくねぇし。

 学校行く前に台所をすっきりさせたかったが、ここも我慢した。

 オレも遅刻はしたくねぇ。


 それで、中学生3人のことも家のことも放って、先に家を出たわけだ。


 朝から嫌な美人につきまとわれることもなく、すこし気楽に学校の校門をくぐり、正面玄関で難なくスニーカーから上履きに履き替えているとき。

 校内放送で、オレは呼び出しをくらった。


 これから朝の会議が待ち構えてる職員室は、あんまし気持ちのいい空間じゃない。

 まともな仕切りもない、教師や用務員全員を見渡せるような部屋に顔も見飽きてる連中が密集してるし、これから生徒たちと対面する戦場に赴こうぜって空気が充満してる。


 職員室に呼んだ生徒に向けるこいつらの表情も、さながら戦士みたく緊張で硬い。ように見えるが、ただ一人そうじゃない場違いなやつが混じってる。

 遠くから気怠そうに手をあげ、オレを招くのは、首にネクタイ代わりのマフラーを巻く昔馴染みの教師だ。



「ここにいると教師に見える不思議」

「なに言ってんだ。どっからどう見ても理想の教師像だろうが」



 わざわざ放送でオレを呼び出した相手は、得意気に白衣を翻す。

 結局見かけ重視じゃねえか。



「それより、ほれ。電話」



 口を出すのも億劫で別のことに気を散らすと、あくびしながらオレを見上げる教師は椅子を回してくるりと向きなおり、自分のデスクにある受話器を差し出す。



「どこからだ」

「隣町の中学校」

「なんで」

「はよ出て用件きけ。そして職員室から去れ」

「うっせえよ」



 この教師はオレを電話に出したいのか、職員室から追い出したいのかどっちなんだよ。


 ていうか、隣町の中学だって?

 一人目の弟と双子が通ってるとこじゃねえか。


 電話口に声をかけると、応じたのは双子のほうの担任だった。

 どうやら、あいつらは学校に来てないらしい。

 今朝の二人の姿はよく覚えてる。体調不良じゃない。夜にでも双子と話すよう、親連中に言うか。とにかく今日は、その双子を休ませることにした。


 担任だという相手には欠席扱いでいいと伝え、念のため一人目の弟は出席してることを確認する。

 電話を切ると、眠そうな顔で見上げてくる教師と目が合う。



「さては内容知ってたな」

「こういうのは家族が直接応対するもんだろ」

「家族だが、保護者じゃねえんだよ。オレは」



 ドスドスと音を立てて廊下に向かう。

 苛立ったまま、職員室の戸を勢いよく開ける。


 朝早くから仕事に出てる親に連絡がいくことはない。

 すぐに出られないのは学校側もオレも把握してる。

 だけど、今日は朝から気が立ってる。

 理由は色々あるが、ヒナのことに加えて双子まで言うことをきかないなんて。

 どうにも手出しできない問題ばかり積み上がってる。


 もう、うんざりだ。

 オレを一人にしてくれ。

 ひとりが好きなんだ。

 苛立ちが募りすぎて、最近は腹を下し気味だし。


 自分から出てく溜め息は重いが、オレは待ち人を見つけやすいよう本校舎の正面に向かう。

 文化祭3日目ってのもあり、校内の賑わいは登校時からピークを迎えてる。

 オレは正面玄関から押し寄せてくる人垣を避け、模擬店が並ぶスペースとも程遠い階段の踊り場に行き着く。


 良い待ち場所を見つけた。

 だけど展示のある3階に行く人も、そこそこの数でいるもんだな。

 階段に近いここも割と賑わってる。


 この場所は、さっき上履きの中に見つけたメモの待ち合わせ場所から近い。

 でも周囲の視線が妙に気に障る。

 メモの主、ヒナを待ってるだけでも腹の底が落ち着かねぇってのに。

 しょうがねえから、渡り廊下で待つか。


 我慢できず、旧校舎に繋がる廊下まで移動してきたオレを、まさに今すれ違ったばかりの男子が呼び止める。



「あ、マジメじゃん。ヒナ見なかった?」

「あ?」



 まじかよ。

 間違った略称で声をかけられ、振り向きざま脊髄反射で威嚇する。

 再燃した苛つきに、反応も粗くなる。


 まさか同級生じゃないよな。

 クラスのやつなんて殆ど覚えてねぇけど、顔くらいならどこかで合わせていても不思議じゃない。


 よし。なんの話か言ってみろ。

 体勢を変え、相手に向きなおる。大仰に構えると、オレと同じくらいの背丈をした男子は大袈裟に怯んだ。



「……いや、ごめ……その、なんでもない」

「怒ってねぇよ、別に。ちょっと考え事してただけだ」

「あ、ああ、考え事ね。……あのさ、ちょっと聞いていい?」



 たぶん初めて話したけど、面倒くさいやつだという印象が一気に強くなる。

 人に質問するのに、わざわざ許可とって遠回りする必要あるか?

 ないだろ。



「なあ、それってオレが拒否したら訊くのやめんのか? 気になってることが消えんのか?」

「いや、そういうわけじゃ……」



 しきりと床を叩くオレのつま先に、相手の眼球が激しく彷徨う。

 なに動揺してんだよ。



「なら、さっさと訊く前に口にしろよ。教科書だって、この問題を解きますか、拒否しますかなんて訊いてこねぇぞ」

「……」



 なんだよ。つぎは黙んのかよ。



「……あ、やっぱいい。ごめんな、話しかけて」



 だから怒ってねぇつってんだろ!

 悪いなんて言ってねぇのに勝手に謝んな。



「そうかよ……っ」



 深追いすんのも怠くて、オレはそいつを無視して外気にさらされる廊下の外側にまわった。

 上履きに砂がすこし被ったけど、気にせず座り込む。


 直接触れもしない雲の流れを目で追ってると、いつの間にか辺りは静かになっていた。



「どうしたの、機嫌悪いね」



 こんどは、ヒナだ。

 チッ。

 舌打ちだけ返した。



「ねえ。もしかして、さっきの人?」



 オマエはいつから居たんだよ。そして、どの時点から見てたんだ。



「困るなあ。やだなあ」



 そう言いたいのは、オレのほうだ。

 たった一人、こいつのことも退けられない。

 しかも今日はその厄介な相手と行動する約束までしてる。



「まさか、あの人に興味引かれたりしちゃった?」



 ふざけんな。

 あれくらいの時間で何か思うほど、あいつのことは見てねぇし覚えてねぇよ。


 ああ。空が青い……。

 なんで、こんなにも青いんだ。

 空が高く見える。ずっと高くに見える。



「ねえ」



 人が開放感を求めてんのに、今朝もちやほやされて登校しただろう人気者は、グッと顔を割り込ませてくる。

 オレは新たな目のやり場を探して、ヒナを視界から外す。



「こっち見てよ。……ねえってば」



 どんなに顔を逸らしても、コイツはしつこく視線を遮ってくる。

 オレに空を見せるつもりがないらしい。

 ここで攻防を繰り返しても、まるでオレが無駄なこだわりを持って避けてるみたいで嫌だな。

 無視してもご機嫌なままのヤツに観念し、スッと瞼を閉じる。



「なんだよ」

「見てくれなきゃ、やだ」

「ああ?」



 甘ったるい声で、ねだってくる。

 ゾッとして見上げると、ヒナは透けるように青い空を背負っていた。

 渡り廊下を風が突き抜ける。

 どこへ行っても秀麗だと持て囃される顔の周りを、艶々の髪がふわふわ揺れて。

 オレを見下ろすヤツの、その輪郭がぼやける。



「じゃ、行こっか」



 ヒナを包むように吹く風は、冷たい冬の匂いが混じってた。







 ──……そういえば。



「ここって、1日目ずっと準備中だったとこだよな」

「そうだっけ」

「そうだよ」

「こんなところに行きたいの?」



 オレの行きたい展示を目前に、ヒナは強く腕を掴んでくる。


 ここ、本校舎三階。食堂横の空き教室。

 普段は何もしなくても中が丸見えだが、今日は文化祭仕様になってる。

 戸の窓には黒い厚紙が貼られ、光を遮るためか廊下側の窓には新品の黒いカーテンが引かれていた。


 文化祭のパンフレットには、たしか『芸術とはオカルトだ!』みたいな謳い文句が載ってたはず。

 唯一気になってた展示であることを、きのう思い出していた。


 オレは、こういうのは得意だ。

 ラジオで流れる心霊体験の話も、ひとりだけ爆笑して聞いてたのを弟妹たちに見つかって、幽霊さんのせいで変になったんじゃって心配されたことがある。


 だけど一昨日。

 この教室はどうしてか、準備中の札が掛かりっぱなしだった。

 空き教室にしては珍しく、その類いの噂が立ったことはないはずなんだが。



「ほんとうに、行くの?」

「あたりまえだろ」

「ここは、嫌だな」

「なんでだよ」

「……いやだ」

「じゃあ廊下で待ってろよ」

「一緒に行く」

「どうしたいんだよ」

「目隠しをしてから入るよ」



 案内はよろしく、とヒナは言う。



「目を隠して、どうやって展示を観るんだよ」

「なに言ってんの。見たくないものを見ないためだよ」



 決まってるでしょ、と強気な態度で言い切る姿は冷たい性格に見える。

 ただ不満げに口をすぼめてるだけで、オレからすれば駄々っ子も同然だが。


 なるほど。そういうことか。

 勝手に納得したオレは、コイツの横顔を横目に見下ろす。



「さては、こういうの苦手だな?」

「苦手ってわけじゃないよ」

「じゃあ得意なのか?」

「まさか。でも、人生の八割は関わらないでいいことに、自ら関わろうとする人なんていないでしょ」

「それらしい言い訳を持ってきても、オレは入るからな」



 オレは得意だ。

 苦手なものは、春からずっとオレの隣にいるコイツだけ。

 そもそも、オレに合わせるって自分で言ったんだろうが。

 簡単に撤回すんなよ。



「嫌なら待ってろよ」

「行く」



 袖が引き千切れる予感がして横を見る。ヒナはギュッと目を瞑り、いつかオレを引き留めたとき以上の力で腕を握ってくる。

 あれがオマエの最大握力じゃなかったのか。


 このままだと制服の袖が上下に裂けそうだ。

 肘から下が顕わになってしまう。



「今回だけだぞ」



 力んで指先ばかり赤くなるその手首を鷲掴み、



「絶対離さねぇから」



 大丈夫だ、と安心させるつもりで言ったオレの言葉を気に入ったようだ。



「あとでもう一回聞かせて」



 手首から伝わる力の込め具合が、ちょっとだけ緩んだ気がした。



「ハッ、くそ食らえだ」



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