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11、暮れて染まる



 まるで世界のほうを切り離したような静寂。

 オレの時間がきたって感じがする。


 保健室の時計から聞こえる一定のリズムが、見事に睡魔を誘ってくる。

 教室にある時計は少しうるさいように思うし、家の時計は携帯と同じで電子だから針の音はしない。

 鍵をもらった空き教室に時計は置いてないから、ここで聞く秒針の音はやけに心地良く感じる。


 人が通らないだけで、廊下まで沈黙を選んでるようだ。オレの眠りを妨げないようにしているらしい。

 はじめは、うとうとだった気がする。

 そのうち、自分の呼吸音すら遠のいて────。




 気付けば準備時間から一転、校舎内はとっくに催しもので賑わっていた。

 一般来校者や他校のやつらを模擬店や展示に誘い込む声が混じり合って、ひとつの大きな音みたいに響いてる。


 音だけが聞こえてくる、騒々しさとは無縁なこの空間のことをぼんやりと考えてると、廊下のほうですすり泣く声があった。

 保健室の扉を、誰かがノックする。きっと保険医だ。

 公共の施設なのだから、当然といえば当然。


 鍵をあけてやると、保健医とちいさな子どもが入ってくる。

 子どもは泣いてるし、保険医はオレには無関心だ。

 ベッドに戻り、オレから二人が見えないよう布団を頭までかぶり直す。


 子どもはしくしくと泣いてる。

 痛みより、怪我したことの衝撃とか、驚きとか、動揺とか。

 そういう類いの泣き方だ。


 保険医も処置が終わると、さっさと子どもを連れ立って保健室を出た。

 親がいた様子はないから、職員室にでも向かったのだろう。隣にある放送室から、迷子の呼びかけをするはずだ。


 待ち遠しい一人の時間に戻り、オレは自分を隠していた真っ白な布団を一旦は剥いだ。それからチラ、と保健室の扉を見る。

 また施錠を外しにいくことを考えたら、ちょっと億劫だった。

 鍵はこのまま開けておくか。

 カーテンさえ引っ張っときゃ、視線くらいは避けられるだろ。


 廊下の音も消え、保健室の一角に閉じこもっている感覚。

 保険医も緩い性格だから、普段はほとんど無人で、それは文化祭の日であろうと同じだった。

 生徒は高校生だし、縫わなくちゃいけないほどの怪我じゃなけらば、普通に自分で処置できる。

 さっきの子どもは、適当に歩き回ってるときに迷子で見つけたってところだろ。


 オレしか、この部屋にいない。

 これで通常授業の最中だったら、ほんとうに勘違いしそうだ。

 今この瞬間、この世にはオレしかいないって。

 それは、なんて心地良い場所なんだろって。



「はあ……」



 何もない空間に吐く溜め息は、ほんとうに自由だと思う。

 誰も聞いてないから、オレの息はどこにも拾われない。

 そのほうが安心する。

 勝手に含みを持たせる他人も、ここにはいない。


 溜め息一つに、とくべつな理由なんてない。

 特に、今は。

 今だけは、どんな言葉も行動も、オレだけのものだ。



 ◆◆◆



 ──知らないうちに、オレは眠っていたらしい。


 急にパッと意識が覚醒し、胸中のざわつきが廊下を指し示す。

 落ち着かない気持ちにさせるものの正体が、ここに近付いてる。

 会いたいくないヤツが、ここへ向かってきてるんだ。


 オレは布団に深くもぐった。

 保健室の扉が開いて、閉まる。つぎに聞こえたのは、このベッドのカーテンを引く微かな音だった。



「それ、なに?」

「みかん飴」



 ぶっきらぼうに応える。

 勝手に入ってきて、勝手に声をかけてくる。

 オレの平穏を返してくれ。


 洗剤の匂いがする布団を、目元が少し隠れるくらいまで下げる。

 ヒナが近付いてることは、薄々気付いてた。

 本人の声こそ聞こえなかったが、保健室の前を通る廊下の向こうできゃあきゃあと騒ぐ声が聞こえてたから。


 静かすぎると、こういうこともある。

 いつもなら、そこまで気に障ることでもないんだが。

 やっぱり、コイツが関わると意識の外に追い出しにくくて困る。


 オレが毛嫌いする騒ぎを引き連れながら、保健室の中までは持ち込んでこないのがコイツのあざといところ。この人気者を追っかけてる連中が一緒に入ってこようもんなら、オレは速攻で保健室を出てた。


 枕元に絶妙なバランスで立てかけてある紙コップを、ヒナはその端正な目元から放つ視線で牽制する。

 でも肝心のあいては、無機物らしい態度で知らん顔だ。



「どうして? まさか食べたの?」



 コップの中にはだかの串が3つあるのを見て、そんな質問をするやつがあるか。

 ……あるな。そんなやつは、ここにいる。いま、目の前に。



「食ってるよ。すっごいオレ好みだったな、くれたのは。いい人だったぜ」

「へえ、そうなんだ」



 飴を転がすように口をもごもごと動かしてみせる。

 舌をベッと出し、ありもしない飴を見せようとすると、相手はツンと顔を逸らした。



「まさか、おまえ……みかんが嫌いなのか」

「……。悪い?」



 オレの舌に何もないのを見て、端正な表情に影が差す。



「いいや。なるほどなあと思ってな」



 そういう理由なら露店に寄らなかったのも納得だ。

 人の好き嫌いに文句をつける趣味なんてねぇし、オレはみかんを食えたから、もうどうでもいいことだ。


 枕と頭のあいだに片手をいれ、寝入る姿勢でヒナを見る。

 そっぽを向いたまま、保健室の窓から見えるグラウンドを眺めてる。

 耽美な横顔がオレンジ色に染まる。


 時計を確認した。時間は午後3時半。夕陽と呼ぶには、まだ早い。

 これから少しずつ、空は暮れていく。


 オレは、ながく、眠っていたらしい。

 模擬店や展示の状況は、サボっているオレには分からない。

 たぶん、ヒナがいないせいで、同級生どころか学年全体の士気も下がってるだろうな。もしかすると校内全体かも。

 まあ、毎年律儀に来てる一般人もいるくらいだから、不況ってことはないだろ。


 体育の授業もないし、人の往来もないグラウンド側は、小気味良いほどひっそりしてる。

 外の風は入ってこないが、落ちてきた陽の光は容赦なく照っている。

 眩しさにカーテンを閉めたくなったが、ベッドのカーテンはヒナの座る場所だけ避けているし、窓のほうへ行くにも一度コイツを避けなきゃならない。


 めんどくさ。


 オレは学校随一で人気者の後頭部が陽から直線上に重なるよう、枕の位置を調整した。

 ヒナが振り返る。横顔の先で、また陽が覗く。

 斜陽の眩さに身構え、目を閉じる間際。その造形美に溢れた面差しに、色がうつった。


 この時間。コイツの顔は────。



「……みかんっぽいな」

「ん?」

「なんでもねぇよ」



 思わず声に出してたか。

 咄嗟に口を手で塞ぐ。



「なあ、ここにいて良いのか?」



 話を逸らすと、相手は唇を尖らせる。



「君が文化祭2日目のエスコートをサボるから」

「おまえが何も約束しないからだろ」

「君だって、何も答えてくれないでしょ」



 今朝の会話を思い出す。

 オレだけ話をのむのは違うだろ。

 してほしいことがあるなら、相手のしてほしいことも聞き入れるのが人情だ。



「5ヶ月かあ……」



 長いね、と言って、相手は半泣きの声を出してくる。

 ほんとうに泣いてしまいそうだが、何も言わず放っておいた。

 泣けばいいんだ。オレばっかり相手の無茶を食うのは癇に障る。



「オレは条件を変えたりしねぇぞ」

「えー」



 頬を膨らませて、文句がありますと言いたげに眉を顰めてやがる。

 不機嫌を装うコイツを取り巻きたちが見たら、たぶんみんな無条件に言うことを聞いてしまうだろう。

 自分の整った外見を振りかざすそのあざとさに、オレはむしろ苛々するほうなんだが。

 ヒナがそれを知る日は、きっと来ない。



「今日は、どこも回る気がしなかったよ」



 それはオマエの勝手だろ。

 そうがなり立ててやりたかったが、喉まで出かかったものをどうにか宥める。



「取り巻きとか、他のクラスのやつらを誘えばいいだろ。……ああ、そういや外廊下で先輩たちに声をかけられたぜ。オマエのこと気にしてたみたいだったぞ」

「ふうん?」



 冷たい性格の美人は、先輩達に興味がないのか素気ない返事だ。

 オレも優しくなったもんで。

 こんなやつに好意を寄せる相手を思い浮かべ、真っ先に同情心が湧いた。



「……オマエと一緒じゃないのかって、引き留められたんだけどよ」

「ふうーん?」



 なんだ? 2回目の「ふうん?」のほうが、ちょっと上機嫌っぽいぞ。

 いったい何がコイツの琴線に触れたんだ?



「まあ明日の昼にでも、その先輩たち誘ってやれよ。即答でオーケーすると思うぜ」

「やだ」



 オマエが即答すんなよ。

 先輩たちにも選ばせてやれ。どうせ一択だろうがな。


 果ての見えない受け答えが煩わしくなって黙ると、何故かヒナもそのまま沈黙をはじめた。

 でも、保健室から出て行く気は無さそうだ。

 望んだとおりの約束を取り付けるまで居座るつもりか。コイツ。


 もう一眠りしようと目を瞑ると、溜め息まで聞かせてくる。

 目で批難しようと瞼を上げれば、ヤツはオレと一瞬合った視線をわざとらしく強引に逸らした。



「くそっ……。わかった。その代わり、今後一切オレの帰り道を追ってくんなよ」

「一切? それって2年生のあいだってこと?」



 そう応えるのは声だけで、ぜんぜん振り返ろうとしない。

 ま、コイツの顔が見えないのは好都合だけど。



「いんや、それは学校内外問わず関わるなって話のときのやつだ。これは……そうだな……。オレらが卒業するまでってことにするか」

「いいよ」



 今度は悩むそぶりもなかった。

 話してるあいだは何か考えてるふうだったが、ごねるわけでもなくあっさりと即答しやがった。


 よし、と口にして、ヒナはベッドから腰をあげる。

 ベッドのカーテンの向こうに消える直前、ようやく振り返ったソイツの笑顔が華やぐ。



「明日は、君の好きなところを回ろう」



 模擬店も展示も、オレが選んでいいだって?

 べつに無理して付き合ってもらうこともないし、そんなのこっちの気も悪い。


 だけど、まあ。

 コイツがそう言うからには、それだけオレの意思確認もちゃんと取ってくれるってことか。

 そう、自分の都合のいいように受け取っておいた。


 そういえば、まだ回ってない露店がある。展示のほうも。

 昨日、なぜか視界に入らなかったそこは、芸術的に撮れた心霊写真だけを展示してる。

 唐突に、ほんのちょっとだけ明日が楽しみになってきた。



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