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バレンタイン  〜そんなこと言われると期待しちゃうだろ!編〜

作者: 誠義

この話では登場人物の名前をあえて決めてないので、好きな名前を想像しながら読んで下さい。

バレンタインっていいよね!ま、私には関係のない話なんですがね…。

  2月14日……今年もこの日が来た。

男なら誰しも多少は期待するであろう特別な日、バレンタインデーだ…。

高校生になり、現実を受け入れながらも、もしかしたらという淡い期待に心を躍らせたのを覚えている。

だが、結果は…思い出したくもないが、本命チョコはゼロ、義理チョコすら貰えなかった。

完全なる敗北だ。

家族からのチョコはカウントしていないし、そもそも親しい女友達がいない時点で僕は最初から詰んでいた。

しかし!学年が上がったことにより、2年生となった僕には新しく期待しているものがある!

それは、後輩の存在だ。

あまり、学校内での接点はないが、マンガとかゲームとかでよく見かける展開としてありえるんじゃないか?

「初めて見た時から、先輩のこと…好きでした!」、、、とか。

だから今年こそは!…とりずに甘い夢を見てしまう自分がいる。

暖かいベッドに包まれながら、妄想を膨らませていた僕は目覚まし時計に目をやると、すでに起床時間をとっくに過ぎていて、急がなければ完全に遅刻してしまう時間になっていた。

「まずいっ!」

布団を蹴り上げ、飛び起き、急いで着替え始める。

シャツのボタンも止めずに、ズボンを履きながら制服の上着と鞄を脇に抱えると、急いで部屋を出る。

履ききっていないズボンの裾が足に絡まり転びそうになりながらも、やっとの思いで履き終えると、ベルトを締め、早足で一階へと階段を降りると、洗面所へ向かい、歯を磨き、顔を洗う。

冷たい水が焦る僕にさらに追い打ちをかけてくるようだ。

騒がしく降りて来た僕に気付いたのか母さんが洗面所を覗き込む。

「やっと起きたの?これは遅刻ね。」

そう思うなら起こしてくれよ。と思いながら、タオルで顔を拭く。

「アイツは?」僕は可愛げのない妹のことを聞いた。

「朝練があるからって先に出て行ったわよ。あんたも早くしなさい。

机の上にパン置いてあるから、それ持ってきなさい。お弁当も忘れないでね。」

そう言うと、母さんはリビングへ戻って行った。

僕も母さんに続いて、リビングへ入る。

リビングとキッチンはキッチンカウンターで隔てるように続いており、カウンターに接する様に食卓机が置かれている。

机の上にはパンと弁当袋が置いてあり、僕はそれらを取ると「いってきます!」と言い、玄関へ向かった。

キッチンで洗い物をする母さんが「いってらっしゃい。」と言ったのを聞き、僕は靴を履くと玄関の扉を開けた。


坂道を息を荒げて、必死に走る僕の前にやっと学校が姿を現した。

マラソン選手がゴールテープを切る瞬間というのはきっと今の僕と同じ気持ちなのだろう。

僕と同じ遅刻ギリギリの生徒数人と共に校門を通り抜け、校舎へ入って行く。

学校によって違うのだろうが、僕の高校は正面玄関を通ると下駄箱になっており、上履きと履き替えなければならない。

下駄箱は正面玄関から見て、左から1年、2年、3年となっており、僕は疲れ切った重い足を引きりながらヨタヨタと自分の下駄箱まで歩いて行く。

そして、一呼吸置き、精神を集中させる。

まずは第一の関門、下駄箱だ。

ここであるのとないのとでは、今日の気分が大きく変わってしまう。

心臓が高鳴り、全身から汗が溢れてくる。汗が顔から首を伝い、流れ落ちていく。(走って汗をかいただけですので、気にしないで下さい。)

そして、僕はゆっくりとパンドラの箱を開けた。

キィーという金切音と共に開かれた箱の中は薄暗く、今にも悪いものが出て来てもおかしくないと感じられた。

僕は中を見て、そこから逃げ出したい気持ちでいっぱいになった。

そう、中には1年間履き潰し、臭く薄汚れた上履きと絶望が顔を覗かせていたからだ。

「何もない…だと、、、」

ガクガクと震える足では逃げることもできず、僕は膝から崩れ落ちる。(走って疲れただけですので、お気になさらず。)

それは大きく口を開け、僕は絶望に呑み込まれるのを待つだけだった…。

僕の残念すぎる演技の最中、ホームルームの始まりを告げるチャイムが校内に響き、僕はスッと立ち上がり、教室へダッシュした。


僕が教室へ入るのとほぼ同時に、背後からポンっと肩に手が置かれた。

ドキッとした僕はゆっくりと後ろを振り向くと、それと同時に低く太い声で「ギリギリだったな。早く座れ。」と顔が茄子の形にそっくりなことで有名な担任の先生が僕の席を指さしていた。

「あ、はい。」僕はサッと自分の席へ向かい、座る。

周りからは、クスクスと笑い声が聞こえる。

僕は笑っている友達に向かって、聞こえるか聞こえないかくらいの小声で「うるせー」と呟く。

全く、嫌な1日の始まりだ…。

机に頬杖をつき、出席確認で自分の番を待っていると、ハッとして机の中に手を入れた。

中は教科書類でいっぱいで、そもそもチョコを入れるスペースなんか無いのに気が付いた。

しまった…今日のために持って帰っとくべきだったな…。

僕は机に顔を突っ伏し、自分の名前が呼ばれると気の抜けた返事を教室に響かせた。

もちろん、先生には注意された。

はぁ…まだ諦めるのは早いぞ。まだ1限目が始まったばかりじゃないか。

これから休憩、昼休憩、放課後と何かが起こるには絶好のチャンスだ。

そう、1日はこれからだ。


1限目終了後の休憩、、、、

いや、時間はまだあるから。



2限目終了後の休憩、、、、

いやぁ、やっぱ渡すのって緊張するし勇気いるよね。次の休憩かな?



3限目終了後の休憩、、、、

………………。



4限目終了後の昼休憩、、、、

風がまだ冷たいけど、屋上って日が当たって日光浴には丁度いいなぁ!

……………………一応、校舎裏にも行ってみるか。



5限目終了後の休憩、、、、

いやぁ…………うん。



6限目終了後の放課後、、、、

夕方の教室は閑散としており、僕と友人以外は帰ってしまったらしい。

「なぁ、もう帰ろうぜ。」

そう言った友人の前には地蔵の様に固まり、席から動こうとしない僕がいた。

「もう諦めろよ。来年もあるだろ。」

「いやいやいやいやっ!今年貰えなきゃ意味ねぇだろ!」

現実を吹き飛ばすために僕は腹から声を出す。

「お前も感じただろ?

あの甘い空気を!貰えるのが分かってる男子のソワソワ感を!女子の渡す時のドキドキ感を!

あれを見てたら、僕も貰えるかもって期待するだろ!」

グイグイ迫る僕に若干引き気味の友人は引きった声で「ま、まぁな。」と言うだけだった。

友人から鞄を渡され、僕は仕方なく教室から出て、下駄箱へ向かう。

「でもさ。」友人が話始めた。

「俺らのクラスには、あのイケメン君がいるじゃん。

今日だって、クラスの女子以外からもチョコ貰ってたし、顔が良い奴がいると俺らみたいのは諦めるしかないんじゃね?」

諦めているような声と足音が廊下に響いている。

「ま、イケメン君には敵わないが、お前も程々に顔が良いし、来年は期待して良いんじゃね?」

「程々ってなんだよ!貶してるのか励ましてるのかどっちだよ!」

認めたくはないが、僕らのクラスには校内人気トップクラスのイケメンがいる。

通称イケメン君。僕ら一般生徒の敵である。

去年に続き、今年も数多くの女子からチョコを渡されたらしい。

「全く、羨ましい奴め…。」

「何か言ったか?」

つい口に出していたらしい言葉を、「何でもねぇよ。」と誤魔化し、僕らは学校を後にする。

いつもの帰り道といつも通りの馬鹿話。コンビニでの買い食いを済ませると、僕らは「また明日な!」と別れを告げ、お互いの帰路に着く。


夕方の空は、茜色に染まり、いつもの帰り道を薄暗く照らしている。

夜に近づくにつれ、街には明かりがともり始め、冷たい風が吹き抜けていく。

僕は震える体を玄関の扉に押し込め、すぐに扉を閉める。

「ただいま〜。」靴を脱ぎながら、キッチンで夕食を作っているであろう母に声をかける。

「おかえり。ちゃんと手洗いなさいよ。」ドア越しに母さんの声に混じって料理の音が聞こえる。

「分かってるよ。」全くガキじゃないんだから。そう考えながら、洗面所へ向かおうとすると後ろでガチャリと玄関の扉が開く音が聞こえ、僕は振り向いた。

「ただいまぁ〜。はぁ、お腹空いたぁ〜。」

妹だ。僕とは1つ違いで、同じ高校に通っている。年頃なのか最近、僕と父には冷たい。

昔は「おにぃ!」とか「お兄ちゃん!」とか甘えてきたが、最近はそんなこともなくお兄ちゃんは悲しいです…。

「おかえり。僕も今帰って来たとこなんだ。」

こちらを振り向くと、眉間に皺を寄せ、妹は不機嫌そう僕を見る。

「何こっち見てんの?きもっ。」

僕の妹がこんなに生意気なわけがない。

「あっ、そうだ。今日ってバレンタインだっけぇ?

でも、兄貴のことだから結果は聞かなくても分かってるよ。

残念だったね〜。一つも貰えなくて。」

そう言って、妹はニコニコと可愛らしく笑った。

「もしかして、私から貰えるかもとか思ってた?

期待させちゃって悪いけどぉ、義理でもあげないよぉ。」

妹の皮を被った悪魔はチョコを貰えず、傷付いた僕の心をさらに苦しめようというのか!

この人でなしめ!鬼!悪魔!妹!!

「別にいらねぇよ。」

流石にそこまで言われて怒らない奴はいない。

僕は手を洗うのも忘れ、階段を駆け上がった。

「あ、ちょ、ちょっと待っ…。」

アイツの声が聞こえたけど、どうでもいい。僕は部屋のドアを閉めた。

鞄を放り投げると、ベッドに体を預けた。

柔らかい感触が僕を受け止め、軽く跳ねる。

明かりに照らされる天井を見つめ、大きなため息をついた。

「チョコ、貰いたかったなぁ。

あぁ、恋がしたい。彼女欲しい。義理でもチョコが欲しい!」

家に響かない程度に心からの想いを叫ぶ僕であった…。



 目覚ましの音が聞こえ、薄く目を開ける。

「もうこんな時間か…。」寝ぼけ眼をこすりながら、目覚ましを止める。

2月14日、昨日の夜はひどい目にあった。

あの後、なぜか妹はいつも以上に機嫌が悪く、ご飯中に僕の足を蹴るわ、食後のデザートに買っておいたプリンを勝手に食べられるわ、僕の部屋の近くを通るたびにドアを蹴るわ……ホントに散々な日だった。

そういえば、去年のバレンタインもこんなことがあった気が…。まぁいいか。

ぬくぬくとした天国から起き上がり、身支度を済ませ、家を出る。

いつもと変わらない通学路は、昨日のドキドキ感が嘘のように感じられ、イベントが終わったことを僕に突き付けていた。

校門で誰かが待っているわけないし、下駄箱の中には靴以外もちろん何も入っていない。

日常を受け止めつつ、教室へ向かい、席に着く。

鞄の中から宿題のために持って帰った教科書と筆箱を取り出し机に入れるが、何かが当たり、うまく入らない。

ん、なんだ?僕は中を覗き込み、それを確認した。

驚きのあまり目が大きく見開かれ、一瞬思考が停止する。

ピンク色の包みと赤いリボン。

箱型のそれは間違いなく女の子からの贈り物だ。

昨日は確実になかったそれをゆっくりと取り出す。

大きさは小さめのお弁当箱サイズ。可愛らしく包装された箱と一緒に手紙も入っていた。

こ、これは…!バレンタインチョコ…なのか…?

いや、待て待て。今日は2月15日だぞ。

バレンタインは間違いなく昨日のはずだ…。

机に入ってたのに気付かなかったのか?いや、そんなはずない。

昨日は確実に入ってなかったはずだ。入れるスペースもなかったし。

となると、教科書を持って帰った昨日の夕方から今日の朝…誰かの悪戯か?

でも、仕掛けるなら確実に昨日だろ?じゃ、これは…。

そうだ手紙!宛先は?

薄いピンク色の手紙は赤いハートマークのシールで封がしてあり、両面には何も書かれていなかった。

開けて中を確認してみるか…。悪戯の可能性もあるし、、、

僕は唾を飲み込み、封を開けてみた。

中には1枚の紙が二つ折りに入っていて、僕はそれをゆっくりと開いた。

そこには1行目にイケメン君の名前が書いてあった。

お前かいっ!!!

またか、まただよ!何度目だよ!何個貰ってんだよイケメンがぁ!!!

僕の隣の席だから間違って入れたんだろうけど、こんな大切なもん間違えんなよっ!おい!

しかし、開けておいてなんだけど、人の手紙を勝手に読むのは悪いし、すぐに渡してやるか…。

………………やっぱ、ちょっと読んでやろう。

この子には申し訳ないけど、イケメン君がどんな手紙を貰ったのか気になるし。


初めまして。多分、あなたはいきなりこんな手紙を見て、びっくりしているかもしれません。

本当は昨日、渡したかったんですが、私に勇気がなくて渡せませんでした。

今日も直接言うのは恥ずかしくて、手紙で想いを伝えることしかできませんでした。

私があなたのことを知ったのは入学してすぐでした。

挨拶をしたわけでも、会話をしたわけでもありません。

初めてあなたを見た時からかっこいいなって思って、それから、あなたを見かけると自然と目で追ってしまっていました。

一目惚れなんて、よくある理由で特別感はありませんけど、私にとって、あなたは特別で気付いたら、いつもあなたのことを考えるほどに、とても大きくて、大切な存在になっていました。

私はあなたが大好きです。よかったら、私と付き合ってください。

チョコも頑張って作ってみたので、気に入ってくれると嬉しいな。


最後に学年とクラス、名前が書いてあった。

1年か…。かなり緊張して書いたんだろうな。

書き直した後や字が震えてるのが分かる。

多分、何枚も書き直したんだろうな。

箱の包装も頑張ったんだな。ちょっとクシャッとなってるけど綺麗にできてる。

はぁ…良い子過ぎて、手紙を読んでしまった後悔と罪悪感で死にそうだ…。

そっと手紙を封筒にしまい、僕は大きなため息をついた。

その時、噂をすればと言わんばかりにイケメン君が教室に入ってきた。

「な、なぁ。」僕は席に近づいてきたイケメン君に声をかけた。

「え、何か用か?」あまり話したことのない僕を不思議そうに見ている。

「あぁちょっとな、ここじゃあれだしちょっと来てくれないか?」

僕はポケットにチョコと手紙を入れ、教室を出て行く。

教室から少し離れた階段の近くまでイケメン君を連れてくると、僕は彼に向き直り、ポケットの中のチョコと手紙を取り出す。

「これを渡したかったんだ。」

「え、まさかお前…そっち?」イケメン君は少し後ろに下がり、嫌なものでも見るように僕を見ている。

「いや、勘違いすんな!僕の机に間違って入ってたんだよ!」

「あぁ、そういうことか。」安心したように後ろに引いていた体を元に戻すイケメン。

イケメン君は僕の手から手紙とチョコを受け取ると、それをジッと見つめている。

「まぁ、1日遅れだけど良かったな。ちゃんと手紙読んで返事を……。」

僕がそこまで言うとイケメン君がため息をついた。

「はぁ…手紙とか重いんだよなぁ。しかもこれ、手作り?さらに重い。」

「は?」こいつが何を言ってるのか分からない。

「別にさぁ、チョコぐらい売ってるやつをはいっと渡してくれれば良いんだよ。

ただでさえ、俺は貰う数が多いのに味のこととか聞かれると面倒なんだよなぁ。

しかも、これラブレターってやつだろ?

好きだとかそんなこと言うために…一言軽く言うだけで良いじゃないか。」

笑ってそう言う彼の言葉を僕は理解できなかった。

何言ってるんだ…何笑ってるんだ…。

「俺みたいにモテるやつは大変なんだから、ちょっとはこっちのことも考えて欲しいよなぁ。

お前もそう思うだろ?」

ニヤけた顔をこちらに向け、当然のことのように同意を求めてくる。

僕がおかしいのか?僕の考え方が間違ってるのか?コイツの言ってることが正しいのか?

……いや、そんなわけない!

「ふざけんなっ!」思わず僕は叫んでいた。

僕の声は廊下中に響き、その瞬間、廊下にいた生徒全員がこちらを向き、何事かと教室から覗くものもいて、僕らは学年の注目を集めた。

でも、頭に血が昇った僕は周りのことなんて一切見えなかった。

「な、何怒ってんだよ。」イケメン君の声が震えている。

いきなりのことで困惑しているのかもしれない。

「手紙が重い?好きって気持ちがそんなこと?モテるやつのことを考えろ?

それがふざけんなって言ってんだよ!」

イケメン君は僕の怒声と迫力に気圧され、完全に腰が引けている。

「好きな人のためにチョコ作って、勇気振り絞って、好きだって想いを手紙に書いて…それの何がおかしいんだよ。

誰かを好きになって、その人のために頑張れるってスゲーことだろ?

それを重い軽いとかそんなん決めてんじゃねぇよ!

モテるのがどんなに偉いか知らねぇけど、人の想いを踏み(にじ)るお前みたいな最低野郎が彼女のこと笑う資格ねぇんだよ!」

僕が言い終わるのと同時に、イケメン君は崩れるようにその場に座り込んだ。

状況に理解が追いついていないのか、呆然と口を開け、非常に滑稽(こっけい)なアホ面を僕に向けている。

僕はイケメン君の手からチョコと手紙を奪うと、彼を睨みつける。

「これは僕から返しておく。彼女にどう思われても、これはお前には渡せないからな。」

何も言わないイケメン君をその場に残し、僕は教室に戻った。

戻る僕の姿を周りの人はジッと見るだけで、その後もヒソヒソと陰で話すだけで僕らには何があったのか聞きに来るものはいなかった。

僕もイケメン君もその日はずっと黙ったままで話しかけてはいけない雰囲気を出していたからだ。


そして、最後の授業が終わり、放課後…。

イケメン君はその日だけは女子と話すこともなく、授業が終わると同時に帰っていった。

周りはまだざわざわしていて、声を張り上げ、あんなことを言った僕は冷たい目で見られている。

まぁ、それもそうだろうな。

僕みたいな奴が友達も多く、女子人気の高い学年の中心人物を罵倒(ばとう)したんだから、後ろ指を指されてもおかしくない。

多分、これからの学校生活はとてつもなく孤独なものになるんだろうな。

そういうものなんだと思う。たとえ正しいことを言ったとしても周りからの支持や人気、立ち位置や権力、そういったものが強い方が勝つのだ。

さて、彼女が帰る前にチョコと手紙を返しに行かないとな。

多分、今日の出来事は学校中に伝わっているはずだ。

「はぁ、気が重い。」

どう思われても良いとは言ったものの、やはりこの後のことを考えると足が重くなる。

帰る準備をして、席を立ち上がる僕に誰かが声をかけた。

「よ!」友人は気まずそうな顔を僕に向けている。

「えぇっと…アイツと何があったか知らないし、聞きもしないけど。

お前は良い奴だし、多分、お前の方が正しいと俺は思う。

だからさ…うまく言えねぇけど、また明日な!」

そう言って、友人はいつもと同じように僕に笑いかけた。

「おう、また明日な。」

ありがとう。僕は良い友達を持ったらしい。

こんな恥ずかしいことアイツには言えないけど。


友達と別れ、1年の教室に向かおうと教室を出た瞬間、声が聞こえ、僕は振り向いた。

扉の横には可愛らしい女の子が立っていて、僕のことを見つめていた。

「えっと、何か用?」

僕はそう言って、ふと上履きを見ると、2年ではないらしい。

うちの高校は上履きの横に学年ごとに色の異なる線が入っているが、この子はどうやら1年らしい。

1年生…もしかして、この子は…。

「君って、もしかして…。」

「あのっ!」女の子の突然の声に、僕はビクッとした。

大声を出したことが恥ずかしかったのか女の子は赤くなり、(うつむ)いた。

「今日、間違ってチョコ渡してしまって、すいませんでした。

よ、良かったら、今からちょっと良いですか?」

頬を赤く染めた女の子は、俯きながらこちらをチラチラと上目遣いで見ている。

恥ずかしそうな姿にドキッとしてしまい、こちらまで恥ずかしくなってくる。

「も、もちろんいいよ。チョコと手紙も返さなきゃだしな。」

「そ、そうですか…良かったぁ。じゃ、行きましょうか。」

そう言って、彼女は階段に向かって歩き出す。

彼女の後ろに着いて歩いて行くと、階段を登り、どうやら屋上に行くらしい。

屋上の扉は、金属が(こす)れるキィーという音と共に開かれ、光と風が流れ込んでくる。

屋上は昼休憩と放課後、少しの間だけ解放されている。

昼の間はそこで昼食を取る生徒で賑わっているが、幸運なことに今は誰もいないらしい。

周りを高いフェンスで囲まれたそこは、夕日で赤く染められ、まるで映画とかに出てくる舞台のようだった。

少し肌寒い風がこの状況に焦る僕の頭に冷静さを取り戻してくれる。

僕らは屋上の中心辺りまで歩いて行き、そこで彼女の足が止まる。

こちらを振り向いた彼女の顔は夕日でさらに赤く染まって見えた。

数秒の沈黙の後、僕は鞄からチョコと手紙を取り出し、彼女に差し出す。

「これ、返すよ。アイツに渡せなくてごめんな。」

「あ、いえ、良いんです。先輩が悪いわけじゃありませんから。」

再び、沈黙が僕らを包む。

チョコと手紙も受け取ってくれる様子はない。

彼女は俯き、口をもごもごと何か言いたそうにしている。

もしかしたら、僕とイケメン君の出来事について何か言いたいのかもしれない。

好きな相手なんだから、当然だろうな。

怒っていても仕方ないことだ。

「あの、今日のことなんだけど、もしかして噂とかで聞いてるかな?

それで、君の好きな人なのに、チョコも手紙も渡さず、アイツを悪く言った。

多分、君が聞いた噂はほとんどが本当で、、、僕はアイツが許せなかった。

周りから見たら、僕が完全に悪く見えるかもしれないけど、本当はっ…!」

「知ってますよ。」

その一言に僕の言葉が遮られる。

「私、あの時隠れて聞いてたんです。

受け取った時の反応が気になって、ドアの外から見てたんです。

そしたら、先輩が来て、その時間違って入れたことに気付いて…。

声をかけるか迷ってたら、丁度先輩達がこっちに来て、私ビックリして階段の方へ逃げたら、先輩達もこっちに来ちゃって。

それで階段のところで隠れてたんです。」

そうだったのか…。ってことは朝のこと全部知ってるんだな。

「ごめん、手紙勝手に読んだりして…。」

「いえ、あれは仕方ないですよ。でも、先輩っておかしいですよね。」

そう言って彼女は僕に笑顔を向けた。

夕焼けに照らされた彼女の笑顔は少し寂しそうで、無理に笑っているように感じられた。

「だって、たまたま読んだ手紙の子のためにあんなに怒れるなんて、おかしいですよ。」

「そ、そうかな。」

彼女はフェンスの方へ歩いていくと、赤い夕日を見つめている。

僕はその後ろ姿を眺めながら、時間が止まったような気分になった。

「そうですよ。ホント、優しすぎます…。」

彼女の呟いた言葉は、僕には聞こえなかった。

クルッとこちらに振り返った彼女の目には涙のようなものがキラッと光ったような気がして、僕は思わず、手を出したが、なんて声を掛ければ良いのか分からず、その場に立ち尽くすしかなかった。

全部聞いていたとしたら、彼女はアイツの言った言葉も聞いているはずだ。

あんな酷いことを言われてショックを受けないはずがない。

「ぼ、僕は…あ、いや…。」言葉が見つからない。

不思議そうに見つめる彼女がふふっと笑う。

僕がポカンとしていると、微笑みながら彼女が言った。

「大丈夫ですよ。心配してくれてありがとうございます。」

「え、なんで?」

「そんなに困った顔されたら、誰だってわかりますよ。

確かにあんなこと言われて悲しいですし、悔しかったです。

だから、私諦めて、綺麗さっぱり忘れてやろうと思います。

次の恋目指して頑張っちゃいますよ!」

そう言って彼女は腕を大きく上げた。

そんな姿を見てたら、僕まで元気付けられたように思えて、自然と笑みが溢れてくる。

「強いんだな。君は可愛いし、すぐに恋人ができると思うよ。」

やばっ…今のは気持ち悪いだろ…。

「えっ!か、可愛いですか?そ、そっかぁ。えへへっ…。」

あれ?思ったより気持ち悪がられてない?

クルクルと回る彼女は手で顔を隠してるため表情は見えないけど、なぜか嬉しそうだ。

何だか分からないけど、彼女の明るい表情が見れて良かった。

「あっ!先輩!」

「えっ、何?」急に大声を出すのは何とかして欲しい。ビックリする。

「先輩って彼女いないでしょ?」

悪戯っ子みたいにニヤッと笑って、心にグサッとくること言うなぁ。

「いないって決め付けてんのね。まぁその通りだけど。」

「じゃ、そのチョコあげます。先輩の言う最低野郎のために作ったものですけど、そこは許して下さいね。

あっ、手紙は返してもらいますよ。恥ずかしいので…。」

ぴょんぴょんと跳ねながら、僕の前まで来ると、僕の手から手紙をさっと取って、僕の隣を通り抜けていく。

彼女は扉の前まで行くとクルッと振り返った。

「それじゃ先輩、今日はこれで失礼しますね。

今日はホントにありがとうございました。

私、先輩の言葉にすごく助けられました。

かっこよかったですよ…。」

「え?なんて言ったの?」

「何でもないです!これからもよろしくお願いしますね!

あと、次のバレンタインは楽しみにしてて下さいね、先輩。」

そう言うと、彼女は帰ってしまった。

はぁ…何だ今の。可愛すぎて勘違いしてしまう。

「そんなこと言われると期待しちゃうだろぉ!!」

僕の心からの気持ち悪い叫びは赤く染まった空に消えていった。


そして、再びその季節が来るのは、また別のお話で……。

読んでいただき、ありがとうございました。

いかがでしたか?面白かった、笑った、女の子が可愛かったなど、楽しんでもらえたなら私も嬉しいです。

今回はバレンタインということで短いですが、書いてみました。

よくあるような内容になっていますが、作者としては楽しく、好きなように書けたので満足です。

前書きにも書いてありますが、今回は登場人物の名前を決めてはいませんが、ちょっとした設定などは考えたりもしました。内容にはあまり、関係ありませんが…。

なので、読んでいただいた皆さんが、自由にイメージして読める内容になっているかなぁと思います。

ちょっと内容は薄くなってしまいましたが…。

ちなみに、私作者はイケメンが嫌いなわけではありませんよ。

イケメン君の扱いが酷いと感じた方、全国のイケメンの方々、不快な思いをされた方がいましたら申し訳ございません。作者として書いてて気持ち良かったです笑。

最後にもう一度、この小説を読んでいただき、本当にありがとうございました。

また機会があれば、他の作品も読んでいただけると嬉しいです。

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