どこに行きましょう?
「お父様、国外追放ついでに一人旅でもしようかと思いますの」
翌日、朝一番にローザが言った。
元々、政治的な意味合いが大きい婚約で、操り人形のようなクロードからはあまりローザはよく思われていなかった。
互いに尊重しあうとかそういったことは一切なく、とにかく自分の役割だけを果たせばいいだけの関係でローザに悲しみといった感情はどこにもない。
むしろ、面倒な関係から解放されて喜びが強い。
面倒ごとが増えた気もするが、考えが読めない相手に悩むなんて時間の無駄とバッサリと切り捨て、記憶の彼方に飛ばしてある。
「一人旅かい?」
「ええ、昨日考えてみたんです。せっかくの自由で何をしようかと思いまして、家にいられないなら、いっそ旅行でもと」
オリビアは頰に手を当て、そうねぇとつぶやく。
「旅行は賛成よ。けど、一人旅はダメ。行くのなら、兵の半分は護衛につけなくちゃね」
「そんな大所帯ではどこにも行けませんわ」
早くもやりたいことが打ち砕かれたローザは泣き真似をする。
なんとなく話を理解したリッタはローザを見つめ尋ねる。
「姉様、どこかへ行くんですか?」
「そうよ。クロード様からこの国から出て行けって言われたの」
「あいつのどこにそんな権限があるんですか!」
机を叩き勢いよく椅子から立ち上がったリッタは腕をグルグルと回し、ザックに詰め寄る。
「お父様、外出許可をください。殴ってきます」
「リッタ、落ち着きなさい。お前がやっても可愛いだけだよ」
リアムはリッタを捕まえると椅子に座らせる。
聡い子だがどうにも血の気が多い。
「離してください、兄様。女にはやらなきゃいけない時があるんです!」
「どこで覚えてくるんだ、そんな言葉」
「侍女のアリィです」
呆れながらもいつものことなのでリアムは笑うだけで何も言わない。
「リッタ、やるならバートンに話をつけてからの方がいい。少し待ってなさい」
「父上も煽らないでください」
とんでもないことをサラリと喋るザックをリアムは止めるが、さらなる援護射撃にリアムは天を仰ぐ。
「女の子じゃないもの、傷跡の一つや二つ勲章よ」
「あーもう、どうしろっていうんだ」
雇い主によく似た使用人たちが多いので、止めるものはいないどころか、火に油を注いでいくので止めるのは容易ではない。
ここはもう素直に諦めようと判断するリアムである。
「となるとやはり、フィン様のお言葉に甘えてアルレッキーノ王国にお邪魔させてもらいましょうか。フィン様が不安要素ですけど」
「それもそうなのよね」
「安全を考えると、いや、しかし……ローザを預けるには、でもな……」
「フィン殿下なら無理強いはしないと思いますよ、父上」
悩むザックにリアムは意見を出す。
このままじゃ埒があかない。
「求婚されているんだぞ、ローザは」
「フィン様の本心は読めませんが、もし仮にそれが本当だとしても、ローザが好きだと言わない限りは手は出さないと思います」
「根拠は?」
「物事の線引きは上手いですし、ローザの気持ちなんて無視して連れて帰ることもできたはずです。そうしないのはフィン様の性格上、相手の思いを尊重しているようなので」
もちろん、例外もあるかもしれないと付け足した上で、アルバートの側近としてフィンを見てきてそう感じたとリアムは伝える。
何しろ彼と話をして不快そうにしている人を見たことがない。時折、冗談混じりに怒ることはあるが、本気で怒る人はいない。
適当に見えるのに、誰もがフィンとの別れ際は笑顔で社交辞令ではなく彼とまた会いたがっていたりする。
おそらく、なにかしらの裏はあってもローザが不快になることはしないはずだ。
「ふむ、それもそうだな。おかしなところに行かれるよりずっといい」
「それに友好国として、変なことはできないでしょうから」
ザックとオリビアは目を合わせると同時に頷く。
「アルレッキーノ王国に滞在することを許可しよう。ただし、他の場所に行かないように」
「わかりましたわ、お父様」
国外追放されるローザはこうしてアルレッキーノ王国に向かうことが決定した。
ありがとうございました。