婚約破棄は構いません
よろしくお願いします。
シャンデリアの明かりが幾人もの着飾った少年少女を照らし出し、卒業式を迎えた彼らを祝福しているようだった。
一転、シャンデリアの明かりはまるで舞台のスポットライトのように変わる。
「ローザ・ローゼン、貴女との婚約は破棄させてもらう‼︎」
この国の第2王子が大声でそんなことをのたまったからだ。
舞台に上がるのは3人の少年少女。
黄色のドレスを身にまとい凛と佇むローザと呼ばれた少女と、対面で彼女に指を突きつける紫髪の少年、それと少年の一歩後ろで隠れるようにひっそりと怯えたように立つ薄紫のドレスを着た少女。
ローザは人差し指をあごに当て、可愛らしく首を傾げてみせる。
「えぇと、どちら様でしたっけ?」
わざとらしく考える振りをするローザは余裕たっぷりに微笑んでみせる。
「ふざけないでもらおうか」
ローザと違って余裕がないのか第2王子は眉を吊り上げ、誰が見ても苛立っているのがわかるほどだ。
「すぐカッとなる殿方はモテませんよ。ああ、そうでした。でも、その顔で思い出しました。クロード王子です」
おどけた態度を崩さないローザは不思議そうな顔をしてみせる。
「で、なんでしたっけ?」
「婚約を破棄させてもらう」
怒りに耐えながらクロードが答え、後ろの少女はそっとクロードの腕をとる。
まるで落ち着いてくださいとでも伝えるように。
「ありがとう、リア」
背後の少女に礼を言って再びクロードはローザと向き合う。
「そういえばしてましたね、婚約」
今思い出したといったようなローザは面倒だと思いつつ口を開いた。
「見れば分かりますが形式的に、理由を伺っても?」
満足そうに頷くクロードは、後ろに立っていた少女を自分の横に立たせる。
「私が彼女、アリアーナを愛しているからだ」
「クロード様……」
クロードがアリアーナを愛おしそうに見つめアリアーナは静かに目を伏せる、ローザは退屈そうにそれを眺める。
「はぁ、それが理由ですか」
「そうだ」
「分かりました。邪魔者は帰るといたしますわ」
優雅な笑みを見せてローザは会場を後にしようとするが、クロードに止められる。
「まだ話は終わっていない」
「まだ何かあるんですの」
クロードは先ほどまで違い、強い怒りを発している。
「貴女を国外追放とする」
「それはまた、なぜですの?」
婚約破棄だけなら分かるが、国外追放されるいわれはない。
少々過激すぎではないかとローザは内心思う。
「リアをいじめいたそうだな、ローザ」
「心当たりは、見当たりませんねぇ」
ローザは変わらずおどけ続けてみせる。
どこか笑い出しそうになるのを堪えているようだ。
「リアのドレスを破いたそうだな。それに集団でリアを囲んだり、階段から突き落としたと聞いている」
周囲にいるクロードの取り巻きが頷いている。
どうやら、こいつからの報告を鵜呑みにしているらしい。
彼らがアリアーナを好ましく感じていて、ローザを傲慢で我儘なご令嬢だと嫌っているのもあるだろう。
そうなれば、悪いことしか話題にならないし、良いことをするなんて最初から考えてないのだろう。
しかしローザは怒らない。
クロードと違う場所から怒気が膨らんでいるからだ。
ローザを慕うご令嬢やクロードの取り巻きの婚約者、真実の知る者たち、王子に向けるべきではない冷たい視線を送っている。
「なにやら勘違いなさってるようですわね。その前に1つ、婚約破棄と国外追放、王子なら二言はないですわね」
「もちろんだ」
「まってくだ――」
その瞬間、ローザを呼ぶ声で会場が騒がしくなり、アリアーナの声はかき消される。
どれもローザを引き止める声でばかりで、ローザは嬉しくなる。
あふれそうになる涙を堪え、ローザはクロードと目を合わせる。
「まず、ドレスについてですが、あれはアリアーナ様のドレスをその場で手直ししていたのですよ。あまりにも野暮ったい、場にそぐわないものでしたから。アリアーナ様にも許可は取りました」
「本当か、リア」
クロードはアリアーナに尋ねる。
「はい、ローザ様のおかげで助かりました」
アリアーナの表情から嘘ではなさそうだ。
どうやら、ローザが正しいらしい。
「それから、囲んだというのはおそらくアリアーナ様にマナーを説明したときのことでしょう。一対一ではお伝えしないようにしていたので」
「なにを……」
「本当です。クロード様」
またもや、ローザの方が正しいようである。
「最後に、階段から突き落としたという話ですけど、あれは私が助けたのですよ。まあ2人して転がり落ちましたけど」
おそるおそるクロードがアリアーナの方を向けば、アリアーナが目に涙を溜めて頷く。
「クロード様、いつだってローザ様は優しくしてくださます」
「そう、か。ボクは……」
気落ちしたクロードを気にしないローザは、とびきりの笑顔で淑女の礼をしてみせる。
「クロード様。わたくし、準備がありますので帰らせて頂きますね」
微塵の悲壮感も感じさせない足取りでローザは会場の出口に向かう。
途中、何度もローザを引き止める声があったが、ローザは微笑みで返し歩いていく。
「ちょっと待ったぁ‼︎」
ローザが扉を潜ろうとして、誰かが叫ぶ。
声のする方に人が割れて、叫んだ人物とローザが対面に立つ形になる。
「フィン殿下」
叫んだのは友好国の王子、フィン・アルレッキーノ。
留学生としているので、この会場にいてもなんの不思議もない。
むしろ、いない方が不自然である。
フィンはローザに近づくと片膝を床につけ、ローザの手をとると静かに口を開いた。
「ローザ・ローゼン侯爵令嬢殿、私と結婚してくださいませんか?」
次回は2月2日を予定しています。
ありがとうございました。