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世にも不思議な玉のお話 8

老人はみなを集め、二階の一室で緊急の会議を開いた。

「さて、この話が本当だとしたら、こちらはどう出る。もし真実、あの者が北の里と繋がっているとして、北の里の狙いはなんなのか」

 老人は頭を悩ませる。里同士での仲は悪い。お互い、接近する時良いことは起こらないというのが古くからの習わしともいえる。それがこの時期での接近。里からの指示なのか、それともあの兄妹単独の判断なのか、そもそもあの少年の話は本当なのか。確かめるのが困難なものばかりだ。

「……なにかあの兄妹についての情報はないのか」

 男達は顔を見合わせる。その顔はどこか困惑しているようだった。ようやく一人が声を上げる。

「あの二人が兄妹であること以外には特に目立った情報はありません。昨夜少女の姿をようやく捉えたぐらいです」

「そうか。やはりあの兄妹はうわさ通り、有能な術の使い手のようだ」

 特に兄については次世代の守り手としての評判が高い。既に現里長に次ぐだろう。現里長も相当の手練れでまいったものだったが、今後それ以上になるかもしれないと思うとぞっとする。妹の方も強い、女性の守り手候補がいるとは聞いていた。まさか二人が兄妹だとは思わなかったが。

(これ程に優秀な若者。それに比べて、私ら西の里は今壊滅の危機に瀕しているというのに。羨ましいものだ)

 老人は目の前で大人しく座る男らに目を向ける。どれもまだ若く実地の経験がほぼ皆無の者ばかりだ。今更になって、教育方法が悪かったと、後悔が押し寄せる。

「さて、とりあえずあの少年が本当にあの兄妹と繋がっているのか調べなさい。その間にこちらが今後この話に乗るか否かを決めることとする。それと私はあの少年に探りを入れてくる。もしかすると、あの兄妹の情報が手に入るやもしれぬ」

 老人はそこで言葉を切り、少年と兄妹の繋がりについて情報をを集めに行く者を決めた。あまり期待はできないため、少人数だ。

「他の者は今まで通りに動きなさい。今日の店は閉じることにして、夜改めて話を受けるか決めるので、各自考えておくように。ここにいない者にもそう伝えておきなさい」

 老人は解散の指示を出そうとする。しかしここで閉めていた戸が開いた。そこには毅然とした様子の老婆がいた。

「お待ちになって。そんな悠長に考えている暇などありません。今すぐ決めましょう」

 いつもなら男達との会議に押し掛けてくることなどない。老人は態度を改めた。

「……お前、聞いていたのか。今すぐ決めるべき話ではない。慎重に動く必要がある」

 老人が老婆を窘めると、老婆は珍しく声を荒げる。

「いいえ。そんな時間などありません。この間にも里の者が次々に倒れているかもしれないのですよ! 私はこれ以上は我慢ありません。せめて魔石を一刻でも早く持ち帰り、皆を安心させたいのです。そのためにも、この話を受け、北の里と協力しましょう」

 老婆の必死な様子に老人は目を伏せる。気持ちは痛いほど分かる。しかし、静かに首を振った。

「……協力するというのは、そもそもが無理な話なのだ。考えてみなさい。今まで敵対していた者とそう簡単に上手く立ち回れるか。下手をすると余計状況が悪くなるやもしれぬ。それにこの話が本当かどうか、それすらも分からないのだ。今の状態で動いても危険なだけだ」

「このまま魔石を取り戻せないよりも、ましなのではありませんか? ……どうしてあなたには分からないのですか。里長としてではなく、一人の父、祖父として考えてください! 私らの息子や孫がこのままでは死んでしまうだけなのですよ」

 老婆の目から涙が溢れ出す。それを見て老人は胸が張り裂けそうになる。しかしそれでも頑として首を横に振った。

「……できない。私は何よりも里のことを一番に考えなくてはならんのだ」

 老婆はそれを聞くと、涙を流しながら背を向け、隣の部屋に行く。中からむせび泣くの聞こえた。

 老人はしばらく目をつむる。寄り添うことのできない自分が酷く惨めに思う。

 再度解散の合図を出すと、男らは何も言わずに出ていったが、その表情は暗く、沈んでいた。




 夕日が沈むもうとする頃、バックルの居る部屋へと足音が向かった。

 バックルは戸の方へと目を移す。

 そっと戸が開いて、入ってきたのは老人だった。

「なんだ。答えがで出たのか?」

 老人は静かに床へ座ると口を開いた。

「少し世間話をしようと思ってな」

 バックルは探りを入れに来たのではないかと身構える。老人は早速質問をぶつけてきた。

「あんたの里には家族がいるのか?」

「ああ。私の家族しかもう里にはいないがな」

「そうか。……では、なぜ玉を取り戻しに来た? あんたんところの魔石は一体、どんな力を持っているんだ?」

さも当たり前のように聞いてきたが、バックルは首を傾げるしかない。

「力? 私には何のことだか分からないな。ただ、祖母があの玉をとても大事にしていたんだ。だから取り戻しに来た、とでもいうべきかな?」

 すると、老人はひどく驚いた様子で眉を上げる。

「力のことを知らないのか。他所の里のことは私にもよく分らんな。本当に魔石かどうか怪しいところだが、この時期に盗まれたというならば、本物なんだろう。あんたの話が真実なら、の話だがな。だが、私らとは少し状況が違うようだ。あんたの里の魔石は、なくても最悪困らないが、私らは、あれに里の全てがかかっているいる。あれは私たちの誇りであり、欠かせないものなんだ」

 苦笑いを浮かべた老人にバックルはため息をついた。

「確かに、あの玉は私には必要のないものだが、取り戻したいと強く願う気持ちに偽りはない。あなたがたと比べたところで意味もないだろう」

 すると老人は目をしばたかせた。

「ああ? いや、すまん。なにもあんたを馬鹿にしているということではないいんだ。ただ、私がひどく情けなくてな……」

 途端、重苦しい空気が二人の間を漂う。こういう時はどうすればいいのだろう。

「……俺は、あんたらの事情を知らないが、男らはあんたにとても憧れているみたいだった。尊敬もしているだろうな、あれは。だから、その……」

 上手く言葉にできない。歯がゆくてならなかった。言っていいことがどこまでなのか分からない。……そもそもどうして俺はこんなにも焦っているんだ?

 バックルが頭を抱えている横で、老人はポツリと呟いた。さも不思議そうに。

「憧れ? 尊敬? なぜだ? なぜあいつらは私にそんなものを……」

 気づいていないのか。あんに分かりやすいのに。今度は迷う必要などなかった。そんな答え、ひとつに決まっている。

「そんなの、あんたがすごくて、カッコイイからだろ」

「かっこいい? そう、あいつらは思ってくれているのだろうか」

「あんた、今色々抱えていて見えてないんだろう。もっとあの人たちと向き合ってみろよ。そうしたらきっと分かるさ」

 老人はぼんやりと目の前の壁を見ている。何を考えているのだろう。じっとその横顔を見つめ、気づく。頬がこけ、少しやつれている。思わず、心配になってしまった。その目で何をみているのだろう? しかし、老人が一度目をつむり、開いた時には、老人の目は、鋭さがやや抜け、優しさをほんのりと帯びていた。思わず安堵する。

「そうか、悪いな。あんたにも気を遣わせただろう。今私はどうかしていた」

「本当だよ。なぜ捕らえられている身で、こんなにも頭を悩ませる必要があったのか。あんたは俺から根掘り葉掘り情報を聞き出したかったんじゃないのか」

「そういう目論見だったんだが……。こんな様子、あいつらには見せられないな」

 老人は言葉とは裏腹に、どこか嬉し気に笑い、腰を上げた。

「仕方ない。あんたから聞き出すのは諦めるしかない。そういう気が失せてしまった。こちらで話し合って結論を出そう」

「ああ。そうしてくれ」

 老人が出ていき、部屋が静まる。あの様子だと、西の里にも何か事情があるのだろう。

「本当、お前も西の里も厄介なものを抱えているな」

 小さく、腕輪へ呼びかけた。




 部屋へ戻ると、老婆が座って待っていた。ずっと、奥の部屋から出てこなかったので、心配していたが、良かった。老人はほっと息をはいた。

「あの、あなた。悪かったわ。つい、感情が高ぶってしまったの」

 縮こまる老婆に老人は優しい目を向ける。

「気にするな。私も悪かった」

「いいえ! あなたはいいのよ。私があなたについてここまで来たのは、あなたが里長としてでしか物事を考えられなくなるからよ。娘婿として里長になったんだし、背負うものが大きいでしょう。家族のことを考える余裕がないのは当然よ。だから、私が代わりに家族のことを考えようと思ったのよ。けれど、あなたを責めるためではないの。あなたが悩むのを請け負おうと思ってのことだったの。だめね。ついあなたに押し付けてしまったわ。家族のことも考えろって」

 悪かったと老婆は頭を下げて謝った。昔からこの人はこういう人だったと懐かしさと愛おしさがこみ上げてくる。お互い、歳をとったが根本的には変化がないのかもしれない。

「いいや。いいんだ。ありがとう」

 素直な気持ちを口に出せた。それがひどく、久しぶりな気がした。




 男らが全員帰って来たため、会議を始める。

「集まったか。もうすぐ夜が来る。酒屋は休みにしたが、防御の術を強化しておいたので安心しなさい。めったなことでは破られんだろう」

 毎晩押し寄せてくる化け物が暴れたとしても、酒屋を壊されたことは一度もない。既に実証済みなため、店が開いていないことに化け物が腹を立てたとしても、特に気にすることなく話を進められる。

「さて、朝の話の続きだ。情報は集められたか?」

 北の里の兄妹を調べさせていた男らは案の定首を振った。

「なにも。まったくつかめませんでした」

「そうか。では他に何かつかめた者はいないか」

 ちらほらと魔石についての情報が上がる。ただ、その情報の真偽ははっきりしない。毎回集まるのはこのような情報ばかりだ。男らの探り方についてや、報告の仕方について毎回注意を入れたり、教えてはいるのだが、身につくのには時間がかかりそうだ。

 いくつか話し合ったり考えを出した後、ようやく本題に取り掛かる。

「では、少年の話について、お前たちはどう思う。受けるか否か今決めよう」

 挙手してもらいどちらの意見が多いのか確かめる。皆恐る恐るといった様子で手を上げる。なかなか自信を持って挙げる者はいない。それぐらい判断に迷う話なのだ。人数を把握したところで、男から声が上がる。

「里長はどういった考えをお持ちなのですか?」

 全員の視線が老人へと集まった。あれから悩み、考え出した答えだ。悔いはない。

「……ああ。私は――――――」

 老人は芽生えた思いと向き合いながら正直に答えていった。




 朝が来てバックルのもとに老人がやってきた。

 ついに答えが出たのかとバックルは少し緊張した面持ちで老人に向き合う。

「昨夜皆と話しあった。……その結果、私らはその話に乗ることにした」

 バックルは途端思考が停止する。目を見開いたまま固まるバックルに老人は付け加えた。

「ただし、こちらから条件を提示したい。三日以内に話し合いを開始すること。その場に北の里のネイガーを連れてくること。この条件を満たすのなら、あんたのことを信じ、互いに干渉しないという協定を結ぼう」

 老人はじっとバックルを見つめる。

「できるか?」

 バックルはすぐには返答せず、その瞳を見つめ続けた。なにか他に条件があると感じたからだ。聞き出そうとして、やめた。

「ああ、できるさ。それではすぐさまここを出してくれないか」

「もちろんだ」

 部屋の外へとバックルを連れ出し、そのまま外への戸を開けてくれる。

「話し合いの場は我らが提供しよう。条件を満たしここに来たならば、すぐさま話し合うことが可能だ」

「分かった」

 外へ出ると、戸は静かに閉められた。その場を後にし、しばらくぶらぶらすることでつけられていないか確認する。大丈夫だと判断し、道をそれたところでブローナと合流した。

「良かったわ。上手くいったようね」

 ほっとした様子のブローナにバックルは怪訝な顔をする。

「なぜ分かった?」

「分かるわよ。観察していれば。一日経った後に里長と出てくるんだもの」

「里長? あの老人がか?」

 バックルは度肝を抜く。あの中では一番だとしても、まさか里長なんて。確かに、里長であるならば抱えるものも大きいだろう。

「ええ。とりあえず、早く兄さんと合流しましょう」

 一気に緊張した面持ちでブローナは、腕輪を見つめる。

「ああ。そうだな。次はあいつの説得だ」

 気持ちを切り替え、バックルは賑わい始めた市を歩き出した。

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