不思議な兄妹との出会い
暗闇を提灯の明かりが照らしている。周囲を山々で囲まれた、盆地のような場所に、この辺りでは一番賑やかであろう町があった。
出来立ての食べ物が並べられる中、呼び声とともに、うちわで扇がれ、漂うにおいは、横切る人々の腹をくすぐる。店の前には椅子が並べれられ、注文した商品が出来上がると、すぐさま口に運ぶ。それがこの辺りのスタイルなのだろうか。少年バックルの里には家族しかいないため、がやがやと人の蠢く夜市は目新しいものだった。
しかし、バックルの心が弾むことはない。なにも、遊びに来たわけでも、買い物をしに来たわけでもないのだから。
夜市で賑わう通りを、警戒しながら歩いていると、あるものが目に入った。
(あれは! まさか、そんなはずは……いや、でももしそうだとしたら)
バックルは、男が腰に付けている飾り玉を注意深く観察した。バックルの目は確信を得たものに変わっていく。男は黒いフードを目深に被っているため、顔は見えない。
裏通りへと角を曲がったのを捉え、慌てて追いかける。次の角で再び男が曲がるので、見失うまいと駆け足になった。
「わっ」
突然目の前に広がった黒に、足をとめることができず、思いっきりぶつかる。
「いててて……」
何が起きたのか分からず、体を起こし、ひりひりする膝をさすった。
「なんだぁ、誰だ、わしにぶつかったのは」
男の声が上から降ってきて、バックルは咄嗟に立ち上がった。
「すいません――――ヒッ」
謝ろうと口を開き、振り返った男の顔を見上げ、驚きで言葉に詰る。
信じられないことだが、振り返った男のフードの下から、大きなカエルのような口が見えたのだ。
(着ぐるみか? それにしては精工すぎる。じゃあ、一体……)
「なんだ、こいつは。人間か。丁度いい腹がへっいたのだ」
舌なめずりした男の口から唾液がとろりと垂れた。伸ばされた手もよく見ると粘膜がはっていて、バックルは転ぶように駆け出した。
「おい、アイツを追うのだ」
すると、頭上から突如黒い、人とも判別がつかないものが現れた。バックルは、反射的によけると、キラリと光るものが髪先をかすめたのを捉える。
覆いかぶさってきた男の腹を蹴り上げると、やけに感触が感じられない。不思議に思う間もなく、次の追ってが来るのを確認すると、角を曲がり大通りへともどろうとする。すると、再び前方から追っ手が現われる。
(くそっ! いったい何人いるんだ!)
心の中で舌打ちしながらも、違う角を曲がり、どことも分からない方向へと必死に逃げる。ときたま投げられる刃物を避けるだけで精いっぱいだ。追い詰められていることが分かっていてもどうしようもできない。
焦る頭を働かせながら次の角を曲がると、横からーー正確には壁から、手が伸びてきた。
「わっ!」
終わったと思ったのと同時に、勢いよく壁の内側へと引きずりこまれた。
「っつー!」
「しっ、静かに」
頭上から声が聞こえると、頭を床へとおさえつけられる。目に塵埃がはいらないよう目をつむり、なにがどうなっているのか分からぬまま耳をすます。
鍛え抜かれた追っ手なのか、すぐそこにいるはずなのに足音ひとつしない。
ドクドクと音をたてる鼓動を感じながら息をひそめていると、突如おさえがなくなったと同時に、頭を持ち上げられ、壁に体をおさえつけられた。一瞬の出来事に反応できないでいると、首元に、ひんやりとしたものがそっとあてられる。体にぞわりと悪寒が走った。
「動かないで。今から私の質問に答えなさい」
はっきりとした女————少女であろうか? の声に、閉じていた目をあけると、目の前にキツネの顔が現れる。
「っ!」
「あぁ、幻覚が見えているんだったわね」
キツネが懐からなにやら取り出すと、さっと、バックルの顔に吹きかけた。
「わっ」
「静かに。幻覚を解いてるだけよ」
彼女を見ると、ゆらゆらと揺らめきだし、徐々に輪郭が浮かび上がってくる。狐の顔が歪み、次の瞬間には少女の顔がはっきり見えた。自分と同じ年頃のように見える。真っすぐに見つめてくる少女の瞳に自分が映り込んでいるのが見えた。
「さぁ、答えてもらうわ。あなたは誰? どこの間諜なの?」
ピタリと首元に刃物が押し当てられ、バックルは状況を思い出す。
「……何のこと? 俺はただ――――」
「しらを切っても無駄よ。どうしてあの男をつけた? 何が狙い?」
「後をつけたのは、あの男の飾り玉に見覚えがあったからで! 本当に何のことだか分からないんだ!」
「飾り玉? 見覚えがあるなんて、それこそ間諜であることのいい証拠よ。誰の命令なの? 答えなさい」
グイっと首に押し当てられ、少女をただ見つめることしかできないでいると、上から声が降ってきた。
「おい、そのへんにしとけ。ここでゆっくりすることはできない」
少し刃物が離れると同時に、バックルは上を見上げる。天井が揺らいだかと思うと、足が見え、少年が天井から通り抜けてきた!
目の前で起きたことが信じられず、無様にも目を見開くことしかできない。
(ここは、どうなっているんだ? それとも、今までのは全て幻なのか?)
少年がバックルの傍へ近づいてくると、少女は刃物をおろす。かと思うと、いきなり男が拳をいれてきた。
「っ!」
バックルは目を見開き、続いてその目をゆっくりと閉じていく。
ばさりと、倒れこみ、気を失ったのをみて、少年は肩にバックルをのせた。
「行くぞ。アジトに一度戻る」
通りに人の気配がないのを感じると、二人はバックルを抱えたまま闇夜に消えて行った。