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深潭逆乱舞  作者: 朝日菜
第一章 星の目覚め
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八  『妖力』

「本当にいいんだね? 君の主たちをあんなところに置いたままで」


「いいんです! あそこにいてくれた方が俺も守りやすいんで!」


「……そっか、わかった」


「ぬし様」


「ヤクモ。他人様の家のことだから、これ以上口を出してはいけないよ」


「でありんすが……」


「ッ! 後にして! また来たよ!」


「──ッ?!」


 青年陰陽師おんみょうじの言う通りだった。避難する人々はこちらの事情がわかっているのかきちんと一塊になっており、守りやすくなっているとはいえ出現した妖怪の数が多すぎる。戦う者の数が圧倒的に少ないと感じるほどに、戦力の差が歴然としていた。

 猿秋さるあきとステラがいる屋根の上が決して安全というわけではないほどに、続々とこの場へと集ってきている。最早安全な場所なんてないのではないか──そう思うほどに、どこもかしこも妖怪という悪で埋め尽くされていった。


「ヤクモ!」


 青年陰陽師の一声で飛んだヤクモが目指していた場所は、避難する人々の進行方向にわざとらしく這い出てきた妖怪だった。

 早い──。行動も。判断も。何もかもが自分とは桁違いで衝撃を受ける。だが、立ち尽くしている暇はないのだ。経験が圧倒的に足りないのならば、ここで経験して成長しろ──そう誰かから言われているような気がするほどにイヌマルはまだまだ未熟な式神しきがみだった。


「イヌマルも行け!」


 猿秋に言われてようやく動く。情けなくて悔しくなって、唇を噛み締めるが意味はない。


 ヤクモが先に戦っていた妖怪の数は、ざっと見ただけでも三十体確認できた。この集団が全方向から来ているのだから、イヌマルは少し逸れて別の集団へと飛びかかる。

 抜刀したままの大太刀は、毒々しい赤き夕日に照らされて真っ赤に染まっていた。最初に斬りかかった人型の妖怪は、いつものように黒い瘴気を上げていた。


りんぴょうとうしゃかいじんれつざいぜんッ!」


 だが、九字くじを切ってとどめを刺さないと意味がない。猿秋とステラが屋根を伝って近づいてきているのが肌でわかり、そんな二人の負担を減らしたくて、焦る。


 人を守らなければならないというのは、わかるのだ。わかるが、慣れていなくて戸惑うのだ。


 何かが違う。やりづらい。それは、自分が新人だからか。式神であって式神ではないからか。


 考えても答えは出ず、切り殺しても答えは出ず、技術不足とはいえあっという間に殺し切ってしまった事実に驚く。

 ふと見ると、ヤクモは数に押されているのか未だに仕留め切っていなかった。一体一体丁寧に倒しているから時間がかかるのだろう。そんな式神が守っているからか他の妖怪もすぐ傍まで来てしまっている。


「イヌマル!」


 振り返ると、猿秋とステラも狙われていた。それは、それだけは、許せなかった。


「──主ッ!」


 体から怒りが放出されたような。熱が暴れ、蒸気が出たような。そんな感覚に陥って本能だけで飛び出そうとし、猿秋の言葉を思い出してぐっと堪える。


「俺たちは大丈夫!」


 猿秋はそう叫び、結界を張って妖怪の攻撃をあっさりと凌いだ。そうだ。猿秋たちには結界がある。だから自分たちが今優先するべきなのは、結界を持たない彼らなのだ──。


「承知してますっ!」


 だから、猿秋を安心させる為に精一杯の笑顔でそう答えた。猿秋も、そんなイヌマルに笑顔で応えた。

 ステラだけがまったく笑っていなかったが、決して不安がっているというわけでもない。緊張感を忘れずに、猿秋の服の裾を握り締めて、じっとイヌマルのことを見つめていた。


 そんなステラにかっこ悪い姿を見せるわけにはいかない。だからますます勝たなければならないと思ってしまう。


 避難する人々を中心として考えて、一番近いと考える集団へと移り飛ぶ。ヤクモの方はもう見なかった。彼らは仲間であって仲間ではない。守るべきものを見失いはしない。

 一体ずつではなく、三体まとめて自らの刃で屠った。大太刀が軽い。自分の体なのに自分の体ではないような感覚がする。こんなに楽々と殺せるような体だっただろうか。そうではなかったような気がするが。


 楽勝だ、勝てる。思考がそこまで達した瞬間に地に落ちた。


「……ッ?!」


 千体は切り殺したと断言できる頃、場の空気が変わりつつあることに気づいたのだ。百鬼夜行が始まってだいぶ時間が経ったのかと思うほどに、強力な妖力が増えた気がする。

 視線を巡らせると、肩に傷を負ったヤクモがいた。青年陰陽師も、怪我はなかったが疲弊していた。イヌマルは、猿秋は、ステラは、無事だった。だが、妖力が強力になるにつれてこちら側の戦力が削られていったような──そんな、感覚が、して。


 さらに視線を巡らせると、人々が蔵へと入っていく姿が見えた。地下へと通じているのだろう、この付近には他の陰陽師と式神もいた。


「……あるじ、ひなんは」


「終わってない。遅れているんだ」


 猿秋とステラの元へと戻って尋ねると、予想通りの答えが返ってきた。やはりか。だからこんなに疲弊しているのか。


「なんで……」


「《十八名家じゅうはちめいか》の人たちも、たくさん亡くなっているらしい」


「……っ」


「戦う人数も、避難させる人数も足りないんだ」


 毒々しい赤だったのに、そんな赤が沈んでいく。夜だ。だからといって終わったわけではないことくらいわかる。この妖力を信じるならば、始まりだとも思う。


 今までのは単なる序章に過ぎなかったのだ。


 真っ暗な夜が空を覆った瞬間に、自分たちの敗北を悟る。

 何故だ。一体、何を間違えてしまったのだろう。現実へと引き戻されていくから風が運んできた匂いに気づいた。


「ッ!」


「……酷いだろ。まだ、そんなに経ってないはずなのに」


 嗅いだことはないが、これが死臭なのだと思った。あの猿秋でさえ疲れ切って、ステラも視線を伏せていて、正気に戻ったイヌマルは絶望する。


「イヌマル」


「はっ……はい」


「もう一度、頼めるかな」


「もう一度って」


「さっきのイヌマルは恐ろしかった。けど、同時に頼もしかった。もう少しだけ頑張ってくれないか」


「そりゃ、もちろん……やります!」


「ありがとう。さすがイヌマルだ」


「俺は主の式神ですから!」


 そうは言ったが、それだけではない。この場に集った十人の式神の中で、唯一無傷だったのがイヌマルだけだったのだ。

 ヤクモも含む他の式神たちはさっきよりも怪我が増えており、一体どんな妖怪と死闘を繰り広げたのかと思うほどに血が流れている。


 俺だけだ。俺だけなのだ。無傷で、強くて、まだ戦えるのは。


 大きく息を吸い込んだ。この周辺にいたのはイヌマルが倒した妖怪で最後だったみたいだが、妖力に敏感になった今、町役場に集った妖怪の数がおびただしい数であることを悟る。


「主、そろそろ……」


「町役場は駄目だよ」


「……何故?」


「俺たちにはステラがいる。町役場は他の陰陽師たちに任せて、俺たちはこっちに専念しよう」


「でも、わかってますよね」


「……わかってるから行かせたくない。イヌマル、君はステラを守りたいんだろ?」


「守りたいです。死なせたくないです。けど、今この瞬間も、町役場に向かった陰陽師の命が消えている。倒さないと終わらないって言ったのは主ですよね? ここにいたらいつまで経っても終わらない、俺だけでも行きますから」


「……どうしてイヌマルはそんななのかな」


 猿秋の疑問に答えられなかった。あえて答えを出すのなら、イヌマルが多分、猿秋の式神ではないということだった。


「行きますから、ね。俺が主の言う通り、本当に特別な式神なら──行かなきゃいけないと思うんで」


 猿秋の式神として生まれてきたのではない。百鬼夜行を止める為だけに神から使わされた式神なのだと思うのだ。


「……そうだね。イヌマルは、もしかしたら俺の式神じゃないのかもしれない」


 答え合わせを互いにしたわけではなかったが、そのことを互いが考えていただけでも充分に衝撃的で。


「けど、俺は、二度も自分の式神を亡くしたくない」


 言葉が出なくて、いつの間にか互いの隣に立っていたステラに手を握られる。猿秋の手もステラに握られていた。ステラが自分たちを繋いでくれていた。


「だから、俺も行くよ」


「いや、主はもう……」


「逃げないよ。イヌマル、お前は少し勘違いをしているようだから言うけどね、陰陽師と式神の関係はそうじゃない」


「……え?」


 危険だとわかっていたから止めたのに、猿秋の瞳は怯むくらいに真っ直ぐだった。


「共に生き、共に戦い、共に死ぬ。俺たちは写し鏡だから。二人で一人の人間だから。例え俺たちが陰陽師と式神という関係じゃなくても、生きて死ぬことができないとしても、一緒に戦いたい。戦わせてくれ」


 死ぬかもしれないのに。京子きょうこや両親と離れ離れになるかもしれないのに。


「……主」


「あははっ。なんか、もしかして〜って思ってたけど、やっぱりほんとにそうな気がする」


「いや、どういう意味ですか」


「俺とお前のこと。多分、俺たちは繋がってない。こういう時、あいつだったらここで言い合うこともなく二人で向かってたんだろうなって思ったから」


 決して自分を否定しているわけではないが、イヌマルにとってその事実はあまりにも大きかった。例え繋がっていなかったとしても、前の式神との差を気にする辺りそこはちゃんと猿秋の式神なんだと思えるから。


「……すみません。主の式神になれなくて」


「なんで謝るんだよ。な、ステラ」


「謝ったらお尻ぺんぺん」


「なんでそうなるんですか、ステラ様」


 緊張を顔に張りつけたままのステラは今だけ怒っていた。自分のことで怒ってくれることが嬉しくて、自分の為に怒ってくれたことが悲しくて。イヌマルは前を向き、町役場へと行こうとしてまた振り返る。


「ステラ様は……」


「行く!」


「……わかりました」


「そうだろうね。ステラは俺が守るから」


「だから、自分の身は自分で守れる」


「ほんとかなぁ」


「ほんと」


「二人とも! 行きましょう! 今なら町役場まで行けますよ!」


 妖怪が少なくなったこの機会を逃すわけにはいかない。今なら町役場まで一直線だ。


 瞬間、妖力がまた強くなった。

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