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深潭逆乱舞  作者: 朝日菜
第五章 星の落下点
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序幕 『愛と星』

 ニコラが古城の住人となって、今日でちょうど二年が経った。イギリスの学校に通うステラは十五歳、はなは十三歳になって、初めて会ったあの頃と比べるとかなりの印象の違いを感じる。

 ステラも花も、子供ではあるが完全な子供扱いができるほどの子供ではなくなってしまった。大人になりつつある二人は日本では中学三年生と中学二年生で、八月の今月は夏休みだ。だが、学業がなく、思いっきり遊んで楽しい思い出が作れるはずの月なのに、イヌマルたち古城の住人にとって八月にはいい思い出がほとんどなかった。


 二年前、イヌマルたちはイマニュエルを殺した。バルコニーにいるイヌマルの隣に立ち、ぼうっと古城まで飛んでくるティアナを眺めているニコラの兄姉たちも殺した。

 二年前から同じメイド服を着ているニコラにはまだ感情らしい感情が芽生えていない。変化したのは語彙力のみで、容姿も、人造人間だからか何一つとして変わらなかった。


 三年前はティアナとエヴァが人狼に噛まれた。ティアナはダンタリオンの力で無事だったが、エヴァはそうではない。人狼となり、今日もティアナとレオと揃いの軍服を着て、バルコニーをごろごろと転がりながらティアナの到着を待っている。


 そんなエヴァを淡々と叱るのがレオで、グリゴレは今日も不在だった。

 いい思い出はほとんどないが、エヴァとニコラに出逢えた月でもある。イヌマルはもう少しだけバルコニーの端まで進み、ティアナが箒に乗せている二人の少年少女を見つけた。


 出逢いは今日も訪れる。


 今日古城に来ることになっている二人は中学一年生と小学六年生で、ステラと花にとっては滅多に出逢うことのできない年下だ。


「来たー! 来た来たー!」


 グロリア以上に喜んでいるのはクレアで、今月の十九日に三十歳になるとは思えないほどはしゃいでいる。グロリアもクレアほど感情を表に出さないが、バルコニーで今か今かと二人の到着を待っており、一瞬だけ泣きそうな表情を見せた。


「…………」


 ニコラとは反対側のイヌマルの隣に立っているステラは、表情を強ばらせている。


「緊張してる?」


 そうであるとわかっていたイヌマルは、思わず微笑んだ。


「してない」


 ステラはイヌマルが自分の嘘を見破れる式神しきがみだとわかっていても、認めようとしない。


「ステラのそういう頑固なところ、イヌマルに似てるよね」


 花はそう言って笑っていた。まったく異なる人生を歩んでいるはずなのに猿秋さるあきのようなことを言う花に、ステラはそっぽを向くことで応えた。


「気をつけて下りろよ」


 ティアナが優しく声をかけるほど、二人は古城の住人にとって大切な客人だ。


 初めて箒に乗ったはずなのにまったく怯えていない二人はさらっと下りて、少女の方は、グロリアを見つけてすぐに駆け寄る。



「──アイラッ!」



 グロリアもすぐにアイラに向って駆け寄った。抱き締め合う二人は本当の親子のようだが、そうではない。二人を微笑ましそうに見守る少年は、礼儀正しくティアナに礼を言って前に進んだ。


「初めまして、猫鷺真ねこさぎまこです」


 拙い英語で自己紹介をする真が小学六年生で、グロリアの姪であり──イヌマルの永遠の主であるステラの姪でもあるのは骸路成ろろなり愛来。中学一年生の彼女とステラが出逢うのは、今日が初めてのことだった。


「アイラ、ありがとう! 来てくれて!」


「グロリアに会いたかったから……」


 そう言ったアイラは、グロリアにもステラにも似ている。ステラと並ぶと本当の姉妹のようだった。

 光の加減で輝き方が異なるウェーブがかっている白髪と、同じくらいに真っ白な肌。真朱色の瞳は丸く、宝石が埋め込まれているように錯覚するほどに鈍く輝いている。ステラは柔らかそうに見えるが基本的に真っ直ぐに伸びている月白色の髪で、瞳の色はアイラとは真反対の紺青色だ。互いに日本人には見えず、互いに表情が乏しく、互いに纏っている雰囲気は明るくない。


 アイラにも、誰かを喪失した過去がある。


 そう思って、すぐにそれが彼女の両親であることに気づいた。アイラの父親がグロリアの兄のアランで、アイラが幼い頃に亡くなっていることを知ったグロリアの涙をイヌマルは知っていた。


 ステラは抱き合うアイラとグロリアを見つめたまま、動かない。そんなステラに気づいたのはグロリアで、アイラを離してステラへと視線を移すように誘導する。


「あ」


 アイラの瞳の中にステラが映った。

 ステラの瞳の中にもアイラが映っていた。


「あ、あの……その……」


 吃るのはステラだ。ステラは同い年と比べたら多くの人間と関わっているわけではない。久しぶりに会った同年代の少女に対して、そして血が繋がった姪に対してなんと声をかければいいか迷っている。


「初めまして、ステラ……さん?」


 アイラの方が大人だった。ステラは首を左右に振り、「ステラでいい!」と珍しく叫ぶ。


「わかった……。よろしく、ステラ。わたし、骸路成愛来」


「よろしく、アイラ! わたし、アイラの叔母! ステラ・カートライト!」


 駆け寄って抱き締め合った二人は、喋り方までよく似ていた。

 イヌマルでさえ見たことがないほどにステラから喜びの感情が溢れている。それをクレアが、グロリアが、ティアナが、花が、レオが、エヴァが、ニコラが、そして真が見守っている。


 不意に、この場にいる者以外からの視線を感じてイヌマルは振り向いた。


 バルコニーに出ず全員を見守っているのが城主のジルで、ジルは一言も言葉を発しない。ただ、柔らかく微笑んでいる姿が印象的で──イヌマルはジルに仄かに漂う寂しさの意味を考えた。

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