二十 『強くて眩しい』
イマニュエルが亜人に殺されたこと。そして、ハーパーとハリソン、大勢のニコラとニコラスが殺されたことは、公にすべきでないと結論が出た。
そんな時に力を使わなければならないのは魔女のティアナだ。ダンタリオンと契約したティアナは、この町で暮らす町民すべての記憶を弄っていく。
幻を操るティアナができる最大限の良心的な魔法は、彼らの記憶を曖昧にすることだ。脳を完全に壊して廃人だらけの町にすることは、〝亜人の掟〟に逆らうことであり自分たちの最低限の道徳心にも反する。
イマニュエルらが存在したかどうか。昨日の自分は何をしていたのか。生活に支障が出ない範囲での記憶が曖昧となり、この町を、謎のウイルスが発生した地とさせる。それでさえかなり非道なことだったが、亜人を守る為──そして何より人間を守る為には仕方のなかったことだとずっと自分に言い聞かせた。
その間にイヌマルたちがしたことは城の清掃だ。かなり広いその城で争った形跡も人が暮らしていた形跡も消したかったが、完璧に消すことはできない。
壊れたものはそのままで、それが大昔に壊れたことであるように見せかけ。生活感を消したのは、すべてニコラだった。
掃除をするというデータが入っていたらしい。本物のメイドのように城を綺麗にするニコラを、イヌマルは呆然と眺めていた。
「ジルがいいよ、だって」
そんなイヌマルに話しかけてきたのは花だ。ジルに連絡を取っていた花は安堵したようだが、表情はあまり晴れていない。〝亜人の掟〟を破る者の退治、そして悪魔祓いを行っている身としてはいいことなんてごく稀だ。地獄のような日々が常で、そんな花の日常を──イヌマルは変えてあげたかった。
「そっか。良かった」
せめてイヌマルだけはその朗報を喜ぼう。ジルが拒むとは思っていなかったが、許可してもらえたことは本当にありがたかった。
「そう……だね。良かったよね」
花もゆっくりと笑顔を見せる。ニコラと言葉を交わす度に暗い表情をすることはできない。ニコラは生まれたばかりの人造人間だ、どのように成長するのかはイヌマルたち先住民にかかっているのだから。
その先住民の一員であるレオとエヴァ、そしてステラは、日用品の買い出しに行っている。ティアナが記憶を弄っている今住人の中で金銭のやり取りをすることができる者はいないだろうが、あの三人ならばきちんと金を置いて帰ってくるだろう。
「花、グリゴレは?」
何をしているのかは想像がつくが、イヌマルはここ数時間グリゴレには会っていない。外は暗く、城内ではなく外にいる可能性も充分に高かったが──
「外で新聞読んでたよ」
──やはり、外にいた。
グリゴレはもう次の事件を探しているらしい。ここまで来るとグリゴレは正義感に溢れる勇敢な青年のように見える。好き好んで亜人を殺しているわけではないと知っている以上、少しくらい休んでも罰は当たらないと思うが、グリゴレには休むという選択肢がないらしい。
「休めばいいのに」
口に出した。口に出さなければグリゴレには伝わらないと思った。
「……グロリアもね、また祓魔師の仕事が入ったんだって」
そんなグリゴレに感化されたことも理由の一つとしてあるのだろうか。初めて会った頃以上に仕事を請け負っているグロリアのことも気になる。
悪魔が増えたのか。それとも、グロリアがやる気になっただけなのか。正解は、わからない。
「…………掃除が終了しました」
視線を移すと、ニコラがイヌマルを見上げていた。
イヌマルがニコラの傍にいたのは、ニコラの監視だ。ニコラが暴れ出した時に止める者がいなければ、すべての戦いが無駄になってしまう。
だが、ニコラが暴れる気配はまったくなかった。身内が亡くなったことも理解しているのかしていないのか怪しいほどに、ニコラにはなんの感情もない。
「……花」
「え?」
「これからどうしたいとか、俺はよくわかんないんだけどさ」
「……うん」
花が一度相槌を打った。それは花の同意だったのかもしれない。
「ニコラや、花や、もちろん主も楽しそうに笑ってくれたらいいなって思うよ」
それが、イヌマルにとってはあまりにも強くてあまりにも眩しい本心だった。




