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深潭逆乱舞  作者: 朝日菜
第四章 星の始発点
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十九 『データ』

 首謀者であるイマニュエルが亡くなった次は、実行犯のハリソンだった。ハリソンは自分たちと会話をしようとしない。このまま生かしておくのは哀れだと誰もが傲慢に思うほどに、ハリソンは人の手によって造られ歪んだ人形だった。

 ハリソンは、事切れて自由になれただろうか。戦うことしか頭にないハリソンは人間としても亜人としても壊れている。ハーパーがそうでなかった以上、ハリソンも最初は話せる人造人間だったはずなのに。いつからか別の〝何か〟に染められたかのように、ハリソンには流すことのできる涙があって──その涙は温かかった。


 ハーパーはララノアかハルラスの手によって始末されており、最後まで生きていたのは、主を亡くした数多くのニコラとニコラスだった。


 ニコラとニコラスの中には話せる個体もいる。ニコラとニコラスにも恨みを抱いているララノアとハルラスを念の為と告げたティアナが魔法で止め、解放したニコラとニコラスが語ったのは、イマニュエルの亜人に対する恨みだった。


 イマニュエルの家族が、エルフとダークエルフに殺された話だった。


「そいつは森を穢した! 赦されない赦されない赦されない!」


 開放されたララノアとハルラスが語ったのは、森に住むエルフとダークエルフのイマニュエルに対する恨みだった。


 先に手を出したのは、イマニュエルだったのか。ララノアや、ハルラスたちだったのか。


 話を黙って聞いていたイヌマルは、どちらが悪いとは言えなかった。イマニュエルにとって人間のみが生き物で、エルフやダークエルフにとっては植物も生き物だ。イマニュエルがしたことは赦されない。森の亜人がしたことも赦されない。どちらの復讐も否定することはできなかった。

 イヌマルも、ステラも、猿秋さるあきを殺した妖怪のことを今この瞬間も恨んでいる。妖怪を赦すことはできない。百鬼夜行が再びあの地で起こるならば、すぐに駆けつけて妖怪を狩る覚悟ができている。


 亜人たちの気持ちも。イマニュエルの気持ちも。わかる。わかるからこそイマニュエルという存在を遺してはいけなかった。復讐をするならば、すべてを焼き尽くす覚悟が必要なのだ。そして、すべてを焼き尽くされる覚悟が必要なのだ。


 ニコラとニコラスの命がララノアとハルラスの手によって散る。だが、ララノアとハルラスは一人のニコラを遺していた。


 そのニコラはイヌマルが最初に出逢ったニコラで、産まれたばかりの──まだ血の匂いが着いていないニコラだった。


「赦したくはありません。……ですが、貴方たちの理屈では、彼女だけは復讐の対象ではない」


 一人遺されたニコラは、兄姉たちの屍に囲まれても泣かなかった。感情がないのかと疑うくらいに、じっと、ここではないどこかを見つめている。


「帰りますよ、ララノア」


「わかったよ、ハルラス」


 去っていくエルフとダークエルフをグリゴレは止めない。グリゴレが今最も気にしているのは、自分以外の全員──百人以上の兄姉だけでなく父親とも呼べる男性や母親とも呼べる女性を一瞬で奪われたニコラだった。


「どうします、ティアナ」


 古城の主であるジルの〝クローン人間〟であり、この場にいる者の中で唯一古城で生まれ育ったティアナが判断すべきだろう。グリゴレはそう判断したらしく、イヌマルを含めたほとんど全員がティアナの判断に従う雰囲気を出している。だが、ティアナは。


はなはどうしたい」


 あろうことか、最年少の花に尋ねた。


「えっ?!」


「どうしたい」


「ちょっ、ちょっと待ってティアナ、なんでぼくにそんなこと……!」


「花が一番、豊かな心を持っているからだ」


 口を噤んだ花は、そんなことはないと言うように首を横に振る。だが、全員がティアナの判断に納得を示していた。


「私たちの思考はララノアやハルラス、もっと言うとイマニュエルに近い。だが、花、お前はそうじゃないだろう」


「そうじゃない、けど……」


「その心が今の私たちには必要なんだ。私が判断しても構わないが、それは多分、ニコラの為にはならない。私やこいつらの判断では、きっと誰かのことを傷つけてしまう」


「…………」


 ティアナの言いたいことが痛いくらいにわかる。花のようにならなければならないと心のどこかでは思いながら、花のようにはなれないくらいに壊れているとも思っている。イヌマルも、ステラも、グリゴレも、レオも、エヴァも、たくさんのものを失ってもなお無様に必死に生きている。ジルの傍でたくさんの悪意に触れてきたティアナも、誰も、祓魔師ふつましとして悪魔に触れてもなお強く咲く花のような花にはなれない。


「ニコラを一人にすることはできないよ」


 花が答えた。


「ニコラはずっとたくさんの人に囲まれて生きてきて、ある日突然一人ぼっちになって、これからずっとこのお城で──この町のたった一人の人造人間として生きるならば、ニコラのお家を見つけてあげたい」


 一緒に生きようとは言わなかった。


「今のニコラはまだわからないかもしれないけど、ニコラの家族を奪ったのはぼくたちでもあるから……一緒に生き続けることは難しいと思う。けど、一緒に旅をしていたら、ニコラのお家を見つけることはできると思う」


 花が一番、遺されたニコラのことを考えている。遺された者であるイヌマルとステラは、そんなことも今のニコラに言ってあげることができないのに。


「ニコラ。ぼくたちに、きみのお家を探すお手伝いをさせてほしい」


 微笑む花は、見た目年齢が自分よりも年上で──実年齢が自分やイヌマルよりも年下であるニコラに手を伸ばす。

 ニコラは花の手を見つめた。そこに何かあるのかと探しているような瞳だった。



「…………データが存在しません」



 ニコラはただ、そう答えた。

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