十八 『イマニュエルの生涯』
イマニュエル・ベネットという名の男には、ニコラとニコラスという名の双子がいた。
イマニュエルは妻と双子を心から愛した。妻はイマニュエルと双子を心から愛した。双子はイマニュエルと母親を心から愛した。イマニュエルは植物の研究者で収入は少なく、ベネット家は貧しかったが、それでも全員が幸福だった。
イマニュエルが森から植物を持ち帰り、妻と双子がエルフたちに殺害されるまでは。
その日見た景色は一生忘れることがないだろう。殺したのはエルフとダークエルフだけだったが、森に生きる亜人たちがイマニュエルの家を隙間なく囲んでいた。中で転がっている血だらけの遺体を、黙ったまま眺めていた。
誰も助けてはくれない。誰も助けようとはしない。誰もが静かに怒っていた。森の植物を──彼らが心から大切に想う植物を持ち帰った男の家族が亡くなっても。
イマニュエルは何故と問うた。殺すのは自分だけで良いはずだと叫んだ。
亜人たちは口を揃えて答えた。失うことの悲しみを、絶望を知れと。
言葉を失うイマニュエルに浴びせられた言葉は他にもある。植物の研究を続けるならば、イマニュエルが大切にしている他の者もまた奪うと。それがイマニュエルの部下たちのことを差しているとイマニュエルはすぐに気がついた。
そんなことは許さない。だからイマニュエルが遺されたのだと遅れて気づき、イマニュエルは植物の研究を止めた。部下たちは何も聞かずにそれを受け入れ、別の地に向かっていった。そこで研究を続けているのかそうでないのかはわからない。イマニュエルにはもう関係のない話だ。
イマニュエルは森に近づかなくなった。イマニュエルは新しい家に引きこもった。そこでイマニュエルが始めたのは、錬金術の研究だった。
イマニュエルは人造人間を造り、エルフとダークエルフ──そして亜人たちに復讐をすると誓っていたのだ。
最初に造ったのは妻。妻は失敗作だった。だからかすぐに死んでしまった。そうやって妻が亡くなった回数は覚えていない。数えていないだけかもしれない。
そんなイマニュエルが町中で初めて出逢ったのは、ハーパー・ヒルという名の女だった。ハーパーには病気の弟がおり、彼を救う為に飲まず食わずで働いていた。
イマニュエルは久方ぶりに他人のことを気にかけた。ハーパーのことが心配だったのだ。イマニュエルは植物の研究を続けていない。亜人たちからハーパーを奪われることはない。
トラウマとも言うべき心の傷を乗り越えてハーパーを献身的に支えたイマニュエルに、再び喪失が訪れる。
ハーパーではない。ハーパーが自分の命にかえてでも守りたかった弟、ハリソン・ヒルが亡くなったのだ。
ハーパーは泣いた。イマニュエルも泣いた。ハーパーはイマニュエルに告げた。元気で丈夫なハリソンにもう一度会いたいと。
イマニュエルは思い出した。妻と双子に会いたいと泣いたいつかの自分を。
イマニュエルは研究を再開した。妻とハリソンを交互に造った。人造人間の徐々に寿命は伸びていったが、失敗作であることに変わりはない。妻とハリソンはいつも亡くなる。
壊れたのはハーパーだった。発狂したハーパーはイマニュエルの元から離れ、橋から落ちて亡くなった。
イマニュエルは孤独に戻った。
イマニュエルは研究を続けた。
飲まず食わずなんてことはしない。心と体を壊しては元も子もない。
イマニュエルは気づいていなかった。イマニュエルの心がとっくのとうに壊れていることに。
長い年月をかけてイマニュエルが初めて完成させた人造人間は、ハーパー。
イマニュエルの孤独を埋め、イマニュエルを孤独にした唯一の人間だった。
イマニュエルはハーパーは寂しくないようにハリソンを造った。ハリソンは、ハーパーの要望通り元気で丈夫なハリソンになった。
だが、人造人間のハーパーは喜ばない。人造人間のハーパーにはハーパーの記憶がないのだ。ハリソンが弟であることにも気づかず、イマニュエルの元で医学を学んで、錬金術師であるイマニュエルを献身的に支えた。
イマニュエルは、妻を造ることを諦めた。
記憶の中にいる妻とは異なる妻ならば、会わない方がいい。妻との記憶は綺麗なままの方がいい。
その代わりに、イマニュエルは多くのニコラとニコラスを造った。当時のニコラとニコラスはまだ幼く、記憶の中の二人とは異なっていると思うことは一度もなかった。様々な性格のニコラとニコラスに囲まれる生活はイマニュエルを少しずつ幸福だったあの日々へと戻していき、少しずつ思い出したのは、亜人たちに対する憎しみだった。
どうして今まで忘れていたのだろう。
イマニュエルはハリソンと一部のニコラとニコラスに頼み、森にいる亜人を襲わせた。
この世に生きる亜人すべてが死ぬことがイマニュエルの夢だったが、森の中に生きる亜人たちだけでも全滅すればこの世にもう未練はない。
ハーパーはそんなイマニュエルを見つめ、町に行き、亜人の存在と亜人の恐ろしさを伝えに回った。怪訝そうな顔をする町民たちはハーパーの話を信じなかったが、ハリソンが持ち帰ってきた亜人の遺体を見れば嘘でないと思う。
亜人の存在をマスメディアやインターネットに流す者が出るかもしれないとイマニュエルは思ったが、ハーパーの説明が余程恐ろしかったのだろう。そんな存在がいる町だと思われたくない町民たちは外に一切漏らさなかった。ハリソンやニコラやニコラスが遺体を持ち帰って来る度に、安堵と歓声を上げ続けた。
素晴らしい世界だと、イマニュエルは思う。
世界がこの町のようになればいいと夢を見る。だが、新聞に載れば勘づく者は勘づくのだろう。
亜人が城の中に侵入したと一番幼いニコラが報告したその日に、イマニュエルの人生は幕を閉じた。大勢の亜人の前で死んだ。
イマニュエルの死を誰も嘆かない。誰の心にも心がない。そのことに対して感じることは何もなかった。やっと本物に会える──死の間際にそう思ったイマニュエルは、顔を歪めた少女とも少年とも言える外国人を見つめて思考を止める。
生きるということは、一体どういうことだったのだろう──と。




