十五 『染まる覚悟』
ハーパーの右腕をレオが。ハーパーの左腕をエヴァが捕える。亜人の二人を簡単に振り解いてしまえるほどの馬鹿力を人造人間であるハーパーは持っているが、同時に捕らえてしまえばハーパーは全力を出せなくなっていた。
これが正解だ。人造人間とはいえ人間と同じ形をしているのだから、心臓を刺しても死なないとしても身を封じることは二人にもできる。
グリゴレは見ているだけだったが、参戦せずに見ているからこそ、もしもの時にハーパーを倒せる切り札となっていた。
手を封じられたハーパーが足で抵抗することはない。足を上げてバランスを崩した時点でハーパーの負けが決まってしまう。ここは二人を力技で──手で振り解くべきだ。
「いける! エヴァ!」
「OK!」
そんなことは二人もわかっている。全力で踏ん張り、口を大きく開き、ハーパーの肩に思い切り噛みつく。
「──ッ?!」
レオも、エヴァも、こんな風に誰かを噛んだことはなかった。ハーパーから溢れ出した血は本物ではないが、噛みつくという行為そのものが二人の本能を刺激して、目覚めてしまうものがある。
「あ、亜人……ッ!」
ハーパーが漏らした声色に怯えはない。憎しみがあるだけで、レオにも、エヴァにも、躊躇いが生まれる。
亜人は正義ではない。清廉潔白でもない。亜人には穢い部分がある。人間よりも強い亜人は、人間から恐れられても仕方がない。
二人が産まれる前はこうして人間から恨まれることが当たり前だったのだろう。先人たちの努力がそうならないようにさせたのだ。その先人たちの努力は、忘却だけで実るものではない。
今でも恨みはどこかにあるのだ。ジルが古城の近くの村から疎まれていたように。
「──がっ?!」
ハーパーが謎の声を上げる。
レオとエヴァの異変にいち早く気づけるのはグリゴレのみだ。肩の負傷により上手く両手を動かすことができなくなったハーパーの顔面を容赦なく蹴り上げたグリゴレは、バランスを崩すハーパーの足を無理矢理曲げる。
「…………」
「…………」
ハーパーが上げた悲鳴は、ハーパーの両側を離すまいと踏ん張っていたレオとエヴァの心と鼓膜に嫌というほどに刻まれていった。
忘れてはならない歴史がある。知らなければならない歴史がある。
ハーパーからグリゴレが離れてようやくハーパーを離した二人は、顔を上げることができなかった。自分たちの行いが正義だと思っていたわけではないが、完全な悪に染まる覚悟ができるほど大人ではなかった。
「行きましょう」
グリゴレに告げられて追いかける。グリゴレが歩く廊下の先には扉が一つだけあり、開ける以外の選択肢は存在していなかった。
ハーパーが復活する前に扉を開けたグリゴレは、その紅色の双眸にとある景色を映し出す。
人造人間たちが入っていたであろう、人間が一人入れそうな水槽が二十ほど存在している部屋の中央に──車椅子に座った老人がいた。
「……亜人」
その老人は人間だ。人間を狩る吸血鬼と人狼の本能が、三人の食欲を刺激する。
「……こんにちは、人間」
グリゴレは、老人に合わせてそう答えた。
瞬間に崩落した最奥部分の天井から落ちてきたのは、一人の人造人間と──イヌマルとその主のステラだった。




