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深潭逆乱舞  作者: 朝日菜
第四章 星の始発点
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六  『一か八か』

 ニコラとニコラスの生物としては異常過ぎる生命力を見せつけられたイヌマルは、数分前まで城内にいるニコラとニコラスをすべて引き受けても構わないと思っていた。イヌマルは大太刀を握り締めて、ニコラとニコラスの足に傷を負わせることだけを考える。


 縄で縛るなんて甘い考えは捨てるべきだった。そう思わざるを得なかったのは、五十人にも上るであろうニコラとニコラスの姿を視認したからだった。


 最初に城に潜入した時は、これほどの人数ではなかったのに。これほどの人数のメイドと執事を雇わなければならないほどに大きな城というわけでもなかったのに。

 イヌマルはこの城のことを、そしてニコラとニコラスのことを甘く見ていたらしい。集まった全員の両足や片足に一度で傷を負わせることはできず、ある程度の負傷を覚悟する。


「awoooooo!!!!」


 先行するイヌマルを守るように飛び出したのは、エヴァだった。いつの間にか半獣から狼に姿を変えており、そのしなやかな動きでニコラとニコラスの集団の中に身を投じる。

 イヌマルの攻撃の邪魔をしないという意図があったのだろう。先行するニコラやニコラスには飛びかからず、後方にいるニコラとニコラスに牙を剥いて──今度は躊躇わずに噛みついた。


「エヴァ……!」


 エヴァが迷いを振り切って戦っているのだ。生きる為に「噛め」と言った自分が前線にいるニコラとニコラスを一度で仕留めなければ、もう二度とエヴァと共に生きることができない。


「ありがとう!」


 先に想いを告げた。狼の姿だったエヴァは返事をしなかったが、イヌマルは大太刀に想いを込めて勢いよく薙いだ。

 太腿を狙っているその攻撃は、ニコラとニコラスの頭部を踏み台にして攻撃しているエヴァには当たらなかった。ニコラとニコラスの足に直撃し、前線であればあるほどに深い傷となって速度が遅くなっていく。ただそれだけで、ニコラとニコラスは止まらなかった。


「……ッ?!」


 言葉が出てこなかった。想像していた以上に流れない血も。完全に切断しないと止まらないのかと思うほどに動き続ける足も。苦痛の表情さえ浮かべないその端正な顔も。すべてが、あまりにも生きとし生けるものの命を冒涜しているように見えた。


「なんで……」


 それぞれが武器を持っている。包丁、銃、金槌、弓。様々なそれらが、イヌマルの命を狙っている。


「ギャンッ!」


 エヴァの四肢がニコラかニコラスのどちらかに掴まれた。振り解くことができないらしい。それほどまでに彼らの力は──強い。


「エヴァッ!」


 助けなければ。どちらが正義か悪かはわからない。先に手を出したのはイヌマルかもしれないが、これ以上は過剰な防衛だ。今からイヌマルは、エヴァを救う為に戦う。


 大太刀を握り直してイヌマルは瞬間移動をした。前線はイヌマルを狙って走っていたが、後衛はエヴァを殺す為に足を止めていたのだ。

 すぐにエヴァの隣に姿を現したイヌマルは、エヴァの腹部に片手を回して脇に抱える。そのままニコラとニコラスの隙間を走り抜け、グリゴレとレオの気配を探る。数分廊下で戦ったのだ。数秒程度しか遅れていない彼らが城内にいないなんてことは余程のことがない限り有り得ない。


 ニコラとニコラスが利用した階段を使って上に移動した。追いかけてくる音は消えない。イヌマルは唇を噛み締めて、移動しながら踏み潰されたエヴァの様子を確認する。


「awoo……」


 エヴァは、両耳や尻尾を下げて落ち込んでいた。鳴き声も普通に出すことができている。エヴァの生命力の強さも相当だが、しばらくは動けないだろう。


 イヌマルはすぐ傍にある部屋に隠れることにし、扉を開けようと取っ手に触れる。鍵はかかっていないようだった。中に入って辺りを見渡し、複数の二段ベッドがあることを確認する。ベッドの数は二十だろうか。寝ることだけに特化したその部屋は生活感の欠片もなく、どこにいても生きている気配を感じない城の住人たちに密かに怯える。


 彼らから遠ざかるように奥へと進んでいって、隠れる場所がベッドの下か毛布の中くらいであることを把握した。


「エヴァはあっち」


 二人が同じベッドの下に隠れることは物理的にできることではない。イヌマル一人でさえベッドの下に入ることは厳しかったが、狼姿のエヴァはすんなりと中に入って身を隠す。イヌマルも無理矢理中に入るしかない。

 必死になって下に入ったイヌマルは、ここが誰の部屋であるのかを思う。ここはニコラかニコラスの部屋のようだったが、捜索を辞めて戻ってくることはないだろう──その可能性に賭けていた。


 足音が徐々に近づいてくる。イヌマルとエヴァは息を止め、彼らが通り過ぎるのを待つ。瞬間に部屋の扉が勢いよく開かれた。足音はニコラとニコラスのものだ。

 イヌマルはすぐにエヴァに視線を向け、エヴァもこちらを見ていることを確認する。何故わかったのだろう、エヴァのように鼻が効くわけでもなさそうなのに。グリゴレやレオのように血の匂いに敏感なわけでもなさそうなのに。


「出てきなさ〜い」


「殺す、殺す、どこにいる?」


「匂う」


「逃げ場なんてねぇぞ! 人狼! 亜人!」


 ニコラとニコラスには確信があった。殺意もあった。それは、イヌマルとエヴァがどうしても逃れることのできない殺意だった。イヌマルは彼らの位置を殺意の強さで確認し、まだ間に合う内にエヴァにこちらまで来させるか思案する。


 あと三歩。それ以上近づかれたらエヴァに合図を出そう。そして、一か八か──瞬間移動で別の部屋に逃げよう。二人で助かる道はもうこれしかない。


「早く出て来いよ、亜人の匂いが移るだろ!」


 あと二歩。


「深い、不快、深い、不快」


 あと一歩。


「絶対に殺す、亜人は殺す──」


 もう片方の足が床に着こうとした。あと数ミリ、エヴァを呼ぶ為に手を伸ばす。


「────」


 その足は、いつまで経っても床に着かなかった。ニコラもニコラスも固まっている。何かの気配を探っているように見える。


「吸血鬼だ……」


 瞬間に血の気が引いた。この一瞬でイヌマルもニコラとニコラスのように感じたのは、グリゴレとレオの気配で──確かに数十メートル以内にあったのだ。

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