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深潭逆乱舞  作者: 朝日菜
第四章 星の始発点
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二  『少年少女』

 次々と下りてきた古城の住人たちと合流し、絵本の中だと錯覚してしまいそうになる町を歩く。

 家はどこまでも遠くの方まで続いており、世界の端は見えそうにない。人通りも思っていたほどに少なくなかった。


 イヌマルは振り向いて彼らが人間の中にいても浮いていないことを確認し、それぞれの表情を盗み見る。

 グリゴレとティアナの表情は当然だがかなり険しい。レオのエヴァの表情は目に映るものすべてが珍しいとでも言うような表情で、ステラとはなに表情はなかった。


「……どうする?」


 尋ね、彼らからの返事を待つ。


「宿で荷物を下ろします」


「じゃあ宿探し……」


「は、既にネットで予約しています」


「えっ?!」


「下りると決めているのですから当然でしょう。旅先に着いてから宿を探す馬鹿がいますか」


「…………」


「馬鹿ばっかですね」


「クレアとグロリアが馬鹿だったんだ」


 年長者である二人に不名誉な評価を擦りつけて、イヌマルは少し遠くへと視線を移す。

 改めて見ても家に囲まれているせいで世界の端は見えそうにないが、古城から見えた例の城はずっと家の隙間から見え隠れしていた。


 本当にあの城に行くのだろうか。亜人の気配は感じないが、人間の気配も感じなかった。


「気になる?」


 尋ねたステラに対して嘘偽りなく首肯する。自分の気持ちを認めてしまったら確認せずにはいられない。遠回りでもないはずだ。


「ちょっと覗いてくる」


「うわぁ! いいなー! わたしも行くー!」


「来るな」


「えっ、やだやだ! イヌマルだけズルい!」


「エヴァは絶対にバレるから留守番なんだよ」


「バレないよ! 狼になれば解決でしょ?!」


「それはそれで別の問題が出てくるだろ」


「大丈夫だって! 昼だし! 満月ないし! 絶対犬だって思われるよ!」


 エヴァは、クレアが完成させた薬のおかげでレオと同じく暴走の心配がなくなっている。それでも人狼であることに変わりはなく、拒絶するイヌマルに飛びかかってすぐさまレオとティアナに引きずり下ろされた。


「目立つな馬鹿」


 静かに怒る魔女のティアナと、「本当に馬鹿」とティアナを援護する吸血鬼のレオ。人狼のエヴァは両腕で頭部を隠して縮こまり、「がぁるる……」と項垂れる。

 人間と亜人は今でも共存できなかった。種族が異なる亜人も共存できなかった。それでも、自分たちは共存している。それを奇跡と呼ぶのだろうが、自分たちが共存するようになった経緯を考えると何も難しいことはしてないような気がして──何が違うのだろうと考えてしまった。


「イヌマル、行くなら気をつけてね」


 微笑んで送り出してくれる花は今日も温かくて、また猿秋さるあきの面影を見つけてしまう。だから不自然に視線を逸らしてしまった。


「相手が亜人だったらイヌマルの存在が見えちゃうんだから」


「わかってる。気をつける」


「何かあったらすぐに戻って来いよ」


「当然。行ってくる」


 エヴァに何かを言われる前に屋根に飛び移ったイヌマルは、石造りの城を見上げる。古城よりも新しく見える綺麗な外観と丁寧に手入れされた庭は城が無人ではないことを表しており、イヌマルは恐る恐る付近にあった大木に隠れた。

 複数ある窓から中がよく見えるが、人らしき影は一つも見えない。外だけ綺麗に保っており中は酷い有様なのだろうか。大木に隠れながら少しずつ前に進むイヌマルは、出入口であろう大きな扉を見つけて辺りを見回す。裏口があったらそこから入ろう。瞬間移動で中に入ることも可能だったが、人の気配を少しでも感じたかったイヌマルはそうしなかった。


「あ」


 壁沿いに歩いて裏口を見つける。それに触れて鍵がかかっていることを確認し、扉の先に人間の気配がないことを確認し、扉の先に瞬間移動をする。そこでイヌマルが視界に入れたのは、緑色の双眸だった。


「……え」


 緑色の双眸はまばたき一つしない。あの日のギルバートのようにジャガイモと包丁を片手ずつ持っており、じっとイヌマルを見つめている。

 緑色の双眸の持ち主は、クラシカルメイド服を着た少女だった。彼女はティアナやエヴァよりも年下で、ステラや花よりも年上に見える。中学生くらいだろうか。キッチンらしき場所で料理を作っていた彼女はイヌマルとどれほど見つめ合っていてもまばたき一つしない。悲鳴さえ上げない彼女が恐ろしい存在に思えてきて、イヌマルは思わず一歩足を下げた。


「こ、こんにち……」


 そこまで告げて遅れて気づく。彼女の目にはイヌマルが見えている、と。ならば彼女は──間違いない。最も警戒しなければならない相手、亜人だ。


「ッ!」


 警戒心を強めるが、彼女が攻撃してくる気配はなかった。何を考えているのかわからないくらいに表情がなければ動きもない、そんな不思議な少女だった。


「こんにちは」


 気持ちを切り替えて挨拶をする。今の自分たちに必要なのはコミュニケーションだ。


「…………データが存在しません」


「…………はい?」


 イヌマルは日本語で話しかけていない。同じ言語を話しているはずなのに、何故そのような返答をされるのだろう。


「…………データが存在しません」


 淡々と告げる彼女の瞳孔が大小に動く。その動きは人間にも亜人にもできない動きだ。そもそも、イヌマルは人間の気配を感じなかったから城の中に侵入したわけで──



「それでも殺せ!」



 ──耳が破壊されるほどの音量でキッチンの扉を開けた少年は、少女に殺人を命令する。少女と同じ緑色の双眸だ。煤竹色の髪も、真っ白い色の肌も、何もかもがお揃いな二人はキョウダイなのだろう。


「早くしろバカ!」


 少女よりも流暢な言葉で躊躇いもなく命令する少年は、扉の傍に置かれていた鍬を掴んで突進してきた。自分で殺した方が早いと判断したのだろう。少年の緑色の双眸は本気だ、殺意が満ち溢れている。

 イヌマルは少女から離れて少年を躱し、鍬を奪った。殺意は強いが力は強くない。それでも、耳を切り落とすことも──誰かの命を奪うこともできる。


「クソッ!」


 苛立たしそうな表情を見せたが、少年が突っ込んでくることはなかった。イヌマルを殺すことを諦めたのか、抵抗することを諦めたのか。

 イヌマルは自分の事情を伝えようと口を開き、また新しい足音を聞く。破壊された扉の奥から次々と現れたのは、少女や少年と同じ顔をした──人間なのか亜人なのかもわからない生き物たちだった。


「ッッ?!」


 双子や三つ子どころの話ではない。それぞれが八つ子だと言われても不思議ではないくらいの人数で、ここまで来ると〝クローン人間〟であるという発想もなくなってしまう。


 一人のオリジナル体から複数の〝クローン人間〟を生み出すことは可能だと科学者のクレアは言っていたが、一人のオリジナル体から同時に複数は物理的に無理だとも言っていたのだ。

 少年少女たちは皆同じ年齢に見える。一度に何人も生み出すことができないからこそ、そういう亜人だと思ってしまう。少なくとも人間ではないことは確定している。


 イヌマルは逃げることを選択した。鍬を置いて壁まで走り、大量に置いてある食材の影に隠れてから瞬間移動をする。

 式神しきがみであるイヌマルが彼ら彼女らになんの亜人か特定されることはないだろうが、なるべく情報は伏せておいた方がいい。少女が言っていた〝データ〟というのはそういうことなのかもしれないが、イヌマル一人でこうして結論づけるのは早計だ。


 着地して、借りた部屋に荷物を置いていた全員の目の前でたたらを踏んで倒れる。全員が驚いたようにイヌマルのことを見下ろしており、そしてすぐに何かを悟ったような表情に変えた。


「い、いた」


 辛うじて告げる。


「たくさんの、人で、同じ、顔で」


 途切れ途切れに説明する。


「亜人だ、殺されかけた、けど、事件の犯人かは、わからない」


 完全に敵であると認識するような出来事がなかった。だから、味方であるという答えを残す為に擁護する。


「もっと詳しく説明してください」


 グリゴレに怒られた。イヌマルは頷き、古城の住人たちと分かれてからの出来事を話す。


 緑色の双眸と、煤竹色の髪と、真っ白な肌。耳や歯が尖っているわけでも、爪が鼻が異様に伸びているわけでもない。普通の人間と同じような見た目をしているのに普通の人間や普通の亜人のような気配がしなかった少年少女たちのことを。

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