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深潭逆乱舞  作者: 朝日菜
第二章 星の降る地
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四  『腹が減っては戦ができぬ』

「どうだった」


 合流してすぐにそう尋ねてきたティアナに報告する。最初の現場の有り様を。どれほど恐ろしかったのかを。

 それは、百鬼夜行で陽陰おういん町の地獄を見たステラでも眉を顰めるような内容だった。イヌマルはそんな彼女を見て、瞬間にとんでもないことを話してしまったことに気づく。慌てて口を噤むがステラはすべてを聞いてしまった。もう遅い。彼女の暗い表情がイヌマルの目に焼きついてしまって離れなかった。


「…………そうか」


 ティアナも、クレアも、グロリアも、当然いい顔はしなかった。もし自分が被害者だったら。そんなことでも考えているのか、グロリアは顔色を青ざめさせている。


「意外なような、当然のような。新聞にはたいしたことが書いてなかったから現場を見に行かせたが、実際もたいした手がかりはないんだな」


 ティアナが頭を抱えてため息をついた。クレアもグロリアも事件の詳細を見ていないのかそんなティアナをじっと見つめており、ステラは俯く。


「五人家族だったけど、他の家族はどうなってるんだ?」


「第二の事件も、第三の事件も、被害者以外の家族は全員生きているらしい。被害者──女性だけを狙った卑劣な犯行だ、そう新聞にも書いてあったことが救いだな」


「ということは、家族に気づかれずに……その、血を全部抜いたってこと?」


「そういうことになるな。しかも亡くなったのは全員家の中だ。第一発見者は自ずと家族になる、本当に最悪な事件だよ」


 ティアナには血の繋がった家族がいない。強いて言うなら、彼女の血の繋がった家族はジルだ。それでも二人の本当の関係はオリジナル体と〝クローン人間〟で、だからどっちもジル・シルヴェスターで。そんな彼女が家族を想って顔を歪めた、その事実もイヌマルは双眸に焼きつけた。


「そっちは?」


「こっちも手がかりはゼロだ。事件は毎夜起こっているから今夜も起こるんだろうが、このまま被害者の共通点や犯人の情報を絞れないと、街全体を見張らなければならなくなる」


「それは現実的じゃないですネ」


「防げない可能性が高くなるから、早く見つけないですヨ」


「それは絶対ダメだよ。ねぇ、みんな、早く次のとこにも行こう」


「それはもちろん賛成だが、どこかで昼食をとろう。このまま抜くのは厳しい」


「わかるですネ。頭使うですから栄養必要ですヨ」


「ワタシはそういう気分違うですけどヨ……」


 研究者のクレアは、ご飯を抜かないタイプの研究者だった。時々ご飯を食べているところを見かけるが、その量があまりにも多かったことをイヌマルは強烈に覚えている。そして、食事を作るティアナの料理の品数も異様に多いことを──イヌマルは嫌というほど思い知っていた。


「行こう。〝腹が減っては戦ができぬ〟だよ」


「What? それは何語です?」


「日本語だよ」


「ニホンゴ……難しいですネ」


「どういう意味ですネ?」


「お腹が空いたら戦えない、だよ」


「へぇ。確かにそうだな」


「え。ティアナも知らなかったんだ?」


 あんなに上手く日本語を話せる彼女だから、意外で驚く。


「私は生まれも育ちもイギリスだ。日本語はイトやおばあちゃんから教わっただけで、そんなに知ってるわけじゃない」


「糸?」


 なんだそれは。


「イトですヨ。ワタシのおじいちゃんですネ」


 視線を落とすと、クレアがえっへんと胸を張っていた。


「イトって、もしかして日本の人?」


「そうですヨ。ワタシ、ジャパニーズのクォーターですネ」


 クレアはドヤ顔までしているが、思わずステラと顔を見合わせてしまう。クレアはその意味がわかっていないのか「なんでそんな反応ですカ?!」と抗議するが、イヌマルもステラもクレアのおかしさに気づいていた。


「どうしてイギリス人のジルとティアナが流暢で血を引いてるクレアがカタコトなんだよ」


「あぅう?!」


 痛いところを突かれたのか、クレアがぐっと胸元を抑える。もしかしたら聞かない方が良かったのかもしれない、一瞬でもそう思った数秒前の自分に大丈夫だよと言いたくなるほどに、クレアの反応はコメディだった。


「ワタシ、だって……日本語使わなくても大丈夫でしたから」


「イトは基本英語を話していたからな。おばあちゃんはイトの母国語を知りたいと言ってクレアのおばあちゃんと一緒に勉強していたらしいんだが、クレアの父親とクレアは早々に投げたらしい。なんでイトの血を引いている息子と孫が投げたのかは不明だがな」


「だから、日本語難しいですヨ」


「そうだな。まぁ、私もおばあちゃんが話していたから話さなければならないと強く思っていただけだし、はなが来てからは花の為にも日本語を教えてやらなければならないと思っていただけだから」


 彼女が他人のことまで考えているとは思っていなかった。イヌマルも、ステラも、なんだかんだでずっとティアナに支えてもらっている。ティアナがいなかったら古城での暮らしは窮屈だっただろうと本気で思うほどに。


「……ティアナ。ありがとう」


 礼を言った。


「まさか、向こうがステラに英語を教えていなかったとは思わなかったがな」


「……ティアナ、ごめん」


 京子きょうこがどうかはわからないが、猿秋さるあきは多分、英語が話せない。ステラがイギリスに帰る未来を一瞬でも考えてこなかったのだろう。だから彼女が今こんなにも英語で苦戦している。


「まぁ、私たちが知っている日本語はすべてイトが知っている日本語だからな。彼が死んだのは六年くらい前だし、もしかしたら古い日本語が混じっているかもしれない。……ま、彼と話した記憶はそんなにないんだがな」


 本当にイトが六年前に亡くなったなら、当時のティアナは十歳だろう。クレアは多分十九歳で、グロリアは十四歳だろうか。そしてステラは四歳で、花は三歳。まだ赤ん坊だった頃の話だ。


「英語も話せるなんて凄いね」


「バカにするな、母国語だぞ」


 それを聞いて安心した。イヌマルはまだ、あの少年のことをティアナたちに話していない。


 昼食をとっている間に謝ろう。そう思って、イヌマルはずっとイヌマルとステラを気遣って日本語で話しかけてくれるティアナたちの後を追った。

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