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深潭逆乱舞  作者: 朝日菜
第二章 星の降る地
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二  『最初の現場』

 事件があった町は、イヌマルとステラが来英した際に通ったあの町ではなかった。自然豊かな地域から離れた場所に住宅が密集している地域があり、そこには緑がほとんどない。大通りや店が多く存在しているわけでもなく、レンガ造りの土煙が舞った、異様に閉塞感のある町だった。


 それでも通りにはイヌマルの予想以上に人がおり、少し離れただけでこうも人口密度が違うのかと驚く。狂気に満ちた人間に見つからないように古城からここまで歩いて来た五人は、長い坂道の途中で立ち止まって顔を見合せた。


「とりあえずどうする?」


 一歳の誕生日が過ぎたイヌマルはどうすればいいのかわからない。見た目年齢は二十五歳のクレアとあまり変わらないが、長く生きたのはそんなクレアだけなのだ。


「泊まり込みになるですから、とりあえず宿を見つけるですネ」


「お金はあるの?」


「あるですヨ〜。ワタシいっぱい持ってます」


「え、なんで? なんのお金……?」


「失礼ですネ、イヌマル! ワタシ、一応お金稼いでいますヨ」


「グロリアは祓魔師ふつましとしてお金まぁまぁ貰ってますネ。ワタシは研究を発表して、売って、お金がっぽっぽですヨ」


「クレアはマイナスも多いです。研究費がいっぱいですカラ」


「大発見したらどんどんお金くるですカラ! そしたらプラスですヨ!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人の服装は普段着ているものと異なっている。クレアは愛用している白衣を脱ぎ、グロリアは何着も持っているシスター服を脱いだのだ。

 日本で着ていた服とはなの着物でこの一年間ずっと暮らしていたステラは、お気に入りの紺青色のワンピースを着ている。イヌマルはいつもの着物姿で、軍服を脱いでグロリアの私服を借りたティアナは頭を抱えてため息をついた。


「二人とも、目立つな」


 ぴしゃりと言い放った彼女は「なんの為にそれぞれ服を着替えたと思っている」と着ているシャツの袖を引っ張り、グロリアにすぐさま抗議される。


「騒ぐな。拠点の目星はもうつけている。町の中心部に近い──この通りを曲がった先にあるはずだ」


「なんでもう探したですカ?」


「時間が惜しい。私は早く帰りたいんだ」


「ワタシも長くいたくないですヨ。けど、そこを選んだ理由は何かあるですヨ?」


「事件があった場所がバラバラだったからな。奴が出没するのは町全体、ならばすぐに駆けつけることができるように町の中心部にいるべきだ」


「なるほど……。とりあえず行こう、立ち止まるのも多分目立つし」


「そうだな。この状況で女四人が荷物を持って出歩くのは不自然だし」


「あっ、確かに」


 そこはまったく気にしていなかった。この事件の被害者は全員女性だ、年齢も合致している四人がなんの危機感もなく出歩くのは確かにおかしい。

 ティアナが先を歩いていく。片手に持っているスマホでどこにあるのかを逐一確認する様は魔女ではなく確かにただの人間だった。この町に土地勘があるわけではない四人は傍から見てどんな風に映るのだろう。決して大きくはない通りを歩く四人が誰かとすれ違う度に、イヌマルは彼らの表情を観察していた。その表情は、イヌマルの予想通り不審そうだった。


 男性と共に歩いていたらそんな表情はされないのだろうか。イヌマルは男型の式神しきがみだが、至近距離で住民の顔を見つめてもまったく気づかれない。

 自分はいてもいなくても変わらない存在なのだ。彼らにとっては。悪さをしても気づかれないのだ。日本に住む妖怪のように。


 亜人である吸血鬼の犯行は気づかれるのに、妖怪の犯行は決して気づかれない。だからこそ余計に陰陽師おんみょうじと式神の存在が大事なもののように思えた。

 それでも、今のイヌマルに妖怪は関係がない。関係があるのは亜人の方だ。吸血鬼を殺して、ステラたちとこの町を救わなければならないのだ。


 妖怪を殺すことで町を救った少年の援護を続けたイヌマルには、それができる。


 息を整えて、随分と離れてしまった四人の後を追いかけた。追いついた瞬間に四人は立ち止まり、傍に立つ三階建ての建物を見上げる。


「ここだ」


 他の住宅と大差ないように見えたが、扉を開けるとそこはただの家ではなかった。実際に行ったことはなかったが、ドラマの中で見た飲食店──バーのような造りになっている。


「間違いないな」


 客らしき人間はどこにもいなかった。がらんとした室内で唯一動いているのは腰が曲がった小さな老婆だ。

 顔を上げて話しかけてきた老婆は当たり前だが英語を話しており、当たり前のように英語も話せるティアナが前に出て説明する。何度か頷いた老婆は奥から紙とペンを持ってきてティアナに手渡し、ティアナはそこにサインを記した。


 続いてクレアが、グロリアが、ステラがティアナの名の下に記入する。ステラはイヌマルに手渡さずに老婆に返した。老婆はまた水飲み鳥のように頷き、二階を指差す。手渡された鍵には205と書かれており、そこが宿泊する部屋の番号なのだとイヌマルはすぐに理解した。


「Thank you.」


 礼を言って階段を上がる。階段は表面に木の板がつけられており、二階はそこそこ年季の入った隠れ家のようなバーと違って小綺麗に整備されていた。

 左右に伸びた廊下を右側に進み、205と書かれたプレートを見つける。ティアナら四人から遅れて二階に上がったイヌマルは、端の部屋──201だと思われる部屋から誰かが出てきたことに瞬時に気がついた。


「…………」


 体の半分を出し、ちらりとこちらに視線を向けて様子を伺っているのは、イヌマルの見た目年齢よりも若い少年だ。背は恐ろしいほどに──式神として体格に恵まれているイヌマルよりも高いのに、その現実離れした美しい顔には辛うじて少年らしさが残っている。グロリアかティアナだったらティアナの方が年が近いだろう。そんな彼は暗いグレーの長髪を後ろで一つに結んでおり、不自然に青い瞳を逸らして部屋を出た。

 クレアとグロリアも彼に気づき、一瞬だけ視線を彼に向ける。じろじろと見るのは不自然だとでも思ったのか逆に不自然に視線を戻し、じっと彼を見つめていたステラもそんな二人に合わせて慌てて視線を元に戻した。


 だというのに、ティアナは違った。彼を視界に入れた瞬間に微笑んだのだ。

 ティアナと目が合った少年は驚き、気まずそうにイヌマルが立つ階段へと足早に向かう。当然のようにイヌマルには目もくれずにすれ違った少年はバーを後にし、それを確認したイヌマルは扉を開けたティアナに問うた。


「なんであんなことをしたんだ?」


「何もしない方が不自然だ。そうだろう?」


 イヌマルやステラ、それどころかクレアやグロリアにさえ笑顔を見せないティアナは盛大にため息をつき、中に入って荷物を下ろす。


「この時期に宿に泊まるんだ。犯人扱いはされないだろうが目立っていることに変わりはない。こそこそして怪しまれる方が危険なんだ、だから全員、さっきみたいな態度は極力やめた方がいい」


「う、うう〜……確かにですヨ」


「でもでもすっごく緊張ですカ……!」


「目立たないように普通にするって、意外と難しいね」


 納得して落ち込む三人は嘘をつくのが下手くそなようだ。今まで嘘をつかれたことがなく、嘘をつく必要もないイヌマルは三人を憐れむ。


「出かけよう。多少は注目されるだろうが、私たちのように何人かで出歩いている女性は他にもいる。荷物を下ろしたら紛れることは可能だろう」


「出かけるってどこに行くの?」


「現場周辺だな。現場自体に行くのはさすがに目立つだろうから、そこはイヌマルに任せたい」


「わかった。任せて」


「頼む。私たちは周辺に何か証拠となるようなものが落ちていないか探してみよう」


「そうだね。手がかりは現場にしかないわけではないってドラマで見たし」


「じゃあじゃあ行くで〜すヨ〜! しゅっぱつ、しーこー!」


「おー!」


 母国語じゃないからか日本語が怪しい部分がいくつかあるが、そんな子供にも見えるクレアとグロリアを追ってティアナが示した最初の現場へと向かう。

 外に出ると、土のような匂いが再び強くなった。自然豊かな光景がここから離れた場所にはあるのに、離れただけでまったく違う景色になる。


 巨大な水に囲まれた日本とイギリスが同じ地球の上にあるにも関わずまったく違う国であるように、あの地域とこの地域もまったく違う口のようだった。

 一本残らず切り倒された木が生きる場所としていた大地は綺麗に並べられた石の下に隠されており、何故こんなにも土煙が上がるのかと疑問に思う。家と家の間を通る強風は冷たく、急に虚しさを感じてイヌマルはステラの隣へと移動した。


「イヌマル?」


 百鬼夜行の後で誕生日を迎え、今年も誕生日を迎えたステラは現在十一歳だ。身長も少しだけだが伸びており、体重もきちんと増えている。断言はできないが顔立ちも恐らく変わっており、そんなステラの成長を見守るのがイヌマルの寿命なき人生の楽しみの一つだった。彼女は主であるのと同時に前の主の弟子でもある。そして、娘同然でもあるのだと今この瞬間に思った。


 そんな娘をある日突然失ったら発狂する。そんな娘たちが犠牲になっている。


 許せない気持ちが込み上がった。百鬼夜行で亡くなった娘たちのように、寿命で訪れた死よりも惨い死に方をした彼女たちを哀れんだ。


「……怖い顔してるよ」


 そんなイヌマルを励ますようにステラがゆっくりと口角を上げる。一年前の傷は消えていない。癒えているわけでもない。時間が忘れさせてくれているだけだ。そんな彼女に励まされるなんて情けない。


「……主」


 そんな彼女の傍にいたいとまた思う。瞑目すると、空気が変わった。そんな気がして慌てて開けると人が極端に減っている気がする。


「あの奥の家だ」


 ティアナは呟き、足を止めた。クレアとグロリアも足を止め、歩みを止めないイヌマルを見送る。同じく立ち止まったステラは不自然にならないように顎を引き、イヌマルは走って規制線と思われるテープで入口を閉ざされた家を目指した。

 その前の道路には、二階を見上げている宿で出会った少年がいた。

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