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深潭逆乱舞  作者: 朝日菜
第六章 星の終着点
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七  『一年』

 京子きょうこは口をぽかんと開いたままはなのことを見下ろしている。頭が真っ白になったのか、京子の口からは肯定の言葉も否定の言葉も出てこない。


「…………花?」


 その声色は、花の名前に聞き覚えがあったようで。京子は何度も「花」と呟き、一歩足を踏み出した。


「はい、花です……!」


「あんたが……!」


 どうやら思い出したようだ。思わずキジマルへと視線を移し、微笑み合う。


「はい! ぼくが花──」


 瞬間に花の姿が消えた。花が消えた場所は京子の腕の中だった。



「──家族だよ!」



 京子が叫ぶ。強く強く花の体を抱き締めて、叫ぶ。


「っ」


「当たり前だ、あんたはあたしの弟だよ!」


 京子はすぐに視線を上げ、イヌマルとキジマルを視界に入れた。


「あんたら二人も! もちろんステラも!」


 花を抱き締めたまま京子は視線を巡らせる。ステラのことを探しているのだろう、イヌマルはすぐに口を開いた。


「主はまだここにいません」


「えっ?」


 京子が目を丸くする。


「ステラ様がここを歩くには目立ち過ぎますから」


 キジマルが告げると、京子は「あぁ」と納得した表情を見せた。


「確かにそうだね。けど、花がここにいるってことは近くには来ているんだろう?」


「それはもちろん!」


 京子がほっと息を吐く。京子とステラは悲しい別れ方をした二人だ。ずっと会いたかったのだろう、花の頭を撫でながら「そうかい」と笑った。


「花、イヌマル。それとキジマルも──来てくれて本当にありがとう。悪いけれど何も覚えていないんだ、今はどういう状況なんだい?」


 京子はすべてを思い出したようだが、自分たちの様子を見て焦る状況ではないと判断したのだろう。落ち着いた様子だが、表情は僅かに暗くなった。


「一刻を争う事態にはなっていませんが、いい状況とは言えませんね」


 キジマルも表情を曇らせる。百鬼夜行が行われているのに誰も戦いに出ていないのだから、妖怪の方が優勢であることは間違いないだろう。


「詳しい状況は調査してくれた人がいるんで、その人から聞けます。今から呼んできてもいいですか?」


「あぁ、そうだね。構わないよ」


 京子は頷き、周囲に視線を巡らせて「げ」と顔を顰めた。何事かと思ったが、急に大声を出して独り言を言い出した京子のことを何事かと見ている通行人が何人もいたのだ。

 京子はひとまず花を中に入れ、声を潜める。


「イヌマル、キジマル、まさかとは思うけれど今は百鬼夜行の最中なのかい?」


 ここが地下であること、イヌマルとキジマルが来たこと、そのすべてを考慮して京子はそう思ったのだろう。


「そうです」


「ならもう二週間が経過していることになるけど、戦っている陰陽師おんみょうじはいるのかい?」


 京子は、そこまでは覚えているようだった。


「一人もいません。そもそもすべてを思い出した陰陽師は現状京子様だけかと」


 瞬間、周囲を警戒していた京子がすぐに意識をキジマルに戻す。


「馬鹿なのかい……?!」


 京子は変わらず声を潜めていたが、何もない場所に驚いた表情を見せている時点で何も誤魔化せていない気がした。


千秋せんしゅう様さえ覚えていないってことだろう……?!」


 町長である千秋よりも先に思い出したことを京子は良しとしないらしい。当たり前だろう、千秋は陰陽師の王だから──彼らよりも先に思い出しても困るはずだ。


「そうですね。ただ、ビシャモン様は千秋様の記憶を取り戻すことに消極的でしたから……」


「ビシャモンはそうだろうね……あぁ、イヌマルとステラが来たからキジマルだけ動けたということか」


 京子は陰陽師だからか式神しきがみの現状を軽く聞いただけで悟ったようだ。


「そういうことです」


 キジマルは顎を引き、京子の判断を無言で仰ぐ。京子は無言で何かを考えているようだったが、すぐに顔を上げた。


「イヌマル、キジマル、千秋様はあたしたち陰陽師の王として死んではならない御方だってことはわかっているね?」


 京子は急に何を言い出したのだろう。そんなことは京子の式神であるキジマルにとっては常識で、ステラの式神であるイヌマルも知識としては理解している。


「はい」


「もちろん」


「だから、千秋様は何年も最前線に出ていない。最前線に出ているのは結希ゆうきだ」


「結希?」


 その名前を、イヌマルはどこかで聞いたことがあるような気がした。


「六年前に会っているはずですよ。彼は六年前の百鬼夜行を終わらせた英雄ですから」


 そうだ。イヌマルがこの町にいたのは六年前。聞いたことがあるのも絶対に六年前の百鬼夜行の最中のはずだから──



『結希って呼ばれてました!』



 ──不意に、千秋に向かってそう言ったことを思い出した。


『あの子は我の家族であり未来ある若者である! 芦屋あしやの血も間宮まみやの血も関係なかろう、お主らはそれでも人なのか?!』


 千秋はあの時、結希のことを家族と呼んだ。千秋は陰陽師全体を家族と呼んでいるのか、それとも。


「結希は千秋様の血の繋がらない甥でもある。彼がこの一年ずっと頑張っていてくれたんだ、あたしの次に告げるべき相手がいるとするならば結希だろう」


 京子の眼差しは真剣そのものだ。だが、イヌマルはそう言われても信じられない。京子が嘘を吐いていないとわかっていても。


「え、でもちょっと待ってください。結希ってまだ子供ですよね?!」


 六年前に会ったことがある結希は、ステラと年齢が近いように見えるほど幼かった。六年経ってステラが日本で言う高校一年生になったことを考えても、結希はまだまだ十代の子供だろう。


「ステラの一個上だから高校二年生だね。けど、実はあたしたち大人の陰陽師はこの一年のほとんどを町外の妖怪の調査に費やしていたんだ。最初に町に異変が起きた時に戦ってくれたのが結希だったから、そのままずっと任せてしまってね。結希は──この町の最前線でずっと戦ってくれた立派な陰陽師なんだよ。大人の不甲斐なさが原因でそうならざるを得なかったんだろうけどね」


 それは、イヌマルが知らない結希の話だった。イヌマルがイギリスにいる間に結希が背負ったものは、どれほど大きなものだったのだろう。考えただけでも胸が詰まる。


「結希は今、どこに?」


「さぁ……。あたしと同じ目に遭っているならここにいるんだろうけど、結希や半妖のあの子たちなら戦っていてもおかしくはないけどね」


「えっ、誰なんですか半妖のあの子たちって」


「あの子たちにも六年前の百鬼夜行で会っているはずだよ」


 確かにイヌマルは会っている。猫又と雪女というとても強い半妖たちに。だが、二人はあの後──。それを思い出したらまた悲しくなった。


「結希が戦い続けることができたのはあの子たちがずっと結希の傍にいてくれたおかげだと思ってる。陽陰おういん町の一年……というか、今回の百鬼夜行が起きるまでを間近で見て戦ってきたのは千秋様ではなくあの子たちだと思うから、状況次第ではすぐにあの子たちの目を覚まさせた方がいい。わからないことがあってもあの子たちなら覚えているかもしれないからね」


「……そうですね。そうします」


 六年前、百鬼夜行を終焉へと導く為に大きく貢献していた結希と彼女たちが今回も終焉へと導く為に戦っていたこと。胸が詰まるが、一人ではないと前向きな気持ちになれたのも事実だった。

 イヌマルはすぐに瞬間移動で結城ゆうき家の柱のモニター室にいる古城の住人たちの元へと向かう。全員目立つ見た目をしているが、ティアナの魔法で見た目を変えることができたようで──なんの問題もなく京子の家に辿り着くことができるが、ティアナは気になることがあるからとイヌマルたちについて来なかった。


 一人暮らし用のアパートの一室に全員が入るとかなり窮屈になるが、京子は嫌そうな顔をしない。久しぶりに会えたステラを花以上に強く抱き締めた京子は嬉しそうで、古城の住人たちの名前を聞き、最後にグロリアが名乗った瞬間に「あぁ!」と今までで一番口を開く。


「あんたが! わっ、えぇー……ステラが大人になるとそうなるんだねぇ」


「あぁ〜……そういう風に見られるのはわたし少し恥ずかしいかも」


「日本語うまっ! 悪いけど、あたし全然英語できなくてね……ステラもできてなかっただろう?」


「今はもうできるから」


 ステラがムッとしながら答える。京子はまた笑いながらステラを見下ろしたが、「笑ってる場合じゃないと思うよ〜」とクレアに突っ込まれた。


「あ、あぁ……そうだね……」


 京子はよっぽど嬉しかったのか気持ちの切り替えが上手くできないようだったが、咳払いをして無理矢理背筋を伸ばす。


「エヴァ、ティアナはなんて言ってたんだ?」


 ティアナと共に町の調査をしていたのはエヴァだ。


「やっぱり魔法がかかってるってさ。解くのは難しいから、わたしたちにやってるみたいに記憶を取り戻した人から魔法がかからないような魔法をかけるしかないんだって」


 解けるかどうかまだわからないと言っていた時点で少しだけ怪しかったが、やはり解けないらしい。未熟者ではない魔女のティアナでさえそうならば、この町の敵はかなりの力を持っているということになる。


「魔法……って、妖術か陰陽師の力のことを言っているのかい?」


「そうだと思います。京子様は何か感じますか?」


「何も感じないね。魔法がかからないような魔法っていうのが邪魔をしているのかもしれないけれど、解いてくれとは言えないしねぇ」


「感じることができないまま進んでいくしかなさそうですね」


 京子が頷く。念の為ステラや花の表情を窺うが、ステラと花も同意見のようだった。


「京子様、もし結希がいるとしたらどの辺とかわかります? 連絡取れたりとか……」


 ずっと戦っていたと言う結希ならば何かわかるかもしれない。そんな淡い期待を抱いて尋ねると、京子は「学校だと思うよ」と返答した。


「あ、なるほど」


 今は平日の昼間だろうか。地下にいると時間の感覚が狂ってしまいそうになる。


「主! 行こう!」


 ティアナも今動いている。立ち止まっている場合ではない、結希にはなるべく早く会った方がいいだろう。


「わかった」


「ステラ、パーカーを貸すよ。フードを被っておきな」


「ありがとう、キョウコ」


「いいんだよ」


 京子が手渡した京子のパーカーはステラにはまだ若干大きかったようだが、違和感を抱くほどぶかぶかには見えない。


「ほんと、大きくなったね」


 どれほど事態が深刻でも、やはりその嬉しさが勝るのだろう。ついつい頬が緩む京子と嬉しそうなステラを見ていると、イヌマルも嬉しくなってしまう。

 古城の住人たちに出逢えた今、百鬼夜行がなければ良かったとは言い切れない。それでも、こんな日々も夢ではなかったのだと考えると苦しくなる。


「こっちはティアナの様子を見てくる」


 まだティアナの魔法が彼らにはかかっている。そう言ったレオを見送って、イヌマルもステラと共に京子が告げた学校へと急いだ。

 結希も京子と同じようにすべてを忘れているとして、結希がイヌマルに気づけないのは当たり前として──イヌマルは結希に気づけるのだろうか。


 ステラに気づけた京子とは違う。イヌマルは結希と、百鬼夜行の最中にしか出逢っていない。あの一瞬の結希しか知らないのだ。


「大丈夫だよ」


 イヌマルの不安に気づいたのか、ステラが呟く。


「わたしだって陰陽師だから。ユウキの力なら絶対に気づく。……気づいてみせる」


 ステラは真っ直ぐな双眸で地下都市に存在する巨大な建物を見つめる。そこは、小学生から大学生までの教育施設として利用されている建物らしく、結希や学生の半妖たち全員が通っていると京子が告げた場所だった。

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