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深潭逆乱舞  作者: 朝日菜
第六章 星の終着点
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六  『幸せな夢』

 イヌマルを先頭に、キジマル、ステラ、クレア、グロリア、レオ、グリゴレ、ニコラ、はなが町役場の屋上から中に入る。三階建ての町役場の内観は六年前と一切変わっておらず、六年前と同じようにイヌマルは階段で一気に一階まで駆け下りた。

 ひんやりと冷たい空気がイヌマルの肌を刺す。当たり前だが町役場には誰もおらず、出入り口のガラスに妖怪が張りついていることもない。町役場が誰からも狙われていないことは確かなようだった。


「イヌマル! どっちですか!」


 キジマルが広大なロビーの中央で辺りを見回す。


「こっち!」


 イヌマルは思い出しながら広大なロビーの奥──出入り口の反対側へと走った。その先には地下へと通じるエスカレーターがあり、イヌマルは遠慮なく今日も止まっているエスカレーターを駆け下りる。


「で、この先!」


 すべて覚えている通りだった。蛍光灯はあるのに電気がついていない薄暗い廊下も、廊下の奥で待っている重厚な扉も。


「ここだ……」


 間違いない。ようやく辿り着けた。だが、ここがイヌマルたちの終着点ではない。すべてはこの扉を開けてから始まるのだ。


「……確かに、これは結城ゆうき家の家紋ですね」


 キジマルが指差したのは、重厚な扉の中央に刻まれている五芒星の印だった。六年前のイヌマルの目にはそれが何かの家紋のように見えていたが、結城家の家紋だったとは。


「…………」


 六年前は、押せば簡単に開くことができた。だが、ここに来る前にキジマルが言った通り、出入り口が陰陽師おんみょうじの術で塞がれている。


 ──相手が誰であろうとここから先には行かせない。そんな〝誰か〟の意思を感じた。


 イヌマルはキジマルと共に場所を開ける。どちらも無言だったが、ステラと花はイヌマルとキジマルが言いたいことがわかったようだ。

 前に出て扉を見上げる二人の陰陽師は顔を見合わせ、どちらからともなく両手で扉に触れる。ステラと花がこの件について話している姿をイヌマルは一度も見たことがなかったが、二人はイヌマルとキジマルが何を言いたいのかだけではなく何をすればいいのかも本能でわかっているようだった。


「せーの」


 声だけは合わせて扉を押す二人も、かつてのイヌマルのように簡単にそれを押し開ける。


「──あっ」


 その後何が起こったのかもイヌマルは覚えていたが、ここだけは六年前とは異なっていた。


「…………そっか」


 扉を開けた先にあるのは、広大な部屋。正面に位置する壁には町の監視カメラの映像が表示される複数のディスプレイ装置が設置されているが、そのどれもが動いていない。


「モニター室ですか」


 グリゴレが興味深そうに呟き、一人で勝手に奥へと進んでいく。


「へぇ、面白いね」


 クレアもグリゴレの後について行き、高度な科学技術で作られているであろうそれを隅々まで眺め始めた。


「いや今そんなことしてる場合じゃないから!」


「そうだぞ。ここはゴールじゃない」


 振り返ると、エヴァを連れたティアナが腕を組んで立っている。


「ティアナ!」


 扉を閉ざす直前で間に合ったらしい。箒を脇に挟んで右奥へと移動する彼女は、「ここだな」と壁を叩いた。その壁は壁にしては高い音を出しており、扉であることが伺える。


「キジマル」


 あの壁の向こうに地下都市があって、記憶を失くした京子きょうこがいる。その京子の元に案内するのはイヌマルではなくキジマルだ。


「えぇ、わかっていますよ」


 ティアナが扉を押し開けると、ようやく眩しい光がイヌマルの双眸を刺激する。キジマルだけが、視力を奪われることなく動いてティアナの隣に立つことができた。


「見つけました」


 それを早いとは思わない。イヌマルも、どこにいてもステラの現在地だけは見失わないから。


「申し訳ございませんが、京子様に会うまでは皆様こちらで待機していてください」


「え、全員で行かないのか?」


 ティアナとエヴァと合流して、古城の住人が揃ったのだ。また別行動をするのは本意ではない。


「ここは地下都市です。陽陰おういん町外の人間が出歩くと目立ちます。……特に、国外出身の方はね」


「あっ」


 だが、それは一年前にアイラが言っていたことでもあった。


『悪魔とか亜人とか妖怪とかじゃなくて……陽陰町の人たちにとって、日本人じゃない人は珍しいから』


 珍しくないのは花だけだろう。キジマルとイヌマルは外の人間ではないが、そもそも人間でさえない。見える人間の方が少ないという理由で行けるだろうが、ステラは陽陰町が故郷とはいえ外見が外の人間である以上は難しかった。


「記憶を取り戻して、私たちを匿ってもらえるようになったら向かおう」


「えぇ。その方が騒ぎにならずに済みそうですし、そうしていただけると助かります」


 古城の主であるティアナは納得している。だから、一刻も早く京子と合流しなければ。

 イヌマルは花に声をかけ、キジマルと花と共に扉の先にあった螺旋階段の上に立つ。


「うわ──」


 眼下に広がっている町は、〝地下都市〟とでしか表現できないほどに町として機能しているように見えた。

 イヌマルの双眸を刺激した眩しい光はLED電球のもので、町全体を太陽のように照らしている。壁はコンクリートとガラスでできているらしく、不思議と圧迫感はない。町を支えているそれらの技術が凄まじいことは伝わってくるが、綺麗に並べられた家は最新のものというわけではないようだった。


「──すげぇ」


 イヌマルたちがいる場所は、地下の最も深い場所と比べるととてつもなく高かった。簡単に落ちないようにしているのか隙間という隙間が一切ないが、高所恐怖症の人間ならば確実に一歩も動けないだろう。


「行こう」


 だが、花はそうではない。式神しきがみであるイヌマルとキジマルもそうではない。


「花様、念の為姿勢を低くして向かいましょう」


「うん、わかった」


 花が姿勢を低くすると、螺旋階段の柵で外からは見えなくなった。イヌマルもキジマルもそんな花の速度に合わせて進み、地下へ下り立った彼が息を呑むその瞬間を目撃する。


「すごい……」


「え、何が?」


 町役場は陽陰町の中心に位置している陽陰町のシンボルだ。中心であることは地下に来ても変わりなく、それなりの人数が町役場直下の柱周辺を行き交っている。


「……みんな日本人なんだね」


 それは、イヌマルとキジマルにとっては当たり前の光景だったが──今回初めて日本に来た花にとっては衝撃的な光景だったらしい。興味深そうに辺りを見回しており、古城の住人たちの中で唯一見た目が陽陰町の町民たちに馴染んでいるはずの花でさえ浮いているように見えてしまう。


「花、ストップ! キョロキョロしちゃダメだ!」


 これ以上浮くと花が陽陰町の住人でないことが発覚してしまう。そうなった花が連行される先は陰陽師たちが集う町役場だろうが、そこで事情を説明して陰陽師たちを混乱に陥れるのは本意ではなかった。


「あっ、うん。そうだよね、わかった!」


「あぁっ?!」


 返事をした花はすぐに「えっ?」とイヌマルを見上げるが、もう遅い。あっという間に住人たちが花を不審そうな目で眺め出す。


「花様、その、私とイヌマルは町民の目には見えないので……」


 瞬間、状況を理解した花の顔面が真っ青になった。自分の今の感情を口に出さないのは、これ以上悪目立ちをしてしまうのを避ける為だ。


「キジマル」


「……えぇ。花様、そのままついて来てください」


 だが、行儀のいい花だ。こくりと頷いて、それでさえ不味いことに一切気がつかないままキジマルとイヌマルを追いかける。そんな花が可愛らしいと思う反面、妖怪と戦うのは厳しいのではないかと思えてきた。


「あのアパートが京子様が暮らしている場所です」


「えっ、アパート?」


「京子様は現在一人暮らしですからね。地下で生活する際、一軒家ではなく集合住宅を選んだようです」


「あぁ、なるほど」


 確かに、地上と比べると一軒家の数はイヌマルが思っている以上に多くない。キジマルが向かったアパート自体もそれほど大きくなく、一人暮らし用であることが窺えた。


「行きますよ」


 先頭を歩くのはキジマルだ。イヌマルは花から離れる気になれず、必要以上に花にくっついて歩いていく。


「イヌマル、歩きづらいよ……」


 と言いつつも、花もイヌマルの着物の袖を強く強く握り締めた。花は今日、初めて三善みよし家の人間に会うのだ。三善家の中で唯一生き残った京子に会いたかったのはステラだけではない。


「ね、ねぇ、あの扉を開けたらいるのかな」


 花の声は、今までで最も強ばっていた。


「いるよ」


 イヌマルにもわかる。この気配と陰陽師の力は間違いなく猿秋さるあきの姉でキジマルの主の京子のものだ。インターホンを押せばすぐに出てくるだろう、イヌマルは花を背中に隠しながらキジマルの動きを観察する。

 インターホンを押してしまって。京子の足音が聞こえてきて。開かれた扉の先にいた女性は、キジマルを見上げてぽかんと口を開く。


 六年前とどこも変わっていない京子は、本当にキジマルを覚えていないようだった。


 幸せな夢を見ているかのようだった。京子にすべてを思い出させず、踵を返して自分たちだけで妖怪に無謀な戦いを挑んで、勝ったとしても、負けたとしても、何も覚えていないままの方が京子にとっては幸せなのではないかと思う。


「京子様!」


 キジマルが一歩足を踏み出した。京子が怯える様子はなかったが、キジマルの勢いに押される形で一歩足を下げる。


「誰だい」


 不審な男を警戒している黄色い瞳だった。その声には棘があり、イヌマルが知っている京子ではないと──思う。


「キジマルです。貴方様の式神の」


「式神……?」


 だが、希望が完全にないわけではなかった。京子は僅かに顔を上げ、キジマルの顔を──金にも見える黄色い瞳を見つめ、その中に映っている自分を確認し、「ぁ」と喉から声を漏らす。


「京子様!」


 あと少しだ。そう判断したイヌマルは大股で数歩ほど歩いて京子の視界に無理矢理入る。

 京子の瞳がイヌマルのことも捉えた。その瞳はキジマルと同じであり、イヌマルとも同じであり、猿秋や花とも同じ色と形をした瞳だ。瞳を見れば、自分たちが他人じゃないことは一目瞭然なのだ。


「俺です! イヌマルです! お久しぶりです!」


 思い出してほしくて声を張り上げる。


「帰ってきました!」


 その言葉を何よりも先に言いたかった。


「は……」


 京子の口から最初に聞きたかった言葉はそれではなかった。だが、京子の記憶が失われていると言われた時点で覚悟はしていた。


「京子さん!」


 イヌマルを追いかけてきたのは花だ。キジマルとイヌマルも京子とは他人ではないという証拠をその瞳に持っているが、花の──猿秋の〝クローン人間〟である彼の容姿はキジマルとイヌマル以上の説得力を持っている。


「初めまして、三善花です!」


 キジマルと共に数歩下がって花に場所を譲る。三人の間に割って入った花の後ろ姿しか見えなかったが、イヌマルは大丈夫だと──その声色で確信した。



「京子さんの家族って名乗っていいですか!」



 上位悪魔をも退けた花の強さを信じていた。

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