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深潭逆乱舞  作者: 朝日菜
第六章 星の終着点
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三  『尊い人』

 古城には早く動く為の機能がない。ゆっくりと空を飛ぶそれが日本に辿り着いたのは連絡を受けてから三週間経った後で、イヌマルとステラはバルコニーに出て上空から陽陰おういん町を目視で探す。だが、古城の住人の中で最も陽陰町が見えていたのはティアナだった。


「あそこだな」


 イヌマルとステラの目には陽陰町を捉えることができないが、ティアナのダンタリオンのシジルが入った右目は捉えているらしい。


「どうなってる?!」


「何も起きてない?!」


 三週間。それは多分、陽陰町にとって長すぎた。イヌマルの身には何も起きていないが、京子きょうこと二週間も連絡が取れていないのだ。それが確認できた時点でイヌマルは一度三善みよし家の式神しきがみの家に帰ったが、そこにいたキジマルは「大丈夫です」としか言わなかった。

 キジマルが家にいたことと怪我を負っているわけではなかったことからイヌマルはひとまず古城に戻ってきたが、陽陰町がどうなっているのかはまだ知らない。二週間前に知ろうとしなかったのは、キジマルの口から話してほしかったからで──そのキジマルが「大丈夫です」と言うのならキジマルを信じたいと思ったからだ。


 だが、こうして本陣とも言える古城も陽陰町に来た。これからは、もう「大丈夫です」で終わらせたくない。


 ティアナはじっと遠くを見つめ、「そうだな」と口を開く。それは肯定の意味での「そうだな」ではなく──



「妖怪がウロウロしてるぞ」



 ──その言葉を言う為の間だった。


「え?!」


「イヌマル!」


 まだ黄昏時ではない。だから妖怪がいることはどう考えてもおかしい。イヌマルは頷いて再び飛ぶ。目指したイヌマルが何も考えずに瞬間移動できる場所はどんな時でも三善家の式神の家だ。


「キジマルッ!」


 一日があれば陽陰町の状況も変わる。そう思ったイヌマルは二週間前から毎日ここに来ていたが、キジマルはいつ来ても「大丈夫です」としか言わないのだ。そして──


「なんですか騒々しい。大丈夫ですよ」


 ──今日もそう言うのだった。


「大丈夫って何が?! 町中妖怪だらけなんだろ?!」


「……ということは、貴方たち、ようやく陽陰町に来たんですか?」


「来た!」


「……そうですか」


 キジマルが初めて表情を曇らせる。本当のことを話す気になったようだ。


「見ての通り、百鬼夜行が起きています。貴方が来た二週間前からね」


「なんで言わなかったんだよ!」


「状況が六年前と違うんですよ。いいですか? イヌマル。今回の百鬼夜行は、陰陽師おんみょうじも、半妖はんようも、起きた瞬間に全員が避難してるんです」


「え」


 六年前は、町民を避難させる為に戦って。避難させた後も戦って。陰陽師と半妖の全員が──避難せずに百鬼夜行が終わるその時まで戦うことが当たり前だとでも言うように逃げずに戦っていたことをイヌマルは今まで一度も忘れたことがない。だが、その判断ができるならば六年前にしてほしかったと──亡くなった仲間や猿秋さるあきたちのことを思い出して泣いてしまった。


「陰陽師も、半妖も、全員が私たち式神のことを忘れているんですよ」


 だが、泣いたのはキジマルだった。


「忘れてる……?」


「えぇ、何者かに記憶を消されたんです。私たち式神のみで百鬼夜行に立ち向かうことはできません、かと言って主たちの記憶を取り戻させる為に動くのは今ではない、これは全家の式神の総意です。誰も無駄死にしたくありませんし、させたくもないですからね」


「…………」


「つまり、私たちはずっと貴方たちが来るのを待っていたんです」


 瞬間、イヌマルはキジマルの京子によく似た目に射抜かれた。


「っ」


「貴方たちが、この町と我が主たちにかけられた忌々しい呪いを解き放つ起爆剤になるんです」


 イヌマルも、ステラも、そして他の住人たちも戦う為に陽陰町にやって来た。だが、そんな重大な役目を背負う為にやって来たわけではない。


「……な、なれるのか?」


「なれるなれないの話ではありません。やるんですよ、貴方たちが。貴方たちが、誰からも記憶を奪われてない唯一の戦力なんですから」


 式神は、陰陽師の命がないと何もできないわけではない。だが、主が記憶喪失ならばと率先して戦いに出て、万が一妖怪に殺されてしまったら──主も傷つくとわかっている。準備が整っていないなら、準備が整うまで耐え忍ぶように待つことを選ぶ。



「ステラ様は、間違いなくこの町の星です。ステラ様がこの町に帰ってきたから──この町の夜が明けるのです」



 ごくりと唾を飲み込んだ。ステラは間違いなくイヌマルの絶対的な唯一の主だが、この町にそれほどの影響を及ぼす尊い人だとは一度も思ったことがなかったから。

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